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14:狼の少女

「シュリ! そっちへ行ったぞ!!」


「はいキリク様! わ、わ、わ、はぅっ!?」


 シュリは右手に着けた小盾で、ゴブリンの棍棒による攻撃を受け止める。

 防御のみに専念して、なんとかといったところだ。

 そうして彼女が引き付けた敵に対し、俺は石礫を投擲する。


「グギャブッ!?」


 真っ赤な華を咲かせるゴブリン。

 これももうさすがに見慣れたな。


 シュリも最初は驚き、怖がっていた。

 だが彼女は短いながらも森で生活していた身。

 仲間が狩ってきた獲物の解体を手伝っていたらしく、すぐに順応していた。


「さすがですねキリク様!

 右耳だけは綺麗に残すなんて、すごいです!」


 飛び散った肉片の中で綺麗に形残った耳。

 シュリはそれを拾い上げ、嬉しそうに飛び跳ねている。


 やった本人が言うのもなんだが、この光景は猟奇的すぎるな。

 ゴブリンの耳持って喜ぶ少女って……。


「さて、こいつで17体目か。

 日ももうすぐ暮れるし、今日はこんなもんでいいだろう」


「結構な数になりましたね!

 えっと、ゴブリン1体につき銅貨1枚だから――」


 両手の指を折り曲げ、ひとつひとつ数えるシュリ。

 数が進むにつれ、次第に速度が落ちていく。


「えっとえっと、7、8、9、10……。

 ……指が足りないです!」


 とりあえずデコピンをかましておく。


「はぐっ!? い、いたい……」


「そのまんま銅貨17枚だろ……。

 もっと言うと10枚単位で繰り上がるから、銀貨1枚と銅貨7枚な」


 まるで世紀の発見でもしたかのような顔だ。

 むしろ、俺が凄いバカを発見した気分だぞ。


 ……いや、彼女を攻めるのは筋違いか。

 算術などを教わる環境ではなかったのだ。

 村の神父様から教わって育った俺が幸せ者だっただけだ。


「で、どうだったシュリ? その盾の具合は」


「あ、はい! とっても使いやすいです!

 この大きさなら、動くのにさして邪魔になりませんし」


 シュリに負わせた役目。

 それは、盾役として前衛を務めてもらうこと。


 もちろんイリスは大反対だった。

 それも当然だろう。

 シュリに敵を引き付ける肉壁になれと言っているのだから。


 その時の会話の流れ。

 昨日の続きは、確かこうだ。




「――いいか?

 俺がシュリに任せたい役目ってのは、前衛のことだ」


「前衛……ですか?」


「そうだ。決闘の時に見たと思うが、俺の武器は投擲スキルによる遠距離攻撃。

 だから接近されると一気に不利になる。

 それを阻止するために、シュリには前に立って敵を引き受けてもらいたい」


「キリクさん! それはシュリちゃんが危険すぎますよ!

 盾になれ、と言っているわけですよね!?」


「そういうことだな。

 俺の奴隷になりたいと言うのなら、受け入れてもらう。

 嫌ならば契約はしないが、首輪の鍵は渡してやる。

 さぁ、どうする?」


 この提案、どう考えても前者のほうが損だろう。

 だが俺はあえてそういった二択にし、シュリに提示したのだ。

 危険は嫌、首輪も外したくない、となれば俺でなくイリスにでも頼めばいい。


「受け入れます。

 ご主人様に救って頂いた命ですから、如何様にもお使い下さい」


 シュリは真剣な眼差しでこちらを見つめる。

 その瞳には一切の迷いが無い。

 一瞬の考える間もなしに、躊躇なくそちらを選ぶとは……。


「本当にいいのか? イリスも言ったように、危険な役割だぞ?」


「そうですよ!? 常に相手の攻撃にさらされるのですよ!?」


「構いません。

 今までわたしの命は、物として扱われてきたです。

 それを対等だと言ってくださいました。

 わたし、とても嬉しいんです!

 それにご主人様なら、きっと無茶はさせないと信じていますから……」


 盾になれということは、見かたによっては物のような扱いなのだが。

 いや、もちろん俺はシュリに対し、そのような認識を持つつもりはない。

 ちゃんと同じ命として、仲間として接する。

 その言葉に嘘偽りはない。


「……はー、わかった。でも安心しろ。

 お前に危害が及ぶ前に、俺が先に敵を始末するからな」


 望んでいた答えに、シュリの表情が明るくなる。

 尻尾はかつてないほどに、勢い良く左右に振られていた。


「むー……。わかりましたよ……。

 でもどんな小さな怪我でも、必ず私に言って下さいね?

 すぐに治しちゃいますから!」


「はい! その時は、どうかよろしくお願いします!」


「安心しろって。俺が絶対に手を出させないから」


「……まったく、キリクさんはたらしですねぇ。

 私といいシュリちゃんといい、先が思いやられますよ?」


「なんだよたらしって……。

 俺は助けられる奴に手を差し伸べただけだ。

 あの時も、無理だと判断したら見捨てていたさ」


「またまた〜?

 一人で10人を超える暴漢や、ゴブリンのコロニー相手にするなんて、普通はしませんよー?」


「そうなのですか!? ご主人様、すごいです……!!」


 褒められるのは嬉しいが、むず痒いな。

 どちらも真正面から正々堂々と相対したわけではない。

 離れたところからの不意打ち、姿を隠しての一方的な攻撃だった訳だからな。


「まぁそんなことはいい。

 イリス、シュリのステータス鑑定をしてくれるか?」


「え? かまいませんが、鑑定紙がないですよ?

