32:無音の影
「さて、大まかにだが作戦も決まったし、準備も整った。
事前に大金を貰っててよかったな。おかげでいろいろ買えたぞ」
といっても、俺のものばかりだが。
「……そのお金、教会から受け取ったものなんだよねー。
そう思うと、なんだか複雑だね?」
「それは言うなって……」
時は翌日の夜。
数多ある家から漏れる光が、数を減らしていく時間。
普通の人は寝床に横たわり、寝入る頃合だろう。
それは教会とて例外ではない。
外から眺める限りでは、建物内に灯る光はほんの僅かだ。
俺とアッシュ、そしてトマスの3人。
全員が身軽な軽装のうえに、黒の外套を纏い、夜の闇に溶け込んでいる。
今は近くの路地裏で、最後の確認をしているところだ。
シュリは荷物を積んだロバートと共に、門が閉まる前に街の外へと出てもらい、隠れて待機してもらっている。
魔獣やなんかに襲われやしないか。
少し心配だったが、街付近にはそうそう現れないらしい。
そして完全に閉まってしまった門を、どうやって俺達がくぐるのか。
それはトマスの兄がなんとかしてくれる手筈だ。
なんでも、彼の兄はこの街の衛兵を務めているんだと。
それもちょうど担当は門番。
……衛兵の兄って、それ大丈夫なのか?
そう思い、あらかじめトマスには確認をしておいた。
「兄もぼくと同じ、敬虔な女神ミル様の信徒です!
決して変な思想は持ち合わせていないので、安心してください!」
ということらしい。
こちらとしても、他に手を借りれるアテがないのだ。
ここは彼を、彼の兄を信じ、計画を進めていくことにした。
ちなみに、この街のギルドを頼る案も出たのだが、これはすぐ却下となった。
領主のお膝元である街のギルドだ。
そのうえここのギルドマスターは、その領主と懇意の仲であるとのこと。
なれば信用性で、大きく欠けてしまうとの判断だ。
「そういえばトマス。昨晩は床で寝ていたみたいだが、体は大丈夫なのか?
肝心なところで、寝不足だったからはなしだぞ」
「それなら問題ありません!
ぼく、どんなところでも満足に寝られるのが自慢ですから!
あ、でも……。
さすがに、シュリさんのお隣では寝れなかったですけども……」
シュリは気にせず寝ていたみたいだがな。
とはいえ、トマスには悪いことをしてしまったか。
恥ずかしがるだろうとは思っていたが、体格だけで決めたからな。
……だがこいつの様子を見るに、案外と満更ではなかったのかも?
「……あ、2人とも。
見回りが遠くに行ったよ!」
「よし、それじゃ始めるか」
動向を窺っていたアッシュの言葉を合図に、行動を開始する。
正面入り口は常に守衛が2人存在しているので、侵入は側面の柵をよじ登ってだ。
金属でできた柵を、アッシュはひらりと二手で飛び越えていく。
大人2人分ほどの高さはあろうに、すごい身体能力だと感心する。
俺も負けじと、音を立てないように三手で昇りきる。
そして柵の一番上から、下に向けて手を伸ばす。
「ほれトマス。引き上げてやるから、掴まれ」
「あ、はい! ありがとうございます」
トマスはよじよじと届く範囲まで登ると、俺の手を掴んだ。
がっちりと掴み返し、そのままいっきに上まで引き上げてやる。
あたりを気にしながら、そろりと2人同時に地面へと着地。
茂みにいるアッシュの元へと、急ぎ駆け寄る。
「今度はあっちから見回りが来ているから、ここで一旦やり過ごすよ?」
彼の指示に、2人で頷き返す。
息を飲み、近くを通る見回りにばれないよう努める。
「……」
「…………ほっ」
「……行ってくれましたね」
「しかしトマスの言っていたとおり、外の警備は厳重なんだな。
聖女が来ているんだから、当然なんだろうけど」
「ジャコフ司祭様の考えなんです。
外を固めておけば、そもそも中に入ってこれないだろうって……」
満遍ではなく、一極集中というやつか。
まぁ、確かに司祭の考えもわからなくはないか。
入ることができなければ、中の警備なんて必要最低限で済むんだからな。
「そのおかげで、逆に教会内は手薄のようだしありがたいよね」
「まったくだ」
とはいえ巡回の数は多く、侵入できそうな窓や扉には、複数を見渡せる位置で見張りが立っている。
