114:刃の鱗、熱砂の体
皆さま、あけましておめでとうございます。
まずは、先に連絡をくれたアリアたちの援護を行う。刃蜥蜴の王のほうが攻撃が激しく、緊急度が高いと判断したからだ。ジルベール隊長には申し訳ないが、少しだけ粘っていてくれ。
手始めに、連続して石ころを投擲し、王が侍らせた近衛を排除する。邪魔な横槍さえ入らなくなれば、アリアたちは格段に戦いやすくなるはずだ。
側近を失い、孤独となった王。けれど走る足は一向に止まる気配を見せない。足が鈍るどころか、より加速している。速さをさらに増し、巻き起こす砂塵が一段と激しくなった。
「手下を殺されたってのに、ちっともうろたえないのな。そのうえさらに勢いを増すのか。さすがだな。でも、増長するのはそこまでにしとこうか」
右へ左へと、アリアたちの周囲を高速で疾走し、絶えず翻弄し続ける影。すれ違いざまに肌を掠らせるだけで、鋭い自慢の剣鱗が獲物を切り裂いていく。
アリアは剣で弾くことで接触を拒み、シュリは盾で華奢な体を守った。けれど拳を武器とするラヴァルには防ぐ手段が乏しく、細かな切り傷を蓄積していく。彼を庇ってふたりが盾役になるため、防御だけで手一杯。反撃の機会が巡ってこない。
せっかく近衛を排除したというのに、満足に攻勢に出られずにいるアリアたち。更なる助け舟を出す。休みなく走り続ける王の足を、止めるにかかる。
進行方向を予測し、通過する直前を狙って進路上に石ころを投擲。派手な演出が欲しいので、かなり強めの力で投げ放つ。砂地に着弾した礫は、衝撃から地面から大きな砂柱を吹き上げた。
目の前で突如として吹き上がった砂柱に、刃蜥蜴の王は慌てて急停止する。やつの目にはさながら、いきなり壁が現れたように見えただろう。
刃蜥蜴の王の動きが止まった隙を、アリアは見逃さない。
彼女はすかさず距離を詰めると、刃蜥蜴の王の胴体に左脇から剣を突き刺した。剣は硬い刃状の鱗に阻まれながらも、確実に王の体を貫く。しか質の低さが災いし、耐え切れずに根元からぽっきりと折れてしまう。
「えーっ!! うっそぉー!? いくら数打ちの剣だからって、簡単に折れすぎじゃないかな!?」
アリアも折れた剣の軟弱さに、思わず驚きの声を漏らす。
多少強引な面は否定できないが、彼女の扱い方が悪いわけじゃない。というか勇者に対し、剣の扱いが下手ですねとはどの口が言えよう。単純に剣のほうが、アリアの技量についていけていないだけだ。
胴体を刺し貫かれた刃蜥蜴の王は、血反吐こそ吐きつつもまだまだ健在なご様子。王級の生命力は伊達じゃないな。脇腹を刃物で突き刺したぐらいでは、そう易々と決着がつかないらしい。
折れた剣を傷口から引き抜き、怒りの篭った呻きをあげる刃蜥蜴の王。内臓を損傷した影響で、呼吸がしづらそうだ。あの傷の具合では、もはや同じ調子で走り回るの無理だろう。
同じ戦法がとれなくなったのは、刃蜥蜴の王自身が一番よくわかっている。全身の剣鱗を逆立たせて激しく威嚇するや否や、反撃の一撃が繰り出された。跳躍して一瞬でアリアとの距離を詰めると、鋭利な槍を連想させる尻尾を勢いよく振るう。
重装な鎧だろうと、容易く裂きかねない一撃。生半可では防ぎきれないその攻撃を、すかさずシュリが間に割って入り受け止める。
そのまま盾ごとシュリを貫く……といった惨劇は起こらず。攻撃が直撃した瞬間に角度をずらし、巧みに力の向きを変えて弾いた。防御した直後にシュリは体勢を崩したが、王級の一撃を無傷で防いでみせたのだ。
アリアとシュリに気を取られている隙を衝き、ラヴァルはまんまと刃蜥蜴の王の腹下に潜り込んでいた。
刃蜥蜴の王の鱗が刃状になっているのは、基本的に外側だけ。内側の鱗はいたって普通だ。比較的鱗の柔らかい腹部へ、ラヴァルは拳をかち上げてめり込ませる。虚を衝いた殴打の一撃は、一瞬だが王の体をふわりと宙に浮かせるほどの威力を発揮した。
腹に拳をもらった刃蜥蜴の王は、転がった先でさらに激しく血を吐き零す。負傷した腹部に追撃を受けたとあって、内蔵へのダメージが著しいようだ。
