18:不穏な雲行き
ティアネスの町を発ってから、早3時間あまり。
今は親交を深めるためお喋りしながら、のんびり街道を進んでいる。
ふた月ほど前にこの辺りを根城にしていた盗賊の捕り物があったらしく、今は平和なものだ。
「そういえばアッシュ。お前、モギユ村に行く予定だったんだろ?
だとしたら正反対の方向に連れて来ちゃって、悪かったな」
今朝、彼はギルドで熱く語っていたからな。
アリアの生まれた故郷が見てみたいんだ、と。
……行ったとしても、辺鄙な田舎村だからがっかりしそうだが。
自慢じゃないが、名物といえばうちの実家である牧場くらいなものだ。
それとてさして珍しいものではない。
何より肝心のアリアの生家は、古くなっていたため既に取り壊されているしな。
「ん? そんなこと気にしないでいいよ!
確かに勇者様の生まれた地は見てみたいけど、それ以上の収穫があったからね。
キリク君。君からたくさんの話を聞かせてもらったもの!」
「……散々質問されたからな。
あれで満足できなければ、村に行って他の人に話を聞いても同じだろうさ」
「あはは! さすが幼馴染なだけあるよね!
……でも、僕がこの地方に来たのはそれだけが目的じゃないんだ」
「勇者様関連以外にも、なにか用があったのですか?
アッシュさんは、それだけが行動原理だとばかり思っていましたよー」
「それを言われると、返す言葉がないねー。
いや僕は王都のほうから来たんだけど、結構色んな噂があってね。
この地方に凶悪犯罪者が逃げ込んだ、とか。
天災レベルの凶暴な幻獣種が目撃された、とか。
邪神を崇める、過激な邪教徒達の拠点のひとつがある、とかね」
あーなるほど。
勇者を目指し、自称するものとして見過ごせなかったわけか。
「そ、そんなに恐ろしい人たちが、この辺りにいるです?」
「いやいや、どれも所詮は噂だよ?
ただそんな噂でも勇者様の耳に入れば、現れるんじゃないかなってね!
あ、もちろん僕も気になったから、真偽を確かめるために来たんだよ?
勇者様の聖地巡りはそのついでさ! ついで!」
……果たしてどうだろうか。
この人物の場合、逆な気がするのだが。
「そのうちの、どれかひとつでも真実なら恐いものだな。
俺としてはどれとも遭遇したくないね」
「ですねー。旅は安全第一ですよ?」
その旅の最中に襲われていた人物が言うのだ。
説得力があるというもの。
……あの襲撃、実はどれかが関わってたりしないよな?
「まぁ僕の調べた限りだと、幻獣の噂以外は可能性あるんだよねー。
前回アルガードで聞き込みしてから日も経つし、丁度良かったよ。
もちろん、これは僕がひとりで勝手にやることだからね!
手を貸すって言われても、嬉しくないんだからね!」
「当たり前だ。誰がそんな厄介な事に首突っ込むかよ」
「アッシュ様お一人で頑張って欲しいです」
「私もちょっと遠慮しておきますねー。
邪教徒絡みに関しては、教会を頼るといいですよ?」
間髪入れず、3人で一斉に拒否。
当然だわな。
「あははー、皆つれないね……」
「こっちが手を貸すって言っても、アッシュは嬉しくないんだろ?
ならいいじゃないか」
「いやいや、それは言葉の綾というかね?」
「すまんな。人の嫌がることはするなっていう親の教えだ」
「うちも教会の教えで……」
「わたしはキリク様に従いますので」
初めて会ってまだ数時間。
そんな他人の、まして自分から突っ込んでいく厄介事に関わる気はない。
これが薄情だとか非難されるいわれはないだろう。
やりたいならお一人でどうぞってな。
「まー僕も自分の都合で他人に迷惑を……って、馬車がきてるね?
ここは道幅が狭いから、譲るためにも端に避けようか」
「そうだな……ん?」
ティアネスの方面から、土煙をあげるほどの速度で街道を進んでくる幌馬車。
遠目から見ても、何かに追われているという様相ではない。
「キリク様、どうかしましたですか?」
「キリクさーん、早く避けないと轢かれてしまいますよー?」
「……おい皆、念のため心構えをしておけ。
あの馬車……なにか様子がおかしい」
なんとなくだが、御者と目が合った気がした。
あれはこちらをずっと見据えている目に思えたのだ。
「……もしかして例のイースリ家だったり?
