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27:内に潜む者

 教会の入り口で、街中へと消えていく3人の背を見送る聖女。

 彼女は、それこそ彼らの姿が見えなくなるまで、ずっとその場から動かなかった。


「……行ってしまわれましたな」


「……はい」


「強がらずとも、泣き顔くらい見せてしまってもよろしかったのでは?」


 司祭が言葉をかけると、今まで凛としていた少女の表情が崩れ始める。

 目から雫が溢れ、それは石畳へとポツリポツリと落ちていく。


「……うぐぅ……ひっぐ……ふぇぇ……」


「そうですぞ。泣けるうちに、たくさん泣いておくのがよろしい」


 これまで少年から、泣き虫だと思われていた聖女。

 それは間違いではない。

 彼女は別れの際に、彼らに心配をかけまいとただ強がっていただけ。


「さあイリス様。お部屋を用意させておきました。

 今日はもう、そちらでゆっくりとお休みくだされ」


「うぅ……ありが、と……ござ、まぅ……」


 泣き止む事ができず、聖女はシスターに慰められながら、部屋へと連れられて行った。


 彼女が去ったのを見計らい、1人の人物が司祭のもとへと歩み寄る。

 外套で身を覆い隠しているものの、体格や声から、誰が見てもその者が男であるとわかる。


「……ようやく聖女がやってきおったな。これで一安心というものか」


「ええ、まったくですな。

 しかしお言葉ながら、教会内はほぼ掌握してあれど、完全ではございませぬ。

 それに時は夕刻前とはいえ、まだまだ街の住民も祈りに訪れます。

 このような場所ではなく、落ち着いて話せる部屋へと参りましょうぞ」


「ふん。ただの平民に聞かれたところで、何ができようか。

 とはいえ、確かに人が行き交う入り口なんぞで話し込む内容ではないな。

 ……私は丁寧に淹れられた、質の良い紅茶しか受け付けんぞ?」


「ははは、それはご安心を。

 先日南方から良い茶葉を仕入れましてな。必ずやお口に合うかと思いますぞ。

 ささ、私が直々にお淹れしますゆえ、参りましょうか」


 司祭を先頭に、壮齢の男が2人連れだって教会奥の一室へと足を向ける。

 参拝にきていた街の住民は、すれ違う外套の男を不審に思う。

 だかすぐ傍に司祭の存在があり、気に留めることはなかった。




「……ふむ。お主の言うとおり、なかなか上等ではないか」


 招かれた一室で、男は出された紅茶に舌鼓(したつづみ)をうつ。

 彼が纏っていた外套は、今は空いた椅子の背へと無造作に掛けられていた。


 この部屋へは人払いがなされており、居るのは2人だけ。

 司祭と男。彼らは互いに見知った間柄である。

 ゆえに男には、暑苦しい外套などいつまでも着ておく道理はない。


「お気に召されたようで、なによりでございますな。

 して、先ほどの聖女襲撃の話ですが。

 私も失敗の報告を聞かされたときは、どうしたものかと思いましたぞ」


「まったくだ。あれほどお膳立てしてやっというのに、使えん奴であったな」


「いやはや。しかし彼の話を聞くに、想定外の事態であったのでしょう?

 なれば運が悪かったというもの。仕方のないことと思いますぞ」


「さすが司祭殿だな。どのような者にもお優しい事だ。

 ……もっとも、本来の護衛共を始末した奴の功績が大きいのは事実か」


「ははは。して、彼は今どこに?

 修道院にはまだ戻ってきておらぬようですが……。

 あまり無神経に教会内をうろつかれれば、聖女と遭遇するやもしれませんぞ」


「奴ならどうせ今頃、場末の酒場で酒でもあおっておるのだろう。

 処分を受けたことに対し、そこで私への不満でも吐いておるだろうさ。

 まったく、腕ばかりで中身が伴わん男だ。だから毎度後一歩で踏み外すのだ」


「おやおや、これは手厳しいことですな」


「10人もの部下の命を散らしたのだ。これでもまだ情けをかけたというもの。

 結果も散々であれば、首を跳ね家畜の餌としておったわ。

 ……それでだ。襲撃を妨害し、聖女を助けた者はあの中におったのか?」


「ええ、その者ならばおりましたとも。

 キリクとかいう、モギユ村出身の栗色の髪をした少年ですぞ。

 彼の話を聞くに、なんでも森の中から石を投げて賊を始末したのだと……」


「はぁ? 石を投げて……だと?

