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110:任された務め

『必中の投擲士』②巻、全国の書店様で絶賛発売中です。

書籍の発売を記念し、二日続けての更新となります。

 作戦が開始されたのは、翌日の朝になってからだった。急遽戦列に加わることとなった俺たちは、ジルベールの判断により人数を三つに分けられ、それぞれの適した場所に配置された。


 まず、アリアとラヴァル、シュリでひと組。彼らは多くの兵士とともに最前線に立ち、遊撃部隊として砂漠を駆け回る役目を担う。また王級出現の報せが出れば真っ先に駆けつけ、主軸となって討伐する役目も与えられていた。


 次にイリスだが、こちらは安全な砦内にて待機。戦線から離脱し、運び込まれてくる負傷者を、お得意の神聖術で治療するのが仕事だ。

 本来なら助からなかったであろう命も、聖女が控えていることによって生存率が格段に上昇する。死と隣り合わせの最前線で戦う兵士にとっては、彼女の存在は計り知れないほど心強いだろう。


 そして残すは俺の受け持ちだが――


 俺は現在、砦の壁上に立ち、高所から砂漠の景色を一望していた。

 砂、砂、砂。辺り一面砂だらけ。地平線の霞む景色に呆けていると、砂混じりの風に吹かれ、口に砂が入ってくる。すぐさま吐きだし、水筒の水で口をゆすぐ。おかげでせっかくの黄昏気分が台無しだ。


「ははは、油断して口に砂でも入ったか? 砂漠じゃよくあることだ。あんたがキリクだな? 俺はエコー。君と同じ、ここからの狙撃援護班だ」


 足元にうっすらと積もった砂を踏みしめ、ふたりの男女が近寄ってくる。彼らに先ほどの恥ずかしい場面を見られており、エコーと名乗る男には笑われてしまった……。


「うちはリコッタ。よろしゅうな。うちらの任務をあらためて説明せんでも、すでに承知しとるやろ?」


「目に付いた獲物を、片っ端から仕留めていけばいいんだろ? 砂漠を走り回らなくていいんだから、楽な役どころだよ」


 親しげに挨拶を交わしてきた、エコーとリコッタ。彼らと握手をし、お互いの親交を深める。

 ふたりとも元からこの砦に務める兵士であり、日に焼けているのか顔の肌が褐色だ。彼らが外套を深く被っているのは、容赦なく降り注ぐ太陽の日差しから肌を守るためなのだろう。


 エコーは三十手前ぐらいの、髪の長い優男。過去に負傷をしたのか、左目には眼帯が着けられている。それなりに場数を踏んできたであろう自信が、彼の立ち居振る舞いから感じ取れた。


 リコッタは訛りの強い独特な喋り口調をする、少し耳の尖った女性。

 外套の前がはだけており、そこから覗く彼女の衣服はかなり大胆なもの。胸元が大きく露出していて、へそは丸出し。おまけに滅多にお目にかかれない美麗な顔つきで、見つめられると思わず頬を染めてしまう。


「ジルベールを通して、あんたの前評判は聞いている。聖女様の護衛を任されるほど、腕がいいらしいな?」


「狙った獲物は外さないって、えらい大層な触れ込みやったね。それも弓を使うんやなく、投擲でなんやてな。でも狙撃の命中率なら、うちらも負けてへんで?」


 ふたりが手に持つのは、一般の物よりも長い大型の弓だった。威力、射程ともに求めた結果の大きさなのだろう。特にエコーが持つ黒い弓は、普通とは異なる雰囲気を発している。


「お、さっそく俺の弓に目をつけやがったな? まだ若いのに、いい勘をしてやがる。すでに予想はついているだろうが、こいつは魔弓さ。狙った獲物に対し、矢を追尾させる能力がある。絶対に当たるって保証はないが、それでもよほどのことがない限り外さないぜ」


 自信満々に答え、所持した魔弓を誇るエコー。主人の期待に応えるかのように、魔弓もまたどことなく自慢げに鈍い輝きを放っていた。


「エコーの弓の腕は、その魔弓ありきやしね。その点うちは、正真正銘自分の実力やよ」


「けっ、言ってろ。誰もがお前みたいに、天賦の才があると思うな。あーあ、羨ましいね、エルフの血統が」


 エルフという言葉に、思わずぴくりと反応する。完璧にまで整ったリコッタの容姿と、先端の尖った耳から、もしかしてとは思っていたがまさかその通りだとは。


「アホか! エルフの血が入っているからって、必ずしも弓の才があるとは限らんやろ。子供の頃から絶え間なく精進し続けた、うちの努力の賜物や。ひがむのもええ加減にしとき!」


