43:招かざる来客
穏やかな夢心地。
その平穏を破ったのは、耳につく喧騒。
「んん……、なんだか騒がしいな……?」
もそもそとベッドから這い出し、目をこすりながら大きなあくびをひとつ。
意識がはっきりとしてきたところで、窓から夕日で赤くなった外を眺めた。
「……なんだよ、あれ」
緋色に染った大空を飛び回る、4枚の翼を持つ巨影。
聞こえてくる喧騒は、町の住民たちがあげる悲鳴だった。
「襲ってくるとしたら、領主か教会のやつらだと思ってたのに、まさかの怪物かよ!?」
遠目から見えるその影は、まるでお伽噺にでてくる竜。
大きな翼に長く伸びた首。ときおり地上へ向けて、ブレスのようなものを吐いている。
唯一話に聞く姿と違うのは、尾が無いことくらいか。
ギルド内も慌しくなっているようで、さきほどから廊下が人の行き交う足音で騒がしい。
俺も急ぎ装備を整える。
戦うにしても逃げるにしても、ここでのんびりとはしていられない。
いつもの石礫を入れた小袋に、投擲ナイフを納めたホルダー。
そしてギルドマスターから譲り受けた、魔装具である鬼人の篭手。
装着した右手を開いたり閉じたり。繰り返しおこない、着け具合を確かめる。
まだ試してすらいないので、これが本当に役立つのか。
……どうしても不安が拭えないな。
「シュリ、起きろ! 外が大変なことになってる!」
自分の準備を終えたところで、寝ているシュリを起こしにかかる。
篭手を鼻元に近づけてやるだけで、飛び上がりすぐに目を覚ました。
「はぐぅ!? 臭いですキリク様! それを近づけないでほしいです!!」
シュリにしては珍しく語気を荒げ、不快の意思を示す。
思った以上に効果テキメンだったな。
ボッとふくらみ、毛の逆立った尻尾もいいもんだ。
ただあまりやりすぎると嫌われかねないから、今回限りにしておこう。
「すまんすまん。それでだシュリ、落ち着いて聞いてくれ。
町が竜のような化物に襲われてる。俺は外の様子を見てくるから、お前はイリス達のところに行ってくれ。
いつでもすぐ逃げ出せるように、準備をしておいてくれるか?」
「へ? あ、はい。なんだかよくわからないですけど……」
頭上に疑問符を浮かべるシュリだったが、外の景色を見せればすぐ状況を把握したようだ。
もっとも相手は空を飛ぶ化物。逃げたところで、狙われればひとたまりもないわけだが。
俺としても世話になった町が襲われているのを見て、何もせずただ逃げるのは忍びない。
忘れがちだが、俺もギルドに所属する一員。できる限りの協力はするつもりだ。
シュリに3人のことを任せ、廊下で別れる。
玄関へと向かうと、前方からやってきた受付嬢に呼びかけられた。
「キリク様! ちょうどよかったです!
マスターから、キリク様を呼んでくるように、と言付かっておりまして」
「ギルドマスターが? ならちょうどいいや。俺もいま会いに行くつもりだったんだ」
「そうでしたか。マスターは外でお待ちです。
ご存知かと思いますが、急を要する事態がおきております。どうかお急ぎを……」
そう告げ終わると、彼女は会釈をしてから奥へと走っていった。
他にも用事があるのだろうか。
建物から出ると、聞こえてくる悲鳴はより鮮明なものに。
ギルド前の大通りでは、完全武装した集団がざわめきあっていた。
彼らは化物に対抗するため集められた、街に滞在する冒険者達だろう。
ギルドマスターは集団の先頭に立ち、忙しなく指示を飛ばしていた。
彼のもとへ駆け寄り、現状を聞くことに。
「ギルドマスター! 俺を呼んでいたようだが、なんの用なんだ?
それにこれはどういう状況で、あの飛んでいる化物はいったい……?」
「おぉ、キリクか。来てくれてありがとな。
状況つっても、まぁ見てのとおりだ。あの得体の知れない魔物が飛んできて、町中を襲い始めやがった。
いまは奴を討伐するため、集めたうちの戦力を整えてんだよ。
ちょっくら先にこっちを済ますから、詳しい説明はそのあとだ」
そう俺に告げて、指示を出しに戻るギルドマスター。
ざっと見た感じだと、ここに集っている人員はおよそ30人ほどか。
ランク関係なしにすべての冒険者を召集したのだろう。
そのためか、ひと目で頼りにならなそうな奴が幾人か見受けられる。
ただそういった戦力外の者達は、ひと纏めにされ数組のパーティに分けられていた。
彼らは住人達の避難誘導や、護衛を担当するらしい。
残ったのは戦力として期待できそうな者達。
彼らは前衛、後衛とバランスよく、4〜5人ずつ振り分けられていく。
個人の力量や人間関係を知り尽くした見事な采配で、次々とパーティが出来上がった。
「さて、編成はこんなもんか。
それじゃお前ら! これより討伐戦を開始する!
作戦は事前に伝えてある通りだ! だが決して無茶はするなよ!?
