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25:最後の遊楽

「――クさん――!

 キ――さん! キリクさん!!」


 ん……なんだうるさいな……。

 まだ眠いんだから、起こさないでくれよ……。


 俺を呼び起こす声と、湧き出るまどろみへの誘い。

 この相反する二つによって、意識が浮上と沈下を繰り返す。


 いや、実際のところ脳は覚醒してきている。

 少なくとも、このような思考ができるほどには。

 ただ昨日は初めて酒をあおって、夜遅くまで飲み明かしたのだ。

 ……決して二日酔いではない。まだ眠いだけ。


「もうちょっと……寝かせてくれ……」


「なかなか強情だねー」


「キリク様。昨夜イリス様と、お別れする前に一緒に街を観光しようって約束したですよ?

 早く起きないと、お昼になっちゃうです」


「そうですよキリクさん!

 ……私との時間よりも、眠る時間のほうが大切……なのですか?」


 あ、やばいな。

 多分これは泣きそうになってるぞ。イリスが若干鼻声だ。

 そっと薄目を開けて確認。

 ……よし、起きようか。


「んー、ふぁ〜……。

 あー、すまんすまん。もう起きた完全に目が覚めた。

 だから、その振り上げた手は下ろしてくれるか? ほんとごめん」


 こちらが完全に目覚めたことを確認すると、イリスはそっと手を下ろしてくれた。

 まったく、危うく顔面に手刀をもらうところだった。

『泣く』という反則技ではなく、まさかの直接攻撃を選択してくるとはな。


「それじゃあ早く着替えて準備して下さいね!

 大通りの屋台で食べ歩きしようって、もう決めてい――」


 話の途中でイリスのお腹から、「ぐぅー」と可愛らしい音が鳴る。

 ちらっと顔を見れば、恥ずかしかったのかみるみる赤くなっていく。

 なかなかに大きな音だったし、彼女の反応からも聞き間違いではないようだな。


「……朝ごはん、まだなのでお腹が空きました」


「ぐ、ぐーぐー!

 あ、シュリもお腹がぺこぺこなので、鳴っちゃったです!」


 そんなイリスを気遣ってか、シュリもわざとらしくお腹が鳴ったと振舞う。

 ったく、どっちがお姉さんなんだか……。


「あはは! 皆キリク君が起きるのをずっと待ってたからね。

 かくいう僕も腹ペコだよ?」


「……寝坊して悪かった。

 すぐ支度をするから、またイリスのお腹が鳴きだす前に食べにいこう」


「も、もう! キリクさんってばぁ!」


 恥ずかしがったりぷんすかと怒りだしたり。

 感情豊かな聖女様だことで。




 急ぎ支度を終え、俺達は荷物を全て持って部屋を引き払った。

 忘れずにロバートも宿の馬屋から引き取る。


 だが、このまま街中を観光というのは具合が悪い。

 荷物はまだいいとしても、ロヴァを引き連れた状態では、店に入るのに(はばか)られるというもの。


 少々金がかかるが、馬屋のある安宿を探すことに。

 これまた街中を巡回する衛兵に尋ねれば、すぐに希望通りの宿を教えてもらえた。

 教わった宿で1部屋借り、荷物とロバートを再び預けることで身軽な状態となる。


「さて。そんじゃ大通りをぶらつきながら、店を覗きつつ食べ歩きを開始するか」


「もう朝ごはんというよりも、早めの昼ごはんって感じだけどね!」


「う〜……。キリクさんは、何回私のお腹の音を聞けば気が済むのですか?」


 荷物を預けるための安宿を探す間に、何度か聞こえていた可愛らしい空腹音。

 途中で串焼きを買い与えたのだが、まだまだ腹の虫は鳴り止まないようだ。


「わかってるって。

 あ、ほら。あの屋台で売っているスティックパンとか美味そうじゃないか?」


「焼きたてのいい匂いがするです!」


「何でもいいですから、早く食べさせて下さい!」


 空腹が限界を超えてきたのか、聖女様らしくない振る舞いが目立ってきたな。

 イリスには悪いが、これはこれで見ていて面白いものだ。


 4人連れだって、ぶらぶらと屋台で買い食い歩き。

 歴史を感じる立派な建物から、綺麗に整備された公園の噴水。

 怪しげな商人が広げている露店と、田舎者の俺にとって見るもの全てが新鮮だ。

 そんな中で、他の建物と比べ一際高い塔が嫌でも目に付いた。


「おぉ、あの鐘楼すごく立派だな!

 随分とでかい鐘の音がすると思っていたが、あの大きさなら納得だ」


「この街の名物のひとつだね。朝昼晩と1日に3回鳴らすんだよ。

 東西南北の4箇所に設置されていて、非常時には警鐘の役目も果たすんだって」


「ちょうど南鐘楼のすぐ隣に、教会があるんですよー。

 ……もういい時間ですし、そろそろ向かいましょうか」


「……そうだな」


 そこからは急に会話がなくなり、先ほどの賑やかな雰囲気はどこへやら。

 気のせいか足取りも重く、歩く速度が次第に緩やかに。

 だがそれでも着実に歩みは進んでいき、とうとうアルガードの教会へと着いてしまった。


「教会もまた立派だな。

 ここと比べると、うちの村のはあばら屋もいいとこだ」


「隣の塔が鐘楼なのです?

