19:誤算の存在
天高く煌き上りきった火の玉は、徐々に高度を落とすと共に灰へと姿を変える。
その様を見届けたのち、対峙する不埒者達へと視線を戻す。
「……始まる前から決着はついたみたいだぞ。
悪い事は言わない。大人しく引き下がってくれないか?」
「今ならまだ未遂で済みますよ?
罪は犯してからでは遅いのですよ?」
「その通りだよ。それに分が悪いのは君達だからね」
だがこちらの言葉に対し、奴らは怯むことはなくむしろ不敵な態度だ。
兜で表情は窺えないが、含み笑いが微かに聞こえてくる。
「確かに、このままなら俺達の負けだな。
だが町の奴らがここに来るまで、早馬であっても1時間はかかるぜ?
だったら、それまでに済ましちまえばいいと思わないか?
おまけに道中で大木をいくつか転がして置いたからな。余計に時間を食うだろうさ」
「時間の猶予は十分ということですよねぇ。
まぁどの道、私の張る障壁はそんなに長時間は持ちませんがねぇ」
「……という訳だ。俺達は端から時間をかけるつもりはないんだ、よ!!」
ギムルは引く事はせず、むしろ剣を引き抜きアッシュへ向けて斬りかかった。
すかさず彼も腰の剣を抜き、その一撃を受け止める。
彼ら2人の一合を合図に、火蓋が切られた。
「あちゃー、やっぱりそうなるよねー。
襲撃計画を企てているくらいだもの。そのくらいは予想してるよねー。
皆、戦闘は避けられないみたいだよ! 気を引き締めて!」
アッシュがこちらへ向け声を張り上げる。
彼の様子を見るに、どうやら余裕の模様。
元Bランクのギムルを相手に、だ。
ギムルは盾を駆使し何度も剣を振るうが、そのいずれもアッシュに華麗に捌かれている。
「くそ、こいつヤワな見た目の癖に……!
おいトニオ、お前はこっちに加勢しろ!
アントンとノイキは他の3人だ!」
アッシュを相手に苦戦するギムル。
奴は事を進めるため、他の仲間に指示を飛ばした。
トニオと呼ばれた鎧は、ギムルに加勢するため盾を構え、アッシュへと突進を仕掛ける。
だが彼はその盾突撃すらもくるりと身軽に躱してしまう。
「おっとっと、危ないなー!
……でも、君達遅いねー? その鎧脱いだほうがいいんじゃない?
硬いのだけが取り得なのかな? かな?」
2人相手ですらも余裕なのか、相手を煽るアッシュ。
とはいえ彼も相手の硬さを褒めている通り、強固な盾と鎧を貫く術はないようだ。
ギムルとトニオも躍起になって剣を振るうが、全て捌ききられている。
互いが決めてに欠け、激しい剣舞を演じる始末。
……おっと、いつまでもアッシュを眺めているわけにはいかない。
残ったもう1人の鎧が、盾を構えこちらへ向かってきているからな。
こいつがアントンなのか、ノイキなのかはわからないが。
俺は先ほど右手に握りこんだ石ころを、こちらに迫る鎧に向け投擲した。
放たれた石礫は狙い違う事なく、一直線に奴の兜へと強襲する。
――着弾の瞬間。
蒼く透明な障壁が瞬きの間ほど現れ、飛来する石礫を弾く。
同時に、金属同士が激しくぶつかり合うような衝撃音が響き鳴る。
石礫は素材の強度から耐えることはできず、空中で粉微塵に砕け落ちた。
「ひぃっ!? ……は、ははは、はははははっ!
さすがは魔法で作られた障壁だ! 見ろノイキ、俺はなんともないぞ!
ギムルさんは気をつけろと言っていたが、これならば恐れる事はないな!」
「当然ですよアントン。これは飛来する物理攻撃を完全に遮断します。
あの少年が投げるのは、たかが石ころなのでしょう?
まったく問題にもなりませんね」
唖然とする。
ここ数年は一度も外す事はなく、防がれる事などもなかった。
必ず勝利を収めてきたはずの投擲。
「……冗談だろ?
そんな魔法、ありかよ……!」
田舎の村に住む自分が、今まで碌に目にすることがなかった魔法。
イリスは防御系統と言っていたので、単純にそのままだと判断した。
防御力を上げるだけならば、耐えられたとしても沈むまで何度でも投擲してやる、と。
「くそ、イリス! 俺から離れるなよ!?
シュリは盾を構えて前に出てくれ!
向こうはお前が狙いだ。なら殺すようなことはしないはずだ!」
「は、はい! わかりましたです!」
「シュリちゃん、決して無理をしないでくださいね!」
俺の掛け声のもとシュリは前方へと繰り出すと、そのままアントンの進路上で待ち構えた。
相手は彼女の脇を抜けて行こうとするも、それを阻止するシュリ。
狙い通りに鎧は少女と相対する形となった。
奴は標的を傷つけるわけにはいかないため、攻めあぐねる。
「よし、いい感じだぞシュリ!」
「はいです! よ、よゆーです!」
「く、ちょこまかと……!」
鈍重な鎧に対して、身軽な狼の少女。
ましてや回避と防御に専念しているため、攻撃を受ける要素が無い。
時折危なげな場面こそあるが、要所で俺が石礫を投擲し相手の気を逸らした。
障壁に守られているとはいえ、眼前で衝撃音が響くのだ。気をとられない訳がない。
「どうするの君達?
