表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/117

107:竜の通った跡

長らくお待たせし、申し訳ありません。


追記:誤って別作品の内容を投稿してしまいました。現在は削除し、正しい更新話を投稿しなおしております。

 明くる日。俺たちがセレアーネの町を発てたのは、とっくに昼を回ってからだった。

 というのも、どこかの誰かさんが盛大に寝坊したのが原因。


「いやー、すまねぇ。酒の席が盛り上がっちまって、自制が利かずに深酒しすぎちまった」


「ったく、あれほど飲みすぎんなよって言っておいたのに……」


 寝坊した犯人とは、ずばりラヴァル。犯した失態に対し、罰が悪そうな顔で何度も謝罪を口にする。昨日の盛大に空回りしたシャークロッグの件が響いてか、はめを外しすぎたのだろう。


 昨夜ラヴァルは「気晴らしに飲みに行って来る!」とだけ俺に言い残し、ひとり夜の町に消えていった。


 ラヴァルが帰ってきたのは日が昇ってから。教会の玄関扉の脇で、なんと知らないおじさんと抱き合いながら寝入っていたのである。

 きっと飲み屋で意気投合したのだろう。寒さを凌ぐためとはいえ、見ていて気持ちのいい光景ではなかったな。


 アリアとシュリからは白い目で見られ、イリスからはまたですかと呆れられるラヴァル。曲がりなりにも神官のくせして、ラヴァルは朝帰りの常習犯だったらしい。


 しょっちゅう深夜にオラティエの大教会を抜け出しては、夜遊びに明け暮れていたそうだ。そのため王都にいた頃からやらかすたび、グスクス司教やアルルカ司祭からお叱りを受けていたのだという。


 神官にはあるまじき酷さに、よく神職が勤まっているなと疑問しか湧いてこない。


 唯一ラヴァルの褒められる点といえば、翌日に酔いを持ち越さないところか。

 事情を知ったときはセレアーネの町でもう一泊を覚悟したのだが、いざ彼が目覚めてみると普段通り。完全に酒が抜けきっていた。そのため、遅い出発にはなってしまったが旅路を再開できたのである。


「ラヴァルさん。神官たるもの、本来お酒は飲んじゃ駄目なんですよ? 隠れてこっそり飲むならまだしも、あそこまで堂々となされては、逆にこちらが困ってしまいます」


「ねー。外で寝ているラヴァル君を見て、さすがにどん引きしたかな-……」


「知らないおじさんと男同士で抱き合っている姿は、二度と見たくないのです。気持ち悪いのです」


「いやはや、面目ねぇ……」


 轟々とした非難の嵐に、ラヴァルも言い返しようがなく口を噤んだ。俺としては、面白いものが見れた気分でちょっと楽しかったが。




 セレアーネの町から馬車で一日ほどの距離に、川沿いに面した村がある。今晩は急遽、その村で宿をとる予定となった。本来ならば通り過ぎるはずの村だったが、出発が遅かったため止むなしの判断だ。


「……お。怪しい空模様だったが、いよいよ降ってきやがったな」


 話題を変えようとするラヴァルの言葉で空を見上げると、厚い雲が切れ間なく空を覆っていた。昼間出発した当初の、晴れ空がまるで嘘みたいだ。

 灰色を塗りたくったような曇天の空から、ぽつりぽつりと雫が落ち始める。降り始めはお淑やかに思えた雫も、やがては荒々しく、大粒の落涙に変わっていった。


「お空が大泣きしてるです……」


「ですねぇ。なにか悲しいことでもあったのかもしれませんね」


 窓の外を絶え間なく流れる水滴に、シュリは不安げな表情を浮かべる。すぐさまイリスがシュリを抱き寄せ、自らの温もりで少女を安心させていた。


「雨足が激しいな。視界が悪すぎて、このまま進むのはちと危ねぇか」


「だな。移動を止めて、大人しく雨が弱まるのを待とう」


 魔導車を街道の端に寄せ、停車。雨が落ち着くまでしばしの休憩とした。雨天のせいで急激に気温が下がり、車内であっても肌寒さを覚える。


「むふふ~。シュリちゃんを抱いていると、あったかいですねぇ~」


「イリス様もあたたかいです! それに柔らかくって、幸せな気分になるのです!」


「いいなぁー。ねぇ、あたしも混ぜてよ!」


 後ろでキャッキャウフフとはしゃぐ女性陣の声に、俺とラヴァルは無言で耳を大きくする。男同士で同じことをやると気色悪いだけなのに、女性同士だとなぜああも微笑ましい絵になるのか。


「しかし、確かにちょっと肌寒いな。俺も冷えてきた。……外套でも羽織っておくか」


「はっ! この程度で寒がるたぁ、軟い鍛え方してやがんな? 俺様なんて、むしろ熱いから腕まくりしちまうぐらいだぜ!」


 堪えきれず外套に包まり、暖をとろうとする俺に対し、ラヴァルは軟弱だと馬鹿にしてくる。これ見よがしに鍛えられた上腕二頭筋を披露してくるが、鬱陶しくてまともに相手する気にもなれないな。


