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109:砂漠の暴徒

『必中の投擲士』②巻、全国の書店様で絶賛発売中です。

活動報告にて、登場人物のラフ画や松堂様からのお祝いイラストを公開しております。ぜひご覧になってください。

 勇者と聖女の来訪を、まるで神の思し召しとばかりに感謝するジルベール。両手を組み、天に祈りまで捧げている。


「誉高き勇者殿が我らの戦列に加わり、聖女様が後ろに控えていてくださるとあらば、兵の士気も著しく高揚するでしょうな。いやまったく、ありがたい限りだ」


「ちょっと待って、ジルベール隊長。あたしたち、手を貸すとはまだひと言も言ってないかな!?」


 ああ、これはもう手遅れなんだな。この隊長さんは、アリアが参戦する前提で話を進めてしまっている。しれっとイリスまで加わえられていたし。

 彼はあまり人の話を聞かないタイプの人種か? 曇りのない瞳は純粋そのもので、裏も悪意もなさそうなくせして強引だから余計に性質が悪い。


「まず、詳しい話を聞かせてほしいかな。あたしたちも悠長にはしていられないから、戦列に加わるかどうかは内容次第だよ」


「おや、まだ説明しておりませんでしたかな? これは失敬、はっはっは。では資料を用意させますので、そちらに目を通しながら話を進めていくとしましょう」


 ジルベールが指をパチンと鳴らすと、近くで控えていた側近の兵士が準備に取りかかる。

 兵士は資料棚から分厚い藁半紙の束を持ち出すと、俺たちに一部ずつ手渡してくれた。藁半紙は端が所々欠け、そのくたびれっぷりから幾人もの人の手に渡り、使い古されてきたのだと想像できる状態であった。


「まずこのバジリグ砂漠には、近縁種や亜種を含め、二十を超える種の魔物が生息している。なかでも大きな勢力を誇る魔物が三種おり、やつらは互いの縄張りを賭け、連綿と三つ巴の争いを繰り返しておる。このたび規模の膨れ上がったこやつらの群れを、大々的に討伐するため兵を集めたのだ」


 渡された四枚の内、最初の一枚目に目を通す。資料の中央にはでかでかと、二足歩行のトカゲ型の魔物が描かれていた。躍動感のある絵の上手さは、素人作ではないな。どこぞの絵師を引っ張り出してきて描かせただろうか。

 全身の鱗が鋭く伸び、特に腕周りと尾に至っては完全に武器と化している。すれ違っただけで、全身を膾切りにされてしまいそうだ。


「そいつは『ブレードランナー』と呼ばれる魔物だ。砂の上を高速で走り回り、全身に剣のように生えた鋭利な鱗で獲物を辻斬る強襲者だ。私も何度、やつに深手を負わせられたことか」


 そう言うとジルベールは、首に残る大きな古傷を見せてくれた。あとほんの少しでも深く斬られていたら、治療が一分でも遅れていたら、今ここに自分はいなかったと彼は笑いながら語る。


 笑い話風に話しているものの、冗談では済まない体験談に、場の空気は湧くどころか凍りついた。ジルベールは堪らずに咳払いをひとつし、次の資料に移るよう指示をする。


 一枚目の藁半紙をめくると、今度は砂から上半身だけ飛び出したような、半裸の砂人間が描かれていた。顔に表情はなく、感情の感じ取れなさから不気味さが際立っている。


「続いて二枚目の魔物だが、こいつは『サンドマン』。本体であるコアに砂を纏わせ、体を形作っている。砂中に潜んで獲物を不意打つ習性から、兵たちからは砂漠の卑怯者と称されているようだな。言わずとも察していることと思うが、コアを潰さない限りは死なん」


 サンドマンによって砂の中に引きずり込まれると、二度と地上には這い上がってこられない。よしんぼ出られたとしても、そのときには全身の水分を吸い尽くされ、からからにミイラ化しているのだとか。


 余談だが、雌雄は存在しないはずのサンドマンに、なぜか雌の個体が確認されている。といっても、勝手に現場の兵士たちが雌だと決め付けているだけらしいが。

 その理由は、砂で形作られた体にある。有体に言うと、女体なのだそうだ。それも世の男なら誰もが羨む、飛びきりのグラマラスボディ。


 女性と縁のない醜男のとある中年兵士が、件の雌サンドマンに抱きつかれ、微笑を浮かべながら砂の中に消えていったという逸話があるとかないとか……。


「さて、最後は『サハラカクタス』だな。こいつはバジリグ砂漠唯一の植物系魔物だ。仕留めた獲物に根を張り、血を水代わりに吸って養分としている。全身の針からは即効性のある麻痺毒が分泌されており、少しでも体内に入ると途端に動けなくなってしまう。念のため全兵士に解毒薬を持たせているが、自分で飲む余裕はないだろうな」


 三枚目の資料には、うねうねと触手のように生えた根を足代わりに、地上を闊歩するサボテンの絵が描かれていた。頭頂部に咲く真っ赤な花が、不思議と可愛らしい印象を与えてくる。でも毒持ちの吸血植物なわけで、見た目とは裏腹にやってくることはえげつない。


 紹介された三種の魔物のうち、二種が水分を糧とする魔物だった。いかに砂漠という地が水に乏しく、環境の厳しい土地かがわかるな。


「――以上が、我々が戦を行う魔物どもの詳細だ。本来であればわざわざ兵を集め、討伐に乗り出す必要まではなかった。所詮は魔物同士の喧嘩だからな。だが先月頃から、やつらの争いは看過できんほど激しさを増している。不穏を感じて原因を調べさせた結果、三つの種族ともに王級の存在が確認されたのだ」


