24:別れの宴
「やーっと着いたなー!
本当、村から長い道のりだったぞ!」
空に燦々と輝く太陽が、赤く染まり水平線の彼方へと沈み始めた時分。
俺達は予定よりも早くアルガードの街に到着できた。
田舎の村人に過ぎなかった俺が、こんなに長い旅をするなんて夢にも思っていなかったな。
……といっても、たまに訪れるティアネスからさらに2、3日程の距離なのだが。
「急いだおかげで、日が沈みきる前に着けたですね。キリク様。
ティアネスを出て襲われた時は、どうなるかと思ったですが……」
「あれのせいで、僕は前途多難な道のりになると思ったよ。
でも何度か魔獣が出たくらいで、他に何事もなくて良かったよね」
「……あの宿の女将は十分ひと騒動だったと思うけどな。
しかしここまで初めて来たが、立派な街壁なもんだ!」
丸太製の木壁に囲われていたティアネスですら、俺は凄いと思っていた。
だがこの街を囲う壁は、成人男性10人近いほどの高さがある石造り。
ビノワやモギユ村の木柵とは雲泥の差だ。
そして何よりも、配置された衛兵の数。
街壁上を定期的に巡回しており、街門にも常に数人が常駐しているようだ。
今は街に入るため、検閲を受ける列に並んでいる最中。
商人と旅人は別枠で設けられているためか、流れはスムーズだ。
街の住人だと思しき人にいたっては、列を無視していくからな。
それほど時間が経たないうちに、すぐに自分達の順番が回ってきた。
流れに身を任せ、話し込んでいたらあっという間だったな。
「……次。身分を証明するものの提示と、入街料ひとり鋼貨5枚だ」
言われるがまま、俺は身分証明としても使えるギルドカードを提示する。
アッシュも同じで、シュリは俺の所有奴隷ということで問題なし。
イリスは教会所属者である証明の、首から下げた鉄製の小さな紋章を提示した。
「うむ、問題ないな。ようこそ、アルガードへ!
ゆっくりしていってくれ、旅人方」
「ああ、楽しませてもらうよ」
担当した衛兵に、4人分の入街料、鋼貨20枚に値する銅貨2枚を支払う。
……さすが大きな街。この地方の首都だ。入るだけで金を取るんだもんな。
鋼貨5枚ともなれば、だいたいの食堂でランチが食べられるぞ。
「あ、ちょっと待ってくれ。
言い忘れていたが、ロヴァ分の鋼貨1枚もだ」
「あ、はい」
……きっちりしているよ、まったく。
「さて、目的のアルガードに着いたわけだけれど。
これからどうするんだい、キリク君?」
「そうだな。のんびり街中を観光といきたいものだが。
もう時間も遅いし、とにかく教会に行こうか。そこにイリスを送り届けるのが旅の目的だったからな。
イリス、それで構わないか?」
「……イリス様? どうされましたです?」
どうにもこの街に着いてからというもの、テンションが低くだんまりな聖女様。
ようやく目的地に辿り着き、先行き不安な旅を終えたというのにな。
「どうしたんだよイリス?
……腹が減りすぎて、気分でも悪くなったか?」
「もう、違いますよ!!
……これで皆さんとの旅が終わりかと思うと、なんだか寂しくなってですね……」
「悪い悪い。でも、それはしょうがないことだろ?
もともとそういう約束だったんだから」
「わかっていますよぅ。私だってそれは承知の上です。
でもこれまでの護衛さん達との旅は、堅苦しくって……。
だからキリクさん達との旅は、とても自由な気がして……。
その……私を守って殉職された彼らには申し訳ないのですが、不謹慎ながらも楽しかったんですよぅ」
「……事情はよくわからないけど、教会に行くのは明日にしたらどうかな?
イリスさんとは、この街でお別れになるんでしょ?
だったら最後の晩餐……っていうのはちょっとおかしいかな。
とにかく今日は宿に泊まって、皆で美味しい食事でもどうだろう?」
別れを惜しむイリスを慮り、アッシュはならばと案を出した。
確かに今は旅の疲れもあるし、夕食時のため空腹だ。
……ここは彼の提案に賛同しておこうか。
「そうしようか。俺だって今すぐ別れるのは寂しいからな。
今日はちょっと豪勢にいくとしよう」
「わーい、シュリも賛成です!」
「皆さん……ぐすん。
……えへへ、ありがとうございます!