すぐに起き上がり体勢を立て直すも、最初の頃にあった威厳や余裕は失われている。ここまでくると傷ついた獣も同然で、血走った目でアリアたちを睨みつけている。全身の剣鱗を垂直なほどに逆立たせ、これでもかと激しく威嚇していた。
『――ジジッ……キリ君、ありがと! こっちはもう大丈夫かな! あれだけの深手を負って、もう全力で走れないと思う!』
「おう、わかった。ラヴァルの決めた一発、あれは豪快だったな。見ていて気持ちがよかった。でもまだ終わってないんだ、手負い相手だからって絶対に油断はするなよ? ……それじゃあ俺は、同じく苦戦してるジルベール隊長の援護にまわらせてもらう」
勇者に対して、油断するなは余計だったかもな。わざわざ俺が言わずとも、慢心するような人間じゃない。
そもそも足止めなんて回りくどいことをせず、俺が直接仕留めてもよかったんだが、ここは身を引いてアリアに譲っておく。俺が倒してしてしまうと、勇者のお株を奪うことになるからな。
早急に倒す必要があると前置きしたくせして、我ながら矛盾している。だが不合理だろうと、勇者が倒してこそ意味がある。
アリアはいわば、この戦場における将のともいえる存在だ。兵士たちの注目の的で、本人の意思関係なく目立つ。勇者が大将首を獲ったとなれば、彼らは大いに沸くはずだ。戦場にいる兵の士気を上げるのに、これほど打ってつけな展開はない。
こういった物事は初めが肝心であるからこそ、最初に王級を倒す功労者はアリアであるべき。無名な俺が手柄を上げたところで、「誰それ?」となるのは目に見えているしな。俺と勇者であるアリア、どちらがより戦場を沸かせられるか、想像するまでもない。
刃蜥蜴の王の最後を看取りたくはあったが、その役目はシュリとラヴァルに託そう。気持ちを新たにし、次の戦場に意識を切り替えた。
ジルベール率いる部隊と砂魔人の王の争いは、残念ながらジルベールの部隊が窮地に陥っていた。部隊に編成された兵士の半数が、無様な姿で砂地に転がっている。完全にのびており、戦闘不能状態だ。
俺が目を離していた僅かな時間に、なにが起こったか。知っておく必要があった。ジルベール隊長に連絡を取り、事情を尋ねる。
ことのあらましを聞くに、始めのうちは双方とも手詰まりで、膠着状態となっていたらしい。彼らは避けに専念しつつ効果の薄い攻撃を繰り返し、砂魔人の王は当たらない大振りの鉄槌を何度も打ち下ろしていたそうだ。
このままいけばアリアが合流するまで無難にやり過ごせると、ジルベールが内心ほくそ笑んだのも束の間。単調な動きだった砂魔人の王は攻撃の手を変え、一転して雲行きが怪しくなる。
業を煮やした砂魔人の王は、重い一撃よりも手数と範囲に優れた攻撃に切り替えたのだ。腕を交互に勢いよく振るい、なんと指先から砂の塊を飛ばしてきたという。
予期せぬ間接攻撃に反応が遅れ、初撃で兵士のひとりが被弾。負傷したものの、幸いながら死に至るような攻撃ではなかった。だが完全に気を失っていて、戦線への復帰は望めそうもなく。
手数重視の間接攻撃といえど、侮るなかれ。砂弾の一発一発が意識を奪うほど威力がある。以降は絶え間なく砂弾が連発され、立て続けに兵士が被弾していった。
ジルベールの部隊は数の利すら失い、保たれていた均衡が崩壊。一気に劣勢に立たされてしまった、というわけである。
見た限り砂弾は予備動作こそ大きいものの、放たれてからの速度は目を見張る。足場の悪さも作用して、見てから避けたのでは手遅れだったろう。
経緯を把握し、これはまずいとすぐさま援護に入る。ジルベールに直撃する寸前たった砂弾を、間一髪のところで撃ち落とした。
隊長の窮地を救った続け様に、間髪いれず攻撃へと転じる。連投して砂魔人の王の頭部に礫をくれてやった。
細かな砂を散らし、礫は顎から上を消し飛ばす。だがそこに、肝心の核は見当たらず。生物の急所となるような場所に、弱点を隠してはおかないか。
小石は狙い通りの場所に寸分の狂いなく命中したが、俺には少しばかり気がかりがあった。
「首から上全部を吹き飛ばしたつもりだったが、狙いが甘かったか……? それとも投げる力が弱すぎたかね」