 持っていた分は全部失っちゃいましたから……」


「それなら大丈夫だ。

 ギルドマスターから1枚貰っておいた。これを使ってくれ」


「ちゃっかりしてますねー……。

 わっかりましたー! では、シュリちゃん。よろしいですか?」


「はい! イリス様、お願いします」


 鑑定紙をシュリに手渡し、イリスが鑑定魔法を唱える。

 呪文とともに書き込まれていく文字。


「……はい、終わりました。シュリちゃん、どうですか?」


「あの、ごめんなさい。

 わたし、文字が読めないんです……」


 申し訳無さそうに耳を伏せ、こちらへと結果の書かれた鑑定紙を差し出すシュリ。

 この世界において、識字率というのは決して高くはない。

 平民以下の身分だと、商人でもない限りは半々といったところ。

 なので、彼女が読めなくともなにも詫びる必要などはないのだが。


「気にするな。さて、どれどれ……」


「あ、私にも見せて下さいよぉ。いいですか? シュリちゃん」


「はい。大丈夫です」



 ――――――――――――――――――


 名前=シュリ


 年齢=14

 性別=女


 Lv=5


 HP=310

 MP=50


 力=20

 守=18

 精=29

 技=23

 速=52


 《魔法》

 なし


 《技術(スキル)

 解体術Ⅰ 短剣術Ⅰ


 《固有(ユニーク)

 獣化【白狼】


 《加護》

 なし


 ――――――――――――――――――



「お、おう……」


「えっとえっと……可愛らしいステータスです、ね?」


「あ、あの……なにかおかしなところでもあったのでしょうか……?」


 なんというか、うん。弱い。

 若いうちは年齢分レベルがあれば上出来らしいが、半分にも満たないとは……。

 これは前衛で盾役どころじゃないか……?


「率直に言うとだな、シュリ。

 お前、凄く弱いな……」


「あうあう……」


「でもでも、獣化の固有(ユニーク)スキルがありますよ!

 これって、大人の獣人さんでも持ってない人がいるくらいですからね!」


 あー、確かにあるな。

 人型から獣型へと変身する、獣人族だけの固有(ユニーク)スキルだったはず。

 実際にこの目で見たことはないが、彼らの特徴のひとつだと聞いている。


「わ、わたしも今初めて知ったです……!

 あのあの、試してみてもよろしいでしょうか!?」


 ……凄く見たい。

【白狼】とあるから、きっとその名の通り白い狼にでもなるのだろう。


「ああ、是非見せてくれるか?」


「わぁ! 私も気になります!!」


 俺も気になる。

 もふもふかな?

 もふもふだよな?


「ではいきます……『獣化』!」


 シュリが一瞬白い光に包まれると、姿を現したのは白銀の狼。

 人型時と同じ髪の色をした毛皮に、ダークレッドの瞳。

 しかし彼女自身がまだ成熟していないためか、先日見た森狼(モックウルフ)よりも一回りほど小さい。

 そして思った通り、もふもふだ!


『どうですか、ご主人様?』


「おぉ、その姿でも喋れるのか」


「シュリちゃん! かぁわいいですよぉー!!

 触ってもいいですか? いいですよね!?」


 彼女の許可を得る前から、すでに抱きついているイリス。

 ふさふさの毛並みに顔を埋め、なんだか幸せそうだ。

 ……正直、羨ましい。


『イリス様、くすぐったいですよぉ』


 じゃれあう一人と一匹。

 こういう時、自分のちっぽけなプライドが煩わしくなるな。


「はぁ〜満足しましたぁ! これはとっても癒されますね!」


「あーそうかい。そいつは良かったな」


 少し不機嫌になってしまった。

 だがシュリは察してか、こちらへともふもふの身体を摺り寄せてくる。


『ご主人様? よろしければ、撫でて下さいませんか……?』


 もうね、すごい良かった。

 時間を忘れ、俺はずっと彼女を撫で続けた。

 狼顔でだらしなく口から舌を垂らし、トロ顔になるシュリ。

 その行為は、見かねたイリスが止めるまでずっと行われた。


 そしていざシュリが元の姿に戻る時、また一悶着起こる。

 床に散らばった、彼女が着ていた衣服。

 その時点で察しておくべきだった。


 姿を現したのは、一糸纏わぬ穢れのない白肌。

 次の瞬間、隣から頭に強烈な衝撃を受け、以降の記憶がない。

 貧弱な聖女様だと見くびっていたようだ……。




 と、ここまでがあの日の回想だな。

 肝心なところで記憶が飛んでいるのが悔やまれる。


 その翌朝、改めてシュリの首輪に契約の印を刻み、形式上は主従の関係となった。

『ご主人様』呼びは恥ずかしかったので説得し、今はなんとか名前に様付けで落ち着いている。

 それでもまだ、むず痒いものがあるのだが。


 しかし形式上とはいえ奴隷であるのだから、軽い呼び方では不審だとイリスに言われたのだ。

 俺としては気にしすぎだと思うのだが、奴隷を侮蔑した目で見る層から、反感を買わないためにも仕方がないか。


 あれから3日。

 人を待っている間に、簡単なゴブリン討伐の依頼を受けている。

 シュリを特訓して、少しでも鍛えるために。

 やはりコロニーの生き残りがいたらしく、その残党処理が依頼として出ていたのだ。


 ちなみに、その件についてギルドマスターからはお小言を頂いてしまった。


 逃した生き残りがまたコロニーを形成するかもしれないから、単独での襲撃は良くない、と。

 最初から大勢で挑み、完全に殲滅しておくのが望ましいらしい。

 しかし今回は捕獲されていた少女がいたため、彼女の救出を主としての行動だった。

 そのため彼もそれ以上、こちらを責めることはしなかったが。

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