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4:食い意地聖女様

 村を発つ際に親父から餞別に貰った、一頭の雌モギュウ。

 名前は「ハナコ」だ。


 モギュウは本当に素晴らしい。

 白と黒の(まだら)模様は品評会が開かれるほど美しく、上品。

 

 力が強く持久力もあり、足腰も頑丈でそのうえ大人しい。

 だから旅に連れて行けば、荷物持ちとして楽ができる。

 

 さらに喉が渇けば、雌限定だがお乳を飲める。

 餌はそこらへんの草でいい。


 完璧だ……!

 これ以上に、至高の生物は存在しないだろう。


 と、暇だったので、道すがらイリスに熱く語ってやった。


 まぁ、純真無垢というか天然というか。

 嫌がらせのつもりで語ってやったのに、こいつ目をキラキラさせて聞いてるんだよな……。


「す、すごいですモギュウ!

 これは教会としても、神獣として保護せねばなりませんね!!」


「やめろ、肉が食えなくなるだろうが!」


「えぇ!? 食べちゃうんですかぁ!?」


「当たり前だろ。なんのための家畜だと思ってんだ。

 角から毛皮、骨に至るまで。

 余すことなく、無駄な部位など何一つ無いのも素晴らしい点なんだぞ?」


「そ、そんなのかわいそうですよぉ!」


 目に涙を溜めながら抗議をしてくるイリス。

 頼むから泣くなよ?


「っていうか、お前昨日食ってたよ? 夕食に出てた肉。あれモギュウだぞ?」


「ふぇっ!? ……女神ミル様、(わたくし)イリスは罪深い咎人です。

 図らずとも、神獣を口にしてしまいました。

 どうか、どうかお許し下さい……」


「だからその神獣認定やめろ。実家が潰れるだろが。マジでシャレにならん」


「モォ〜」




 空が紅く染まり始めた夕暮れ頃。


 ようやく、今日の目標地点であったビノワ村へと辿りつく。

 この村は俺の故郷であるモギユ村から一番近く、交流のある村だ。

 村の規模としては同じくらい。


「お? おめぇさん、エクバードさんとこの次男坊じゃねぇか」


「あ、村長さん。こんちわっす」


 だから必然的に顔見知りがいるわけだな。


「今日はそのモギュウを売りにきたんけぇ?」


「いや、違うよ。実はちょっと旅にでることになってさ。

 イリス、この爺さんがこの村の村長さんだ」


「初めまして。私はイリス・フォールナ・セントミルと申します」


 自己紹介をし、綺麗なお辞儀をするイリス。

 だが彼女の名前を聞いた村長は目を見開き、呆気にとられている。


「せ、せせせ、聖女さま……? 聖女様でございますか!?」


「はい。不肖ながら、聖女を名乗らせて頂いております。

 キリクさんと共に旅を始めまして、今日はこの村でお世話にならせてもらいますね」


「ほぁー、そうでございますか! いやこうしちゃおれん、聖女様を歓迎せねば!!」


 腰は曲がり、杖をついた年寄りだったはずなのに、綺麗なフォームで駆けていった村長。

 俺、もうあの爺さんを年寄り扱いしないことにするわ。


「あ、歓迎などは必要あり――行ってしまわれましたね……」


「なぁ、これからはイリスって名乗るだけにしたほうがいいんじゃないか?

 聖女だとわかると、今みたいに面倒になるぞ。

 ましてやお前さ、狙われてる可能性があるんだろ?」


「……そうですね。今後はキリクさんの言う通りにします」


 そこからはまぁ、村全体がお祭り騒ぎとなった。

 村長が村中に知らせたものだから、怪我や病気をした村人達がイリスのもとへと押し寄せたのだ。


 神官たるイリスが扱う神聖魔法。

 そのなかには治癒魔法も含まれており、その魔法での治療を期待してのことだ。


 まして彼女は聖女。

 神官のなかでも最上位の使い手だ。

 しかも街の治癒魔法医と違い、お気持ち程度のお布施で治癒魔法を施してくれる。


 そりゃ皆群がるわな。

 ひどい奴だと一目見たいが為に、小さい切り傷程度でやってくる始末だ。

 そんぐらいツバつけとけば治るだろ。

 

 だがそれでも、イリスは嫌な顔ひとつせずに真摯に治療に取り組む。

 故に彼女は人気があるのだろうな。


 で、その間俺は暇なのかというと、案外そうでもない。

 俺のもとには村中の子供達が群がっていた。


「キリ兄! 今度はあれ当ててみて!!」


「お、あれだな? っしゃオラァ!」


 男の子が指差した先。

 木柵の上に置かれた、小さな木の実へと石を命中させる。


「「わー! すごーい!!」」


「よゆーよゆー!」


「ねぇ、キリク! おれにコツおしえて!」


「あ、ズルイ! わたしにもおしえてー!」


「「おしえておしえてー!」」


 っとこんな具合だ。

 俺も子供は嫌いじゃないので、邪険に扱ったりなんかしない。

 自分で言うのもなんだが、面倒見はいいほうだと思う。


 日が沈みあたりが暗くなりだした頃、ようやく投擲教室は終わりとなった。

 同時に、聖女様の即席治療院も終わったようだ。


「よっ。お疲れさん、イリス」


「は、はい〜……。とっても、とーっても疲れましたぁ〜」


「大変だな、聖女様は。治療が必要ない奴は追い返せばいいのに」


「そういうわけにはいきませんよ。皆様、私を頼って来てくださっているのですから。

 それよりも、キリクさんこそ疲れたんじゃありませんか?」


「俺? 俺はべつに疲れてなんかいないが?」


「そうなのですか? 横目で見ていましたが、あんなに沢山の子供達と、一緒に遊んであげていたじゃないですか?」


「あぁ、あれね。殆ど日課の練習みたいなもんだよ。遊んでやってたのはそのついでだ。

 それより、村長が家に泊めてくれるってさ。

 夕食も村の皆が食材を持ち寄ってくれて、ずいぶんと豪勢みたいだぞ」


「え、本当ですか!? やったー! ごはんっ! 楽しみですぅ!!」


 小柄な身長で、ぴょんこぴょんこと跳ね回るイリス。

 おぉ、揺れとる揺れとる……!


