12:瞬きの間に
町をでてすぐの草原。
この日は雲ひとつない快晴で、絶好の決闘日和といえる。
心地よい風がなびく中、4人の男達が最後の1人を待っていた。
ギルドマスターに治癒士と思われる男。
そして貴族のハイネルとその護衛であり、代理人のギムルだ。
その場へと2人の少女を連れ、悠々と赴く。
「ふん、やっときおったか。ギムル、調子はどうだ?」
「はっ。何も問題はありませんね」
「だ、そうだ。おい新人、お前さんはどうだ?」
「俺も問題ない。待たせてすまなかった、いつでもいけるぞ」
軽く柔軟をし、身体を暖めながら応える。
大見得きった手前、無様に負けられないからな。
「あぁ、やはり何度見ても美しい姿だ……。
これをようやく我が家へと連れ帰ることができるのか。ぐふふ、楽しみだ!
専用の小屋も用意してあるからな。迎える準備は万全だぞ?」
男の下卑た笑いに、俺の背へと身を隠すシュリ。
その様子はひどく怯えているようだ。背中から、少女の小刻みな震えが伝わってくる。
「……無駄な準備、ご苦労なことだな。
それにしてもひどい嫌われようだぞ、あんた」
「ふん、それも今だけの事だ。じきに私に尻尾を振るようになる」
随分と自信ありげなことだ。
自分の負けはまるで考えていないな。
それを言えば、もちろん俺もなのだが。
……はなから負けを考えている奴なんざいないか。
「あー、ゴホンッ!
役者も揃った事だ。始める準備をしようか。
おい新人。こいつにサインをしてくれ」
手渡されたのは、一枚の紙とペン。
どうやら決闘内容についての誓約書のようだ。
互いの差し出した条件と、それについての同意。
そして決着後は恨みっこなし、といった感じか。
「ギルドマスターである俺が作った誓約書だ。
ちゃんとした効力のあるものだから、約束を破れば刑罰が発生するぞ」
……なるほど。
たしかに、誓約が守られなかった場合の処罰が記載されている。
禁固から最悪は処刑までか。一方が貴族相手のためか、罰金はないんだな。
奴のあの性格だ。金で済むのなら、平気で破りかねん。
彼もその点を考慮して作成してくれたのだろう。
「……ギルドマスターってのには、ここまで権力があるんだな」
「まあな! ギルマスを舐めんなよってことだ。
つっても、この小さい町だからこそなんだがな。
ちゃんと町長とも合議のうえで作成したもんだぜ」
いい笑顔のドヤ顔をスルーしつつ、サインを書く。
近くにちょうど平たい岩があったため、それを机代わりとした。
仕上がった契約書をギルドマスターに手渡す。
その際、彼は離れた貴族側に聞こえないよう、小さな声でこちらへと呟いた。
「相手が弱小貴族だから出来る処置だ。
そんであの坊ちゃんは厄介な問題児だからな。
このぐらいやんねぇと、結果がどうであれこの決闘が無意味になりかねんのさ」
「あいつ、一体なにをやらかしてきたんだよ……」
「色々さ。さすがの俺も、そろそろお冠ってことだ」
厄介な問題児、か。
益々シュリを渡すわけにはいかなくなった。
「さて、これで双方から誓約書にサインを貰った。
さっきも言ったように、正式に効力のある書類だ。絶対に破るんじゃねーぞ。
……おいお嬢ちゃん、こっちに来てくれるか?」
シュリを手招きし、自分の横へと立たせるギルドマスター。
さらに彼は腰に下げていた皮袋を、仰々しく天に掲げる。
「こいつに坊ちゃんから預かった、鍵と金貨10枚が入っている。
言質は誓約書に記載した。そんでこのお嬢ちゃんだ。
これで両者が賭けるものは出揃った!
