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26:果てに得たもの

 ほがらかな笑顔で、自己紹介を済ませたジャコフ司祭。

 彼に続き、こちらも順に挨拶をしていく。


 奴隷であるシュリに対しても、彼は嫌な顔ひとつせず笑顔を返してくれていた。

 さすが司祭ともなる人物。人間ができており、器が大きいようだ。

 神に仕える敬虔(けいけん)な教徒であろうと、奴隷に対しては侮蔑的な態度をとる者もいると聞くからな。


「お久しぶりです、ジャコフ様。

 ……あの、以前は副司祭様でしたよね?

 ポドロ司祭様はどうなされたのでしょうか?」


「ポドロ前司祭ならば大病を患いましてな。

 それで急遽、不肖私めが後を継いだ次第でございます。

 あの方は、今は残りの余生を故郷の村で過ごされているはずですよ」


「そう、ですか……。

 ポドロ様はとてもお優しく、聡明で思慮深いお方でした。

 ひと月ほど前にお会いした時は、とても元気なご様子でしたのに……」


「……そうでしたな。事はイリス様がここを去られて数日のことです。

 ポドロ前司祭は急に体調を崩されまして、それはもうあっという間のことでした。

 私共も、神聖術を用い懸命に治療に当たったのですが……。

 ……己の力不足を悔やむあまりです」


 自らを不甲斐なく思うのか、悲壮な顔つきで俯くジャコフ司祭。

 イリスもまた哀然とした面持ちながら、聖女様らしく彼を励ました。


「顔をお上げ下さい、ジャコフ様。

 例え私がその場に居たとて、治癒できていた保証はございません。

 ですので、あまりお悔やみなされないで下さい。

 ……それで、よろしければご隠居先の村をお教え願えませんか?

 せめてご存命であるうちに、最後に一目だけでもお顔を見ておきたいのですが……」


「え? あー、そうですなぁ。

 ポドロ前司祭は、故郷に帰るとだけ告げて隠居なされましてな。

 従って私も、今おられる場所までは存じておらぬのですよ。

 いやー、申し訳ない。はははは……」


 現司祭からの返答に、望んでいた答えが得られずしょんぼりとするイリス。

 彼女の様子から察するに、それほどまでに素晴らしい人物だったのだろう。


「いやしかしイリス様。

 お忍びの聖地巡礼だと聞き及んでおりましたが、そちらも道中災難でしたな。

 なんでも、この教会を発ったのちに賊に襲われ、本部からの護衛を失ったとか……。

 胸中、お察し致しますぞ。ですが、あなた様が無事で本当に良かった。

 女神様の化身である聖女を失うことは、国の、果ては世界の損失でありますからな」


 教会側も前司祭様とやらの隠居で、ごたごたとして大変だったろうに。

 これまた心底悲しそうな顔で、イリスの身を案じるジャコフ司祭。

 信用できる相手からの言葉に、いつまでも悲しい顔をしていられないと(しと)やかに微笑むイリス。

 こういった姿は聖女様らしいものだ。


「……あのー、それでジャコフ様。

 こちらのキリクさんが、その時に私を助けて下さった方でして……。

 そのー、彼に私を護衛し、ここまで送り届けてくれるよう依頼をしてですね?

 そのためのお礼と言いますか、報酬をといいますか……」


 おっと、ようやく本題を切り出してくれたな。

 件の報酬に対し、がめつく食いつく気はない。

 しかしながらそういう約束だったわけだ。


 こちらとて、慈善で行ったわけではない。

 俺は聖人君子ではなく、ましてや敬虔な信徒ですらないわけで。

 なればこそ、労力の対価としてきっちり貰っておかないとな。


「おぉ、そうでしたか! ……よもやあなたのような方が。

 いやいやキリク殿。イリス様をお救い頂き、どれほど感謝の言葉を述べればよいのやら。

 そしてアッシュ殿にシュリ殿も。イリス様をここまでお連れ頂き、本当に感謝いたしますぞ。

 ……どれ、早速皆様への礼を用意させましょう。しばしお待ちいただけますかな?」


 ジャコフ司祭はそう告げると、すぐさま後ろで控えていたシスターに用事を言いつける。

 承った彼女は、足早に部屋を飛び出していった。


「……あのー、僕も貰っちゃって良いのかな?

 キリク君からはすでに、十分な報酬を受け取っているんだけれど……?」


「わ、わたしはキリク様の所有奴隷ですので、わたしの分はキリク様にお渡し下さいです!」


「2人とも、いいじゃないか。気にせずに貰っておこうぜ?

 護衛の役目を果たしたのは事実なんだしさ」


「そうですぞ。なに、遠慮することはございません。

 シュリ殿も、此度の謝礼金で自分自身を買い戻されてはどうですかな?」


「わたしはこのまま、キリク様のもとで生きていくと決めているです。

 司祭様、お気遣いありがとうございますです」


「……んー、やっぱり僕も遠慮しておくよ。報酬の二重取りみたいになっちゃうし。

 なにより、その依頼を受けたのはキリク君だからね。

 そこに僕は関与していない。だから、君にだけ貰う権利があると思うな」


「お前ら、なんでそんなに謙虚なの。欲がなさ過ぎるだろ……」


 普通なら喜んで食いつくと思うんだが?

