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44:異形との対峙

「さて、あとはここで奴が来るのを待つだけだな。うちの野郎共がへましてなけりゃいいんだが……」


 町の中心部から大きく外れた広場。

 手狭になってきた町の規模を拡大させるため、ちょうど開拓中のエリアなのだと。

 樹木が切り払われ、整地が行われている段階のようだ。

 周囲に人の気配はなく、建物もない。大魔法を放つにはうってつけの場所だな。


「なぁギルドマスター。随分と立派な盾を背負っちゃいるが、そんな格好で大丈夫なのか?

 いつもの服装と対して変わらないようだが。相手は金属以外溶かす液体を吐いてくるんだろ?」


 ぴっちりとした筋肉の浮き出る白シャツに、ただのスラックス。

 ガントレットやグリーブを装着してはいるが、胴体ががら空きだ。

 守ってやると豪語していただけに、それで大丈夫なのかと不安なのだが。


「あー、長の地位に就いてから体格が変わっちまってな。鎧がきつくて着れんくてな。

 ま、防具がなくともこの盾があるからな。こいつがありゃ、マナの続く限りはどんな攻撃も防ぐ自信がある。

 単独を相手にした短期戦なら無敵ってもんさ」


 不安を拭うかのような、自信満々の顔をするギルドマスター。

 構えて見せてくれた白銀の大盾には、実用品とは思えないほどの繊細な模様が施されている。

 ただの盾ではなく、この篭手のように特殊な代物のようだ。


「……おっと、おでましのようだぞ」


 さきほどまで町の上空を飛び回っていた巨影は、いつしか開拓広場めがけ飛来してきていた。

 徐々に接近してくるにつれ、醜悪な姿が露わとなる。


「うげ、気持ち悪いな。あれに喰われて死ぬのだけはご免だ」


 空飛ぶ腐った肉塊と例えられていたが、言いえて妙だな。

 どす黒く変色した、どぶ色のぐちゃぐちゃした体表。

 皮膚がないのか生々しく、長いあいだ放置し続けられた生肉のようだ。


「俺もそんな最後は勘弁だな。べっぴんの姉ちゃんに刺されて死ぬほうがマシだ」


「近づいてくれば自ずとわかりますが、見た目どおりの酷い臭いを発しています。

 鼻が馬鹿になる覚悟はしておいて下さい!」


 ジャスカはそう注意喚起をしてくるが、もうすでに微かに臭ってきている。

 ちょうどこちらが風下になるからだろう。

 シュリが居れば卒倒ものだったな。


 建物のあいだから、2組のパーティが姿を現す。

 囮とも知らず彼らを狙って、あとを追うように化物が続いた。


「二階建ての建物よりもでかくないか?」


「私が相対したときは、もう少し小さかったですよ!?」


「喰った分が自身の血肉になってるのかね。……どんだけ喰ったんだか」


 ギルドマスターの推測通りだとすれば、相当な犠牲がでたのだろう。

 元の大きさは知らないが、ジャスカがはっきりと違いを理解できるほどだ。


「おーいマスター! 連れてきましたぜぇ!!」


「おらバケモノ! こっちだ! おまえ体臭くっせぇんだよー!」


 囮役の彼らは脚を止めることなく挑発を繰り返し、こちらへと駆けてくる。

 開いた距離がどんどんと縮まっているだけに、余計なことをしている場合かと。


「おっし、キリク。あいつらと交代するかたちで俺達は奴と相対することになる。

 遠慮も手加減もいらねぇ。奴が広場の中央まできたら、翼をもいで地面に落としてくれや」


「わかった。あんたから貰った篭手の調子をみるのに、ちょうどいい的だ」


「そういって外しやがったら承知しねぇからな?

