115:王級狩り
思わぬ砂魔人の王の能力には驚かされたが、たじろぐほどではない。威力が軽減されるだけで、ちゃんと攻撃は通っている。
攻撃が通る以上、無敵ではない。ならばいくらでも勝ち筋は存在する。
右手で握っていた石ころを、左手に持ち変える。
俺の右腕には、魔具である『鬼人の篭手』が装着されている。では反対の左手はというと、こちらにも『鬼人の篭手』に負けず劣らない、優れた魔具を装備していることを忘れてはならない。
俺が左手に装備している魔具は、王級から得た魔石を素材に使った、熟練の職人によって拵えられた特注品。銘を『風魔の手甲』と名付けられ、製作者をしてその性能は折り紙つき。元となった魔鳥の王を思い起こさせるような、風に纏わる能力を秘めている。
純粋な力だけを増強する『鬼人の篭手』と違い、『風魔の手甲』ならば普段とは違った攻め方が出来る。攻撃の手札は多いに越したことはない。
『風魔の手甲』を魔物相手に使うのは、セレー湖で討伐したシャークロッグ以来になるか。あれから実戦で使う機会には恵まれなかったが、暇を見ては空いた時間を利用し、扱い慣れるための実験や練習を人知れず繰り返してきた。
だからこそ確信がある。正しく扱い方を把握し、手にしっくりと馴染んだ今だからこそ、砂魔人の王には有効だと断言できる。
『風魔の手甲』が備えた能力を発動させ、握った石ころに風の力を付与する。すると石ころが握られた左手を中心に、付近に風が渦巻き始めた。ゆっくりと確かめるように手を開くと、石ころは手の平の上でぼんやりと、淡い緑の光を放っている。
この淡い発光は、能力の付与に成功した証だ。きちんと付与が成されているのを確認し、石ころを再びギュッと握り締めた。衣服の上からでも感じられるほど吹き荒ぶ風に、勝利を確信する。
砂魔人の王は周囲をちょこまかと逃げ回るジルベール部隊に夢中で、こちらに注意を払っていない。さきほど受けた投擲による攻撃は、脅威になり得ないと高を括っているのだろう。もしくはあまり知能が高くなくて、目の前の敵にしか意識が向かないかだ。
ならば教えてやらねばなるまい。自分が誰に、なにに一番警戒せねばならなかったかを。そして身を持って知る羽目になるはずだ。後悔してからでは遅いということを。
振り上げた左腕。放たれる一撃。
左投げは子供の頃からあまり経験がなく、ずっと苦手意識を持っていた。でも最近じゃ、随分と投げ慣れたな。ぎこちない感じもなくなり、様になってきた気がする。人間、必要に迫られればどうとでもなるものだ。
風を纏った礫は左手を離れ、一直線に、敷かれた道を駆け抜けるが如く、標的へ向かって飛んでいく。砂漠特有の乾いた横風が吹くが、なんのその。ちょっとやそっとの風じゃ揺らぎすらしない。
間もなくして礫は、砂魔人の王に着弾。体の胴体部、人で例えるとだいたいおへその上あたりに命中した。
威力が主体の投擲ではないため、命中時の反応に物足りなさを感じる。けれど当たって終わりじゃない。むしろ始まり。本領を発揮するのはここからだ。
砂魔人の王の体にめり込んだ礫は、僅かな静寂を経て炸裂。内側から外に向けて、無数の風の刃を撒き散らした。
突然の出来事に、礫を受けた砂魔人の王は仰天。驚きを隠せず、無表情な能面顔に初めて焦りの色が浮かぶ。
風刃によって抉られた砂が、周辺へ飛び散る。砂の巨体は衝撃でのけぞり、盛大に尻餅をついた。
砂魔人の王は炸裂した風の刃を手で押さえ込もうとするが、全てが無駄な足掻き。抑えること叶わず、刃に触れた腕ごと削られていく。
豪快な砂の飛び散りっぷりに、やはり俺の確信は正しかったのだと実感する。効果は抜群で、むしろ想定を超えてさえいた。おかげで、近くにいたジルベールたちにまで軽く被害が及んでしまった。
被害といっても、大げさなものじゃない。真正面から盛大に砂を被っただけ。彼らはもれなく全身砂まみれとなり、その中でこちらを睨むひとりの兵士と目が合った。