 ここまで、共にイリスを護ってきた働きは事実なのだし。


「ふむ、ではこうしましょう。

 ひとまずはキリク殿に全てお渡しいたします。

 そこから、あとはあなた様方で如何様にもしてくだされ。

 分配するもよし、キリク殿が全て受け取るもよしですぞ」


 なんだよそれ、こっちに丸投げかよ……。

 金絡みは揉めるとややこしいんだが。


 実家が牧場故に、過去そういったいざこざが幾度かあったからな。

 モギュウの引渡し後に規定の額を払わなかったり、支払いが遅れたり、不当に値切ってきたりだ。

 ほんと、金絡みは碌な事にならない。


「うん。僕はそれでいいよ。

 こちらは構わないから、キリク君とシュリちゃんの2人で分けなよ」


「わたしもいただけないです!

 どうぞ、キリク様だけでお受け取りくださいです!」


「お前ら本当にそれでいいのかよ。

 後から寄越せって言っても、知らないからな」


 ……まぁこいつらなら、そういった厄介事には発展しないだろうけども。

 それに今この場で問答したところで、無闇に時間を食うだけだな。

 あとで押し付ければいいし。

 それこそ拒否するのなら、その分でまた何かご馳走すればいいか。


 ちょうど話が纏まったタイミングで、御用に出ていたシスターが部屋へと戻ってくる。

 その手には、ジャラジャラと音のする小袋をひとつ抱えて。


 彼女は司祭に促されるまま、俺に向ける形でテーブルへと袋を置く。

 そしてこちらへ一瞥すると、ジャコフ司祭の後ろへと下がっていった。


「そちらが此度の報酬、謝礼となります。

 中には金貨30枚が入っております。ご確認頂けますかな?」


「おぉ!? さんじゅう、まい……!?」


 どこぞのバカボンが、シュリの引渡しに対してつけたのと同額か。

 つまりこの布袋=シュリ。


 ……いや馬鹿か俺は。なに仲間に対して値段なんかつけてるんだっての。

 普段見ることもない大金を目の前にして、少々舞い上がってしまったようだ。


 一旦気を落ち着け、促されたままに数えていく。

 そう多い枚数ではないので、すぐきっちり30枚あることを確認できた。


「今回金貨でお渡ししたのですが、ご希望であれば白金貨3枚とお取替えできますぞ?

 30枚となれば、少しばかりかさばってきますからな」


「いや、まだ使いやすいこのままで構わないさ。

 それにこっちのほうが分けやすいしな」


「ははは、それもそうですな」


 分配するといっても、単純に1人金貨10枚というわけにはいかない。

 護衛していた期間を考慮すれば、俺が一番多く得る立場になるからな。


 まー、こいつらが素直に受け取るとは思えないが。

 しかしシュリはともかく、アッシュには納得の上で渡す方法を思いついたのだ。

 ここを出たら、彼に話を持ちかけるとしよう。




「――さて、大変名残惜しいのですが、私も今は司祭という忙しい身。

 時間ももうすぐ夕暮れ時となりますので、これにて失礼させていただきますぞ」


「あー、もうそんな時刻か。

 いや、こちらも時間を取らせてしまって済まない。

 ……さ、俺達も行くとしようか」


「そう、ですね。

 これでイリス様とお別れになってしまうのは、寂しいです……」


「仕方のないことだよ、シュリちゃん。

 ……イリスさん、いや聖女様。

 短い間でしたが、あなた様の護衛を務める事ができ、勇者を志す者として光栄に思います。

 周りの方々に慈愛を振りまくだけでなく、どうかご自身も大切になさってください」


「はい。ありがとうございます、アッシュさん。

 シュリちゃん。私はこれからもずっと、あなたのことを妹だと思っております。

 ……そしてキリクさん。最後までお傍で私を護って下さり、ありがとうございました。

 皆様のこれからの旅路に、女神ミル様の加護があらんことを……」


 俺達3人に向け、深く祈りを捧げるイリス。

 正直なところ、絶対に泣くものとばかり思っていた。


 いつもの頼りない、とぼけた口調ではない。

 今のイリスは、聖女様たる凛とした態度となっている。

 これが本来の彼女の姿なのか、それとも仮面を被った偽りの姿なのか。


 ……きっと後者なのだろう。

 旅の道中彼女が俺達に見せていた、1人の少女としての姿。

 

 イリスは人々の信望を受ける聖女であると同時に、その裏にはか弱い可憐な少女の面も秘めている。

 あと、聖女らしからぬ、食い意地のはった大食いである一面もか。

 その事実と思い出だけは、この旅で得られた何物にも変えようがない報酬だな。


「それじゃあな、イリス。達者でな」


「キリクさんこそ……。

 またいつか、再び会える日が来る事を信じております」


 司祭様に聖女様。豪勢な面々に見送られ、俺達は教会をあとにする。

 外へと出ると、青空は赤く染まり始めており、傾く太陽が役目の終わりを告げているようだった。

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