112:戦場の俯瞰者
砂漠の戦場ではすでに、『ブレードランナー』『サンドマン』『サハラカクタス』の各群れが三つ巴の争いを始めていた。現場は三つの種族が入り乱れた乱闘騒ぎとなっており、激しい攻防を物語るかのように随所で砂煙が上がっている。
三種の群れは大体いつも同じ時間に、同じ場所で縄張り争いを繰り広げているとの話だ。魔物には魔物なりの、争いごとを行うに当たっての取り決めがあるのだろうか。
バラクーダ砦からの討伐隊は、魔物同士の争いが激を増し混戦状態となったところへ、横槍を入れる形で襲撃する。奇襲は始めが肝心。混乱に乗じ、先手でいかに有利をとれるかにかかっている。
「――よし、こいつで十体目っと。やっぱ俺の相棒は最高だぜ。リコッタ、そっちはどうだ?」
「うちはさっき仕留めたんで十四体目や。ぷぷっ。エコーはずるい魔弓つこうといて、うちより倒した数が少ないやん?」
「あぁん!? うるせぇ! サンドマンの本体になかなか刺さらなくて、手こずっちまったんだよ!!」
互いに仕留めた数を競い合う、エコーとリコッタ。切磋琢磨できる相手がいるって、純粋に羨ましい。
競う相手がろくにおらず、ひとりで石投げに没頭し続けていた悲しい幼少期が思い起こされる。うちの兄もアリアも、俺に敵わないとみるや早々に匙を投げやがったからな。
「くそ、弓で相手するにはサンドマンは相性が悪すぎだぜ。点の攻撃が核に当たるかどうかの博打だからな」
「もう、そんなんわかってたことやんか。エコーの魔弓は足の速いブレードランナーと相性がええんやから、そっち狙っときぃな」
苦戦したサンドマンに対し、悪態を吐くエコー。ぶつくさ言う彼を、リコッタはなにを今更と冷めた目で見ていた。
俺にとっては、むしろサンドマンこそ一番簡単に倒せるんだけどな。動きが遅いから、狙いをつけやすい。籠手の力を借りる前提だが、渾身の力で石を投擲すれば、前に戦ったスライムみたいに核ごと弾け飛ぶ。
難点があるとすれば……サンドマンの後方に味方がいた場合、彼らに思いきり砂がかかるってことか。狙う場合は、周りの状況をよく見てからだな。
合間を縫っては横目でふたりを観察した感想として、エコーの使う魔弓は敵を追尾する能力を持つだけあり、よく当たっている。ただ当たってはいるのだが、肝心の急所は外しがち。魔弓の能力で標的への命中率は高くとも、特定の部位までは細く狙えないみたいだった。
一方のリコッタは数射って仕留めるエコーと違い、一射ごとに丁寧に急所を狙っている。狙いに時間をかけているとあって回転は悪いが、そのぶん一矢で致命傷を与える率が高い。
リコッタは生粋の狙撃手として、賞賛できる実力者。逆にエコーは、狙撃に関しては魔弓頼りな面が強いかな。
しかしながらエコーの長所は、味方へのアシスト能力の高さにある。窮地に陥りそうな兵を見つけては、事前に防ぐように矢を射っていた。なおかつ敵を倒すよりも、負傷させることを優先している。自分が倒さずとも、弱った敵を味方が倒してくれればいいとの考えだろう。
敵の数を減らすことを第一とするリコッタと、広い視野で前衛の支援を優先させるエコー。同じ弓使いであっても、攻め方の思考が違う。けれどどちらもタイプこそ違うが、一流の狙撃手には違いない。
なおエコーもリコッタも、一度も俺には討伐数を聞いてこない。ふたりが数射がかりで魔物一匹を仕留めている横で、黙々と一投一殺を行っているんだ。もはや聞くまでもあるまいと、とうに察しをつけているのだろう。
聞かれないのは癪だが、かといって自分から言うのも憚られる。まるで自慢するみたいで、なんだかな。なのでふたりに向けて、心の中でだけ討伐数を叫んでおく。俺はさっき四十体を超えたぞー、と。
「三つの群れを同時に相手しているだけあって、さすがに数が多いな。さっきから全然減っている気がしない」
「なんや倒した分だけ、後ろから沸いてきとるもんなぁ。きりがあらへんわ」
何気なくぼやいた俺の愚痴に、頷いて同調するリコッタ。何度も弦を引き続けた影響で、些か腕が疲れてきた様子だった。
実際、各魔物の種族ともにしれっと増援が加わっている。まったく、いったいどこに潜んでいたんだか。しかし未だ王級は姿を見せておらず、戦いはいつ敵大将を引っ張り出せるかの消耗戦となりつつあった。
「兵の中には魔導士も数人いるんだろ? 開幕に大魔法をぶっ放せば、楽に雑魚を掃討できたんじゃないのか?」
「あー、それな。当然、案には上がった。しかし大魔法を放った際の衝撃で、バジリスクを刺激する恐れがあると懸念されてな。あっけなく棄却されちまったのさ。災害級の魔物を呼び寄せちまったんじゃ、逆に被害が増えちまうからな」
「普段は勝手気ままに砂漠の海を遊泳しとるバジリスクも、騒ぎが過ぎれば怒ってくるやろうからね」
触らぬ神に祟りなし、ってことか。手を出さない限りは脅威がないなら、無闇に藪を突くような真似すべきじゃないよな。
安直な考えで口に出したが、よくよく考えれば種を束ねる王級を倒さねばならない。雑魚を一掃したはいいものの、肝心の親玉がびびって身を潜めてしまったんじゃ本末転倒だ。結局のところ、地道に削って誘き出すしかないのか。
