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35:深淵の壁外

 街で騒ぎを起こし、逃げるようにして向かった東門。

 途中、路地裏から大通りを覗いてみれば、何人もの衛兵が慌しく駆けていた。

 向かう先は爆発の起こった教会、領主の館、そして鐘の鳴った西の鐘楼。

 そのいずれかだろう。


「……狙い通りにいったか。夜中にご苦労さんっと」


 さも白々しく、聞こえぬ声で労いの言葉を投げておく。


 非番の兵まで叩き起こされているようで、あちこちの家から衛兵が現れる。

 そんな彼らに見つからぬよう、冷静かつ急ぎながらも、目的の東門に辿り着く。

 そこには2人の門番が立っており、こちらが近づくと向こうから声をかけてきた。


「ん? 失礼ですが、あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」


「……キリクだ」


 ここで門番をしているということは、恐らくはこの2人のどちらかがトマスの兄のはず。

 30歳ほどの男と、20歳前後の男。

 上官と部下のようだが、恐らくは後者のほうか。

 ちなみに、声をかけてきたのは上官の男。


「おお、あなたがそうでしたか!

 トマスから話は聞いております。お待ちしておりましたよ」


「あんたが、トマスの兄貴なのか?

 その……失礼だが、随分と年が離れているようだな?」


 ……予想が外れたようだ。

 だが確かに、顔をよく見れば面影がある……かも?


「ハハハ。実際、親子ほどに離れていますからね。

 うちは農家の6人兄弟で、私は長男。

 トマスは一番の末っ子ですから」


 なるほどな。

 これほど立派な兄がいるのだから、トマスが頼るのもわかるってもんだ。

 ちなみに彼は街に憧れ、村を飛び出してきたのだと。

 肝心の実家は次男が継いだらしい。


「しかし、トマスから話は聞きましたが、そのようなことになっていたとは……。

 ああ、ちなみにこいつと、街壁上にいるもう1人は私の信頼できる部下です。

 彼らも、敬虔なセントミル教の信徒です。どうかご安心下さい」


「トマスが信用できるって言っていたからな。

 なら、俺も信じるさ。

 それで、他の皆はもう街の外に?」


「ええ。門をでてすぐのところで待機しておられますよ。

 本当は私もついて行きたいのですが、すでに家庭を持った身ですので……。

 この程度しか力になれず、申し訳ない!」


 俺のような若造に向け、頭を下げるトマスの兄。

 突然の謝罪に、こちらもどうしていいかわからず戸惑ってしまう。


「いいから頭をあげてくれ!

 あんたが謝る必要なんて、なにひとつないって。

 脱出のために協力してくれたんだ。それだけでありがたいんだからさ」


「……そう言っていただけて助かりますよ。

 このような事件があった以上、私も近いうちにこの街を離れるつもりです。

 その時には、また力にならせてください。

 ではご案内しますので、こちらへ」


 促されるまま、先導するトマスの兄のあとに続く。

 だが門に向かうのかと思いきや、彼は脇にある待機所に入ってしまった。


「おいおい、門を開けてくれるんじゃないのか?」


「人が通れる程度に開門してもいいのですが、それでも大きな音がでてしまいます。

 衛兵の多くは事の起こった場所にいるでしょうが、街の住人がいますからね。

 この騒ぎで目を覚まし、家のなかで様子を窺っている人も多いでしょう。

 秘密裏に済ませたいのでしたら、やはりそこは徹底したほうがいいかと」


 そうなのか。確かに、少しでもリスクは下げておきたい。

 だが、ならばどうやって外に?

 街門とは別に、小さな扉でもあるのだろうか?


 待機所に入ると、そこには壁上へ続くと思われる階段があった。

 トマスの兄も、「こちらです」とその階段を上がっていく。

 ここまでくると、さすがの俺でもわかる。

 教会でもやったことを、さらに大きな規模でまたやることになるのか……。


「どうです? ここからの眺めは。

 素晴らしいでしょう? もっとも、夜は暗くてあまり見えませんが」


 壁上へと登りきると、彼は滅多に拝む事のできない外の絶景を讃えてくる。

 暗すぎてあまりどころか、まったく見えやしない。

 ……街のほうへと目を向ければ、領主の館が絶賛炎上中で明るいわけだが。


「そんで、もう予想はついているが……ここから?」


「ええ。ここからです」


 待ってましたといわんばかりに、吊るされていた1本の頑丈そうなロープ。

 そっと壁から顔を出し、下を眺めてみる。


 ……真っ暗だ。それはもう奈落の底のように。

 うっすらと見える木のシルエットが、辛うじて大地があることを主張している。


「ご安心を。命綱もセットでつけておきますので!」


 そう言うや否や、トマスの兄はもう1本のロープを取り出し、俺の体へくくりつけた。

 反対側はちゃんと固定されているんだろうな……?


