111:勇者様のとっておき
6月の15日より、投擲士②巻の電子書籍版が配信予定です。
前を歩くアリアの腰元に、ラヴァルは注目する。それは普段の姿とはかけ離れた、異質な光景。
砦を出発したときから尋ねようとしていたラヴァルだが、シュリの乱心により今まで機会を見失っていた。少女が落ち着きを取り戻し、ようやく尋ねる機会が訪れたのだ。
「ところで、アリアちゃんよ。俺様ずっと気になってたんだが、なんで何本も腰に剣を下げてんの? そんなにたくさん必要か?」
彼の疑問はもっともで、アリアはなんと六本もの剣を持参してきていた。左右の腰に、それぞれ三本ずつ。ガチャガチャとかさ張り、動くたび金属がぶつかり合う音を奏でている。
本人は気にならないようだが、他人からすれば不便そうに思えてならない。過酷な砂漠歩きには、いかんせん不釣合いな重い荷物だ。彼女ほどの実力者であれば、二本もあれば十分ではとラヴァルが首を傾げるのも当然だった。
「これ? これはね、今のあたしの戦い方には必要なの。ラヴァル君は不思議そうにしているけど、これでもまだ少ないくらいかな」
「六本もあって少ないって、嘘だろ……?」
脅威の六刀流でもするつもりかと、馬鹿な想像を膨らませていたラヴァル。だが直後に六本でも少ないと答えられ、開いた口が塞がらない。懸命に頭を働かせるも、彼の想像力ではさらなる上の光景までは思い描けなかった。
戸惑うラヴァルに、アリアは見せてあげると言って剣を一本だけ鞘から引き抜く。彼女は剣を握った右腕を突き出し、横に向けて構える。そして左手を剣身の根元に添えて、淡々と呪文を唱え始めた。
「『聖なる光よ、我が剣に宿りて悪鬼亡者を滅する刃となれ』!」
アリアは添えた左手を、剣先に向けて滑らせる。すると左手が通り過ぎた場所から、剣身が眩い輝きを放ち始めた。先ほどまでは普通の剣に過ぎなかったものが、一転して白く光る剣と化す。
「うおぉぉ!? なんだよそれ、かっこよすぎるだろおい!?」
「さすがアリア様、すっごいのです! 強そうなのです!」
「えへへ、そうかなぁ? これはね、『魔法剣』って技術なの。文字通り、剣に魔法を纏わせているんだ。あたしが師匠に唯一勝る部分といえば、魔法の才能があることだけだからね」
剣技において、未だ師の背中に追いつけないでいたアリア。そんな彼女が悩んで考え抜いた末、行き着いたのが剣技と魔法の融合だった。
しかしアリアは簡単そうにやって見せたが、魔法剣はその実とても高度で繊細な技量を要求される。力の配分を誤れば暴発を招き、剣が爆ぜる危険性を孕んでいた。かといって失敗を恐れていたのでは、魔法が弱すぎて剣に宿らない。過去に幾人もの剣士が挑戦し、諦めた高等技法であった。
本来であれば熟達した魔法の使い手と、歴戦の剣士がふたり揃って初めて使用できる奥義。それをアリアは単独でこなしている。
魔法と剣技の両方を、高い水準で扱える者がこの世にどれだけいるか。華奢な体つきのアリアにとって、魔法こそが師や兄弟子と張り合える強みであったのだ。
アリアは魔法剣を上段に構えると、砂漠の砂へと振り下ろす。剣に纏わせた光が衝撃破となって、直線状に見据えた砂山を真っ二つに割いた。目を晦ます神々しい閃光。派手な見た目から抱く期待を裏切らない、強力無比な一撃であった。
「はは、こりゃすげぇ……。アリアちゃんがいれば王級の魔物相手でも、一瞬で勝負がつきそうだぜ。もはや俺様の出番はないんじゃねぇか?」
「もう、そんなことはないかな。魔法剣は使うたびに詠唱を挟むから、連発はできないの。マナの消費も激しいし、なにより――」
アリアが自身の誇る必殺技の欠点を言い終わる前に、先に答えとなって現れる。
魔法剣に使用された剣から光が消え失せると同時に、剣身全体に無数の亀裂が入った。直後に亀裂の入った剣身は砕け、破片は触れるまでもなく塵となっていく。
足元に積もった塵は、直後に吹いた風に攫われていった。アリアの右手には、虚しくも本体を失った剣の柄だけが握られていた。
「……ね? 強力な反面、ちゃんとデメリットもあるかな。強いからって考えなしに乱用すれば、最後には武器がなくなっちゃうの。だから重い荷物とわかっていて、六本もの剣を持ってきたかな」
