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17:小さな悪戯心

 今目の前に立っている、2人の少女。

 1人は両手で抱えるほど一杯の食べ物を持ち、満面の笑顔。

 もう一方は耳と尻尾を垂れ、懇願の上目使いでこちらを見つめてくる。


「……イリス、なんでそんなに食料持ってんだよ。

 俺言っただろ。買いすぎんなよって」


「聞いてくださいよキリクさん!

 私も、最初はこんなに買うつもりはなかったんです!

 でもお店の人が、色々と一緒に買えば安くしてあげるって言ってくださったんですよ!

 おかげでこんなにも沢山買えちゃいました!!」


「申し訳ありません、キリク様……。

 安さにつられ、買っていく内にあれよあれよと増えていきまして……」


 つまりは、まんまと抱き合わせ商法に引っかかったというわけか。

 やはりこの2人だけで行かせるべきじゃなかった。

 買い物くらいなら任せても大丈夫だろうと思ったが、甘かったな……。


「んで、渡したお金を全部食料に使ったと。

 イリス、お前の尻を思いっきり引っ叩いてもいいか?」


「ふぇ!? な、なんてことを言うんですかぁ!?

 絶対にイヤですよっ!

 それに、シュリちゃんも喜んで買ってましたし!」


「ちょっ!? イリス様!?

 わたしを巻き込まないで下さい!」


「だって本当のことですよー?

 これとかこれとかー。あ、この干し肉もそうですよね?」


「あわわわわわっ!」


「……安心しろシュリ。お前も一緒にお尻ペンペンだ」


「あうあう……」


 ったく、こんだけの食料を食べきれると思って買ったのか?

 ……イリスならそう思うか。

 彼女が本気を出せば、冗談抜きに2日で全て食べきりそうだ。


「はぁ、まあいいさ。

 いつぞやのボンボンのおかげで、金には困っていないからな」


「で、ですよね! じゃあ、これだけ食料があっても大丈夫ですよね!?」


「わたしも罰を受けるんじゃないかと思っていましたが、安心しました!」


「いや、尻たたきは決定だぞ。2人とも覚悟しとけよ?」


「「えぇ〜!?」」


 どうして許されたと思ったのか。

 ……まぁ、あくまで冗談だ。

 うら若き乙女の尻を叩くつもりはない。


 とにかくも買い込まれた食糧は多く、手持ちの荷袋では入りきらない。

 仕方なく、大きい荷袋も買う羽目に。


 幸いというか、一応考えてはいたのかというか。

 長持ちするものが多かったので、無駄になることはなさそうだ。

 最悪は腐る前にイリスに全部食わせればいいだろう。


「あの、ところでキリクさん?

 ギルドへは勇者様をお迎えにいったのですよね?

 ……どこにいらっしゃるんですか?」


「そういえばお姿が見当たらないです?

 合流したのも、キリク様おひとりだけでしたし……」


「何言ってんだ。いるぞ、"勇者"様。

 最初からずっとお前達の後ろに。……なぁ?」


 そう、彼は最初から居たのだ。

 ただし、この二人を驚かせる為に2人の後ろに隠れてもらっていた。

 気配を消すのはお手の物らしく、さすがといったところ。

 おかげでいつ気付くのか、笑いを堪えるのに必死だったよ。


 俺の言葉に、後ろへ振り向くイリスとシュリ。


「な〜んだ、いらっしゃったのですか勇者様!

 お久しぶりで――……ど、どちら様でしょうか!?」


「勇者様! あの時はありが――とう?」


「やぁ! 初めまして、お嬢様方!

 僕はアシュリアル・ラグドール! アッシュと呼んでね!

 本物の勇者様に憧れて、自称だけど僕も勇者を名乗っているよ!

 ……どうやら君達を勘違いさせちゃったみたいで、ごめんね?」


 彼は歯が光るような爽やかな笑顔で、一息に自己紹介を済ませる。

 イリスとシュリは理解が追いついていないのか、口を開けてぽかーんと呆けているな。


「……キリク君、これでよかったのかい?」


「ああ、ばっちりだ。どうだ2人とも、驚いたか?」


 声をかけてみるが、いまだに開いた口が塞がらないといった2人。

 その姿があほっぽいので、そろそろ正気に戻ってほしいのだが。


「……キリクさん。これはどういうことなのです?」


「……うわーん、だまされましたぁ」


 ようやく意識を取り戻し、言葉を発したかと思えば……。

 恨みがましい目でこちらを見据えるイリス。

 涙目で悲しそうな顔をするシュリ。

 ……まぁそうなるよな。


「すまんかった。だが俺もおっさんに同じことをやられてな。

 自分だけというのもなんだか(しゃく)だったんで、2人にも……と思ってさ?」


 だからその怖い顔をやめてもらえませんか、イリスさん。

 目に溜めた涙を零さないで下さい、シュリさん。


「あーあ。だからやめたほうがいいよって言ったのにね。

 キリク君、女性の恨みは怖いよ?」


「本当にすまん。反省はしている。だが後悔はしていない!」


 腰に手を当て、堂々と言ってやった。

 勘違いの大本はこのアッシュだし、誤解を生むように話したのはギルドマスターのおっさんだ。

 俺は……ちょっと悪意があったくらいだ!


