34:闇夜の騒乱
いまも目を覚まさない眠り姫。
彼女はこのなかで一番身体能力が優れる、アッシュが背負うこととなった。
俺がおぶってやりたかったのだが、万が一発見された場合を考慮しての判断だ。
即座に仕留める術を持つのは俺だけなので、手が空いていたほうがいいからな。
先頭を引きうけ、慎重に来た道を引き返す。
侵入口であった中庭までは、難なく辿り着くことができた。
庭の隅に生えた、大木の陰に隠れる位置へと移動する。
そこから鉤爪ロープを投げ、屋根上までの道を繋いだ。
「アッシュ、イリスを背負ったままで登れそうか?」
「大丈夫。いけるよ!」
可能との返事だったので、イリスとアッシュをヒモで縛り、しっかりと固定する。
それから俺は先に上へとあがり、彼の補助をすることに。
続いてアッシュがロープを登り始める。
やはり人を背負った状態たと、思うようにはいかないらしい。
単独の時と比べ、倍近い時間をかけ登ってくる。
「ほら、アッシュ! もう少しだ!」
こちらが手を伸ばすと、彼も力強く掴み返してくる。
そのまま屋根のうえまで2人を引き上げた。
「……ふぅ、お疲れさん」
「あ、あはは……。
いけると思ったんだけど、いざやってみるとしんどいね……」
「だろうな。でもまだ外周の柵もあるからなー」
「あーそっかぁ……。
いや、向こうのほうが低いし、この高さと比べればましだよ」
お、つまりはそっちも任せていいということか。
遅れてトマスも屋根へと登ってきたので、そこで一旦休憩をとった。
アッシュは当然ながら、トマスも息があがっている。
長い緊張状態で、ここにきて疲れがでてきたのだろう。
2人が息を整えているその間に、高所という利点を生かし、見つからないよう屈んで辺りを見渡す。
どのあたりに見張りや見回りがいるのか、彼らの持つランプの光が、こちらへとわかりやすく示してくれていた。
「……どうだ、そろそろいけるか?
タイミング的に、今がちょうどよさそうなんだが」
「ぼ、ぼくは大丈夫です……」
「うん、いこう。
さっさと終わらしたいもんね」
2人の確認をとったところで、下へとロープを垂らす。
先に俺が地面へと下り、続いてアッシュ、トマスという順だ。
最後は中庭の時のように、ちょうどいい木などは存在していない。
そのため、鉤爪ロープはここで捨てていくことになる。
引っかかった鉤爪を、下からでは外しようがないからな。
垂れ下がったロープ部分も、屋根の上へと放り投げておけば、すぐには発見されないだろう。
イリスを背負ったアッシュも地面へと下りたち、最後に残るはトマス。
彼もまた、ゆっくりとロープを伝い下りてくる。
だがちょうど半分まできたところで、事故が起こった。
「……あっ!?」
トマスが疲労からか手を滑らせ、地面へと落下してしまった。
ドスンッと、地に落ちる音が響く。
「痛っ! うー……」
「トマス、大丈夫か!? 怪我は!?」
急ぎ駆け寄り、助け起こす。
幸いにもトマスの意識はしっかりしており、動くのに問題はないようだ。
「いてて……だい、じょうぶです。
骨折とかはしていません。ちょっと強く打っただ――」
「なんの音だ!? 誰かいるのがっ!?」
落下時の音を聞きつけたのか、見回りが1人こちらへと確認のために駆けてくる。
発見され声をあげられる前にと、即座に眉間へとナイフを投擲した。
しかし、トマスが落ちてしまった時点で、見つかるのは避けられなかったようだ。
「侵入者だ! 賊が入り込んでいるぞ!