「早く! 早く行きましょうキリクさん! 村長さんのお宅はどちらですか!?」


「落ち着けって。あの一番大きい家だよ」


 村長の家を教えると、イリスは俺の手を引き駆け出した。


「ごっはんー!」


 ……やっぱこいつ食い意地はってるわ。

 結局イリスは、大量に出された食事をペロリと平らげてしまった。

 何を食べてもうまうまと食べる姿は、見ていて気持ちのいいもんだったけどな。




 翌日、朝早くからビワ村を出発する。

 ここでも村長のせいで、村人総出での見送りとなった。


「聖女様、お気をつけていってらっしゃいませ。

 おいキリ坊、しっかり聖女様をお守りせえよ?」


「ありがとうございます。昨晩の夕食、とっても美味しかったです! また来たいと思います!」


「言われなくてもわかってるよ。そんじゃ、もう行くから。じゃあまた――」


 その時。

 村はずれのほうから、見送りには参加せずに、畑仕事をしていたであろう農夫が大声をあげて駆けてくる。


「おおーい! 誰かきてくれぇー! 大変なんじゃ! ゴブリンが出おったー!!」


「なんと!? おい若い衆! すぐに武器を持って、ゴブリンを追い払うんじゃ!」


「「おう!」」


 村長の掛け声に、村の年若い男集は各々が準備の為、この場から去っていく。


「なんだよ村長。ゴブリン程度で大げさすぎんだろ? なんなら、俺が行こうか?」


「……キリ坊、お前ゴブリンを舐めとるじゃろ? あいつらは個々では弱いが、群れで襲ってくる。

 こちらも数で対抗せねば、命を落としかねんのじゃぞ?」


「数なんて関係ねぇよ。じゃ、ちょっくら行ってくるわ。

 すまんがイリス、ちょっと待っててもらえるか?」


「ふぇ? あ、はい」


 そう言い残し、俺は農夫が駆けてきた方向へと走っていく。

 村外れの畑地帯までくると、ゴブリンはすぐに視認できた。


 子供程度のサイズで、手には棍棒やらぼろの剣などの武器を持つ魔物。

 気味の悪い緑の肌をしており、見た目は醜悪の一言。

 そのうえ悪臭まで放つ存在。


 村長の言うとおり個々では弱いのだが、群れで行動し、繁殖力も高い。

 国からも頻繁に討伐隊が組まれる、なかなか厄介な存在だ。


 茶色の畑で(うごめく)く緑の存在は、遠目でもわかりやすかった。

 数は13体。

 畑の土を掘り起こし、埋まっていた芋か何かを(むさぼ)っている。


 俺は足を止め、腰の小袋から石礫を取り出す。

 お決まりである投擲の構えをとり、一体のゴブリンへと投げ放った。


 放たれた石礫は、作物を食べようとして大口を開いたところに着弾。

 気色の悪い青色の血肉が畑にぶちまけられた。


「作物じゃなくて、石でも食っとけってな」


 っと、あの気味悪い血肉は肥料になります……かね?


『ゴギャッ!? ゴギャギャ!?』


 突然起こった凄惨な仲間の死に、他のゴブリン達が騒ぎだす。

 そんななか1体、また1体と同じ運命を辿っていくゴブリン。


『ゴギャ! ギィー!!』


 5体の頭が弾けたところで、ようやく遠くに見えるこちらの存在に気が付いたようだ。

 ゴブリン達は逃げることなく、残った8体全員でこちらへと向かってくる。


 俺はお構い無しに向かってくるゴブリンへと石を投擲し続ける。

 4体を倒したところで、かなり接近されてしまった。

 思ったより足が速いのな。


 残りは半分の4体。

 ちょうどいい、あの技を使うか。

 射程に難のある技なのだが、この距離なら有効範囲だ。


 小袋から石礫を4つ取り出す。

 それらを、右手の各指の間に挟みこむ。

 そして4体のゴブリンに向けて、投げつける!


「――名づけて、散射投擲(スプレッド)だ!!」


 4つの石礫は空中で見事に分かれ、それぞれが4体のゴブリンへと命中する。

 ほぼ同時に弾け飛ぶゴブリン達の頭部。


「っしゃ! 完璧!」


 一人ガッツポーズを決める俺。

 全てを倒し終えたタイミングで、武装した村の若い衆達が駆けつけてきた。


「お、ごくろうさん。せっかく準備して来たのに悪いけど、俺が全部処理しといたぞ」


「はぁ? お前一人でかよ? んな冗談笑え――」


 視界の先で広がる惨状に気付いたのか、途中で言葉が詰まるリーダーっぽい男。


「な? あ、でも悪いけどさ、後片付けはそっちでやっといてくれるか? 俺も旅で忙しいんでね」


 呆然とする彼らにそう言い残し、俺は悠然とその場を立ち去りイリスのもとへと戻った。

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