16:後ろの勇者様?
宿のベッドでぐっすり寝ての翌日。
今日も朝早くから、すでに賑わっている町へ。
今回は保存食や水など、旅の道中で必要な消耗品を買い揃えるためだ。
しかし俺はギルドに行かなくてはならないので、これはイリスとシュリに担当してもらった。
必要な支度金を渡す際、イリスに念入りに注意をしておく。
「いいかイリス。必要以上に食料を買い込むんじゃないぞ?」
「わかってますよー。
キリクさんは、私をなんだと思っているんです?」
「食い意地の張った聖女様だろ。
シュリ、ちゃんとこいつの手綱を握っておいてくれよ?」
「はい! キリク様からのご命令とあらば、例え聖女様が相手でも手加減は致しません!」
いや、命令をしているわけではないのだが。
……その辺の意識は地道に変えていくしかないか。
「……最近、私の扱いがひどくないですか?
これでも、皆様から敬られている聖女なんですよ?」
「だったらもっと聖女様らしく振舞ってくれよ。
俺の想像していた聖女様像と、かなり違うぞ」
「ふぇー……。
私だって、一応は年頃の女の子でもあるんですよぅ……」
いじけてしまった聖女様。
彼女の事は使命に燃える忠犬少女に任せ、ギルドへ向かった。
「おぉ、待っていたぞキリク!」
ギルドに入ると、すでにギルドマスターが待ち構えていた。
彼は2つ有る受付口のひとつを占有し、いい笑顔でこちらを迎えてくれる。
恐らくは俺が来るのを待っている間、受付業務を行っていたのだろう。
しかしどの冒険者も、彼を避け隣の受付嬢のほうへと並んでいるな。
……誰だっておっさんより若い娘のほうがいいか。
俺だってそうするし、何より相手が相手だ。
気が引けるというレベルではないだろう。
「ったく、こいつら皆隣に並んじまうもんだからよ。
せっかく俺が担当してやってるのに、暇でしょうがなかったぜ。
声をかけても敬遠しやがるしな!」
声量を上げ、隣で並ぶ冒険者達をジロリと睨むギルドマスター。
ここの主に睨まれた彼らは、ばつが悪そうな顔をしながら視線を逸らした。
「そりゃそうだろ。俺だってあっちに並びたいさ。
だが今日はあんたに用があるわけだからな。
それで、例の勇者様はどこにいるんだ?」
先ほど周りを軽く見回してみたが、それらしい人物が見当たらなかった。
6年経っているとはいえ、まったくわからないなんてことはないはずだが……。
「ああ、そいつならお前さんの後ろに立っているぞ。
ほれ、振り返ってみろ」
嘘だろ……?
一切の気配を感じなかったぞ。
さすが勇者と呼ばれるようになっただけはある、か。
感動の対面となるのか、それとも案外とあっさりしたものになるか。
意を決して、後ろへと振り返る。
「やぁ、初めまして! キリク君……だったよね!」
……誰だこいつ。
振り返った先に居たのは、1人の……青年?
とにかく、こちらが予想していた人物とはまったく異なっていた。
耳と目が隠れるほどの長さの赤毛。
時折隙間からチラリと見える金の瞳。
その顔立ちは中性的で、ニコニコとした表情からは温和な印象を受ける。
背丈は俺と同じくらいだが、体つきの線が細いためか華奢に思える。
しかし目を引くのは彼が身に着けている装備。
白鉄で作られた、体の各急所だけを守るように作られた軽鎧。
そして腰に下げた剣から覗く、柄の意匠。
……なるほど、確かに一見は勇者のようだ。
見た目がそれっぽいものな。
「……えーと、あんたがギルドマスターの言っていた勇者、か?」
「うん、そうだよ!
といっても、本物の勇者様に憧れて、自分で自称しているだけなんだけどね!
あ、僕はアシュリアル・ラグドールって言うんだ。
アッシュって呼んでくれるかい?」
さわやかな笑顔で右手を差し出し、握手を求めるアッシュ。
戸惑いならがらも、こちらも手を出し握手を交わす。
「って、自称ってなんだよ!?
おいギルドマスター! 俺の知ってる勇者と全然違うんだが!?」
「がっははははは!
やっぱりそうだったか!
なんとなく、こいつら勘違いしてんだろうなーって思ってたんだよ!