若干の違和感を覚えるも、根拠がなくて確信には至らない。消失した部位が小さかったゆえか、周囲の砂が寄せ集まり頭部はすぐ元通りに再生されてしまう。やはり本体である核を壊さない限り、砂の体をいくら崩そうが無駄らしい。
頭がはずれだったなら次にいくまで。核がどこに位置しているか不明なため、手探りで探し当てねばならない。やつの腰から下にはジルベールの部隊がひと通り攻撃を加えているので、体の下半分に核はないとみていいだろう。上半身を集中して狙っていけば、核が内部を移動していない限りは遠からずいずれ命中するはず。
俺が頭の次に狙ったのは、胴体のど真ん中。腕に核があるとは思えないため、消去法的にここしかない。まずは中心部から手広く探り、穴埋めをする形式で残りを塗りつぶしていく。
王級は通常のサンドマンと比べ、何倍も大きな体をしている。すなわち、同じ力加減では威力不足。ぶ厚い胴体部を狙うとなれば、なおのこと。
万全を期すためにも、余分に力を上乗せする。鬼人の篭手に喰わせるマナの量を、おおよそ倍に増やした。相手が王級なのだから、過剰なくらいでちょうどいい。
ミシミシと篭手が軋む音を立て、さらなる力が引き出される。道端で拾える石ころ程度の鉱物、軽く掴んだだけでも砕きかねない怪力が付与された。
大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐き出す。目を細めて、慎重に照準を定めた。穿った場所に核の影でも拝めれば上々、なければまた次の礫を投擲するだけ。大きな風穴を開けてやれば、なんらかの進展は得られるはずだ。
本日一番の、渾身の力を込めた投擲。巨大な岩さえ粉々に砕く、自信の篭った一投だ。
礫が貫通をすることを見越し、先んじてジルベール部隊には離れておくよう伝えておく。着弾時に発生する衝撃の余波は、かなりの規模と予想する。巻き込んでしまっては笑い事じゃ済まなくなるからな。
右手から放たれた礫は意思を持つかのように、砂魔人の王の胴体部へ吸い込まれる。凄まじい威力を発揮して、周囲には盛大に砂が飛び散り、見通しのよい風穴が空く――はずだった。
直撃により発生した砂煙が晴れると、そこには俺の思い描いた結果を裏切る結末となっていた。
砂の体は着弾した地点を中心に、大きく抉れてはいる。しかし抉れているだけで、向こう側の景色が見えていなかった。つまりは貫通すらしていない。
「はは、さすが王級。やっぱりひと筋縄じゃいかないよな」
先ほどの投擲は、間違いなく最高の威力を発揮した。通常のサンドマン相手であれば、周囲を巻き込んで複数同時に倒せた威力のはず。
けれど結果がご覧の通りで、手応えはいまひとつ。柔軟性に優れ衝撃に強い砂の体といえど、渾身の投擲を受けてあの程度の被害で収まるはずがない。あまりにも不自然だ。
考えられるとすれば、砂魔人の王が持つ固有の能力。絶大な威力に反した被害の軽さから判断して、やつの砂の体には受けた衝撃を弱める、なんらかの防御的な能力が備わっているとみるべき。だとすれば単純に威力を高めれば解決する問題ではなく、別の突破口を模索する必要がある。
めげずに繰り返し何度も投擲し続け、強引に削っていく手もなくはないが……。
力ずくはさすがに愚策だな。核を破壊するよりも先に、俺のマナが底を尽きる。
よしんぼ強引に砂魔人の王を突破したとしても、だ。刃蜥蜴の王はアリアたちが討伐するからいいとして、覇棘樹の王がまだ後に控えている。
ちらちと横目で進境を窺った感じだと、あちらの戦況も芳しくなさげだからな。担当しているリコッタの横顔は、非常に苦々しいものだった。
ならばここで全力を出し切り、力を使い果たしてしまうわけにはいかない。次に備えて、余力を残しておかなければ。
ジルベール隊長から通信が入り、彼は焦りの混じった声でこちらを急かす。自信満々に啖呵を切っておいて、この様だ。頼りにしていいのかどうか、不安になるのも頷ける。
さて、どうするか。
……なんて軽く悩んだ素振りをしつつ、実は頭の中ではしっかりと対応策を講じてある。
心配げに反応を窺うジルベールに、打つ手はあるから安心してほしいとだけ伝え、通信を切った。