「おっと、そうかっかするなよ。冗談だって。鉄鍋みたくすぐ熱くなるの、お前の悪い癖だぜ?」


「その鉄鍋に火ぃかけとんのは、いつもエコーやないの!」


 このふたりのやり取りは、まるで夫婦漫才だな。仲がいいのやら悪いのやら。考えるまでもなく前者だろうけどさ。見ていて微笑ましいが、ちょっぴり疎外感を受けてしまう。


「つまらん劇を見せてもうてごめんな、キリク君。エコーが口を滑らした通り、うちにはエルフの血が混じってんねん。混じってるといっても祖母がエルフなだけで、めっちゃ薄まっとるんやけどね」


 エルフは誰もが容姿端麗で、全員が弓の名手と伝え聞く。リコッタも例に漏れず、その血を引いているのだろうな。だとしたら、エコーが嫉妬してしまう気持ちもわかる。というか、整った外見だけですでに反則すぎやしないか。


 彼女の容姿を見て、この先訪れるエルフの里に否が応でも期待が高まる。同時に、美男美女に囲まれて劣等感に苛まれないかが心配だ。特にラヴァルにいたっては、美女を前に理性が外れて暴走するかもしれない。そのときは仲間として、半殺しにしてでも止めてやらないとな。


「さて、キリク。君にこれを渡しておく。昨夜のうちに、ジルベールから説明は受けているな?」


「ああ。……へぇ、これが離れた相手とも会話ができる魔道具か。耳にかけるようにして付ければいいんだよな?」


 エコーから受けとったのは、鉤爪のような変わった形をした、『イヤフォン』という名の魔道具。昨夜受けた使い方の説明を思い出し、探り探りで右耳に装着する。耳になにかを付け慣れていないため違和感があるが、これはもう慣れるほかないな。


「よし、せっかくだ。試しに、あそこに見える勇者様へ呼びかけてみろ。あちらさんも着けているはずだから、正常に機能していれば応答してくれる」


 エコーに促され、俺は耳に付けたイヤフォンに手をやり、起動のための突起を押し込む。しかしなんて呼びかけたらいいものか。お試しとはいえ、咄嗟に言われても思いつかないぞ。


「えー、あー……えっと、アリア? 俺の声が聞こえるか?」


『ザザッ――……やっほー、こちらアリア。うん、ばっちし聞こえてるかな! キリ君!』


「おぉっ!? すごいな、離れているのに本当に会話ができてる……」


 なんて便利な魔道具だ。魔導車と並び、俺のこれまで培ってきた常識が覆る。手紙や早馬に頼っていた情報伝達の手段が、一瞬で時代遅れだ。


 しかし残念ながら、俺の受けた衝撃とは裏腹に現実は厳しいようで。


 まずこの魔道具は軍用品で、流通に規制がかけられているとあって一般に出回らない。かつ量産も難しく、使用できる距離も目視できる限界が精々だそうな。また高価なくせして非常に壊れやすく、距離が離れるほど音声が不安定になる。つまるところ、便利に思えてあまり実用的ではない。


 今回はジルベール隊長が、利便性を鑑みて起用に踏み切った。もっとも、支給されたのはごく一部の者にだけ。主に指揮に携わる立場の者ばかり。例外が遊撃を務めるアリアと、俺を含む狙撃班の三人だ。


 実際に使ってみた使用感としては、少し聞き取り辛い点を除けば上々。ここからはアリアの姿が、豆粒ほどの大きさで視認できている。これがお互いに見えなくなるまで離れてしまうと、便利な魔道具だろうと役立たずのガラクタに早変わりするようだ。


「この魔道具の性能が上がって、さらに離れた町同士でも使えるようになれば、生活ががらりと一変しそうだ」


「だろうな。だが長命なエルフの血を引くリコッタならまだしも、俺たちが生きている間は実現しないだろうよ。なにせ長年研究が続けれているってのに、大して進歩していないらしいぜ?」


