15:聖女の晩餐
シュリは身軽で素早い。
そんな彼女の長所を生かすため、動きを極力阻害しない小盾を与えた。
全ての攻撃を完全に受けきる壁型ではなく、躱していなす回避型というやつだ。
基本は避けて、要所要所で右腕の盾を使い、攻撃を受け止める。
一応念のための短剣は持たせているが、今は回避と防御だけに専念させている。
そのおかげで、なんとか形になっているといったところ。
そのうちシュリの錬度が上がり、攻撃も織り交ぜられるようになれば頼もしいな。
しかし難点もある。
ちょこまかと前方で動き回る事になるため、後衛からすると邪魔となり厄介なことだ。
だがそこは俺の腕前であれば何も問題は無い。
うっかりフレンドリーファイアなんて、まずありえないからな。
「この3日で、かなり盾の扱いが上手くなったな。
これなら安心でき……ってお前、腕に怪我してるんじゃないか?」
シュリの左腕。
そこには木か何かで擦ったのであろうか。
赤い線が走り、血が垂れ落ちていた。
「あ、本当ですね。気付きませんでした……。
でもこのくらいなら舐めてれば治ります。大丈夫です!」
犬型の獣人族らしく、傷をぺろぺろと自分で舐めるシュリ。
「こらこら舐めるな舐めるな! ……とりあえず水で流して、布を巻いておこう。
帰ったらイリスに治してもらおうな」
確かにたいした怪我ではないが、できるうちはしっかりと手当てしておくべきだ。
血の臭いに敏感な獣もいれば、毒を撒き散らす魔物だっているのだ。
小さな傷でも馬鹿にしてはいけない。
「ありがとうございます、キリク様。
こんなにも大事にされて、シュリは幸せ者です……」
「最初に言ったろ。仲間として、対等に扱うって。
……それじゃ戻るか」
シュリの手当てを終え、俺達は森をあとにする。
自分達だけでも相当な数のゴブリンを狩った。
そのうえ、他のグループも同じように依頼を受け狩りに出ている。
日ごとにゴブリンの発見数が減ってきており、残党討伐は順調なようだ。
町に戻ってから真っ先に向かったのはギルド。
依頼の報告を済ますためだ。
こんな生臭いものが大量に入った袋、ずっと持っていたくないからな。
「あ、キリク様。依頼の報告ですか?」
「ああ。これがその討伐証拠な。全部で17体分ある」
いつもの受付嬢へと、生臭い袋を手渡した。
彼女は相変わらず嫌な顔ひとつせず、中身を確認していく。
「……はい。17体分、確認いたしました。
では、こちらが報酬の銀貨1枚と銅貨7枚になりますね。
依頼を遂行して下さった皆様のおかげで、相当数のゴブリンが討伐できましたよ。
これだけの数を間引きましたから、しばらくはコロニーが作られる心配はなさそうです」
「そうか、それならよかった。
仕方がなかったとはいえ、出すぎた真似をしてしまったからな。
ようやく肩の荷が下りた気分だよ」
「ふふ。実は気にされてらしたんですか?
無闇に荒らして、ゴブリン達を散らしたわけではないのですから。
ならば杞憂というものですよ」
「そう言ってもらえると助かるよ。
それで、そろそろ言われていた日数が経つんだが。
……まだその勇者は帰ってきていないのか?」
「ああ! そうでしたそうでした!
