2:泣き虫聖女様
――『聖なる泉』
俺と先ほど助け出した女性神官は、2人してこの場所にやってきていた。
なんでも、ここが彼女の目的地でもあったらしい。
この泉で祈祷をささげ、マナの祝福を受けることが旅の目的だったようだ。
そして今、彼女は水に入り返り血で汚れた身体を清めている。
……もちろん全裸で。
彼女も恥ずかしがったため、今は木を背にして森へと視線を向けている。
背後から聞こえる水音に、つい目を向けそうになるが必死に堪えているのだ。
……泉からあがる水音がする。
ついでに布の擦れる音もだ。
どうやら水浴びと祈祷は終わったらしい。
「……お待たせしました。もうこちらを向いても大丈夫ですよ?」
ようやく声がかかったか。
深呼吸をしたあと、彼女のもとへと赴く。
血にまみれていた神官服は脱ぎ捨てられ、新しい綺麗なものへと着替えられていた。
「先ほどは助けて頂いたうえに、この泉までつれてきて頂きありがとうございます」
深々とこちらへ頭を下げる女性神官。
「い、いや、当然のことをしただけだ」
だめだ。
気持ちが高まり、ドギマギしてしまう。
なんせこの女性、とても美しいのだ。
端的に言えば美少女。
年は俺と同じくらいだろうか?
さらりと腰まで伸びた綺麗な金髪。
耳元ではその髪を、宝石のような髪飾りで左右にそれぞれ纏めている。
愛らしい小顔をしており、長い睫毛に整った目鼻立ち。
覗き込めば吸い込まれそうな、深い宝石のような碧の瞳。
背丈は小柄で、そのくせついつい視線をおろしそうになってしまう双丘。
だぼっとした神官服なのに、素晴らしい強調だ。
おっと、いかんいかん。
女性は男の視線に敏感だと言うからな。
いかにも天然そうな彼女であっても、気付いてしまうかもしれん。
「あの、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
「? えっと、自己紹介がまだでしたね。
私はイリス・フォールナ・セントミル。
イリスとお呼び下さい」
「俺はキリク・エクバードだ。
えっと、イリスってどこかで聞いたことがあるな?
それにセントミルって……」
「はい。察しの通り、私はセントミル教会の聖女です」
「……は?」
聖女? 本気で言っているのか?
「え、なななんで聖女様が、こんなところにいらっしゃるんでございますか?」
緊張で口調がおかしくなってございますな。
「うふふ、そんなに緊張なさらないで下さい。友人に接するようにして頂ければ大丈夫ですよ?」
「そ、そうか? それなら助かるな。田舎者だから、敬う言葉使いとか知らないんだ」
「気になさらないで下さい。年も近いようですし、そのほうが私も気が楽ですので。
それでここに来た理由なのですが、私は今各地にある聖地を巡礼していまして……」
「あー、それでここの泉を目指していたと」
「はい。ですが、まさか道中であんなことになるとは……」
「先ほどの盗賊達だな。……護衛が一人裏切っていたみたいだが、なにか恨みでも買ってたのか?」
「私個人では覚えがありませんが、なにぶん聖女という立場ですので……」
「なるほどな」
まぁ、よくわかってないんだけどさ。
「敬虔な信徒である彼が裏切るとは、思ってもいませんでした。そのせいで、皆が……」
「わっ、ちょ、泣くなって!!」
イリスは再び目に涙をため、それを零さぬように必死に堪えている。
まぁ無理もないことなのだろうが。
「ふぇぇ……。わだぐじ、これがらいっだいどうじだらいいんでじょう……?」
「とりあえず、うちの村にこいよ。小さいが教会もあるし、そこで神父様と相談したらいいんじゃないか?」
「ふぁいぃぃ……」
イリスが泣き止み、落ち着くのを待ってから村に連れ戻った。
俺の通る獣道は彼女には歩きづらいだろうから、本来の整備された道を通ってだ。
途中、いまだ放置された惨劇を再び目にし、またも泣き出す聖女様をあやすのに苦労した。
あ、血抜き中の角兎も放置したままだ……。
今頃は他の獣に食われてるだろうな。あーあ……。
村に着くなり、イリスを教会へと連れて行く。
「ここだ。小さい教会だけど、神父様は立派な人だからきっと力になってくれる」
「キリク様。ここまで連れてきて頂き、ありがとうございます」
「様付けは身体がむず痒くなるから、やめてくれ。それじゃ、俺はここで失礼するな」
「あ、はい。何から何まで本当にありがとうございました。この恩は必ず――」
「気にしないでくれ。偶然だったんだから。じゃあな」
あとは教会の神父様に任せ、この場を去る。
――っていうか夕方の牧場仕事があったんだった!
もう予定の時間過ぎてるし!
やっべー……。
案の定、牧場に着いたら親父から拳骨貰っちまったよ。
罰として厩舎掃除だと。
聖女様助けた英雄に対する仕打ちがこれか。
ひでーな、まったく……。
掃除を終えると、外はもう真っ暗だ。
空を見上げれば星が綺麗なもんだ。
……あ、流れ星!
