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11:少女の生まれ

 ギルドから宿に戻っての夕食前。

 今はイリスの部屋で、少女についての話し合いをしている最中だ。


「そういえば、今更だがまだ名前を聞いていなかったな。教えてくれるか?」


 本当に今更なことだ。

 ずっとあの子だとか、少女だとかでしか呼んでいなかった。


 そういえばギルドマスターの名前も聞いてないな。

 会話の流れができてしまっていた為、どちらも聞きそびれてしまったいた。

 まあ知ったところで、ギルドマスター呼びは変わらないのだが。


「はい。わたしはシュリと申します。

 歳は今年で14になります」


「そうか、シュリというんだな。俺は――」


「キリク様ですよね。イリス様から伺いました」


「キリクさんがギルドに行っている間に、聞かれたので教えましたよー。

 私達はとっくに自己紹介を済ませてましたよ?」


 なんだよ、イリスは知ってたのか。

 ならこっちに教えてくれてもよかったのに。


「しかし14歳か。シュリは俺より2つ下なんだな」


「ならキリクさんは私の1つ下なわけですね?

 これからは私のことは、『お姉ちゃん』と呼んでもいいですよ!」


 急に目を輝かせ、こちらに意味不明な要求をする聖女。

 生憎だが兄弟は間に合っている。

 俺には実家にいる暑苦しい兄貴だけで十分だ。


「でしたらわたしは、『おにいちゃん』とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」


 この子はまた、とんでもない発言をするな……。


「どっちも却下だ。

 血も繋がっていないのに、そんな恥ずかしい呼び方は勘弁してくれ」


 こちらの拒否に、2人は残念そうな顔をする。

 こいつらの思考はよくわからん。


 そもそも、俺のような弟とか兄が欲しいのか。

 少なくとも俺は要らない。


「ちえー。せっかく弟ができると思ったんですけどねー」


「イリス様は、ご兄弟はいらっしゃらないのですか?」


「そうなのですよシュリちゃん。私は寂しい一人っ子だったのですよ……」


「俺には兄がいるが、いても案外鬱陶しいものだぞ。

 ……まぁ、いなかったらを考えると確かに寂しいけどな。

 シュリはどうなんだ? 兄弟、いるのか?」


 何気なく、流れで聞いたつもりだった。

 しかし言ってから気付く、やってしまった感。

 案の定シュリの表情に陰りがさした。


 横目でイリスが何地雷を踏んでいるんだ、と訴えかけてくる。

 仕方がないだろう、そういう話題だったのだから。

 シュリも直前までは楽しそうに話していたので、つい配慮が欠けてしまった。

 そもそも、この話題のきっかけはイリスなんだがな。


「兄弟姉妹はたくさんいました。それこそ、血の繋がり問わずです。

 ……お2人は、獣人牧場ってご存知でしょうか?」


「……知っていますよ。

 昨年摘発された組織が運営していた、非道な施設ですよね」


「俺も知っているぞ。

 むしろこの国にいて、あの事件を知らない奴なんていないくらいだろ。

 ひょっとしてシュリ、お前……?」


「はい。お察しの通り、わたしはその牧場で生まれました。

 10年以上も他の兄弟姉妹達と共に、愛玩奴隷として売られるために育てられたです」


 事件としては知っていたが、まさか目の前にその当事者が現れるとは。

 今までは対岸の火事だと思っていたが、急に人事ではなくなってしまった。


「皆様は酷い環境だとお思いでしょうが、そこにいた身としては、案外そうでもなかったです。

 決して良い暮らしとは言えませんでしたが、衣食住はしっかりと保障されていましたから……」


「それでも、売られるために育てられていたんだろ?

 精神的に耐えられるものとは思えないんだが……」


「当時のわたしにとって、あの中だけが世界の全てでしたので……。

 主人に従うのも、売られていくのも自然の摂理だったです。

 兄弟姉妹達も、誰一人として疑問に思っていませんでした」


「だとしても、親がいるだろう。

 ……まさか、親までそこの生まれなのか?」


「両親とはすぐ引き離されたので、よくわからないです。

 だからわたしの家族は、一緒に過ごした血が繋がっているのかどうかもわからない、兄弟姉妹達だけでした」


 シュリは儚げな笑みを浮かべる。

 だがこの話を聞いた後だと、それは作り物のようにしか思えなかった。

 隣で聞いていたイリスは我慢できなくなったのか、少女を胸元に抱きよせる。


 小さな世界の中で、売られていくのが定められた運命だった、か。


 うちの実家も、牧場という一面では同じだ。

 繁殖させ、育てて売る。基本的な形は一緒なんだよな。

 違いは人か家畜か、違法か合法かだ。


 うちではもちろん、生まれた時から別れの最後まで、愛情を惜しみなく注いでいる。

 だが今目の前にいる少女を見て、考えもしなかった疑問が浮かんでくる。


 今まで出荷されていったあのモギュウ達は、売られるその日までは幸せだったのだろうか。

 その獣人牧場とやらでも、別れの時までは大切に扱ってくれていたのだろうか。


 ……いや、これ以上はよそう。

 相手は非人道的な行いをしていた犯罪者達だ。

 仮に愛情があったにしても、それはうちと同じ。家畜に向けるものでしかなかっただろう。

 なにより、売られていった先に幸せがあるなんて思えない。


 泣く事もせず、ただただイリスの胸中で抱かれているシュリ。

 特殊な環境で育ってきたためか、彼女は普通の人とは違い、どこか欠落しているのかもしれない。


「……それでシュリ。

 悪人達が捕まって牧場から解放されたのに、どうしてまた奴隷にされていたんだ?」


「あ、はい。それはですね、ひと月ほど前のことになります。

 その日までわたし達は、受け入れてくれた別の一族と共に、森の奥で静かに暮らしていたです。

 ですがどこから嗅ぎつけたのか、武装した集団が襲ってきまして……」


「そこで奴隷狩りにあったのか」


「はい。それからは各地を転々と移動しながら、少しずつ仲間達が売られていきました。

 そしてつい先日あの貴族が現れ、わたしの番がきたです。

 ……不思議なものですよね。昔はそれが運命なのだと受け入れていました。

 でも外の世界を知ったわたしは、おもちゃにされる自分の未来を受け入れられなくなっていたです。

 隙を見て、逃げたい一心で暴れました。

 捕まっていた他の仲間たちも、わたしのために苦しむのを覚悟で暴れてくれました。

 おかげでわたしはなんとか逃げ出す事に成功したです」


「……で、逃げた先で今度はゴブリンに捕まったと」


「はい。……疲れと空腹で、抵抗する事ができませんでした。

 ですので、助け出して下さったご主人様には、本当に感謝しているです。

 人間のおもちゃにされるよりも、もっと酷い結末になるところでした……」


「絶妙なタイミングでキリクさんが現れたのは、きっと運命だったのですね。

 女神ミル様が、シュリちゃんに救いの手を差し伸べて下さったのですよ!」


「運命、ねぇ……」


 普段そういったものは、あまり信じないクチだが。

 どうして神は今までは救わなかったのか、とか。

 ただの偶然だろ、と片をつけてしまうのが俺だ。


 でもイリスとシュリ、2人の窮地に遭遇したのも事実。

 もしあれが1時間でもずれていたら、俺があそこに行かなければ。

 今この場で3人で話していることはなかっただろう。

 

 ……ちょっとは信じてみましょうかね、女神ミル様とやらを。

 きっと今までは救いを求める声が多すぎて、手が回らなかっただけ。

 そう思うことにしておこう。

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