もう帰ってきておりますよ。ちょうど昼過ぎ頃にですね。
しかし残念ですが、今日は疲れたとのことですので、すでに宿でお休みになられています。
ですがお話は通しておきました。護衛依頼について了承して下さいましたよ。
明日、朝早くからギルドで待機しているそうです」
「そうか、了承してくれたのか。ありがたいな。
なら、また明日の朝に寄らせてもらうとするよ。
これでようやくこの町を出発できる」
なんだかんだ、この町で6日も足止めを食ってしまった。
イリスは急がなくても大丈夫、と言っていたのが救いか。
「そうですか、もうこの町を発たれるのですね。
マスターも一目置いている有望な新人が、この町を去ってしまうのは寂しいです」
……あのギルドマスターに目をかけられていたのか。
そういえば決闘の翌日、ギルドに行ったらランクをひとつあげられたな。
ゴブリンロードを討伐した成果からかと思っていたが、ギルドマスターの言添えがあったのかもな。
「それで、いつ頃この町を発たれるのでしょうか?」
「そうだな……相手さえよければ、明日にでも出発しようと思っている」
帰ってきた翌日で悪いのだが、依頼者はこちらである以上許容してもらいたい。
まぁあいつなら、拒否なんてしやしないだろう。
「ならばマスターにもそうお伝えしておきますね。
きっと、最後に挨拶しておきたいと言い出すと思いますので」
「あのおっさんの挨拶なんていらないんだが……」
結構熱血そうな男だったからな。
暑苦しい別れの抱擁なんてされたら、堪ったものではない。
「あはは、まあそう仰らずに……」
「……どのみち、明日はギルドへ寄らなければいけないんだ。
あのギルドマスターのことだ。朝から絶対待機するだろ」
「よくおわかりですね。
逃げられないものと思って、観念しておいて下さい」
いや、まぁいいんだけどな……。
なんだかんだ世話になったんだ。
最後くらいきっちり挨拶しておこうか。
受付嬢とのやりとりを終え、宿へ戻ることに、
ギルドを出れば外はもう夜の帳が下りており、一帯が薄暗い。
幸い空は晴れており、大地へと降り注ぐ月光で真っ暗というわけではないのだが。
帰り着いた先の、開かれた木窓から暖かい光を放つ宿。
その1階の食堂では、イリスが俺達の帰りを待っていた。
「ふぁ! ふぉふぁふぇふぃふぁふぁい!!」
「……とりあえず、口に入れている物を飲み込んでから喋ろうな?」
「イリス様、はしたないです……」
こいつ、一人で先に夕食を始めていやがったか。
机の上には所狭しと皿が並べられている。
すでにその半分近くが空だ。
まったく、決闘後に得た金貨のおかげで、遠慮がなくなっているな。
それにしても本当にこの聖女様はよく食べる。
だが、食事量の割に太っているというわけではない。
むしろ綺麗なスタイルをしているくらいだ。
彼女が食べた物は、いったいどこに消えているのだろうか……?
「ん……ごくんっ。ぷはぁー。
……おかえりなさいませ、キリクさん。シュリちゃん」
「ただ今戻りました、イリス様」
「ああ、ただいま。
早速なんだがイリス、シュリの腕を治してやってくれないか?
ちょっとした擦り傷だが、放っておけば化膿するかもしれん」
「お安い御用ですよ! げぷっ。
……さ、シュリちゃん。傷を見せて下さいねー?」
シュリは腕に巻いていた布を取り、イリスに怪我を見せる。
彼女は傷の具合を確認し、治癒魔法を唱えた。
光が患部を覆ったかと思えば、あっというまだった。
最初から傷なんて無かったかのように、綺麗に治してしまった。
……さりげなくゲップしたのを、俺は聞き逃していないがな。
聖女様のはしたない行為だ。相当レアだぞ。
「イリス様、ありがとうございます」
「どういたしましてですよ! えっへん!」
「威張るなって。まぁ助かってるんだけどさ。
……ちょうどいいから俺達も夕食にするか」
「はい。ご相伴させて頂きますね」
シュリは形式上は俺の奴隷だ。
奴隷というのは、普通は食事を主と共にしたりしない。
彼女も最初は拒否していたのだが、俺とイリスで共にするよう説得した。
対等にとはいっても、シュリ自身に根付いた奴隷気質はそうそう抜けきらないようだ。
「でしたら、これとかすっごく美味しかったですよ!
是非食べてみて下さい! ほっぺが落ちちゃいますよ!」
イリスが差し出してきた皿。
すでに半分以上平らげられているそれは、なにやら肉料理のようだ。
パッと見、使われているのは鶏肉。
何種類もの香草と共に炒められ、薫り高く仕上がっている。
出来上がってから時間が経ち、冷め始めているにも関わらずにいまだ鼻腔をくすぐる香り。
カリカリに焼かれた鳥皮から溢れ出た油が、白く固まりだしているのが残念なところか。
「どれどれ……ん、確かに美味いな。これもうひとつ頼もうか。
ぜひとも出来たてで頂きたい」
「はい、賛成です!とっても美味しいです!」
3人で和気あいあいと食事をとりつつ、旅の再開について話をした。
イリスも同意してくれたことだし、明日でこの町とお別れになりそうだ。




