13:補う為に
決闘相手のギムル。奴は運が良かったといえる。
あの場にイリスが居たおかげで、吹き飛んだ足を元通りくっつけられたのだ。
さすが聖女様といったところか。
治癒において、彼女は最上位の使い手なのだから。
待機していたギルドの治癒士も言っていた。
「俺だけでは、ここまで綺麗にくっつけられなかったですよ。
よくて足を引きずる、不自由な生活になっていたでしょうね」
「えへ〜。いや、それほどでもないですよぉー」
同じ使い手からの、手放しの称賛。
イリスはフードで顔を隠しているが、謙遜する声からは照れが見え隠れしている。
彼からはその正体を邪推されるも、ギルドマスターから止めるよう口出しされていた。
姿を隠しているのだ。何かしら理由があるのだと察してくれたのだろう。
一応は修行中の神官だという話で、納得してもらった。
いまだ立ち直れず、草原で佇むハイネルをその場に捨て置き町へと帰還する。
ギムルも主人が残ったため、血を大量に失い青い顔ながらも彼の隣で待機していた。
心配だから、と治癒士の人も残ってくれたので大丈夫だろう。
さて、せっかくギルドマスターという、お偉いさんとゆっくり話せる機会だ。
帰り道で、彼にひとつ頼み事をすることにした。
「俺達は訳あって、アルガードの街まで行かなければならないんだ。
そこまでの道中、少し戦力に不安があってさ。
信頼できる腕利きの前衛を紹介してもらえないか?」
今はイリスの護衛を頼まれている身。
しかし先日の、俺の浅はかさと意識の低さから、対象である聖女様を危険に晒してしまった。
正直、自分の腕を過信していたな。
それに一人行動が多かったためか、どうにも配慮が至らない。
そのために、もう1人腕の立つ剣士あたりがいてくれると助かるのだ。
ただし、適当に強そうな奴を雇えばいいという問題ではない。
なんたって聖女様の護衛だからな。
ちゃんと責任感があり、口が堅く誠実な奴でないと。
そのうえ、警護の経験があるのが望ましい。
……それって、俺が一番不適任なのではなかろうか。
「あん? そんなの、お前さん1人で十分そうなものだが。
街道を行くだけなら、野盗でも出ん限り問題ないだろ。
まぁ、後衛しかできないってのなら心配か。
……そうだな、丁度1人いい心当たりがいるぜ」
「よかった、ならその人物を紹介してもらえないか?
報酬は……どのくらいが相場なのだろうか?
一応ここに金貨10枚はあるが……」
さっき得た金貨。
俺の正規の報酬は約束されているわけだから、これから雇う人物にはここから出そうと思う。
後払いで教会からの報酬を折半してもいいのだが、現状どのくらい貰えるのかは知らない。
イリスに聞いても、わからないですぅーだからな。
「アルガードだとここからそう遠くないからな。
経費や食事代などは別で、金貨4枚もあれば十分だ。
……少々高いと思うかもしれんが、そいつはBランクだからな。
安い弱い雑魚を雇うよりかは安心だろ」
そりゃそうだ。安かろう悪かろうと言うからな。
……もっとも、高ければなんでも安心というわけでもないが。
「紹介するのも構わんよ。お前さん達と同じ流れ者だが、信用面に関しては俺が保証しよう。
ただ、今は依頼で少し町を離れてるんでな。
紹介するのは奴が帰ってきてからになるが、いいか?」
同じ流れ者って、それ本当に信用していいのかよ……。
だがまぁ、ギルドマスターであるこの男が太鼓判を押すんだ。さぞ素晴らしい人物なのだろう。
この町の規模の教会だといまいち信用できないし、逃がした元護衛の男が潜んでいるかもしれない。
ここは彼を頼る事にしようか。
「大丈夫だ。それまではこちらも町に滞在しよう。
その人物が帰ってきたら教えて欲しい」
「わかったぜ。受付に言付けておくから、毎日ギルドに足を運んでくれや。
3〜4日もすれば帰ってくると思うからよ」
よし。これで不安要素がひとつ減ったかな。
まぁ、前衛にはもう1人アテがあるにはあるのだが……。
「ギルドマスターさん。その方は、どういった人なのですか?」
あ、そうそう。それも聞いておかないとな。
ナイスだぞイリス。
「んー。俺としちゃ、会ってからのお楽しみにしてやりたいんだがな。
ま、悪い奴じゃないさ。むしろ間逆。こってこての正義って感じかね」
こってこての正義? なんじゃそら。
悪人じゃないのはいいんだが、それはそれで扱いにくそうな奴だ。
「年もお前達とそう変わらんくらいだ。
使う武器は剣。俺が認める程の腕前の剣士だ。
なんでも、モギユ村まで用があってこの地方に来たんだと」
俺の故郷、モギユ村に用がある剣士だって?