……でもどうだ? 驚いたろ?」
……最悪だよこんちくしょう。
実はアリアとの再会を楽しみにしていた、俺の純情を返せってんだ。
いや、そもそもがおかしいと気付くべきだった。
どうして勇者がこのようなところにいるのか。
なぜ、冒険者をしているのかを考えるべきだったよ……。
「……驚きすぎて、あんたの顔に石を投げつけてやりたいくらいだ。
1人の時、夜道には気をつけろよ?」
「おっと、そいつは勘弁してくれや。
お前さん相手だと、暗殺とかマジで洒落にならん。
確かにアッシュは本物の勇者様じゃないが、実力は保証するぜ?」
「おや、マスター。
僕の事を、本物の勇者様だと紹介していたの?
そりゃ困るなー。現に、今がっかりされちゃってるじゃないか」
本当にがっかりだよ。
幼馴染かと期待してみれば、どこぞの知らん奴だったんだからな。
「そいつはすまなんだな!
だが自称するお前さんにも非があるだろ。
詐称して悪事を働いたりしなければ問題ないとはいえ、誤解を生むのも当然だぜ?」
「僕は勇者様に憧れているからね!
自称とはいえ名乗っていれば、いつか向こうから会いに来てくれるかもしれないでしょ?
むしろそのうちに、僕も本物の勇者として認めてもらえるかもしれないじゃないか!
悪を挫き、正義を示してさえいればね!」
……なんだ、ただの痛い勇者ファンだったか。
名乗るだけはタダなのだから、こういった輩が沸いても仕方がないことだ。
無論、公の場で声高に勇者だと名乗ったりすれば、とっ捕まるやもしれんが。
「で、キリク君。
本物の勇者様じゃなくて申し訳ないんだけど、それでも大丈夫かい?
商隊護衛の経験はあるから、お役には立てるはずだよ。
でも君が拒絶するのなら、僕も大人しく身を引くんだけれど……」
「……いや、構わない。
ギルドマスターの言うとおり、実力は本物なんだろ?
何より、おかしな奴だがあんたは悪い人間じゃなさそうだからな。
がっかりしたのはあれだ、俺が本物の勇者と昔馴染みだったからだ。
それでちょっと再会を期待してしまっただけさ」
「そうか。なら、改めてよろしく頼むね。
おかしな奴とは失礼だが、大船に乗ったつもりでいてくれて大丈夫さ!
僕は約束や契約を違えたりはしないし、義を重んじる人間だからね!
そう、それこそ勇者アリア様の如く!!」
……やはり考え直すべきか?
ここまでくると盲信に近いかもしれないぞ。
しかしまぁ、アルガードの街までの付き合いだ。
そこまで我慢するとしよう。
なにより、こうなると俺もあの2人を驚かしてやりたいからな。
ギルドマスターにやり返せないのが残念だが、せめてもの憂さ晴らしをさせてもらおうか。
「そ、それよりもキリク君!!
君、さっき勇者様と昔馴染みだと言ったよね? 言ったよね!?
ちょっとその辺を詳しく聞かせてくれないかな? ね? ね!?」
しまった、この手の熱狂的なファン相手に言うべき事ではなかった。
鼻息荒く顔をこちらへと近づけてくるアッシュ。
ハイネスといい、ここらではそれが流行っているのか?
もっとも、見目が良いぶんあいつほど不快ではないが……。
彼の興奮具合から、語らねば絶対に離してくれなさそうだ。
仕方なしに小一時間ほど、昔のアリアについて話してやった。
物凄い食い気味で話を聞くアッシュ。
彼は自分の知らない勇者の姿を聞けた事で、とても満足していた。
だが、そこで話が終わる事はなかった。
次はアッシュの口から語られる、なぜ自分が勇者に憧れたのか、なぜ勇者を自称しているのかという話。
5年前に魔物から命を救ってもらっただの、以降熱心に剣術に打ち込んだら才能が開花しただの……。
勇者の足跡を辿り、ついに彼女の故郷までやってきたのだとかだ。
この話も含め、アッシュには2時間近くも拘束されてしまった。
早いうちにイリスとシュリに合流したかったのだが……。
任せた買い物、大丈夫だろうか?
2人とも碌に経験が無いとのことだったので、俺は心配です……。