「先に言ってくだされば、わたしも何本かお持ちしたのにです。そうしたら、もっともーっと! アリア様が気兼ねなく魔法剣を振るえたのです!」
「ありがとね、シュリちゃん。でもそうなれば、今度はシュリちゃんに苦労させちゃうから……」
アリアは使い物にならなくなった剣の残骸を、無造作に投げ捨てる。もとより使い捨てるつもりであった剣に、彼女は微塵も愛着を持っていない。所詮はその場限りの相棒に過ぎなかった。
「しっかしよ、随分と燃費の悪い必殺技だな。腰に下げてるのはどれも数打ちの剣ばかりみたいだが、造りのしっかりとした業物なら壊れなかったりするのか?」
「うーん、勿体ないから試したことないかな。でも何度かは使用に耐えると思う。……一度でも使ったら、取り返しがつかないほど剣が痛むだろうけどね」
アリアの披露した魔法剣は、本来は聖剣を用いて行使される。聖剣であれば度重なる使用にも耐え、剣身は一切痛まない。魔法剣を使うにあたり、まさしく理想的な剣であった。
しかし現在、肝心の聖剣は行方知れず。主であるアリアの求めにも応じない。従って魔法剣を行うには、やむなく普通の剣を使い捨てるほかないのである。
「つーかよ、剣が消耗品なら今使ちゃ駄目だろ。俺様たちは、まだ魔物と接触すらしちゃいないんだぜ? それなのに初っ端から、一本無駄にしちまってよ」
「ふっふっふー。心配ご無用だよ、ラヴァル君! ちゃんと補充する手段は考えてあるかな!」
ラヴァルの懸念に対し、自信たっぷりに答えるアリア。彼女は耳に装着したイヤフォンで誰かと連絡を取ると、広げた手を空に向けて掲げた。
すると砦のある後方から、アリアの手中目がけて剣が飛来。まるで吸い寄せられたかのように、すっぽりと彼女の手の平に剣が収まった。しっかりと柄の部分が握られており、とてもじゃないが狙ってできる芸当ではない。
まさに神業。偶然や奇跡でしか起こり得ない芸当であった。近くにいた兵士は目を丸くし、先ほどの魔法剣から続けて驚きっぱなし。
けれど一部始終を眺めていたラヴァルとシュリは、感心はしつつも別段驚かない。このような芸当ができる人物といえば、心当たりはひとりしかいなかったからだ。
「わーい! キリク様が投げてくれたですー!」
「なるほど、こりゃ優秀な配達係様だ。どれ、アリアちゃんよ。俺様からもキリクに伝言を頼めねぇか? 水を飲みすぎて、水筒の残りが心許なくってよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――ったく、あいつらめ。人を便利な運び屋と勘違いしてないか?」
遠方で手を振り、喜ぶ仲間の姿に溜め息が出る。遊びに行くんじゃないってこと、ちゃんとわかっているのだろうか。
「いやいやいや、なんだよさっきの。凄すぎて形容する言葉が見つからないな……。この距離を投げて届かせるだけでもおかしいのに、地面に落とさず直接相手の手に投げ渡すなんて異常だぞ」
「う、うちもあれくらい、弓をつこうてやったらできるで! 一回では無理でも、何度か練習したらでき……ほんまにできるやろか……?」
今し方まで己の技術に胸を張っていたエコーとリコッタだが、急に自信を失くしたかのように萎縮しだした。
同じ遠距離で戦う術を磨いてきた者として、いかに人間離れした技術かがよくわかるのだろう。挙句は、俺を人外を見るような目で接してくる。そこまで引かずともいいだろうに、ちょっと傷つく。
「は、はは、まぁ前向きに捉えよう。キリクがいれば心強い、それでいいじゃないか。だよな?」
「あ、うん。そやね。ほな、君の活躍には期待しとるで! ばんばん投げて、うちらの分までぎょうさん魔物を仕留めたってや!」
俺の反応を見て、さすがに態度が露骨過ぎたと反省したらしい。大人気なかったと前置きし、ぎこちないながらも空いた溝を埋めようと、ふたりはより一層親しげに接してくれた。
「お、見てみろ。前線の兵が標的と接触したらしい。交戦開始の合図が上がってるぜ」
「ほんまやね。うちらもいつまでも喋ってんと、お仕事開始や!」
エコーが指差した先には、空高く打ち上げられた光があった。事前に伝えられていた接敵の合図だ。遅れて耳に装着したイヤフォンから、魔物との戦いが始まったと告げられる。
和やかな談笑時間はお終い。エコーもリコッタも弓に矢を番え、一転して狩人の顔つきに変わっていた。