「……キリクさん。私を騙すという事はどういうことか。

 後が怖いですよ〜? ふふふふふふ……」


「本物の勇者様にお礼が言えなくて、残念です……」


 しかしながらイリスの怒りは俺のほうへ……。

 シュリも落ち込みようが凄いな。

 ……やはり後悔してきたかもしれん。


「ま、まあとにかく! アルガードまでの護衛に就いてくれるアッシュだ!

 ほら、2人も自己紹介しような?」


 とにかく話題を変えよう。

 この空気を早くなんとかしたい。


「……そうでしたね。初めまして、アッシュさん。

 私は……イリスと申します。聖女様と同じ名前で、彼女に憧れて神官を目指している者です」


 お、上手い事言うなイリス。

 フードで顔を隠しているのもあって、際どいがなんとかごまかせるだろう。

 仮に顔を見られても、実際に本物の聖女様を目にした事のある人でなければ、同一人物だとまでは思わないだろう。


「あのあのえっと、わたしはシュリと申しますです!

 形式上はキリク様の奴隷……です!」


「ひょっとしたらおっさんから聞いているかもしれないが、先日この町で一悶着あってな。

 シュリとはその時に出会ったんだ。

 この娘の言うとおり、形式上の奴隷だ。だから俺は仲間として対等に接している。

 できれば、アッシュにもそうしてもらえればありがたいんだが……」


「ああ、話は聞いてるよ。対等に接するのも大丈夫さ。

 むしろ僕は奴隷には反対なクチだからね。

 ……首輪を外さない理由も、なんとなく察しがつくよ。

 で、改めてよろしく! シュリちゃん、イリスさん!」


 話が通っているようで助かるな。手間が省ける。

 にこやかに2人と握手を交わしているし、問題はなさそうだ。


「さて、これからすぐに出発かい?

 できるのなら僕も少し買い物をしてきたいんだけど」


「ああ、それなら構わない。

 ……こっちも食料以外は揃っていないからな。

 ランプ用の油と飲み水を買わないと……なぁ?」


 視線をちらりと向ければ、ふいっと逸らす2人。


「そうか、なら丁度良かったよ。

 じゃあ早速買いに行こうか! 善は急げ、だよ!」


 今度は4人で連れたって、町の商店へ。


 ちなみに、購入もとの店に行ったが返品は受け付けてもらえなかった。

 一度でも店主の元から離れた食料品はダメなんだと。

 顔見知りならともかく、どこの誰とも知れない奴の手に渡ったんだ。

 悪意だけで毒など盛られたりしていれば、目も当てられないからな。

 ……店主のおっさんとしては、ただ売り上げを減らしたくないだけかもしれんが。


 食料だけで想定以上の荷となった。

 金銭には余裕があったので、荷載せ用のロヴァを1頭購入した。


 ロヴァとは小型の馬種。

 荷載せから馬車引きに早馬と、移動には重宝されている。

 力強い大型の種ともなれば、戦事でも大活躍だ。

 そして王都では、騎士達に見目麗しい白毛種が人気なのだと。


 今回買ったのは少し歳のいった茶の雄ロヴァだったため、金貨にして3枚。

 これでも端数はまけてもらった。

 名はロヴァだけに「ロバート」だそうだ。


 新たに買い足した荷袋とあわせ3つに分け、アッシュの荷物と合わせて4袋。

 ロバートにバランスよく、左右二つずつに分けてくくりつけた。


 ハナコを失ってしまった今、ロバートが手に入って助かった。

 ……もともとはお前の責任だろ、と言われれば耳が痛いがな。




 全ての準備が整ったところで、ティアネスの町とお別れすることに。

 町を出る直前、ギルドマスターへ別れの挨拶を告げていないことを思い出す。

 アッシュにおされ、頭からすっぽ抜けてしまっていたな。


 だがアルガードからの帰り道に、またこの町へと寄る事になるのだ。

 ならばまたすぐ会うことができる。だから気にせず出発することにした。

 朝に顔は見せたのだ、それで十分だろう。

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