「キリ君も寒いなら、こっちにおいでよ。幼馴染のよしみで、あたしが暖めてあげるかな!」


「一緒だとあったかいのですー」


「お、いいの? それじゃ、お言葉に甘えようかね」


 すっと席を立ち、魔導車の後ろ側へと移動する。席を詰めてもらい、アリアの隣に腰を下ろした。四人も並んで座れば窮屈じゃないかと思ったが、イリスがシュリを膝元に抱かかえているおかげで、存外狭くはない。


 密着した肩越しに、隣に座るアリアの体温が伝わる。ひざ掛けにした外套の中は、寄り添う隣人の熱も加わってすこぶる暖かい。


 他者と寄り添うことで体が温まり、車体を打ち付ける絶え間ない雨の音が不思議と心地よくなってくる。眠気を誘われ、瞼が重くなってきたな。


「……ん? どうした、ラヴァル。さっきから俺を睨んでさ」


「別になんでもねぇよ! 羨ましくなんて、これっぽっっっちもないんだからな!!」


「ぷぷっ。ラヴァル君ってば、強がっちゃって……。あー、残念だなぁ。全員で寄り添えば、もっと暖かいのにぃ。だよね? イリスちゃん!」


 ラヴァルのわかりやすい態度に、彼の心情を察したアリアまでわざとらしく振舞い、イリスに話を振った。


「ですねー。あ、でもラヴァルさんは暑いらしいですし、無理強いしてはいけません」


「……ラヴァル様まで加わったら、さすがに狭いのです。暑苦しくなるです」


 ラヴァルさんもどうぞ。そんな言葉を期待していたであろう彼の瞳からは、悲しみの色が見てとれた。

 でも安心しろ、ラヴァル。イリスは素で言っているだけで、決してお前を邪険に思っての発言じゃない。


 ただシュリの配慮に欠けた発言は、間違いなく本心から。この子は容赦がないというか、気のない相手に対してたまに毒を吐くよな……。


 結局豪雨は夜になっても止まず、今晩はこのまま車中泊となった。


 視界の悪いなか魔導車を動かし、街路沿いに生えた大きな木の下に移動させる。生い茂った枝葉が傘となり、多少なりとも雨を防いでくれた。おかげで用を足したくなっても、外に出てずぶ濡れにならずにすむ。

 さすがに火は熾せそうになかったため、夕飯はそのままでも食べられる携帯糧食で済ませた。


 雨が上がったのは、翌日の朝になってから。まるで昨日の大雨が嘘のように雲が晴れ、晴天の青空が広がっていた。


「昨夜はすごい雨でしたねー! あのまま降り続けるんじゃないかって、内心不安だったんですよぉ」


「あれほどの豪雨、なかなか遭遇しないかなぁ。いわゆる、”竜の通り道”だね」


 ”竜の通り道”

 かつて古の竜が、空を飛ぶ際に地上の生き物から姿を隠すため、雨雲を呼び寄せたという。そのことから、唐突な激しい降雨を例えた古い諺だな。


「あぅ、地面がべちゃべちゃなのです……」


「走り回って体を動かしたい気持ちはわかるが、我慢しような」


 ずっと車内に閉じこもりきりだったせいで、体が凝った。長い時間同じ体勢だったのが響き、節々が痛く感じられる。


 シュリも走り回りたくてうずうずとした様子を見せるが、大量の雨水で地面が酷い状態なため、大人しくしていてもらう。ただでさえ足場が悪くなっているのだから、転べば大惨事になること必至だ。


 簡単な食事で朝食を済ませ、出発。ほどなくして、昨晩泊まるはずだった川沿いの村に到着した。けれどまたも予定が変わり、残念ながら村はこのまま通り過ぎる。


 ……はずだったのだが。

 昨日の豪雨に続き、予期せぬ災難は連続して降りかかった。


 川の対岸に渡るための橋が、激しい水の流れに耐え切れず、無残にも落ちてしまっていた。

 豪雨による被害は橋だけに留まらない。増水した川が氾濫し、流れ込んだ川の水で村中が水浸しになっている。川近くの家屋にいたっては、いつ流されたっておかしくない状態であった。


 村中が慌しく動いており、水位は大人の膝下まで到達していた。荷車に家財道具を積み込んで、誰もが避難の準備に追われている。皆が自分のことだけで精一杯の様子で、ご近所さんだろうと他人に構う余裕はなさそうであった。