俺たちの町を襲ったあの化物を、後悔させてやれ!!」
ギルドマスターの放った締めの一喝。
それを合図に、彼らは化物へ向かい散っていった。
「……待たせたな、キリク」
「俺をあっちに組み込まなくて良かったのか? 一応はギルドに所属する身なんだが」
「ああ、かまいやしねぇよ。お前さんには俺と一緒に行動してもらうつもりだからな。
さて、ご覧のとおりこのティアネスはいま、謎の大型魔物から襲撃を受けている。
ここからだと奴は尾のない竜に見えるが、実際はまったく違う生き物だ」
なんだ、本物の竜じゃないのか。
もっとも、竜なんて酔っぱらいが戯言で、「見たことがある」と嘯くレベルの存在。
仮にもし本物であったなら、ただの人間に抗う手段などはない。
魔物としてのランク設定でも、最高峰に分類されているはず。
「あんたでも知らない魔物なのか?」
「ああ。俺も長年冒険者としてあちこち旅をしたが、あんなのは見たことも聞いたこともねぇ。
近づけばわかるが、ありゃ空飛ぶ腐った肉塊だ。
ブレスを吐いているように見えるのは、ゲロみたいな液体らしい。喰らえば、金属以外は溶けるそうだ。
まぁ全て先に奴と交戦し、逃げ延びたこいつからの報告なんだが」
ギルドマスターは親指を立て、自分の後ろを指し示す。
彼の背後から、1人のローブを纏った衛兵が現れた。
「はじめして。私はジャスカと申します。
我々衛兵隊は、一足先に奴の討伐を試みたのですが、結果はご覧の有様でして……」
町を守る者達がなんと無様な。
そう思いたくもなるが、一縷の情報すらない化物を相手にしたのだ。
対策もなにもなかっただろうし、仕方のないことか。
ジャスカから、さらに詳しく話を聞く。
衛兵達は、飛ぶ相手にまずはセオリー通り、弓で撃ち落としにかかった。
しかしいくら矢が刺さったところで、怯みすらしなかったそうだ。
次に魔法。
火、雷、水の魔法を喰らわせたが、地には落としたものの倒すに至らなかった。
そのうえ再生力の高い魔物らしく、すぐに与えたダメージも回復されたらしい。
隙をつき隊長が頭を刎ねたそうだが、それでも死ぬことはなかったのだと。
「伸びた首は、手足と同じようなものなのでしょうね。
頭を落とせば殺せる。その常識が裏目にでてしまったようです。
倒したと思い込み、油断した隊長は……」
途端に口を閉ざしてしまうジャスカ。
結果どうなったのか。聞くまでもないことか。
「……そんな相手どうやって倒すんだよ?
頭を刎ねても駄目。高い再生力のせいで、ダメージはすぐに回復される。
無敵じゃねぇか。お手上げだろ」
「なぁに。どんな生き物でも、必ず弱点ってのはあるもんだ。
死なない生物なんざ存在しないからな。
俺が思うに、でかい胴体のどこかに、本体となる核でもあるんじゃねぇかな」
「つまり俺がその核を潰すまで、当てずっぽうに石を投げ続ければいいのか?
すぐ済めばいいが、運が悪ければ長期戦だぞ?」
「まさか。そんな運頼りな作戦はとらねーよ。さっきの話には続きがあんのさ」
「ええ。どうやら、奴には火の魔法が幾分か有効なようです。
焼き焦げた部分だけは、他より再生速度が落ちておりましたので」
ということは魔導士が重要なわけか。
だがいくら火魔法で焼いたところで、個人では再生に対し、火力が追いつかないそうだ。
倒すより先にマナが尽きてしまうのだと。
「んで、結論としては複数の魔導士で協力し、火の大魔法を放つって作戦になった。
どでかいのを一発お見舞いして、一気に全部焼き尽くせばいいって結論だな」
「ですが、所かまわず放つ訳にはいきません。なにせ範囲も威力も相応に大きいので。
町中にはまだ逃げ遅れた人もいるでしょうし、被害は抑えたいのですよ」
「だから広い場所におびき寄せて、そこで仕留めるって寸法だ。
囮は他のやつらが担ってくれている。あの化物は人を捕食するらしいからな。
報告じゃ、もう何人食われたかわかりゃしねぇそうだ……」
「隊長に同僚達、はては守るべき町の住人達まで……。
いったいどれだけ喰らえば、あの化物は満足するというのでしょうか……!」
なんてこった。あいつはこの町に、餌を食べに来たってことかよ。
タイミングからして、領主か司祭からの差し金かと思ったんだが……。
実際に町を襲う大型の魔物は存在しているらしいから、本当に性質が悪い。
「仇を討つためにも、これ以上被害を出さないためにも、ここで必ず仕留めたい。
だがな、予定通り広場までおびき出したとしても、奴は空を縦横無尽に飛ぶ。
普通に大魔法をぶっ放せば、完璧に命中させられない可能性がある。
避けられちゃ困るし、中心を外して部位が少しでも残れば、また再生されるかもしれん」
「それで俺の出番ってわけか。
俺があいつの翼を吹っ飛ばして、飛べなくすりゃいいんだな?」
「ああ。頼めるか? 正確に翼の根元を狙えて、かつ吹き飛ばせるだけの威力が必要なんだ」
「私の魔法でも撃ち落すことは可能なのですが、さすがに二度目となれば奴も警戒しているでしょう。
なにより、私はギルドの魔導士方と、大魔法の詠唱に集中せねばなりません」
「魔法抜きでそんな芸当ができそうなのは、お前さんしかいねぇ。もちろんやれるよな?」
「当然だ。むしろ俺の独壇場だろ。なんなら、手足もオマケで吹っ飛ばしてやんよ。
動けなくしちまえば絶対に外さねぇだろ?」
「がっはっは! 頼もしいねぇ! 本番もその調子で頼むぞ!
ま、何があってもお前さんたちは俺が守るからよ。安心して自分の役目に専念してくれや!」
ギルドマスターが盾役を担ってくれるのか。それこそ頼もしいものだ。
話が終わると、後ろで待機していた他の魔導士達も紹介される。
ジャスカを含めた、計4人の魔導士。
俺達は軽く自己紹介を済ませ、すぐに決行場所の広場へと向かった。
シュリに伝えてから行きたかったのだが、受付嬢が先に避難させてくれているとのことだ。
手回しのいいことで。おかげで、懸念なく戦えるってものだが。