よーし。そうと決まれば、私が満足するまでたらふくご馳走してもらいますね!」
「イリスさんが満足するまでかぁー。
……キリク君。お金、大丈夫? もし不安なら僕も報酬から出すよ?」
「……足りなかった時は頼む」
イリスには聞こえないようにと、こちらの耳元でこそっと尋ねるアッシュ。
最後の最後で彼女に遠慮をさせるのは忍びないからな。
それに金貨ならまだ2枚ある。
高級宿の特上グルメとかではない限り、問題はない、と思う。
「ま、まぁほどほどに良い店を選ぼうか……?」
ちょうど街中を巡回する衛兵がいたので、宿と食事処でおすすめを尋ねた。
衛兵は快くいくつかの店を教えてくれ、俺達は彼に礼を述べて別れた。
教わった中で選び、着いた先はちょっとお高い宿。
ここは隣に食堂が併設されており、味の評判も良いのだと。
建物の外観はシックで上品。中も掃除が行き届き、どこを見ても綺麗の一言。
そのうえ大きな浴場まで完備してあるのだという。
……お値段は、出歯亀女将が営む宿の倍だが。
2部屋とり、荷物を置いてから食堂へ赴く。
ちなみにロバートは、宿が管理している馬屋へ預けたから安心だ。
「わぁ! どれも美味しそうな名前の料理ですねぇ〜!」
席に着くや否や、手渡されたメニュー。
イリスはすぐに手に取ると、恍惚とした目で眺め随分と心を躍らせているようだ。
まだ料理を頼んですらいないのに、口から涎を垂らすのは早すぎじゃないだろうか。
「シュリもアッシュも、好きなのを頼んでくれ」
「はい! ……でもわたしは文字が読めないです。
なので、キリク様が選んで頂けますか?
好き嫌いはありませんので、何でも大丈夫です!」
「そういやそうだったな。
……村に戻ったら、少しずつでも教えてやるよ。
教育好きな神父様もいるから、すぐに覚えられるさ」
「はいです!」
「んー、僕はどうしようかなー?
あ、この『角兎のまるごとパイ包み』とか美味しそう!」
「アッシュさん、それ頼みましょう!
あとあと、この『鱗猪の野趣風香草ステーキ』もです!」
空腹からか、随分と肉々しいものばかりだ。
……そういえば旅を始めた頃、食用のモギュウがかわいそうだと言っていたような?
こいつあれか。目の前に生きたままの姿でいない限り、気にしないし問題ないってタイプか。
まぁいちいち気にしてたら、これだけの大食いにはならないわな。
店員を呼び、色々な料理を注文していく。
飲み物だがアッシュはエールを頼み、俺達3人は季節のフルーツジュースだ。
すぐにテーブルへと運ばれてきたジョッキを片手に、4人で乾杯をあげた。
……アッシュの奴、美味そうに酒を飲むな?
俺もこのジョッキが空き次第、頼んで試してみようか。
運ばれてくる料理が徐々に卓上を埋めていき、隙間がなくなる頃には豪勢な晩餐となった。
味はさすがといったところか。
最高級とまではいかずとも、高級には違いないわけで。
高い金をとり、これでいまいちだったなら暴動ものだ。
「……? どうしたんですかキリクさん?
私の顔に、なにかついてます?」
「いや、なんでも」
イリスのこの食べっぷりを見るのも、もう終わりか。
ふとそう思った。
彼女を教会に送り届ければ、そこからはもう聖女様とただの村人。
今のように、気軽に言葉を交わすことすらできなくなくなるだろう。
……ちょっと寂しいものだな。
「あ。シュリちゃん、口の周りにいっぱいついてますよ?
ほら、拭いてあげます。じっとしていて下さいね」
「んー。……ありがとうございますです、イリス様」
「あはは。まるでシュリちゃんのお姉さんみたいだね?」
「そう見えました? えへへー。
私は1人っ子だったので、妹とか弟って憧れてたんですよー!
シュリちゃんみたいに可愛い妹ちゃんなら、大歓迎です!」
「わたしも、イリス様のように素敵なお姉様がいてくだされば、とても嬉しいです!」
「……お前ら、喋ってないでどんどん食えって。
頼みすぎて料理が次々きてるから、もう置く所が無いんだぞ」
以前も、この手の話題でシュリの地雷を踏んだからな。
今の彼女はその時と比べ物にならないほど明るくなっているが、避けておくほうが無難だろう。
俺の話題を変えるための言葉を受け、食べる事に力を注ぐイリス。
負けじと俺達も後に続いた。
しかしそれで会話が止む事はなく、結局この日は夜遅くまで宴会となった。