あんな辺鄙な村に一体なんの用事だよ。
……なんだか嫌な予感がする。
もしかして、もしかするのか?
「……なぁ。そいつ、ひょっとして"勇者"とか名乗ってないか?」
「お? なんだよ、知ってんのかよ。
あーまったく、驚かせてやろうと思ったんだがな」
マジか……。
ってことはあいつなのか。
まぁ、幼馴染で見知っている分確かに信用はできるのだが。
それでも6年ぶりだぞ?
一体どんな顔して会えばいいのかわかんねぇ。
「ふわぁ〜勇者様ですか〜!
以前一度お会いした事がありますが、あの方なら信頼できますねー!
で、どうしてキリクさんが知り合いなんです?」
「……幼馴染だったからな。
もう6年も会ってないが、忘れてるなんてことはないだろう」
「勇者様と幼馴染だったですか!? さすがご主人様です!
わたしも、昔救い出された時のお礼をまだ言えていないです。
だからまた会えて嬉しいです!」
「……その呼び方やめろって」
「がっはっは! 幼馴染なら丁度良かったな!?
それも6年ぶりとなりゃ、感動のご対面だ!
2人も見知っているようだし、これなら心配ないだろう!」
「よかったですねーキリクさーん」
なにやら棒読みのイリスさーん。
そっちも知り合いであるなら、いいじゃないか。
しっかしここでまさか、勇者となったアリアと再会する事になろうとは。
正直、もう二度と会うことはないだろうと思っていた。
まったく、運命っていうのはどうなるかわかったものじゃないな……。
これも女神ミル様のお導きってやつなのかね。
貴族との決闘を終え、俺達3人は寄り道せず宿へと戻った。
今は休憩がてら、イリスの部屋でこれからの事を話し合っている。
「さて、それでこの子をどうするか……」
ひとつ問題に片がついたかと思えば、また新たな問題が浮上している。
俺が拾ってきて権利を勝ち取った、獣人の少女。
この少女が、ずっと俺からくっついて離れないのだ。
それだけならまだいい。
俺の隣で、ずっと白い目でこちらを睨み続けるもう一人の少女。
聖女であるイリスが、ずっと負のオーラを放ち続けているのだ。
「お願いです。わたしを、ご主人様のものとしてお傍においてください」
「……いいんじゃないですかぁ? 可愛らしいですものねー?」
なんだこの空間は。
どうしていいかわからず、ただただ少女の犬耳をもふり続ける。
尻尾がパタパタと揺れているから、嫌ではないのだろう。
「と、とりあえずその首輪を外そうか。せっかく鍵を勝ち取ってきたんだからな」
鍵を取り出し、シュリの目の前へと掲げる。
……偽者だった場合は、合鍵ができるまで待ってもらうことになるが。
「この首輪、外してしまうのですか?
……あの、できればこのままで、ご主人様の奴隷としてほしいです」
この子は貴族の奴隷となる事を拒んでいた。
それなのに、どうして解放されることも拒むのだろうか?
一度自由を得たときに、その素晴らしさを知ったはず。
仮にこのまま連れて行くとしても、奴隷である必要はないと思うのだが。
「シュリちゃん。なぜ、キリクさんの奴隷になることを望むのです?」
「そうだぞ。別に奴隷じゃなくてもいいだろ?
対等な立場として、ついてくればいいじゃないか」
「……誰かの奴隷じゃないと、また捕まっちゃうかもです。
わたしは白狼族。人族には、愛玩奴隷として人気らしいです……」
……なるほど。"他人の所有奴隷である"という証拠が欲しいわけか。
そのうえ対等に扱う宣言をする主人なんて、そうそう他に存在しないだろう。
シュリにとって俺は都合がいい主で、自衛にもなるわけだ。
確かに他人の所有物を、わざわざ諍いを起こしてまで欲しがる奴は稀だろう。
物ではないのでこういう言い方はしたくはないが、中古を、他人のお古を嫌う人もいる。
お貴族様なんて特にその類だろうしな。
普通の労働奴隷であるのなら、まったく問題のないことだ。
だが今回は"愛玩奴隷"であるわけだからな……。
「……わかった。シュリがそれを望むのなら、応じよう。
ただし、そうなるとお前は形式上俺の奴隷ということになる。
だからひとつ、役目を負わせるが構わないか?
それ以外は奴隷扱いせず、対等の立場で接すると約束する」
「本当ですか!? ありがとうございます!
ご主人様であれば、どんなお役目でも構いません!
それが例え、夜伽の相手であろうとも……」
「キリクさん!? そんな不埒なことは、聖女である私が許しませんよ!?」
……なんでそうなる。
それだったら、俺はあの貴族となにも変わらないだろうが。