くたくたの腹ペコになって家へと帰ると、両親と兄の他にもう1人。
4人が楽しく夕食をとっていた。
「っておい! なんでイリスがここにいんだよ!? あと俺の飯は!?」
「あ、お帰りなさいませキリクさん! お母様の作るお食事、とっても美味しいですね!」
「ちょ、それ絶対俺のだろ!? 食うのを止めろバカ!!」
「おいキリク、うるさいぞ! それに、聖女様になんて口を利くんだこのバカ息子が!!」
「ちょっと、落ち着いてよあなた。……聖女様のお口に合うようでなによりですわ。
バカキリク、あんたの分もちゃんとあるから安心なさいな!」
「いやー、うちのバカな弟がうるさくしてどうもすみませんね、聖女様!」
うわ、鼻の下伸ばしてキモいぞ兄貴……。
ていうか、家族全員からバカ呼ばわりされたんだが。
なんつー一家だよ……。
「いえいえ。明るくて楽しい食卓で、私は羨ましいです!」
食事の手を止める様子のない聖女様。
こいつ、結構食い意地張ってやがんな……?
俺は小さな椅子を部屋から持ってきて、そこに腰掛け食事を始める。
……あーあ、俺の好きなおかず全部食べられてら。
「……ふぅ、大変美味しいお食事でした。お母様は、城で料理人でもなされていたのですか?」
「あらやだ! そんなことはありませんわ、聖女様!
ま、私が天才だからかもしれませんわね? オホホホホ!」
うちの母親は煽てればすぐ調子に乗る。
逆に言えば、煽てておけばいつも機嫌がいいんだけどな。
「で、イリス。なんでうちにいるんだよ? 飯食いにきただけか?」
「あ、そうでしたね。実は、キリクさんにお願いがあってきたんですよ!」
思い出したと言わんばかりに、両手をポンッと叩く聖女様。
可愛らしいんだが、なんかイラッとくるな。
「俺に用? 助けたお礼でもくれんのか?」
「あ、えーと、それは今手持ちがなくてですね……アハハ……」
「ちょっと待て、聖女様を助けた!? うちの愚弟が!?」
「おいキリク。ちょっと詳しく話せや?」
家族全員が俺を睨んでくる。
べつにやましいことは何一つしていないので、イリスと出会った経緯を話すことに。
「――ってわけだ。だから俺はなにも悪いことはしてねーぞ」
「はい。キリクさんの仰るとおりです。彼がいなければ、私は今頃どうなっていたことか」
おやおや。
今度は家族全員が、口をあんぐりと開けて呆けちゃって。
むかついたから、石でも突っ込んでやろうか?
「……あー、なんていうか、キリクよくやったぞ! さすがは俺の息子だ!」
「いやー、うちの弟は俺の自慢でしてね? こいつはいつか大成すると思ってたんですよ!」
「ほんと、母さんはあんたを生んだことが誇らしいよ……うぅ」
あらら、これはひどい手の平返しだことで。
バカ息子とか愚弟とか言われてた気がするんだけどなぁ?
「そういうの本当にいいから。うざいし。
……で、用ってなんだよ?」
「あ、はい。えっとですね、端的にお話しますと、キリクさんに私の護衛を務めて頂きたいのです。
あ、もちろん後払いにはなりますが、教会から報酬が支払われますよ?」
「はぁ? 護衛? そういうのって、ちゃんとした人に頼んだほうがいいんじゃないか?
俺はただの狩人志望の村人Bだぞ?」
「またまたー、ご謙遜を。キリクさん、すごい魔法を使うんでしょう?
盗賊達を不可視の攻撃で、次々に倒していったじゃないですかー?」
「俺、魔法使えないぞ?」
「……ふぇ?」
「俺、魔法使えない。オケー?」
「……ふぇぇ? じゃあ、あの攻撃はなんなんですかぁ?」
「これ」
俺は腰の袋から、石をひとつ取り出しテーブルへと乗せた。
イリスは置かれた石をまじまじと、食い入るように眺める。
「……なんです、これ?」
「石だ」
「あぁ、なるほど! すごい魔法が込められた魔石ですね!
……それにしては、普通の石っぽいですね?」
「だから、普通の石だってば」
「聖女様、こいつ投擲スキルを持ってましてね。昔から上手いんですよこれが」
「ふぇ? 投擲スキル? でも、それであんなに威力がでますか……?
だって、頭が爆発してましたよ?」
「そりゃ、思い切りブン投げた石が当たればそうなるだろ」
「なー?」「そうよねぇ?」「だな」
まったく、この聖女は大丈夫か?
実は頭いかれちゃってんじゃないか?
「ええっと。私の知る範囲では、並みの投擲術ではああはならないかと……?」
本当に、何を言ってるんだかこの聖女様は。