「……アッシュとトマスも、ここを?」


「はい。アッシュさんは聖女様を背負い、それはもう躊躇なく下りていかれました。

 逆にうちの弟は泣いてぐずって……。兄として情けなく思いましたよ。

 まぁ、最後は無理矢理ロープを括りつけて下ろしましたがね」


 すげぇなアッシュ……。

 俺はトマスの気持ちがよくわかるぞ。

 再会したら慰めてやろう。


「……キリクさんも、よろしければ私共がロープで下ろしましょうか?」


「いや、結構だ。自分で下りる……」


「そうですか。では、くれぐれもお気をつけて」


 さすがに、みっともない姿を晒す気にはなれない。

 とはいえ念のためだ。ちゃんと命綱はしておかないとな。

 それから垂れ下がったロープを掴み、意を決して壁面を降下していく。




 上を見ると、何度かちらちらと光が点滅していた。

 どうやら下にいる皆への合図のようだ。

 呼応するように、地上にひとつ、ランプであろう光が灯る。


 ゆっくりと地面へと降下していき、ようやく地に足が着く。

 正直、生きた心地がしなかった。

 これが明るい昼間であれば、ここまで恐怖を感じはしなかっただろうが……。


 命綱を外し、地上で灯る光の場所へと進む。

 そこでようやく、先に街から脱出していた全員と合流ができた。


「キリク様〜! お待ちしておりましたです〜!

 お怪我はないです? 大丈夫です?」


 いの一番に、こちらへと駆けてくるシュリ。

 俺のことをとても心配してくれていたようだ。


「傷ひとつ負っちゃいないから、安心しろって。

 それより、待たせて悪かったな」


「そうですか! ご無事でなによりです!

 アッシュ様たちが来るまで、ずっと心細かったです!

 肝心のキリク様も、ご一緒ではなかったですし……」


 よほど心配したのか、それとも心細かったのか。

 体をプルプルと震わせ、涙目になっているようだ。

 安心させるため、耳の生えた頭を撫でてやる。

 左右に揺れる尻尾が、わかりやすくシュリの感情を現していた。


「無事にことが済んだみたいで、よかったよ。

 ……それでどうだった? 下りるとき、怖くてちびってない?」


「誰がちびるか!

 こ、この程度の高さくらい、余裕だったし!」


 少し声がうわずってしまった。

 こちらの様子に対し、満足そうな笑みを浮かべるアッシュ。

 くそ、自分は大丈夫だったからって……。


「……キリクさんは凄いですよ。

 アッシュさんと同じく、自力で下りてこられたんですから……」


「うぉ!? お前、そんなところにいたのか!?」


 突然真横から、消え入りそうな声と共に現れたトマス。

 まるで別人のように、何かを悟った顔をしている。

 ……ズボンが変わっていることには触れないでおこう。

 それが今のこいつに対する、優しさってものだ。


「いや、うん。俺も怖かったよ?

 下は真っ暗だったしさ……。

 トマスも無事に下りてこられたみたいで、よかったじゃないか」


「ふふふ……。

 無事……だったらよかったんですけどね……。

 ぼくの心は傷だらけです……。

 ……シュリさんにも見られちゃったし……」


「お漏らしくらい、気にしても仕方ないです。

 わたしも、トマス君くらいの頃はよくしてたですよ?」


 あ、言っちゃったよ。避けるようにしてたのにな。

 今のトマスには、どんな言葉をかけたところで、慰めにもならないというのに。

 というか、よくしてたってのもどうなんだシュリよ。


「うわぁーん!」


「あはは! よしよし、気にしちゃ駄目だって」


 泣き出すトマスをアッシュがあやす。

 苦い思い出だろうが、これもいい経験だ。

 そのうち笑い話として、自分から語れる日がくるだろう。多分。


「あ、ロバートも元気だったか?

 イリスは……まだ目を覚まさないか」


 木につながれたロバート。

 そしてその背に、落ちないようにしっかりと乗せられたイリス。

 紐で括りつけられているその様が、なんだか荷物扱いのように思える。

 だが、これでようやく全員が揃ったわけだな。


「さて、それじゃあ出発しようか?

 トマス君も泣き止んでくれたし。

 ここでずっと喋っているわけにはいかないからね」


「そうだな」


 再会を喜び合うのはいいが、ここに留まっているのは危険だ。

 今はまだ、相手の目と鼻の先。

 敵の懐にいる以上、テロを起こした重罪人として扱われるだろう。

 捕まってしまえば、聖女誘拐に領主の館襲撃と、処刑間違いなしだ。


 一旦ランプの火を落とし、駆け足気味で街から離れる。

 ひとまず目指すのは、あの変態女将の経営する宿場。

 そこを経由し、ティアネスの町へ向かうつもりだ。

 あそこには頼れる男がいるからな。


 夜の闇に潜む獣を警戒しながら、アルガードの街から離れていく。

 訪れたときの、あの楽しかった思い出はなんだったのか。

 全てがまやかしだったのかと錯覚するような、短くも濃い滞在だったな。

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