さらにその見張り同士が、互いに見える範囲で警備しているのだから厄介だ。
俺が1人仕留めて、その空いた場所から入り込む。
……なんてことはできないからな。
「さて、それじゃあっちに移動して……っと」
「キリク君、頼んだよ?」
「任しとけって」
見張りからは死角となり、見回りもあまり通らないような位置へと移動する。
そこは当然ながら、入れる窓や扉なんて無く、あるのは高い教会の壁。
俺は背負っていた荷袋から、あるものを取り出す。
それは長いロープが括り付けられた、鉄製の鉤爪。
ご丁寧に、極力音がしない様にと爪先には布を巻いておいた。
それを手に掴み、先ほどから目星をつけておいた場所へと投げ、引っ掛ける。
この手の道具は、振り回しその勢いを利用して投げるのが普通だ。
だが俺の腕を持ってすれば、そんな大きな動作は必要とせず、狙い通りに投げる事ができる。
爪の返しが引っかかっている事を確認し、見回りが来ていない隙に、急いで屋根へと登りきる。
あらかじめロープには、一定間隔で大きな結び目を作っておいた。
これのおかげで、貧弱なトマスでも登りやすくなっているからな。
俺のあとに続き、2人も問題なく屋根へと登りきる。
そこで一旦、鉤爪ロープを回収。
放置すればばれる原因になりかねない。
それに、降りる時にも使うからな。
「さて、次は……中庭から降りるんだったか?」
「はい。教会内の警備は手薄とはいえ、気をつけてください」
中庭には、四隅にちょうど大層な大木が生えていた。
その内の1本の木に隠れるように、再びロープを垂らす。
もちろん、あらかじめ下の状況を確認してからだ。
「今度は僕が最後に降りるよ。
あの木があれば、ロープを使わずにいけるからね」
「わかった。それじゃあ回収頼むな」
しんがりをアッシュに託し、俺とトマスは先に中庭へと降り立つ。
そこで一旦身を隠し、周囲を警戒。
問題がないことを確認し、屋根で待機していたアッシュに合図を送る。
彼は木を上手く利用し、地面へ降り立った。
「……ここまですんなりいっていると、なんだか不気味だね?」
「そういう、これから問題が起こるようなこと言うなって」
今までが余裕だったからといって、油断はいけない。
ましてや、その発言は不穏すぎる。
教会の中心に位置する中庭なため、とくにこれといった扉や窓などはない。
そのため、難なく内部への侵入に成功。
存在感を殺し、音を立てず廊下を進んでいく。
建物内に入る直前に、布を靴へと巻いておいた。
これのおかげで、固い床であっても足音がほとんどしない。
時折、遠くからカツンカツンと歩く音が響き聞こえてくる。
恐らくは建物内を見回っている、守衛の足音だろう。
向こうは、侵入者がいるとは露ほどにも思っていないのだろうな。
無配慮に聞こえる音が、こちらへと位置を知らせてくれる。
「こっちです。もうすぐ聖女様の部屋です」
俺とアッシュには場所がわからないので、トマスの先導のもと慎重に進んで行く。
どうやら、目的の部屋まではもう少しのようだ。
なんとか間に合ってくれていればいいんだが……。
「この角を曲がれば、部屋が見えて……あれ?」
「トマス君、どうかしたの?」
「あ、いえ。昨日は部屋の前に、見張りが1人ずっと立っていたんですけど……」
今はいない、ということか?
それならちょうどいいじゃないか。
俺たちの存在を知られているわけではないのに、罠なんてことはありえないだろう。
「とにかく、行ってみようぜ?」
慎重に部屋の前まで進む。
アッシュは扉へと耳を当て、中から音が聞こえないか意識を集中させた。
「……なにも聞こえないね。少し、扉を開けて確認してみるね?」
「頼んだ。気をつけろよ?」
了承のハンドサインをだし、アッシュはゆっくりと扉のノブを回す。
どうやら鍵はかかっていないらしく、ギギッと鳴る鈍い音に肝を冷やす。
少しだけ開いた隙間から、片目で中の様子を窺うアッシュ。
「……誰もいないみたい。なかに入ってみようか」
彼のあとに続き、俺とトマスも部屋へと足を踏み入れる。
そこはもぬけの殻となっており、ベッドに掛けられた布団は酷く乱れていた。




