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37:迫り、捉えし影

「……バスクさん。話すのもいい加減にしませんか?

 酒場の姉ちゃんに振られた愚痴とか、もはや関係ないっすよ……。

 奴らもなにか企んでるみたいですし」


「ん? あぁ、そりゃそうだわな。すまんすまん。

 最近なにひとついいことがなくてな。吐き出したら止まらねーのよ。

 そんじゃいい加減、とっとと始め――」


 奴の長い無駄話が、槍の男の横槍により終わりを迎える。

 それと同時に、2人の後ろで道草を()んでいる2頭の馬に向けて、両手に構えた得物を放った。

 右手から石礫、左手からは投擲ナイフだ。


 どちらも狙い通りに、馬の頭へ命中。

 牧場の倅としては、可哀相に思うが仕方のないことだ。

 せめて苦しませずにやれてよかった。


 そしてこれで、奴らの足を潰す事はできた。

 逃げ切れる可能性が格段にあがったはずだ。


「あぁ!? てめぇよくも俺たちの馬をって、逃げんじゃねぇ!!」


「うわひでぇ。借り物の馬だから、これあとで弁償もんすよ……?」


 背を向け、間抜けな2人を尻目に走り出す。

 状況を飲み込めず、ポカンとしているトマスも引っ張ってだ。

 小声での密談だったので、こいつには聞こえていなかったわけだからな。


 その場に残ったのは、アッシュだけ。

 彼は1人剣を構え、道を遮るように立ち塞がっていた。




「おいカマ野郎! 邪魔だ、そこをどきやがれ!!」


「なにそれ!? ひっどい呼びかただなぁ……。

 そんな言われかたしたら、ますます通す気がなくなるよ!」


 心外な言われように、頬を膨らまし不満を露わとするアッシュ。

 ますますとは言うが、もともと彼にそのつもりなどはない。


「……あーあ。あいつら、仲間1人を囮に逃げちまいましたよ。

 だから街をでる前に、応援呼びましょうって言ったのに……」


「バカ野郎! 人手が増えちまえば、その分手柄が減るだろうが!

 こいつは、俺の失点を取り戻すチャンスなんだぞ!?」


「それでまんまと逃げられてちゃ、増えるどころかまた減るんじゃないすか……」


 あきれ顔でため息を吐く、槍の男。

 だが互いの立場からか、なかなか強気には進言できないようであった。


「ふん。あいつらはどうせ、ティアネスにでも向かうつもりだろ。

 その上あっちは動かないお人形に、ガキまで連れてんだ。

 こいつをさっさと始末して、全力追いかけりゃ余裕ってもんだ」


「まー馬なら、姐さんが乗ってきたのがもう1頭いますしね。

 でも2人までしか乗れないっすから……。結局、俺は走る事になるんでしょうね」


「あ、やっぱりどこかにもう1人いるんだね?

 馬ももう1頭いるのかー。厄介だなぁー。

 だったら僕はなおさら、ここで時間を稼がないとね!

 ……君達が思っているほど、この道は簡単には通れないよ」


 目元にまでかかる、アッシュの赤髪。その隙間から覗く眼光。

 そこには、退くことはないと、決意の火が灯っていた。


「……そういえば、君達は東門から出てきたのかな?

 こんな遅い時間に、よく門を開けてもらえたね?」


 アッシュの中あった疑問。

 トマスの兄が、そう簡単に門を開け追手を通すとは考えられない。

 時間稼ぎのついでとばかりに、彼はバスクらに問いかけた。


「んあ? そんなもん、俺が命令すれば当然だ。

 ただ1人渋る奴がいたな。誰もここから出ていないだとか、外の魔獣が入り込む危険があるだとか。

 ったく、しっかり逃げ出してるじゃねーか!」


 悠長に話しこむ気はないと、アッシュに斬りかかるバスク。

 だが口が軽い性分ゆえか、律儀にも質問には答えるようだ。


「あの門番達は、こいつらの協力者ってことっすよね。

 あいつ斬り捨てておいて正解でしたね。

 部下の奴らも、びびって素直に門を開けてましたし」


 槍の男も同様に、口を動かしながら手も動かす。


「斬り捨てって……!?