ジルベール隊長だ。よくもやってくれたなという恨みが、睨む目に滲み出ている。これはあとで、絶対に文句を言われるだろうな。
案の定、すぐにジルベールから通信が入った。事前の注意喚起を怠るなと叱責され、反省する。
「……あ、見つけたぞ! あれがやつの本体、核だな!?」
砂魔人の王が体勢を崩してからも、容赦なく風の刃は暴れ続けた。炸裂した場所を中心に多くの砂が失われ、補修が追いつかず、最後には砂の体を上下に分断してしまう。
体が分断され、空白となった断面に垣間見えた赤い輝き。あの輝きを放つ球体こそ、紛れもなく砂魔人の王の本体だ。
風の刃が消え去ると同時に、急加速で体を修復し始める。砂がじわじわと核に寄り集まり、表面を覆い隠していった。
この好機を逃せば、また振り出しに戻ってしまう。今度こそ命の危機を感じ、逃げられてしまう可能性すらある。ようやく王手まで漕ぎ着けたというのに、逃がしては元も子もない。
急ぎ右手をポーチにつっこみ、中から無作為に石ころを選び取る。今ならばまだ、多少表面を砂で覆われていたとしても力ずくで砕ける。
「これで終わり――」
『もーらいっ! かな!』
発射台である右腕を振りかぶろうとしたそのとき、核を中心とした空間が真一文字に歪んだ。横に一本の直線が走り、それが剣閃だったのだと遅れて気付く。
線を境目に空間がずれたかと思えば、今度は砂魔人の王の体がさらさらと崩れ落ちる。全てが砂に還り、あとには山盛りとなった砂が残された。
山となったあの砂全てが、砂魔人の王の体を構成していた砂だ。残された砂山の頂には、ふたつに割られた赤い核が、崩御した王の墓標を示すかのように乗っかっていた。
砂魔人の王の最後を看取ったはいいが、
横から獲物を掻っ攫われ、口をあんぐりと開け呆然。唖然としていると、耳元でうるさい砂嵐の音が鳴り響く。核を破壊した張本人からの通信だった。
『ザザッ――えへへ~。ごめんね、キリ君。おいしいとこ、いただいちゃったかな!』
砂に還った砂魔人の王の傍らで、アリアとシュリがこちらに向けて手を振っていた。どうやら俺がもたついている間に、刃蜥蜴の王を討伐し終えていたようだ。お膳立てしておいたとはいえ、到着が予想よりもずっと早かったな。
合流すると同時に砂魔人の王の核が露出していて、これ幸いと駆けてきた勢いでぶった斬ったのだろう。
「アリア、お前なぁ……。いや、誰が止めを刺そうが、倒せたなら別にいいんだけどさ……」
そう、倒せたのならそれでいい。結果は同じなのだから構わない。ただ、砂魔人の王は俺が仕留めるつもりでいただけに、最後だけ持っていかれたとあって釈然としないよな。
砂魔人の王をアリアが討伐したことにより、周囲にいた兵士の士気がさらに高揚。アリアを讃える声は戦場を伝播していき、さすがは勇者だと方々から喝采が飛んでくる。自軍の花形が立て続けに敵の大将討ち取ったのだから、歓声が沸き上がるのは必然だった。
『ジジッ――やあ。よくやってくれたね、キリク君。勇者殿が合流する頃合を見計らって砂魔人の王を追い詰め、彼女に華を譲るとは、君も粋な計らいをしてくれるじゃないか』
「え、あ、いや、べつに狙ってたわけじゃ……」
『ははは、そう謙遜せずともいい。……さて、あとは覇棘樹の王を残すのみ。君たちの活躍で、兵の士気は最高潮の昂ぶりを見せている。この流れに乗っていけば、最後は楽勝だろう。さぁ、もうひと踏ん張りといこうじゃないか』
予期せずして、ジルベール隊長からの評価が上がった。不本意だが、好感を抱いてくれたのならそれもよしか。
アリアの部隊とジルベールの部隊が合流し、ひとつの部隊として再編成される。ジルベールは戦闘に支障が出る負傷者を、全員砦へと撤退させた。
戦闘後の身辺整理を終えると、彼らは荒れ狂う覇棘樹の王のもとへと向かった。