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102:出会いがあれば……

 王都での短い羽休めを終え、旅立ちの日が訪れた。

 かつてない長旅となるため、行き帰りで違う行路をたどり、道中にある別の聖地を経由しながらエルフの森を目指す予定をしている。


 ドワーフの店主へ預けていた相棒は、今朝方すでに受け取り済み。研ぎ直されて綺麗になった刀身に感動したが、気持ち短くなっていたのには少し悲しくなった。

 店主からは消耗品と考えるようにと告げられてしまい、いつかは研ぎ直しすらできなくなるのだろう未来を暗示された。


 さてさて。今回、イリスの旅に同行する顔ぶれは、俺とシュリ、アッシュの四人となっている。

 残念ながら、オル爺は同行しない。さすがにもう老体に無茶が利かないと、本人たっての希望で辞退している。


「皆様、朗報でございますよ。実は旅を行うイリス様のため、前々から秘密裏に準備を進めていたのです。ようやく結実し、どうにか今日の出発に間に合わせることができました」


 教会前の長い階段を下りながら、見送りに途中まで同行しているグスクス司教が嬉しそうに報告する。

 司教の報せに期待を膨らませていると、階段を下りた先に見覚えのある影が鎮座していた。


「え、あれって魔導車……? ってことは……」


「ええ、その通りでございます。此度は遠い道程となりますからね。王に直訴し、教会所有の魔導車として、一台だけですがようやく融通していただけたのです」


 まさかの頼れる乗り物の登場に、シュリと顔を見合わせて思わずはしゃいでしまう。あの優秀な移動力に慣れたあとでは、普通の馬車がしょぼく感じてしまうからな。

 旅の醍醐味は薄れるが、楽であるほうが重要だ。


 グスクス司教が自分のために用意してくれたとあって、イリスも嬉しそうに両手を合わせ頬を綻ばせている。

 だが瞳の奥からは、若干ながら複雑な心境が感じ取れた。魔導車に対して、少なからず苦い思い出があるからだろう。イリスは魔導車に対し、潜在的な苦手意識を持っているのかもしれない。


「あれ? でもさ、あの魔導車は誰が操縦するんだ?」


 ふと湧いた疑問。イリスやシュリは当然として、俺とアッシュも動かし方を知らない。

 ヴァンガル家の魔導車は、お嬢が父親から無断で持ち出したものだったため、頼んでも操縦輪を触らせてもらえなかった。なので終始、後ろで揺られていただけに留まる。


 つまり魔導車の鍵を突然渡されたとしても、俺たちにはまともに操縦できないのである。


「ご安心くだされ。此度の同行者として、専属の操縦手を用意しております。……私としましては、些か不安の残る人選ですが」


 魔導車の動かす御者役として、また新しい同行者が加わるのか。ヴァンガル勢とオル爺がいなくなったとあって、少々の不安があった。けれどちゃんと増員してくれるのであれば、願ったり叶ったりである。

 ……最後にぼそりと呟かれた言葉だけが、どうにも気がかりではあるが。


 俺たちが魔導車の前に立つと、前部席の扉が開いた。先の乗り込んでいた新顔と、いよいよご対面である。


「お待ちしておりましたよ、聖女様! ようやく俺の出番がきて、感激です!!」


 魔導車から降りてきたのは、いつぞやに見覚えのある男。着崩された神官服に、虎の獣耳。粗暴な口調と独特な髪型が特徴の、イリス大好き不良神官のラヴァルだった。


「よぉ。久しぶりじゃねぇか、キリク。どうした? げんなりした顔をして。心強いラヴァル様が仲間に加わったんだから、もっと喜べよ。ですよねぇ、聖女様?」


「え、あ、はい。そう、ですねー……」


 出発前にして、一気に気分が盛り下がった。それは俺だけでなく、ラヴァルを苦手とするイリスも同様である。

 王都に戻ってから一度も会わなかったため、存在を忘れていたが、考えうるなかで一番遠慮したい人選だぞ。


 なぜこいつなのだと、目でグスクス司教に訴える。俺の視線に気付いた司教は、ただただ困ったように笑うだけだった。


「ほかにも候補となるの者はいたのですが、とりわけラヴァルが魔導車の扱いに秀でた才能を持っておりまして。また彼であれば、いざというときの戦力としても期待できます。口も素行も悪いですが、根はいい子ですので……」


 口はまだいいけれど素行も悪いって、それはどうだろうか。あまり度が過ぎるようであれば、俺たちの手には余るんだが。

 根はいい子という褒め方も、ほかに特筆すべき点がないときに使う言葉じゃないか?


