表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/117

101:ほんの出来心

 闇雲に廊下を歩いてると、どんどん奥へと誘われていく。諦めて道を尋ねようにも、すれ違う人は誰もいなくなっていた。


「本気でまずいな。ここがどこかまったくわからん」


 お土産に買ったお菓子があるので、当面は餓死する心配はない。最悪は、壁なりを壊して大きな音を出せば誰か駆けつけてくれる。


「なんて、そんなことはさすがに出来ないけどな。……ん? 話し声……?」


 ひっそりと耳に届いた、誰かが会話をしている声。ようやく人がいたと安堵し、声がする方向へ進む。


 行き着いた先は、偉い人が使っていそうな個室。扉が完璧に締まりきっておらず、僅かに開いた隙間から声が漏れていたようだ。


 話す声の主は俺のよく知る人物たちで、グスクス司教とオル爺であった。ふたりは知己の間柄なはずだから、昔話にでも華を咲かせているのだろうか。


 扉をノックする前に、悪いとは思いながらも聞き耳を立てる。オル爺の昔の失敗話でも聞ければと、ちょっとした好奇心からだった。


「――あらためてお尋ねします、オルディス様。ゼインは間違いなくあなたの手で、首を刎ねたのですね?」


「ああ、その通りじゃとも。わしの手にはずっと、奴の首を落とした感触が残っておる」


「そうですか……。お疑いして、申し訳ありません」


「いや、気にするでない。グスクス、お前が疑いたくなるのはもっともじゃ。……まさか死んだはずのゼインが、わしらより先に王都に戻っていたとはの」


 死んだはずのゼイン? 俺たちより先に、王都に戻って……?

 どういうことだ。ほんの出来心から行った盗み聞きが、予想だにしていなかった話へと発展している。


 ゼインは確かに、晶窟でオル爺が首を刎ねた。首が切り落とされる光景は俺も目撃していたし、脳裏に鮮明に焼きついている。さらにいうと、奴の死体は崩落に巻き込まれて岩の下敷きになったはずだ。


「麓の村人が所持しておった晶石の存在から、もしやと危惧はしておった。あやつめ、人の理を超える禁忌に手を出しておったか」


「問題は彼が、強行手段に出たということです。情報が王都まで伝達なされていないのをいいことに、まさか正面から堂々と教会に訪れ、先代様を攫うとは思ってもおりませんでした」


 先代様というと、イリスの前任を務めていた聖女様か。ゼインはなにが目的で、先代の聖女を……? 

 現聖女であるイリスを欲していた理由は、神に捧げる供物としてだった。お役目を終えた先代の彼女にも、贄としての価値があるということなのだろうか。


 盗み聞きをしてしまった後ろめたさと、聞いてしまった話の重さから動揺してしまう。気配は殺していたのだが、生じた動揺で一瞬だが疎かになってしまった。


「……子ネズミがわしらの話を盗み聞いておるようじゃな。わしが扉ごとお前を斬る前に、姿を現したほうが懸命じゃぞ」


 さすがはオル爺。一瞬であってもしっかりと気付かれてしまった。本当に扉ごと斬られる前に、大人しく命令に従うとする。


「おやおや、キリク様ではありませんか。なぜあなた様がここに? 私の私室付近は、人払いをしておいたはずなのですが。……理由はどうあれ、あなた様の行いは褒められた行為ではありませんね」


 う……、ごもっともです。グスクス司教に咎められ、深々と申し訳なく頭を下げた。一応道に迷ったという理由はあるのだが、話を盗み聞く言い訳にはならないな。

 俺の入り込んだ場所は教会の上役が利用する区画で、さらには司教によって人払いまでなされていた。どうりですれ違う人がいなかったわけだ。


「まあええ。聞いてしまったのなら仕方があるまい。キリクであればわしらから口止めをせずとも、誰かに話を漏らしたりはせんじゃろ」


「それは勿論だ。おいそれと言いふらしたりはしない。……ましてやイリスには、絶対に話せないだろ」


 先代の聖女は、イリスがとてもよく慕っている人物だ。話題にあがったときの彼女の口振りから、それぐらい察しがいく。

 だからこそ攫われたと聞かされれば、取り乱し平静でいられないだろう。そもそもゼインが生きていたという情報自体、俺たちには衝撃的すぎるからな。


「うむ、わかっとるならええ。知られてしまった以上、隠しておく必要はあるまい。グスクスよ。こやつのために、最初から教えてやってくれんか?」


「承知しました。長くなりますので、端的に纏めてお話させていただきましょう」


 話は俺たちが王都に帰還する、数日前に遡る。

 日が落ち始めた夕暮れ時。礼拝に訪れる人がまばらにとなり、教会が本日のお勤めを終えようとした時刻となって、怪しい風貌の男が教会を訪れた。男は外套で身を隠し、目深くフードを被った格好だったという。


