21:我ら被害者
戦闘が終わり、休息をとりながら待つこと一時間半ほどか。
ティアネス方面の道。その遠方から、複数の大地を駆ける姿と蹄鉄の音が聞こえてくる。
「……ようやく来たみたいだな。んー、待ちくたびれたなーっと!」
立ち上がり、一息に伸びをする。
隣ではアッシュも同じ様に、屈伸で身体をほぐしていた。
「十分な休息がとれたねー。昼休みには丁度よかったんじゃないかな」
襲撃を受けたのが正午頃だったので、この機会に昼飯も済ませた。
ちなみにイリスとシュリは疲れと満腹で、草むらに2人仲良く寝そべってお昼寝中。
ギムルら3人も呑気に寝てしまっている始末。
シュリのもふもふ尻尾に抱きつき、口からきちゃない液体を垂らして幸せ顔のイリス。
尾に違和感があるためか、難しい顔でうなされているシュリ。
……別に今起こさずとも、人が来れば騒がしさで自然と目を覚ますだろう。
「おーい! 大丈夫かー!?」
ようやく声が届く範囲まで駆けてきた、早馬に乗った男達。
数は5人で、格好から3人は衛兵のようだ。
「おーい! ここだよー!」
アッシュは大きく手を振り、声を張り上げて応える。
その声で目が覚めたのか、寝ていた全員が起きだした。
「んぅ……はっ! 私、涎を垂らして寝てました!?
は、はしたないです……。恥ずかしいです……」
「ふぁ~……おはようございますです、イリスさふぁ~」
外套の裾で口元を拭いながら、体を起こすイリス。
隣ではシュリが気にせず大口を開け、欠伸をしていた。
「あー……もうこの時がきちまったか」
「俺達、どうなるんでやしょうね」
「処刑まではいかないだろうさ……多分な」
ちなみに頭部を負傷したアントンだが、どうやら奇跡的に後遺症などはなかったようだ。
目が覚めてすぐの彼は悪態を吐いていたが、イリスには感謝をしていた。
「あなた達が信号を上げた方ですね?
駆けつけるのが遅くなって申し訳ない。
なにぶん、足止めのように大木がいくつも道を塞いでいましてね。
……あちらで縛られてる彼らは?」
「あー、本当に襲撃を仕掛けやがったのか。
さすがにそこまではやらんだろうと思っていたんだがな……。
隊長さんよ。あいつらはイースリ家坊ちゃん、ハイネルの雇われ護衛だ。
来る時に話してたろ。やはり俺の勘が当たったみたいだぜ」
なんと、ギルドマスターが直々にこの場に来てくれていた。
道中で思い当たる予想をすでに聞かせていたのか、事がスムーズに運びそうだな。
「なるほど。例の誓約書のですか……。
だがそれでも念のためです。あなた方には聴取をさせてもらいますよ。
急ぐ旅かもしれないが、協力してもらえますね?」
隊長と呼ばれた、先頭の男に頷きで答える。
彼は下馬するや否や、2人の部下達に指示を出した。
「1人はあいつら不届き者の聴取だ。
もう1人は馬車を調べろ。……あの布は?」
遠く草むらの中で不自然にある布。
隊長さんはそれについて、こちらへと尋ねてくる。
「あれは奴らの仲間だった魔導士だ。
自分達の身を守るため、仕方なく手にかけた。
確か名は……なんだっけ」
「キリクさん、『イノキ』さんですよ!」
「イリス様……『ノイキ』だったかと思うのです」
「僕も『ノイキ』だったと思うよ?
なんなら、あちらに縛られている仲間の彼らに聞いてみてください」
自分の誤爆に、またも恥ずかしがるイリス。
彼女は顔を押さえ蹲ってしまった。
自信満々に答えてこれだからなぁ……。
「……ふむ。そうさせてもらいましょう。
おい! 布をどけて、そいつも調べておけ!」
「はっ!」
「どれ、俺とこいつで周囲の警戒に当たっておくとしようか。
隊長さんよ、俺は立会人を務めていたからな。何か聞きたい事があれば呼んでくれ。
……それじゃ行くぞ!」
「あ、はいマスター!」
衛兵が聴取や調査を行う間、ギルドの2人が警護をしてくれるようだ。
隊長さんも彼らに、心置きなく仕事が遂行できると礼を述べていた。
「……それでは、話を聞かせてもらいましょうか。
加害者側とはいえ、1人亡くなっているわけですからね。
正当な自衛行動だと判断できない場合、あなた方も罪に問われるかもしれません」
「うげ……。いや、大丈夫だよな?