 ラヴァルの加入は、もはや決定事項となっていた。代わりとなる人材がいないのだと言われてしまい、渋々だが受け入れるしかない。


 まぁ、ラヴァルのイリスを慕う感情は本物だから、悪い結果にはならないだろう。司教も本当に不安のある人物なのであれば、絶対に選んだりはしないはずだ。


 複雑な心境ながらも、ラヴァルを新たな仲間として迎え入れる。あらためて握手を交わしたが、さすがに前回のような馬鹿な勝負は挑んでこなかった。


「あーっと、キリク君。それに皆。僕からも、ちょっといいかな?」


 すでに荷物は積み込まれており、俺たちも乗り込んで出発するかとなった直前。罰の悪い顔をしたアッシュが、オル爺に促されて話を切り出した。


「えっと、ごめんなさい! 今回の旅だけど、僕も同行を辞退させてもらっていいかな……?」


 唐突な激白に、我が耳を疑った。俺だけでなく、イリスとシュリも事態が飲み込めず困惑している。


 アッシュが一緒に来ない。どういうことだ。

 うろたえながらも、理由を問い質す。するとアッシュに代わり、師匠であるオル爺が口を開いた。


「アッシュは王都に残り、わしが付きっきりで鍛えようと思うておる。そのための辞退じゃ」


「僕も本当は一緒に行きたいんだけれど、今のままじゃ力不足だからね。二度と悔しい思いをしないためにも、もっと強くなりたいんだよ」


 一緒について行ったのでは、王都に残るオル爺の教えを受けられない。だから師と残り、本腰を入れて修行に専念したいのか。


 ……本人がそう決めたのなら、俺に口を挟む余地はない。

 アッシュが高みを目指すのであれば、師であるオル爺の存在は必要不可欠。強くなる機会が訪れたときに動かなければ、次はいつになるか。アッシュにとって、今がその訪れた機会だ。


 俺は、アッシュが弱いとは一度も思ったことがない。むしろいつも傍に居てくれて、シュリと肩を並べて前に立ってくれるだけで、どれだけあり難かったか。


 けれど本人が力不足を感じているのならば、それはきっと紛れもない事実なのだろう。きっかけは恐らく、ゼインとの戦い。あのときの出来事で、嫌というほど痛感したのだと思う。


「アッシュ様、どうしてもだめなのです? 一緒に……行けないです?」


「ごめんね、シュリちゃん。もう決めたことなんだ。なにも今生の別れじゃないんだから、そんなに悲しい顔をしないでよ。ね?」


 うな垂れたシュリの頭に手を置き、優しく撫でるアッシュ。屈んでシュリの目線に顔を合わせると、アッシュは頬に零れた雫を指でふき取った。


「アッシュは筋が良く、飲み込みも早い。最初から必要な基礎を備えておったし、我流とはいえわしの流派に近い型じゃった。こやつの頑張り次第じゃが、遅れて合流も可能じゃろう」


 シュリを泣き止ませるためとはいえ、随分な無茶振りだ。集中しての特訓とはいえ、短い期間で成果を出せるとは思えない。仮にオル爺の許しがでたとしても、合流できるのは良くて帰り道のどこかだろう。


「でも参ったな。ラヴァルが加わったとはいえ、アッシュが抜けたんじゃ本末転倒だぞ」


「あ、それなら安心してよ。ちゃんと、代わりの助っ人を頼んであるからね! 悔しいけど、僕よりもずっと頼りになお方だよ!」


 沈んでいた表情を明るくさせるアッシュ。口振りから、なにも心配はいらないと言わんばかりであった。

 するとどこかで様子を窺っていたのか、外套に身を包んだ人物がそっと近付いてくる。


 不審に思い警戒をしていると、外套の人物から不敵な笑い声が聞こえてきた。聞きなれた声に、正体を明かされずとも察しがつく。


「じゃじゃーん! なんとアッシュ君の代役を務めるのは、あたしです! 皆の頼れる勇者様、アリアちゃんかな!!」


 ……うん、知ってた。笑い声を聞いた時点でわかってた。

 けれど察しがついていたのは俺だけで、イリスとシュリはとても驚いている。


「アリア様なのです!? アリア様が、アッシュ様の代わりについてきてくれるです!?」


「アッシュさんが仰っていた通り、これは頼もしい助っ人ですよ!」


「ふふんっ! あたしが一緒に行くからには、安心安全な旅をお約束するかな! 悪者が襲ってきたとしても、イリスちゃんには指一本触れさせないよ!」


 ゼインに捕まってた身でよく豪語できるな……と思ったが、口には出さないでおいた。

 アッシュには悪いが、頼りになる人物なのは間違いない。聖剣を奪われたうっかり者とはいえ、当代の勇者様だからな。ラヴァルの存在がどうでもよくなるくらい、心強い。


 出発を前にしてアッシュの居残る宣言には驚かされたが、本人だって悩んだ末に出した決断だ。なら応援してやるのが仲間だろう。

 これ以上長々と居座っては尾を引くと判断し、全員に出発を促した。


「ちょっと待って、キリク君」


「ん? どうした、アッシュ」


 魔導車に乗り込む直前で、アッシュに呼び止められる。すっと差し出された右手。握手を求めている様子だったので、快く応じておく。


「イリスさんを頼むね。それと、約束するよ。すぐ師匠に認めてもらって、追いかけるからね」


「おう。ひと足先に行って、アッシュが追いつくのを気長に待っているさ」


 本来、できない約束はするべきじゃない。だがアッシュの瞳には決意が灯っており、本気で言っているのだと理解できた。

 アッシュは約束を違えるような男ではないと、よく知っている。案ぜずともすぐまた会えると信じ、

 俺たちを乗せた魔導車は動き出した。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「――さて、それでは早速始めるとするかの。……皆に、早く追いつきたいんじゃろ?」


「はい! よろしくお願いします、師匠!!」


 待ち受ける厳しい修行に、むしろ心を躍らせるアッシュ。交わした約束を果たすため、両頬を手で叩き、気合を入れ直すのだった。

新作始めました!

現在23話まで投稿しておりますので、そちらも読んでいただけると嬉しいです!


3月9日から、各電子書店様より投擲士①巻の電子書籍版が配信予定です!

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