 男に話しかけられた神官は彼を訝しんだが、フードを下ろした素顔に驚愕。その男こそが、ほかならぬゼインであったからだ。

 ゼインはグスクス司教への取次ぎを求めたが、折悪く司教は所用で城に出向いており、急遽代役としてアルルカ司祭が対応している。


 ゼインはアルルカ司祭を通じ、今度は先代様との謁見を希望した。先代様にお伝えしたい、大事な話があると迫ったそうだ。

 遅い時刻とあって、本来ならお断りするか日をあらためさせる場面。だがこの時点でのゼインに対する信用度から、アルルカ司祭はあっさりと彼の望みに応じてしまった。


 アルルカ司祭が先導し、彼女はゼインを先代様がいる祭事の間に案内してしまう。先代様との面会を果たしたゼインは、突如として牙を剥いた。

 一瞬の出来事だったらしい。ゼインは傍に控えていたふたりの聖騎士を、隠し持っていた短剣で殺害。両者とも喉を、鮮やかな太刀筋で綺麗に断ち斬られていたそうだ。


 手近な邪魔者を排除したゼインは、怯えて尻餅をつくアルルカ司祭を横目に、先代様を担いで無理矢理連れ出した。殺害した聖騎士から奪った剣を片手に、ゼインは悠々と立ち去ったのである。

 途中、ただならぬ事態を察して守衛に就いていた者が停止を命じたが、容赦なく彼らも帰らぬ人となっている。


 ゼインが教会に入ってすぐの礼拝堂につくと、礼拝に訪れていたひとりの少女が彼に近付き、大きな黒い狼の姿に変わった。ゼインは狼の背に攫った先代を乗せ、彼女の後ろに自分も跨ると、物凄い速さで駆け、オラティエ大教会から離れていった。


「――と、ここまでがアルルカ司祭を筆頭に、ゼインを目撃した者たちの証言となります」


「あやつほど信用を積み重ねてきた者が相手となれば、背中から刺されたとしても不思議ではあるまいて」


 これまで築いてきた立場を利用した、一度限りの大胆なやり口だ。自身の素性が露呈してしまったからこそ、周知されるまでの隙を衝き、強行に及んだわけか。

 ゼインの毒牙が、最初からイリスに向かわなかったのがせめてもの救いだろう。


「ゼインの行いに関しては、すでに今後の対応が話し合われております。隠匿していた情報の一部を開示し、彼を指名手配とするか。攫われた先代様の身の安全を考え、刺激しないよう内々に捜索を行うか。まだ方針は定まっておりませんが、いずれ決定が下るでしょう」


「幸いにして、アリアはすでにわしらで見つけておる。人を二手に割かんで済む」


「見つけたのは本当に偶然だったけどな」


 勇者一行の捜索に借り出されていた人手は、そのままゼインと攫われた先代の追跡に移行するらしい。今回は事態の重さを鑑みて、なんらかの理由をつけて国からも兵を動かすつもりのようだ。


 グスクス司教からは、事態の対処はこちらで行うので、俺たちは気にせず旅立ってほしいと告げられた。同時に、くれぐれもイリスにだけは気取られぬようにと念を押される。


 部屋までの道順を詳しく教えてもらい、ようやくたどり着く。なお買ってきたお土産の菓子は、お詫びと称してグスクス司教とオル爺に渡しておいた。


「やぁ、キリク君。おかえり。随分と帰りが遅かったけれど、どうかしたの?」


 部屋ではすでに寝巻きに着替えたアッシュが、ベッドに寝そべりながら本を読んでいた。まだ夕食前だというのに、寝支度の早い奴だ。

 思えば、いつもこいつは着替えが早いな。着替えている最中を見た覚えがない。そういう特技でも持っているのか?


「いや、なんでもないよ。道に迷っただけだ」


「あはは、王都は広いからね。不慣れなキリク君ひとりじゃ、迷ってもおかしくないよ」


 迷ったのは街中ではなく、教会の建物内なんだけどな。おかげでとんでもない真実を知ってしまった。


 アッシュにだけなら話してもいいか、と考えたが、やめておく。こいつを信じていないわけじゃないが、誰がどこで聞き耳を立てているかわからないからな。……例えば、さっきの俺みたいにさ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