俺達殺されかけたわけだし……」
「安心しなよキリク君。義は僕らにあり、さ。
包み隠さず全て話せば、隊長さんもわかってくれるよ」
それからは個別に、1人ずつ取調べを受けた。
こちら全員の話を聞き終えるのに大体1時間ほど。
そのころにはギムル側の聴取や、あたりの調査も終わっていた。
「ふむ、あなた方の話に矛盾は見当たりませんね。
おい、そっちはどうだった?」
「こちらはギムルという男以外、嘘ばかりですね。
トニオとアントンと名乗る2人。彼らの話は、自分の保身ばかりで……。
なんとしても罪から逃れたいと必死なのでしょう。
それと、死体の名前は『ノイキ』で間違いないそうです」
「そのノイキの死体ですが、酷い有様でしたよ……。
頭部がぐちゃぐちゃです。さすがにあれはやりすぎなのでは……?」
う……。これはマズイか?
だが手加減できるような状況ではなかったのだ。
こちらも必死で、力加減など一切していなかった。
「キリクさんの話によれば、石を投擲して一撃で……との事だったが」
「あー、隊長さん。そいつの投擲術は半端じゃねぇんだよ。
どんなものかは俺が良く知ってる。嘘は言ってないはずだぜ」
遠巻きに話を聞いていたのか、またも口を挟むギルドマスター。
本当、このおっさんには感謝しかできないな。
「そうですか。あなたがそう仰るのならば、信じるに値しますね。
とはいえ一応念のためです。試しに、あちらの木へと投擲してもらえますか?」
「わかった」
隊長さんの指示のもと、指定された大木へと石礫を投擲。
石は木の幹を大きく抉り、貫通直前で静止した。
もう少し筋力の鍛錬を積めば貫けそうだ。
……あの木、倒れてこないよな?
「お、おぉぉ!? これはとんでもないもので……。
いやしかしこの威力ならば納得です。改めて信じましょう。
おい。次、馬車の報告を頼む」
「はっ! あの馬車は、彼ら襲撃側が乗ってきたもので間違いないようです。
しかしながら御者の姿は見当たらず、馬も1頭居なくなっております」
「ギムルらも、行方は知らないそうです。
なんでも最近金で雇われた、素性の知れぬ男だったとか……」
「そうか。恐らく旗色が悪くなるやすぐに逃げたのだろう。
そいつも襲撃の加担者に違いないからな。
人相を聞き出し、町に戻り次第似顔絵を作成しろ。指名手配とする!」
「はっ!」
こうして、衛兵による一通りの検分は終わった。
ギムルらは自分達の馬車に乗せられ、ティアネスの町へと護送されることに。
「俺達も町に戻ったほうがいいのか?」
「話は充分に聞けましたからね。旅を続けてもらっても大丈夫ですよ。
しかし今回の件について、賠償を求めるのならば我々とご同行下さい。
誓約書上では罰則金については明記されておりませんが、襲撃に対する被害請求は可能です。
町へと一緒に戻っていただければ、その手続きが行えますよ。
ですが、曲がりなりにも相手が貴族ですのでね。
潔く認め支払うか、彼らを足切りにして関与を否定するか。そのどちらかになるでしょう」
あ、それ面倒そうだな。
後者の場合、ものすごく時間をとられるんじゃないか?
「お前ら、先を急ぐんだろ?
だったら俺が代わりに手続きしておいてやるよ。
ケチな貴族家だからな。絶対に時間を食われるぜ」
「お、それいいのか? だったら頼みたい」
「おう。構わないよな、隊長さんよ?」
「……いいでしょう。私の判断で、マスター殿を代理人として認めます」
「だ、そうだ。おっと、もちろんその分の手間賃はいただくぜ?
そうだな、2割でどうだ?」
「……いくらもらえるのかわからんが、それで手を打とう。
よろしく頼むよ、ギルドマスター」
「おうよ、心得たぜ。
だからちゃんとまたティアネスに戻って来いよな?」
「アルガードが最終目的地なんだ。帰りにまた寄るよ」
「じゃー僕も寄ろっと。
もちろん、僕にも貰う権利はあるもんね?」
「ちゃんと4等分するさ。
あ、でもイリスはどうしようか……?」
イリスとはアルガードの街でお別れの予定だ。
なんだったら、受け取ってから届けにまた戻ってもいいが。
「私は遠慮しておきます。
それもまた報酬の一部ってことで、皆さんで分けちゃってください!」
「いいのか? ……いや、ありがたくそうさせてもらうとしよう」
特に揉め事もなく、話が纏まった。
金銭問題で泥沼はごめんだったからな。
俺もそうだが、イリスも金に執着などはしていないのだろう。
丸く治めてくれた彼女に感謝だ。
ギルドマスターや衛兵らに別れを告げ、旅路を再開する。
アッシュの話だと、この先に宿場があるそうな。
ごたごたでかなりの時間をロスしたが、日が落ちきる前に辿り着きたいところだ。