だとしたら穏やかじゃないよね。
まったく、楽な仕事になるかと思ったんだけどなぁ」
考えたくはないが、その可能性が頭に浮かんだ。
しかし奴とは互いに、公的に効力のある契約を交わした。
町に滞在している間は何事もなかったし、今もそうあってほしい。
願わくば、ただ道を急いでいるだけであるように。
だがこちらの希望的観測を裏切るかのように、横を通り過ぎ、少し進んだ先で馬車は停車する。
後部の幕が開かれ、中から姿を現したのは4人の男達。
全身鎧で身を固め、盾と剣で完全武装した男が3人。
彼らに庇われるように最後に姿を現したのが、黒いローブを纏った魔導士風の男。
その手には身の丈ほどもあり、先端に蒼く綺麗な水晶の付けられた長杖が握られていた。
「……やぁこんにちは!
物々しい雰囲気のようだけど、どうしたんだい?
この辺りにまた盗賊でもでたのかな? それとも、僕達になにか用なのかい?」
アッシュが俺達を庇うようにひとり先頭に立ち、怪しげな彼らに問う。
フルフェイス兜のため、相手の表情を読み取れないのが不気味だ。
ローブの男も、イリスのようにフードを目深に被っているうえ、鎧の奴らが壁となって姿が良く見えない。
「……なんとなくは察しがついているだろ?」
アッシュの問いかけに、真ん中の鎧がくぐもった声で答える。
「……! この声、あんたギムルか。
ならばやはり、あの男の差し金ということで間違いないようだな。
だがいいのか? これは立派な誓約違反だぞ?」
ギルドマスターは言っていたはずだ。
"約束を破れば刑罰が発生する"と。
「ふん、そんなことは坊ちゃんに直接言ってくれ。
……もっとも、死人に口無しというからな。お前に伝える機会なぞはもうないだろう」
「はなから、邪魔者は処分するつもりかよ。
……他に人気のない街道だものな。
死体は獣の餌にでもしてしまえば、証拠隠滅になるって訳か?」
「そういうことだ。
なに、大人しく奴隷の雌犬をこちらに寄越して、素直に投降すれば優しく首を飛ばしてやるさ」
「ふぇぇ……どのみち殺すつもりじゃないですかぁー!」
「わ、わたしはどうなってもいいです!
キリク様達に手は出さないで下さいです!!」
いつもの如く、イリスは涙目に。
シュリも自分の責任と感じてか、我が身を差し出す代わりに懇願を申し出る始末。
2人が怖気付くのも仕方がないことか。
相手は鎧まで着込み、完全武装で威圧を放っているのだ。
そのうえ、得体の知れぬ魔導士らしき男まで後ろに控えている。
それに対してこちらはどうだ。
人数は同じでも、戦力としては期待できぬ2人。
腕前は未知数だが、信頼のおける人物から太鼓判を押される、Bランクのアッシュ。
そして後衛の俺。
……あれ、そんなに悲観するほどでもないんじゃないか?
なんなら今すぐにでも先制をとって、ギムルの兜をふっ飛ばしてやろうか。
そう思い立ち、相手に悟られぬよう右手に石ころを握りこむ。
しかしこちらの動作と同時に、ギムルたち4人を青く淡い光が包みこんだ。
「ギムル殿、おかげで術式が展開できましたよ。
しかし効果時間はあまり長くないので、事を起こすのならばどうかお早めに……」
低くねっとりとした声色で、今まで彼らの後ろに隠れていた魔導士風の男が口を開いた。
こちらへは辛うじて聞き取れる程度であったのだが、その会話の内容から察するに、男はずっと隠れて魔法の詠唱をしていたようだ。
そしてそれは先ほど完了し、発動に至った。
「あの人たちを包む光……。
キリクさん、あれは防御系統の類だと思います!」
「なんだよそれ……。厄介そうだ――」
イリスの分析を聞いている最中、今度は空へと煌々と輝く火の玉が打ち上がる。
上げた人物はアッシュ。
彼の手には紐のついた木の筒が握られ、空へと向け掲げられていた。
「君達に強襲の意思があると判断し、照明弾を上げさせてもらったよ。
念のためにって、マスターに持たされていた物だったんだけどね。
これでじきに町から衛兵とギルドの人員が来る。
……そちらこそ、大人しく投降してくれないかな?」
後ろに立つこちらからは、彼の表情は窺い知れない。
だがきっと爽やかな笑顔で勧告しているのだろう。
どうなることかと思ったが、案外すんなりと決着がつきそうだ。