このままやっていても時間がきて、お縄になるよー?
……今剣を引くのならば、君達の罪が軽くなるよう言添えしてあげてもいいんだけど?」
アッシュからの再三の勧告。
このまま続けても無駄だと、暗に言い放っているのだ。
町から人が来るのが先か、障壁が消え去るのが先か。
時間が経過すればするほど、こちらに天秤が傾くのだから。
本当に彼が居てくれて良かった。心底そう思う。
俺達3人だけだったなら、今頃は間違いなく殺されていた。
奴らにとってもアッシュの存在は想定外だっただろう。
それもそのはずで、彼への護衛依頼を知っているのは信頼のおけるギルドマスターと、その部下の受付嬢のみ。
さらに言えば、合流したのも今朝方だからな。
「おいノイキ、このままじゃ本当に時間切れだ!
一気に決めたい、お前の魔法で援護しろ!」
埒の明かないこの状況に苛立ったのか、ギムルは仲間の魔導士へと指示を飛ばす。
「……やれやれ、できれば障壁の維持に専念したかったのですがねぇ。
しかし、これ以上時間をかけるわけにはいかないのも事実。
マナの消耗が大きくなりますが、仕方ありませんねぇ」
魔導士の男、ノイキがさらに呪文を唱えだす。
その詠唱を中断させるため、奴に向けて石礫を投擲。
だが奴は耳元で弾ける衝撃音など意にも介さぬ集中力を見せる。
結局阻止する事が叶わず、魔法の発動を許してしまった。
「我が同胞に湧き上がる力を……!」
鎧3人を、今度は淡い赤の光が包み込む。
「あれは強化魔法だと思います!
アッシュさん、シュリちゃん、気をつけてー!!」
即座にどういった魔法かを判断し、前衛の2人へと注意を促すイリス。
当の彼らも返事をするが、強化された相手に先ほどまでと違い反転して苦戦を強いられる。
「く、速くなってる!?
これはちょっとマズイかも……!」
「わ、わ、わ、はうっ!?
ち、力も強くなってるです!」
今まで余裕のあった時間稼ぎは一転する。
拮抗していた状況から、次第に押され始める前衛の2人。
シュリには加減があるためか、まだ大丈夫そうではある。
だがアッシュの側は一切の遠慮がない。
余裕だと浮かべていた彼の笑みも今は消え、次第に剣先をその肌に、白の軽鎧にと掠らせ始めている。
「まずいな……。イリス!
今更なんだが、相手の強化や障壁を解除したり、逆にこちらを強化したりする術はないのか!?」
こちらの陣営で、その手の事が出来そうなのはイリスだけ。
いやアッシュはどうなのかは知らないが、使わないところを見るに期待できない。
「そんなの、使えたら私もとっくに使ってますよぉ〜!」
「……そりゃそうだよなぁ」
この聖女様は鑑定や治癒の類しかできないようだ。
それを責めるつもりはない。
彼女の扱う、治癒の神聖術が非常に強力なのは事実なのだから。
ただ遠くの人を癒せない都合、戦闘中においては活用し辛いだけ。
事が終われば、イリスの独壇場なのだ。
「こうなったら、いっそ俺がナイフ片手に魔導士の野郎に切り込むか……?
いや、イリスから離れるのは駄目か……」
彼女を守るのが本来の目的なのだ。
万一傍を離れ、その隙を狙われればひとたまりもないだろう。
アッシュはもはや、2人を相手に押さえ込めていないのだから。
「ふぇぇ、キリクさぁん! 私ひとりじゃ殺されちゃいますよぉ!」
「わかってるって! だから服の裾を掴むな!」
何かないか。この状況を打開するアイデアやモノは。
魔法石があれば躊躇わず使うのだが、生憎あんな高価な代物はコロニー戦で使った1個しかない。
ティアネスで買おうにも、町の規模が小さいためか取り扱っていなかったからな。
……いや、あるじゃないか。
俺が持つ物で、石よりも強力で投擲可能な武器が。
先ほど自分で口に出していただろうが。
腰に2本挿したナイフ。
昔からの愛用品であり、武器としてではなく、主に獲物を捌くために使われてきた代物。
石では柔く、障壁を貫通させることができなかった。
だがこいつならどうだ?
頑丈さがウリの、フルタングナイフ。
2振りの内の1本を抜き、右手で構え、投擲する。
狙いは魔導士の男、ノイキ。
あいつは『維持に専念』と言っていた、
だから奴さえ仕留めれば厄介な障壁を消せるのでは、という判断からだ。
高速で一直線に強襲する鋭刃。
石礫の時以上の衝撃音が響き、同時に陶器が割れるような音が鳴る。
放たれたナイフは、弾かれる事なく障壁へと突き刺さっていた――。