 悲しいかな、あまり先行きは明るくないらしい。聞く限り、利点以上に欠点が目立つ。はっきり言ってまだまだ実用の域ではなく、試験段階なのは否めそうにないな。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 砂漠の砂の上を、燦々と降り注ぐ太陽に照らされながら行軍する兵士たち。この厳しい暑さの中で、鉄の鎧などもってのほか。熱した鉄板を身に着けるも同然だ。砂漠での重装は自殺行為に過ぎず、兵たちはいずれも皮製の軽微な防具で身を固めている。


 守りよりも涼をとった彼らだが、それでも暑さは容赦なく襲い、汗となって流れ落ちる水分を補うため、水筒の中身を減らしていく。


 そんな兵士の列から少し離れた場所を、不揃いな組み合わせの男女が歩いていた。遊撃を任された、勇者アリア率いる部隊である。


「アリア様だけずるいです。わたしも、その魔道具が欲しいです。キリク様とお話しがしたいのです」


「ごめんね、シュリちゃん。いくらシュリちゃんが相手でも、これは譲れないかなー」


 珍しく不満を漏らし、不機嫌そうに頬を膨らませるシュリ。一緒だと思っていたキリクと別行動をさせられ、彼女は終始ご機嫌ななめであった。


 シュリは自身がキリクを守る盾であることに、誇りを持っている。常に恩人である少年の傍に身を置き、片時も離れまいと心に誓っていた。その少年を残して戦場に赴くとあって、不満に感じてしまうのは当然といえよう。


 唯一離れた彼と会話のできる魔道具も、アリアがずっと身につけたままで貸そうとしない。そのためシュリの不服に、拍車をかけていた。


 しかし決して、アリアがシュリに意地悪をしているのではない。

 もし砂漠でイヤフォンを落としでもすれば、細かい砂が中に入り込んで不調を来たす可能性があった。事前にそういった取り扱いに関しての注意を、アリアは受けている。


 あくまでジルベールより貸与されたに過ぎず、壊れやすい高価な魔道具。それゆえ、おいそれと受け渡しをするのが憚れたのだ。


「ちょ、シュリちゃん? さっきから俺様に砂をかけてくるのやめてくんない? ねぇ、お願いだからさ。靴に砂が入りまくるからよ……」


「わざとじゃないのです。たまたまなのです」


 頭ではわかっていても、納得しきれずにいるシュリ。鬱憤晴らしとばかりに、足元の砂を蹴り上げては前を歩くラヴァルに引っ掛けていた。

 ラヴァルもシュリが相手とあって、怒るに怒れない。シュリとキリクの仲睦まじさは、彼とて十分に理解している。だから彼にできるのは、下手に出てやめるよう懇願するのが精一杯だった。


「シュリちゃん、いい加減にしなさい。聞きわけが悪いと、あとでキリ君に言いつけちゃうよ?」


「あぅ……。ごめんなさいなのです、アリア様。もう我儘言わないです……」


「うん、よろしい。ちゃんと謝れて、シュリちゃんはえらいね」


 アリアはうな垂れたシュリの頭を優しく撫で、いい子いい子と褒める。そしてご褒美にと、貸すのを渋っていたイヤフォンをシュリに渡した。


 残念ながら形状が獣人に対応していないため、耳には付けられなかったが、耳元にあてがうと常日頃から慕っている少年の声が聞こえてくる。

 聞きなれたキリクの声に、本能的に尻尾をぱたつかせるシュリ。彼女は道中を進む間の短い時間、嬉しそうに少年との会話を楽しんだ。


「あのよ、シュリちゃん。謝る相手を間違ってない? 砂をかけた俺様には謝ってくんねぇの……?」


 シュリは少年との会話に夢中で、迷惑をかけたラヴァルのことなどすでに眼中になく。彼の行き場のない不満は空っ風に吹き消され、誰の耳にも届かなかった。

別作「おっさんによる、賢者の遺産で異世界チート生活」も連載中。(現在書き溜め中)

そちらも読んでいただけると嬉しいです!


『必中の投擲士』の②巻が、5月31日に発売いたしました。

①巻も絶賛発売中です。書店に立ち寄られた際、手にとっていただけますと嬉しいです。

挿絵(By みてみん)

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