 んでジャスカさんよ。あんたらは大魔法の準備を頼むぜ」


「心得ています。さぁ皆さん、詠唱を開始しましょう!」


 ジャスカを筆頭に、4人の魔導士が呪文を紡いでいく。

 彼らの付近だけまるで空気が震えているかのようだ。


 俺も右手に石を握りこみ、ギルドマスターは白銀の大盾を構えた。


 臨戦態勢を整えたところで、囮役の冒険者達が交差するように俺達を抜いていく。

 彼らはこのあと休憩をとり、状況次第で加勢するか住人の救助に向かうか決めるらしい。


 迫る巨体は走り去る彼らではなく、立ち止まるこちらを標的としてくれたようだ。

 化物は速度を落とし、新たな獲物を見つけたとばかりに耳障りな咆哮をあげる。


 羽ばたきから風にのって香る腐臭。

 視覚、聴覚、嗅覚と五感に不快を与えてくる。


「よしキリク、撃ち落とせ!」


「了解だ!」


 石を握り、構えた右手を振りかぶる。

 力を込めることで、吸い取られるような感覚が襲う。篭手が俺のマナを糧とし力に変換しているのだろうか。

 魔法の教養なんてない俺にとって、これまでマナを使うことなんてなかった。ゆえに初めての感覚だ。


「おっし、いく――」


 右手を振りきる直前。

 力を調整できていないためか、掴んでいた石が砕けてしまう。


「い!? うっそだろ!?」


 投擲する動作へと入っていたため、途中で止めることができなかった。

 戸惑いで崩れ気味の体勢から、そのまま細かく砕けた石を投げ放ってしまう。


 小粒となった石たちは散弾となり、化物の正面へと降りそそぐ。

 不意の出来事のために、狙いどおりに翼を吹き飛ばすことはできなかった。

 だが篭手を装着し行われた投擲は、投げそこないとは思えぬ威力をみせる。

 小さいながらもひと粒ひと粒が化物へと突き刺さり、大きく怯ませたのだ。


 篭手なしの素手では考えられなかったことだ。

 これだけ距離が離れていれば、あんな小粒の石が届くことはなかった。

 威力にしても、至近距離でもなければああはならない。

 前方にいるギルドマスターに当たらなくて本当によかった。


「うおっ、えげつねぇな! つかキリク、なにやってんだ!? 俺は落とせって言ったろうが!」


「すまん、力加減が難しくて……。石が砕けるとは思わなかったんだって」


 飛び散るようにして飛んでいった、小粒の流星群。

 これ、今後は面攻撃として使えそうだな。

 あまりにも無差別すぎて扱いが難しいだろうけども。


「……怯みこそしたが、もう再生されちまってるな」


「この程度の攻撃じゃやるだけ無駄ってことか」


 地に落とすほどの魔法ですらすぐに再生したというからな。

 小さな傷が無数にできたとて、即座に元通りか。


「っ! やろう、息をおおきく吸い込みやがった! 吐いてくるぞ!!」


 一歩前に踏み出し、大地へと盾を突きたて受ける構えをとったギルドマスター。

 それは滞空する化物の口から、液体が噴射されると同時だった。


 直撃の瞬間。盾が輝き、前面に球状をした光の壁が形成される。

 光は飛沫一滴すらもはじき、使い手と後方の俺達を完璧に守りきった。


 鼻が曲がりそうになるほどの悪臭が辺りに充満する。

 行き場を失った液体は大地を腐食させ、穴ぼこをいくつも作りしていた。


「へっ、臭いばかりでたいしたもんじゃねぇな」


 ブレスもどきが終わると同時に、消失する光の壁。

 この手の防御系は敵でしか相対しなかっただけに、味方となれば頼もしいものだ。


 今度は首を伸ばしギルドマスターを丸呑みにしようとするも、再び光の壁に阻まれる。

 上空から一気に下降し、勢いをつけた巨体での体当たりですら突破には至っていない。

 飛んで回り込もうものならば、必ず正面にくるようにギルドマスターが位置取る。


「まさに鉄壁だな……」


「だから安心しろって言ったろ? だが限界はあるから、とっとと奴を落としてくれねぇか?」


「お、おう! でもなかなか加減が上手くいかなくて……。ほらこの通り」


 掴んだ石が砕けるさまを見せる。

 ギルドマスターはちらりと、後ろ目にこちらを見やり確認をとった。


「なるほどな、そこらの石じゃやわっこすぎるか。

 とにかくもっと力を抜け。聖女様の手を握るような具合でやってみろ」


 イリスの手、か……。

 うーむ、わかりやすいようで難しい例えだ。

 繊細な割れ物を扱うような感じだろうか? それとも多少雑に扱っても大丈夫的な……?

 鉄壁がある余裕からか、戦闘中にもかかわらずついつい教示を受けてしまう。


 通らぬ攻撃に業を煮やした化物は、空中を舞い再度大きく息を吸い込む。

 またブレスもどきか。俺もギルドマスターもそう思ったのだが、予想とは違うものだった。


 化物は虚空にむけ一際大きな雄叫びをあげる。


 苛立ちの篭った爆音の咆哮。

 あまりの音量に、堪らずこの場にいる全員が両手で耳を塞ぎ竦んでしまう。


「なんつーうるささだよ!? 耳がいかれそうだぞ……!」


「奴め、こんな隠し玉もあったか! さすがの俺も咆哮までは防げねぇ!」


「詠唱が、途切れ……る……」


 大魔法発動のため、呪文を(つづ)っていた魔導士たち。

 これではとても詠唱などしていられない。


 ようやく耳障りな咆哮が終わりを告げ、耳鳴りと共に静寂が訪れる。

 その頃には全員の足元がおぼつかなくなっており、眩暈がするほどだ。


 特にダメージが大きいのは、前衛に立ち、一番近くで咆哮を受けたギルドマスター。

 攻撃に備え盾を構えていただけに、耳を塞ぐのが遅れてしまったようだ。

 意識こそ保ってはいるものの、片膝をついてしまっている。

 鼓膜も破れたのだろう。彼の耳からは血が垂れだしていた。


 これを好機とみた化物は、今ならばひと飲みに喰らえると判断したようだ。

 再び大きく口をひらき、伸ばされた首がギルドマスターへと迫る。

 事実、彼はろくに盾を構えられていない。


「イリスに、触れるような、感覚……で!!」


 迫る大口がギルドマスターの目前となった時。

 深淵が覗く口中にむけ、一筋の直線を走らせる。


 付け根が爆発したかのように弾け、伸びた首が勢いのまま宙を舞った。

 振動と土煙をあげ、大地へと落着する異形の化物。

 数秒遅れてから、千切れ飛んだ首も後追いに落下する。


「やっと落としやがったか。ったく、危うく俺が喰われるところだったぞ……」


「間一髪だな。貰ったアドバイスのおかげでなんとなく感覚が掴めた。

 もう大丈夫だから、今度はあんたが安心してくれよ」


 猶予のない局面でギリギリ間に合えた。

 イリスとしてではなく聖女様として捉え、前者の扱いが正解だったようだ。

 序盤にしくじってしまったが、こいつの扱い方さえ理解すればあとはこっちのもの。


 右手に次弾の石を構え、立ち込める土煙を睨みつけた。

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