「見てらんねぇな。俺様たちも手伝おうぜ」


「当然かな!」


 水が浸からない高所に魔導車を停めるや、颯爽と飛び出していくラヴァルとアリア。衣服が泥水に汚れるのも厭わず、彼らは近場の村人たちから順に手を貸しに入った。


 イリスも自分にできる仕事として、怪我人の手当てを買って出る。声を張り上げて指揮をとっている村長らしき人物に話をつけ、魔導車の傍に天幕を張り、簡易な治療所とした。


 これほどの水害が起こったのだから、傷の程度に差はあれど怪我人は多かった。そのため神聖術を扱える神官の登場は、村人たちにまるで神の奇跡かのごとく歓迎された。


 シュリには護衛兼助手として、イリスの傍についていてもらう。俺は先に飛び出したラヴァルたちに倣い、人手を求める声のもとに向かった。


 容赦なく水かさは増していき、とうとう腰下まで水中に沈んでしまった。水の勢いが強く、もはや流れに抗うのが精一杯。立っているのすら困難な状態だ。


 ここらが潮時だと判断し、俺たちも避難に入る。荷物の積み込みが間に合わなかった村人たちも、命には代えられないと見切りをつけていた。濁流のなか荷車を引き、積み込めた範囲だけを持って高所へと避難していく。


「――誰かっ! 助けて!!」


 ラヴァルと協力して山盛りに積まれた荷車を押していると、不意に助けを求める声が耳に届いた。


 振り返った先には夫婦らしき男女がおり、先ほどの声の奥さんのものであろう。彼女はなにかに追い縋るように、激しい流れのほうへ身を乗り出し、それを旦那が苦悶の表情を浮かべながら静止させている。


 彼らはなぜ助けを求めたのか、なにを必死になっているのか。その答えは、夫婦の視線の先を辿れば明白だった。


 涙する彼らの視線の先には、流されまいと懸命に木にしがみつく子供の姿があった。


 男の子は今にも力尽きそうで、いつ濁流に飲み込まれたっておかしくない状況。流されて川の本流に入ってしまえば、間違いなく助からない。


「俺様が行くっ!!」


 どうすればいいか思考が巡り、体が止まる。誰もがたじろぐであろう場面で、真っ先に動いたのはラヴァルであった。

 彼は躊躇いなく水に飛び込むと、流れに乗って男の子がしがみつく木へと泳いでいく。


「おぉっと!! ……おい、ぼうず! 俺様が来たからには、もう大丈夫だぜ!!」


 男の子が力尽き、手が木から離れた瞬間。あわやというところで、少年の小さな手をラヴァルの大きな手が掴んだ。

 片腕で木にしがみついたラヴァルは、男の子を胸元に引き寄せる。水を飲みながらも男の子に笑いかける彼の横顔からは、絶対に離さないという漢気が感じ取れた。


 せっかくラヴァルが、身を投げ打ってまで子供を助けに行ったんだ。ならばこちらも、彼の勇気ある行動に全力で応えてやらねばなるまい。


 ポーチから鉤爪ロープを取り出し、構える。さて、どこを狙って投げるのが一番か。

 水面からは辛うじて、ラヴァルの頭と木にしがみつく彼の右腕が出ている程度。木に鉤爪ロープを繋げたとしても、片手が抱えた子供で塞がっている状態では、しがみつく木から手を離せない。


「ラヴァル! 痛いだろうが、助かるためだ! あとでイリスが治療してくれるから、今は我慢してくれよ!!」


「あぁ!? なんでもいいから、早くしてくれ! こっちはいい加減、腕が痺れてきてんだよ!!」


 当人からの了承を得て、行動に移る。流されまいと懸命に耐えているラヴァル目掛け、鉤爪ロープを投げ放った。

 鉤爪は上方に弧を描くようにして飛び、木にしがみつくラヴァルの右腕に巻きつく。腕に何度かくるくると綱を巻きつけたのち、最後に鋭利な鉤爪の部分が彼の肉に食い込んだ。


「いっでぇ!? あ、やべ――」


 突き刺さる棘と強烈なロープの締め付けに、ラヴァルは悲鳴を上げる。彼は痛みで思わず木から手を離してしまうが、俺たちとを繋げたロープが引きとめた。

 俺もこのロープは絶対に離すまいと、あらかじめ左腕にぐるぐるに巻きつけてある。締め付ける痛みを同じく味わい、腕は鬱血して青くなっていた。


「キリ君、あたしも手伝うかなっ!!」


「頼む!」


 横からアリアが手を伸ばし、一緒になってロープを引く。篭手が発揮する怪力も加わり、俺たちを隔てる距離はみるみる縮まっていった。さらには近くで見守っていた村人たちも加わり、全員が一丸となってロープを引く。


 まもなくして荒れ狂う川の濁流から、男の子とラヴァルの救出に成功した。

別作「おっさんによる、賢者の遺産で異世界チート生活」も現在進行形で更新しております。

そちらも読んでいただけると嬉しいです!


「必中の投擲士」の2巻が、5月31日に発売いたします。

長らくお待たせしてしまいましたが、よろしくお願いいたします。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