じゃ、とっとと始めるか。お前ら、位置につけ!」
立会人であるギルドマスターの言葉を皮切りに、俺はギムルと対峙する。
その際、互いの最初の立ち位置は明示されていない。
なので巧妙に、不審に思われない範囲で距離をとっておいた。
俺の得意とする、"最初の一撃"が確実に放てる距離を。
その距離は目視で10メートルほど。
少し離れすぎかもしれないが、まぁ不自然ではないだろう。
なにせ剣でも魔法でも、なんでもアリと謳ったのだ。
その為に猶予ある距離が発生するのも、必然といえる。
互いに睨みあい、張り詰めた糸のような、緊張感溢れる空気が流れる。
一瞬の沈黙。
風が草を揺らす音だけが、静寂をかき消す。
ギムルはすでに剣を抜き、いつでも始められるように待機している。
彼にあわせ、こちらも左手で腰のナイフを抜き、相手へと突き出すように逆手で構えた。
ただし右半身を一歩分後ろへずらし、右手は相手から死角となるよう、後ろ手で石礫の準備をしてだ。
「よし、では両者ともに準備はいいな!?」
「ギムル。お前に限ってありえんとは思うが、負けたら承知せんからな!」
「キリクさん、この子のためにも負けないでくださいねー!」
「ご主人様、お願いします……っ!!」
立会人である男の右手が、天へと大きく掲げられる。
「勝っても負けても、お互い禍根はなしだ。
治癒士が待機しているから、怪我の心配はせずとことんやってくれ。
それでは……――はじめっ!!」
開始の言葉と共に振り下ろされた手。
同時に、こちらへと足を踏み出すギムル。
だが踏み込まれたはずの右足は無く、その場でギムルは大きく体勢を崩し、草地へと倒れこんだ。
呆気にとられた顔をしており、なにが起こったか理解が及んでいない様子。
「な、な、俺の……足? あ、ああああああああああああああっ!!?」
赤く染まった雑草と、転がった自身の右足が目に映りこんだのか、絶叫の雄叫びをあげるギムル。
彼とて、飛び道具や魔法などの類を警戒していなかったわけではないだろう。
だがあいつは、こちらを格下だと舐めすぎた。
俺が最速で起こした行動に、身体が反応すらできていなかったのだから。
「そ、そこまで! これ以上は続行不可とみなし、これにて終了とする!!
おい、あいつを治療してやれ!!」
「はい!」
「あ、私も手伝います!!」
ギルドマスターの呼び声に、待機していた治癒士とイリスが飛び出す。
「勝者はお前さんだな新人、いやキリク。
……おい坊ちゃん、勝敗は決した。以降はこの件について、誓約の通りに一切の関与は禁止とする!
破った場合、たとえ貴族だろうがお構いなしだからな!」
「っしゃ!」
「そ、そんな……? 一体、なにが起こったというのだ……?」
その場で膝から崩れ落ちるハイネル。
そうか、あいつの目にはなにが起こったかすらわからないか。
開始の直後、起こった出来事。
単純な話だ。
ギムルが動き出した瞬間に、俺が奴の右足目掛け石礫を投擲しただけ。
向こうからは死角になるように努めた。
直前まで、あいつは石を投げつけられたなんてわからなかっただろう。
「……まさか一瞬で終わるとはな。あれは投擲スキルによるものか?」
「そうだ。俺の自慢でね。
むしろこれしか武器はないと言ってもいいくらいだ」
「なるほどな。しかし、石を投げて足を吹き飛ばす程の威力とは……」
さすが、冒険者達を束ねるギルドマスターだな。
こちらが何を投げたか見切っている。
「さて、勝負は終わったんだ。鍵と金貨10枚は頂くぞ?」
「ああ。その約束だ。ほれ、お前さんの好きにするといい」
受け取った皮袋の口を開き、中を確認する。
ちゃんと金貨が10枚に、銀の鍵が入っていた。
「……損失分以上に稼げたな」
「おっと、あとはこいつもだな」
ギルドマスターに背を押され、シュリがこちらへと飛び込んでくる。
なかなかの加減を考えない力だったためか、転びそうになる少女。
腕を広げ、地へとダイブする前に受け止めてやる。
「……ありがとうございます、ご主人様。
あのあの……これからよろしくお願いします」
おずおずとした上目使いで、こちらへと礼を述べるシュリ。
淑やかな態度とは裏腹に、尻尾は右へ左へと大暴れだ。
「気にするな。それよりも、俺はお前のご主人様になるつもりは……」
「そんな……?
わたしを助けておいて、見捨てるんですか……?」
涙目で懇願する少女。
「見捨てるもなにも、俺は最初からその首輪を外すつもりだ。
それが無ければ、お前も好きに生きられるだろ」
シュリの首へとつけられた枷。
それを指差し、暗にお前は自由だと言ってやったつもりだ。
「……解放されるのは嬉しいです。
でもわたしには、もう行くあてなどありません」
少女は俯きながらも言葉を紡いでいく。
「必ず、ご主人様のお役に立ちます。
ですので、どうかご恩返しをさせて下さい!」
シュリは顔を上げると、しっかりとこちらの目を見据える。
彼女の紅い目には、絶対なる覚悟が宿っていた。
「おうおう、モテるなキリク。あっちの連れがお冠だぞ?」
彼がアゴで示す方向へと視線を向ける。
そこには頬を膨らしたイリスが、険しい目でこちらを睨んでいた。
「……キリクさん?
私が働いている間に、なにイチャついているんですか?」
「イチャついてねぇよ!」
「なら、いつまでくっついているおつもりです?」
イリスの指摘に、俺は慌ててシュリを引き離す。
尻尾と耳を垂れて、残念そうな顔をするんじゃない。
 