 下から眺めると、鐘がまったく見えないです……」


 教会も名物鐘楼も、どちらも首を大きく傾けて見上げないと天辺までが見えない。

 隣で口をぽかーっと開けて眺めるシュリ。まるで田舎のおのぼりさんだな。

 だが客観的に見れば自分も同じだと気付き、少し気恥ずかしくなった。


「ここにイリスさんを送り届ければ、キリク君の仕事も終わりなんだね?」


「ああ。だけど良かったのか、アッシュ?

 お前への護衛依頼は、この街までって契約だったはずだが……」


「気にしないでよ。美味しいものを沢山ご馳走してもらったしね。

 それに、最後まで聖女様をお守りしたかったからさ」


「……え、アッシュさん!? 私の正体に気付いてらしたのですか!?」


「うん。昔、王都で君を見たことがあるからね。

 マスターからもよろしく頼むって、こそっと耳打ちされてたし」


 あのおっさんといいアッシュといい、ばれていたのか。


 『イリス』という名は聖女様人気からか、ありきたりな名前だ。

 先々代もその名の人物であったため、以来根強く広まっている。

 それこそ時には女性だけでなく、男性にもつけてしまうほどに。

 

 だからこそ普段は素顔を隠し、フルネームで名乗らなければ大丈夫だろうと踏んでいた。

 ここらは僻地の片田舎。教会関係者でもない限り、聖女を直接見たことがある者などそうはいないはずだからな。


 ……だが全くもって甘かったか。

 ハラヘリーニョとでも偽名を名乗らせておけば良かった。

 もっとも、そんな名前は絶対に怒るだろうし、どのみち知っている奴からは顔を見られれば一発か。


「あ、でも安心してね?

 多分僕とマスターしか気付いていないし、他言もしていないよ」


「ならよかったよ。悪意のある奴に知られていれば、厄介だったろうからな。

 それと、最後まで付き合ってくれてありがとな。これが終わったら、あとでちゃんと事情を話すよ」


「うん、そうしてくれると嬉しいな。僕も気になっていた事だしね?」


「アッシュさんにばれているとわかっていれば、道中は堂々としていればよかったですよぅ。

 ですがもう旅も終わりですし、今更気にしてもしょうがないですよね。

 ……さ、それじゃあ行きましょうか」


 イリスを先頭に、教会へと足を踏み入れる。

 入ってすぐは礼拝堂となっているようで、多くの信徒達が女神ミル像へと祈りを捧げにきていた。


 俺達も教会へ訪れたからには、周りにあわせてまずは女神像へと祈りを捧げる。

 両手を組み、目を伏せてしばしの黙祷。


 ……もうそろそろいいか?

 そう思い横目で周りを見ると、他の3人はまだ続けていた。

 俺も慌ててもう一度祈りなおす。

 村の神父様にも、お前は祈りが浅いとよく言われたな……。


 ようやく全員が女神への祈りを終え、礼拝堂にいたシスターへと用件を伝える。


「まぁ聖女様ですか! これはこれは、ようこそおいで下さいました。

 すぐお部屋にご案内致しますので、どうぞついてきて下さい」


 突然の訪問で、まだイリスが顔を見せただけなのに気が早いことだ。

 もう少し身分を改めたりはしないのだろうか?

 ……いや、聖女様のご尊顔となれば、教会務めの教徒であれば常識か。


「ひと目でわかるなんて、聖女様はさぞかし顔が広いんだな?」


「えっへん。当然です!

 なーんて。実を言うと、少し前に来た事がありますからね。

 ただ、短い間に随分と新人さんが増えたみたいですね? あなた様とも初対面ですし……」


「そ、そうなのですよ聖女様!

 辺境での布教がようやく実を結んだのか、続々と入信される方がやってまいりまして。

 今現在も元いた神官達が、入れ替わるようにあちこちへと、布教のため奔走している次第なのです」


「そうなのですか。

 見知った方とお会いできないのは残念ですが、とても喜ばしい事です。

 新たな神の子達に、女神ミル様のご加護があらんことを……」


 歩みを止め、廊下の途中で神へと祈りだすイリス。

 案内のシスターも、聖女様を見習い慌てて同じように祈りだした。


 しばしの祈りのあと、再度通路を進みようやく個室へと案内される。

 そこは教会の応接室のようで、質素ながらも貧相さを感じさせない内装となっていた。


「では、司祭様をお呼びしてまいります。どうぞお掛けになってお待ち下さい」


 一礼をし、部屋を出ていくシスター。

 彼女を見送ってから、促されたままにソファへと腰掛ける。

 いつも座るような木の簡素なイスと違い、尻を包み込むふかふかさ。

 これをベッドにして寝たいくらいだな。


 すぐに別のシスターがやってきて、提供してくれた紅茶と茶菓子。

 それらを食べきる頃になって、ようやく司祭様とやらが部屋へと訪れた。


「お待たせしましたな。私がこの教会の長であり、司祭を務めるジャコフと申します。

 ああ、どうぞお掛けになったままでよろしいですよ。

 イリス様も、お久しぶりでございますな。お変わりないようで何よりです」


 質素倹約を心がける神官とは思えないほど、ふくよかに肥えた壮齢の男。

 こいつ、絶対裏でいいものをたらふく食ってるのだろうな。

 ……そういや、イリスもいつもたらふく食べてたわ。

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