 報告では、確かに石が原因ではないかと受けていたが……。

 それにしてもだ。頭が弾け飛ぶことなぞ、ありえるものか?」


 男は腕を組み、顎に手をあて考えこむ。

 確かに戦場において、石の投擲は簡易かつ、ローコストながらも強力な武器である。

 精度にこそ難はあれど、威力においては弓に勝るとも劣らない。

 攻城兵器として、今でも投石器が活躍しているほどだ。


「拳ほどの大きさならばいざしらず、見つかったのは砕けた小石だったと聞く……。

 そして闇雲に力任せで投石したのではなく、10人居た部下達を次々に、狙い違わず正確に頭を……」


 可能なのか。それこそ、ただの村人である少年に。

 男は難しい顔でさらに考え込む。


「なにか、魔法的な補助でもあったか……?

 いや、それこそただの村人だぞ。そんな術あるわけが……」


「お考え中失礼しますが、少年は投擲術によるものと言っておりました。

 なんでも、子供の頃から投げ続けていたのだと」


「投擲術か。だがそれでも……。

 いや、優れた投擲兵や弓兵は戦場において重宝される。

 魔法同様、離れた場所から攻撃できるというのは強みだからな。

 本人もそう言っておるのだから、あながち嘘ではないか。

 高ランクのスキル持ちならば、成しえておかしくはない」


「ランクまでは詳しく聞きだしておりませんが、恐らくⅦやⅧでしょうな。

 それだけのスキル持ちならば、可能なのではないかと」


「ふむ……。

 弓術ならばともかく、投擲術をそこまで極めた者など私は知らぬからな。

 それで納得するしかあるまいか」


「まぁ、もう関わる事もないでしょう。

 今の彼らは金を貰い、一仕事終えたとして豪勢な食事でも囲っているはず。

 明日になれば、故郷の村へと向けてこの街を離れることでしょう」


「それもそうだな。今更憂慮することではないか。

 それはさておきだ。聖女を手に入れたとはいえ、本来の予定より遅れておる。

 本部からもそのうちに催促がくるであろう。

 聖女を送るためにも、早いうちに厄介な加護を封じんとならん」


「それにつきましては、今晩からにでも準備を始めましょうぞ。

 なに、明日の夜には整います。聖女が眠ったところを狙えば良いかと」


「うむ。では任せたぞ。

 ……くれぐれも、当の聖女に気取られぬようにな?」


「ご安心下され。

 このジャコフ、そのようなヘマは致しませぬ」


 頼もしいものだ、そう男は最後に告げると、掛けていた外套を纏い部屋を出ていく。

 司祭も彼を見送るべく、あとに続いた。




 2人が退出し、残ったものは綺麗に飲み干されたカップ達。

 しかし、無人となったわけではなかった。


 部屋の片隅に置かれた、大きな調度品の壷。

 それこそ、小柄な者であればすっぽりと入れるサイズ。

 人の気配が完全に無くなったのを見計らい、1人の少年がその中から顔を出す。


 彼はこの教会に仕える、見習いの神官。

 現司祭の策謀が実行され、古株の者達が次々と入れ替えられていく直前。

 まだ正統な教会として、安寧を保っていた時分に、神へと身を捧げた新人であった。


「どどどどど、どうしよう!?

 とんでもない話を耳にしてしまったぞ……。

 うー、こんな所で隠れてさぼるんじゃなかったよ……」


 彼は前述の通り、入ったばかりの見習いである。

 故に、現司祭からは目溢しされていた存在。


 下っ端として、上の者から雑務を命じられるばかり。

 そんな日々に嫌気がさしたとき、少年は時折こうして、職務を放棄しサボる癖があった。


 この大きな壷は少年が隠れるに丁度良く、またこの部屋自体にも人があまり訪れない。

 そのためこの場所こそ、彼のお気に入りの昼寝スポットのひとつだったのだ。


「聖女襲撃だとか、護衛を始末したとか、加護を封じるとか……。

 絶対、ろくな話じゃないよね!?」


 壷から身を出し、頭を抱える少年。

 彼は思い、後悔する。

 こんな物騒な話、知りたくなかったと。

 掃除をサボらず、真面目に働いていればよかった、と


「……なんにしても、このことを聖女様に伝えなくちゃ!」


 少年は見習いとはいえ、女神ミルを信望する教徒であり神官。

 男達の会話から、聖女に仇なす不穏なものを感じ取り、彼は行動を起こす決意をする。


 慌てつつも人の気配を探りながら、少年もまた部屋を退出していくのだった。

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