仲間が1人殺された!!」
同じようにこちらへ駆け寄っていたもう1人の見回り。
そいつが、仲間が倒れるのを目撃したようだ。
大声をあげ、俺たち侵入者の存在を周りに報せてしまった。
「す、すみません! ぼくのせいで!!」
「そんなのはいいから、急いで逃げるぞ!」
涙目で必死に頭を下げ、謝罪をするトマスに逃走を促す。
もうばれてしまった以上、こそこそする必要はない。
残された手は強行突破だけだ。
遠巻きに集まりだすランプの光。
ひとまずは近場にいた、先ほどの声をあげた見回りを石で処理し、退路を拓く。
そのままなりふり構わず、一直線で敷地外を目指した。
「柵は俺が吹っ飛ばす!」
腰に下げた、石入れとは別の小袋。
そこからひとつの綺麗な石をとりだす。
これは以前、ゴブリンの群れを吹き飛ばした火の魔法石。
教会から受け取った報酬で新たに買ったものだ。
しかしながら値段が高く、在庫も碌になかったために、用意できたのは2個のみ。
なんでも、魔石を魔法石へと作り変えるのに、専門の技術を修めた魔導士が必要なのだそうだ。
この街にはその技術者がおらず、今はたまに行商で流れてくる品が並ぶだけらしい。
俺が過去に持っていた物は、村へ行商に訪れた商人から買ったもの。
その時ですら結構な額ではあったのだが、今回買った魔法石はさらに倍近い値段だった。
あれは相当な掘り出し物だったのだと、今になって思う。
右手に構えた魔法石を、まだ距離のある柵へと投擲する。
爆風を考慮し、早い目に使用したのだ。
柵へと激突した魔法石は、その場で爆発を起こす。
想定どおりの威力を発揮し、爆心地の柵は消し飛び、逃げ道が出来上がった。
同時に爆音が辺りに響いたため、これで大きな騒ぎとなってしまうだろう。
教会の奴らはもちろんのこと、街を巡回する衛兵達もここに駆けつけてくるのは間違いない。
「……もう後戻りはできないねー。
ここからは迅速さが大事だよ?」
「ああ、わかってる。
とにかく事前に決めていた、第3プランに移行するぞ!」
第3プラン。
それは、イリスを確保後に発見された場合の作戦だ。
「わかりました!」
途中アッシュとトマスを先に行かせ、こちらへ近づく、いくつかの光目掛けて石を投擲。
牽制が功を奏したのか、相手は警戒し躊躇する動きを見せる。
その隙に、教会の敷地外へでることに成功。
「それじゃキリク君、気をつけてね!」
「そっちもな! またあとで落ち合おう!」
「キリクさん、絶対に追いついてくださいね!」
教会からしばらく進んだところで、俺は2人と別れ単独行動を開始する。
アッシュとトマスは、俺たちがこの街へと入ってきた東門へ。
そこがちょうど、トマスの兄が門番を勤めている街門でもあった。
そして俺は、1人街の中央にある領主の館を目指す。
道中は、教会へと向かう衛兵と遭遇しないよう、事前に下調べしておいた路地裏を迷いなく突き進む。
視界に領主の館を捉えると、爆音の騒ぎからか、明かりがついていた。
じきにあそこに居るであろう、黒幕の領主様にも全ての報せがいくだろう。
そうなれば、すぐさま捜索のための隊が組まれかねない。
今の俺たちは、まだこの街に居る状況。
逃げるための時間が欲しいのだ。
残ったもうひとつの火の魔法石を、館へ向けて構える。
発覚し騒ぎとなった以上、ならばもっと大げさにしてしまえという作戦だ。
領主の館が襲撃を受けたとなれば、そちらに兵を当てねばならず、時間が稼げるはず。
ついでにこの一投で、領主を仕留められればなお良しだ。
右手から放たれた最後の魔法石。
それは領主の館、2階部分に当たるとこれまた大きな爆発を起こした。
同時に、そこから聞こえてくる多くの悲鳴。
あそこで働いている、下働きである従者達のものだろう。
その声を聞き、少しばかり湧きあがった後悔と罪悪感。
彼らは、果たして関係者なのだろうか。
もし無関係であり、邪教などとはなにひとつ縁のない人達だったのなら……。
そこで考えるのを止めた。
たとえそうであったとしても、ここまでですでにいくつもの命を奪ってきた。
自分たちの目的のため、敵とはいえ何人も手にかけた。
ここにいたって、なぜ今更と自分自身を嘲笑してしまう。
……今は思い込むしかない。
信用できる者以外は、全て敵なのだと。
「……次、いくか」
急ぎその場を離れ、今度は西の鐘楼を目指す。
東門とは正反対の位置にあるため、それ故に一番遠い場所だ。
暗躍しているのがばれないよう、必死に姿を隠しながら進む。
「見えた! この位置からなら、いけるな!」
西の鐘楼を射程に収めた位置に辿り着くと、物陰に隠れ一旦息を整えた。
そして背負っていた荷袋から、木のボールを3つ取り出す。
「確か、連続して2回鳴らせば警戒。3回で非常事態だったな……」
自分で口に出し、内容を再確認。
ボールを3つ、力を込めて鐘へ向けて投げた。
夜の街に響く、3度の鐘の音。
静寂を破った爆音に続いての警戒音。
「これで西方面に、非常事態ありってことで兵が集まるだろ」
これが鐘を鳴らした思惑。
この街の大鐘楼は、ただ時を告げるだけでなく、警報装置としての役目も担っている。
東西南北の4箇所に設置されているのも、どの方角で異常が発生したか、わかりやすくするためなのだと。
今回はそれを逆に利用させてもらった。
「あとは皆と合流して、脱出するだけだな……!」
足早にその場を立ち去り、東門を目指した。