戦場は味方敵入り乱れての乱戦状態。常日頃からいがみ合っている魔物同士とあって、想定通り徒党を組んで襲ってきたりはしない。けれど魔物側は徐々に、横槍を入れてきた人間を共通の敵と認識しつつあった。
戦況が進み、ちらほらと戦線を離脱して砦に運び込まれる負傷者が見られる。けれど砦に控えるイリスの活躍により、多くの者がすぐ戦場へと復帰していった。
少しでも動きに支障の出る怪我を負ったならば、躊躇わず砦まで撤退する。兵士はジルベールよりそう命令を受けているため、これだけ大規模な戦闘にも関わらずまだ死者は出ていない。数を減らすのは魔物側だけで、時が経つほどよりこちらに有利となっていく。
高所から戦場を見渡していると、時折眩い光の柱が立ち上る。一箇所に固まっている魔物を一掃せんと放たれた、アリアの魔法剣だ。
アリアの派手な攻撃が決まるたび、近くで目撃していた兵士から歓声が沸く。彼女の勇姿に感化されて士気が上がり、完全に押せ押せの雰囲気となっていた。
『ザザッ――聞こえているか? 部下がサハラカクタスにやられて、麻痺毒を受けた。うちの班は手持ちの解毒薬は全て使いきっている。至急、薬の補給を願う』
イヤフォンを通して、班長を務める指揮兵から様々な要請が届く。今回のような物資の補給要請に始まり、数に囲まれた劣勢を打破するための援護要請、負傷兵が撤退するための退路確保と、求める声はひっきりなしだ。
「ほらよ、キリク。安全な場所で構えている俺たちと違い、あちらは戦場の真っ只中だ。一分一秒を争う。すぐに届けてやんな」
「あいよ。任せてくれ」
脇に置かれた物資箱から、解毒薬を手渡してくれるエコー。遠くで仲間の介抱をしながら手を振る要請者の手元へ、すぐさま投げ届ける。受けとった兵士は手の動きで端的に謝意を示すと、仲間に薬を飲ませた。介抱していた兵が動けるようになり次第、彼らは戦線へと復帰していく。
ちなみに俺がいなかった場合における、戦場へ物資を送る手段について。専用の矢に括りつけて近場に射って届ける、という方法をとるそうだ。
魔弓の追尾能力頼りなエコーには難しく、配達はもっぱらリコッタの受け持ち。……のはずが、俺がやるのが早くて確実だというので、完全に押し付けられてしまった。
『ザッザザッ――キリくーん! 手持ちの剣がなくなっちゃったかな! すぐに届けてほしいよー!』
「むふふ、お姫様からのご指名やで? 困ったはるやろうから、はよ届けてあげなな?」
「なんだよ、その含み笑いは……。――おい、アリア。面倒だから連続して投げるぞ。次々いくから、ちゃんと受けとれよな」
『ザッ――りょうかーい!』
すぐに剣を六本用意してもらい、前言通り連続して投げ届けてやる。横で見ていたエコーから、投げる間隔が早すぎだろとつっこまれる。しかしながら、受けとる相手側もまた常人ではない。アリアは間髪容れずに飛んでくる剣を、一本も取り零さず全て受け止めていた。
「息ぴったりやな」
「……無茶だと心配した俺が馬鹿だったよ」
さらにアリアから通信が入り、追加で解毒薬を求められる。ラヴァルがサハラカクタスと壮絶な殴り合いを行い、ひとりで全員の分を使い果たしてしまったそうだ。
麻痺毒で呂律が回らなくなっても、ラヴァルはサハラカクタスを倒すまで殴り続けたらしい。彼らの死闘は、近くで目撃していたシュリの尻尾をお腹まで丸めさせたほど。
その現場を目撃したわけじゃないが、目に優しくない絵面だってことぐらいは想像がつく。曰く、血みどろの泥臭い勝負だったとか。
三つ巴の討伐戦もやがて佳境に入り、魔物側の増援は次第に減ってきていた。魔物といえど分が悪いとみるや退却しそうなものだが、各種族ともに逃げる様子は見られない。ここで引いては種の負けと、腹を括っているのだろう。
そして待ちに待った瞬間が、ようやく訪れる。それぞれの種族を束ねる首魁。王級のお出ましだ。
「見えるか、キリク。周りの個体よりふた回りはでかく、大剣並にでかい鱗を生やしたあのツンツントカゲが。あいつが、ブレードランナーの王級だ」
王の近衛兵なのか、ほかよりも体格に優れた配下を複数引き連れ、悠然と現れたブレードランナーロード。
全身の剣鱗が太陽の光を反射し、ギラギラとしていて眩しい。
「あっちにおるのが、サハラカクタスの王級やね。複数の個体が寄り集まって、くっついたみたいな形しとるやろ?」
リコッタの表現したように、ぽこぽことした突起の多い体のサハラカクタスロード。一本一本の針がとても太く、刺さりどころ次第では致命傷になりかねない。麻痺毒の有無関係なしに、極太の針そのものが脅威だ。
「どっちも特徴的だし、わざわざ探そうとしなくても目に付くよ。残すはサンドマンの王級か。雑魚は上半身までしかないのに対し、足まで形成しているあの砂の大男がそうだろ?」
なにもない場所で突如として砂が盛り上がり、地面から現れたサンドマンロード。一歩踏み出すたび、その都度足元の砂が巻き上がっている。
姿を現した王級の中で、間違いなく一番の巨体。ところがその巨体に反し、核は通常の個体と大きさがあまり変わらない。動きが鈍重なのがせめてもの救いか。
満を持して王級が登場し、いよいよ終盤戦に突入。同時に、最大の山場を迎えた。