 トマスのお兄さん、巻き込んでしまってごめんね……」


 最初の一合をなんとか捌きながら、聞こえぬほどの小さな声で呟くアッシュ。

 せめて生きていてくれればいいのだが。

 彼は、そう思わずにはいられなかった。


 袈裟懸けに、幾度も振るわれる剣。

 迷いなく何度も突きだされる槍。

 そのどちらも重い一撃ながら、連携がとれており、一分の隙もなく繰りだされる。


 また厄介なことに、彼ら2人は一息に仕留めることは優先とせず、削ることを主としているようだった。

 急いでいる状況にも関わらず、堅実に攻め立てられるアッシュ。

 かといって彼が焦り、反撃へと転じれば、相手は即座にその隙を狙ってくるだろう。

 アッシュが渡りあえているのは、守りだけに全力を注いでいるからでしかないのだ。


 剣と槍。

 その両方の攻撃を、懸命に受け続けるアッシュ。

 だが捌きるのは難しいらしく、一合するたび、どちらかからは傷を貰ってしまう。

 彼の衣服は次第に、自らの血で赤く染まり始めていた。


「……こいつ、思ったよりしぶといっすね。

 これ以上、ここでもたつくのはまずくないですか?」


 傷こそ増えていくものの、決して致命傷を受けるような隙だけは見せないアッシュ。

 だがこの状況。彼が力尽きるのは、もはや時間の問題だった。

 それは誰よりも本人が一番わかっていること。

 それでも退かず、アッシュは立ち塞がり続けた。


 彼の思惑通りに足止めをされている事実。

 そのことに、バスクは苛立ちを覚える。


「まったく、守りだけは一丁前なやつだ。

 いい加減、お前もとんずらこいたらどうだ? 今なら見逃してやるぜ?

 俺たちの目的は聖女で、お前を殺すことじゃねーからな」


 自分の命が惜しければ、今すぐこの場を去れ。

 バスクはアッシュにそう告げた。

 彼の言う、見逃す、というのは事実だろう。

 背を向け逃げ出したアッシュを追い、仕留めているほどの余裕はないのだから。


「え、本当? さすがに僕ももうしんどいし、体中傷だらけで痛いし。

 そろそろ限界だから、お言葉に甘えようかなー」


 アッシュはバスクの言葉に乗っかり、手に持った剣を腰元へ。

 追手の2人も、同様に剣を下げた。


「……なんてね!!」


 その一瞬の隙を逃さず、すぐさま距離を詰め、アッシュはバスクへと剣を薙いだ。

 鞘に納めたかと思われた剣も、実はフリだけで剥き身のまま。

 地に転がる、ランプの明かりだけが頼りの暗いなかだ。

 そうそう気付けるものではないと、アッシュは踏んでいた。


「へへ! やっぱそうくるよな!」


 アッシュの振るった渾身の一撃は、予想されていたかのように受け止められる。


 バスクの言っていたことは事実だ。

 だが、それは素直に逃げた時だけのこと。

 彼らはこういった不意打ちがくることも、念頭においていたのだ。

 アッシュはまんまとその撒き餌に食いついてしまった。


「いただきっすよ!」


 誘いに乗り、自ら晒してしまった隙。

 当然ながら相手は見逃すような愚か者ではない。


 横から鋭く伸びる槍を、アッシュは身を捻ることで紙一重に躱した。

 すぐさまその場を飛び退き、距離をとる。


 彼の額から流れる、一筋の脂汗。

 危うく致命傷を受けるところだったのだ。


「っち、今ので駄目か。

 もういい。おいジーナ、ちと手伝ってくれ!」


 大きな声で、バスクはもう隠れて潜む仲間へと呼びかける。

 アッシュを仕留めるため、向こうは最後の手をうってきたのだ。

 遠方から、女性の声で返事が聞こえてくる。


「あっちに隠れていたんだね。

 皆が居るときに見つけられていれば、なんとかなったんだけど……」


 なおも間髪いれず、2人からアッシュへと振るわれる凶刃。

 その攻撃に意識をとられた時、彼の足元から、黒い影のような腕が現れる。


 2本現れたその腕は、アッシュの足をがっちりと掴む。

 足の動きを封じられたと同時に、示し合わせたかのように剣と槍が迫った。


「ちょ、まずっ!? ぁぐっ……!!」


 頭を唐竹割りのように迫る刃を、右手で持った剣でなんとか受け流す。

 しかしそのせいで、槍を防ぐことが叶わなかった。

 本来ならば、足を使って避ける場面だったのだから。


 左腕を盾にするかのように、アッシュは槍を受ける。

 だが空しくも貫通し、脇腹に突きこまれた穂先。

 腕を犠牲にしたおかげで、即死は凌げたものの、致命傷に変わりはなかった。


 影の腕が消え、体から槍が引き抜かれる。

 アッシュが負った傷は深く、痛みで地に片膝をついてしまう。


 傷口から感じる熱。

 剣を手放し、両手で押さえても、止まることなく溢れる血液。

 体中から滲む脂汗、苦渋に歪む顔。


 バスクはそんな彼を上から見下し、役目の終わりを告げる。


「……あとは放っておいても野垂れ死ぬな。

 だがせめてもの情けだ。長く苦しむのも辛いだろ? ひと思いに、首を刎ねてやるよ」


 構えられた剣が、空へと大きく振り上げられた。

 だがその瞬間、2人を覆っていた蒼光が霞みのように消え去ってしまう。


「あれ、障壁消えちまったすね?」


「……たく、いいところだってのに。

 おいジーナ! まさかもうマナが切れちまったのか?

 これから投擲の餓鬼を相手しに行くんだ……ぞ……」


 バスクが振り向いた先。

 それは彼の仲間である魔導士、ジーナと呼ばれる人物が潜む場所。

 そこに立っていた1人の影。


 月明かりに浮かび上がるシルエット。

 それは彼の仲間である、見知った女性のものではなかった。

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