 王級の出現、それも同時期に三体。確認されたのが先月という話だから、いずれもまだ若い王だろう。

 今はまだ魔物同士で互いに争っているだけだが、決着がついた後はどうなるのか。さらなる生息域の拡大を求め、いずれはバジリグ砂漠の外にまで範囲を広げてしまうかもしれない。


 勢力の増長は王級の成長を促し、果ては恐れていた魔王級の誕生を招く。勇者が聖剣を失くした状態で、さらにはエストニル教なんて厄介な連中も暗躍しているのだから、そこへ魔王まで追加されては堪らない。


 各種族の勢力は拮抗状態で、いずれも王級の個体が群れをまとめあげている。さらには近縁の隷属種まで率いており、その規模は馬鹿にできないほど壮大に。


 今ならば三種の魔物が互いに争っているため、隙を衝くことができる。全ての魔物の隷従させる魔王級でもない限り、別種の魔物同士が結託して一丸となるはずがないからな。だからこそジルベールは、無理をしてでも早急に叩くべきと決断したのだろう。


「あれ? 三種の魔物のはずなのに、資料は四枚あるのです。最後のもう一枚は……ばじ、り、すく……なのです?」


「バジリスク。この砂漠に棲まう、Sランクの大型魔物かな。……まさかジルベール隊長、こんな怪物まで相手にするつもりだったの? だとしたら無謀すぎるかな。この砦に集っている兵の数じゃ、勝負にすらならないよ。バジリスクのご飯になっちゃうだけだってば」


 シュリのたどたどしい発音に対し、アリアが正しい発音で言い直した。そのアリアなのだが、バジリスクの名を口にした途端に、普段は見ないような強張った表情へと変わっている。


 Sランクと聞き、俺も残る資料の最後の一枚に目を落とす。

 資料には黄金色をした鱗の大蛇が、首をもたげた姿で描写されていた。もたげた鎌首の先には、対比として描かれた兵士。あまりの大きさの違いに、実在するのか存在そのものを疑ってしまう。


「バジリスクはこの地名の由来であり、象徴でもある魔物だ。だが安心してほしい。存在を認識しておいてもらうため資料として渡しただけで、バジリスクの討伐を行う予定はない。そもそも滅多と人前に姿を現さない、生ける伝説だ。我々がよほど天運に見放されていない限り、遭遇する機会はまずないだろう」


 バジリスクは遠巻きに砂を泳ぐ姿が何度か目撃されるだけで、その全てが偶然。会おうと思って会える存在ではないとのこと。派遣されてきた調査隊がひと月も粘ったそうだが、結局彼らは一度も影すら拝めなかったそうだ。


 ちなみに調査隊が奮闘している裏で、砂漠の行軍訓練をしていた兵士たちはひっそりと目撃したのだとか。気を遣って誰も調査隊の人には教えなかったらしいが、その話を知ったならばさぞかし発狂していただろう。


 なにはともあれ、ひとまずバジリスクの話題は置いておき。

 つまりバラクーダ砦に不釣り合いな数の兵が集っていたのは、これらの魔物の掃討作戦のため。ジルベールから陳情を受けたこの地域一帯を治める領主の命により、派兵されてきた兵が彼らである。


「さて、おおまかな概要はお伝えしました。どうかね、アリア殿。我々に手を貸してくれないか? 王級の存在があるとなっては、勇者の立場上見過ごせんだろう? 『砂漠の女神像』に行くのであれば、やつらとの遭遇は避けれんぞ」


「むぅ、その通りなんだけどさ。……ねぇ、キリ君。どうしようか?」


 イリスに続き、なぜアリアまで俺に尋ねてくる? なぜ俺に判断を委ねようとするんだ。せめて聞くのであれば、その相手は護衛対象のイリスだろうに。


 もとよりジルベールに頼られているのは、俺じゃなく勇者であるアリアなんだから。それにアリアがどうするかを決めたって、誰も文句を言わないはずだ。非協力的な判断を下せるほど、非情な者はいないからな。


「そりゃ最後まで話を聞いた手前、断れないだろ。乗りかかった船だ、付き合おうぜ。……皆もそれでいいか?」


 思ったとおり、全員が迷いなく首を縦に振ってくれた。遠慮しますといって踵を返すような白状者が居なくて、正直安堵している。


「私の力が求められているのなら、喜んで応じます。私の力でひとりでも多くお救いできるのなら、これほど喜ばしいことはありません」


「俺様はそろそろ暴れたくて、拳が疼いていたところだ。相手が王級だろうが誰だろうが、横っ面を思いきりぶん殴ってやんぜ」


「キリク様の決定は、絶対なのです! わたしもキリク様の盾として、精一杯働くです!」


 各々が意気込みを語り、三つ巴の討伐に対し意欲的な姿勢を見せる。思惑通りにことが進んだジルベールは、外面など気にも留めず大層表情を崩していた。


「ありがたい。皆様の助力を得られ、これほど心強いものはありません。ではさっそく、皆様の戦力が加わった現況で作戦を練り直しましょうぞ」


 ジルベールは参謀を呼び寄せ、さっそく作戦会議に入る。そこから先は俺たちの領分ではないと判断し、アリアを残して退室。急遽用意してもらった客室に案内され、後ほど決定した内容を教えてもらうこととなった。

別作「おっさんによる、賢者の遺産で異世界チート生活」も連載中。(現在書き溜め中)

そちらも読んでいただけると嬉しいです!


『必中の投擲士』の②巻が、5月31日に発売いたしました。

①巻も絶賛発売中です。書店に立ち寄られた際、手にとっていただけますと嬉しいです。

挿絵(By みてみん)

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