100:約束の品
皆様の応援の賜物で、100話に到達できました!
今後とも「投擲士」をよろしくお願いいたします。
2/14 ククリナイフのメンテについて、追記しました。
ようやく王都に帰ってこれたので、とある男としていた約束を果たしてもらいに行く。日が暮れる前に、ひとりで大通りに位置するとある店に向かった。
「……らっしゃい」
店の扉を開くと、客へのお決まりの挨拶が飛んでくる。背の小さい毛むくじゃらな男、ドワーフの店主がカウンター越しに顔を覗かせた。
ここは彼が営む、武器と防具を扱う武具屋。約束とは初めてこの店を訪れた際、この男と交わしていた魔具製作の件についてである。
店主は武具を販売する傍ら、職人でもある。預けていたアルバトロスロードの魔石が、彼の手でどのような魔具に生まれ変わったか。楽しみでならないな。
「おぉ、小僧か。よく来た、久しぶりだな」
「おっさんも元気そうでなによりだよ。早速で悪いんだけど、頼んでおいた魔具は出来てるか?」
「おう、バッチリよ。ちぃと待ってな」
彼は店の奥に姿を消すと、すぐに戻ってきた。店主の手には布に覆われた包みが抱かれており、彼はその包みを豪快にカウンターの上に置く。
男の太く短い無骨な指で包みが開かれ、中からは腕に着ける防具が顔を出した。
「へへ、どうよ。時間をかけた甲斐あって、我ながら自信作が出来たぜ。品評会に出せば、確実に賞を獲れる大作だ。銘を『風魔の手甲』と名付けた。ぼーっと見惚れてないで、サイズを調整するから着けてみな」
俺は店主に促されるまま、『風魔の手甲』を手にとった。手に触れた肌触りが、品質の高さを物語っている。
これは左腕用の魔具で、右腕の『鬼人の籠手』と対になるイメージで製作を依頼した品だ。黒い魔物の革を主としており、手の甲から肘にかけてまでを覆ってくれる。
甲と外腕部には鱗状に鉄板が縫い付けられ、防具として防御性能を高めてあった。深緑を帯びた鱗が、まるで竜の腕を連想させる。
最初のククリナイフには名付けをせず、こちらにはきっちり命名しているあたり、この魔具にかける彼の本気度が窺えるな。
腕にはめてみれば、不思議としっくりくる。ドワーフの店主も、サイズの調整が不要だと笑うぐらいに違和感のない着け心地。
「そいつの能力は、大雑把に分けてふたつだ。ひとつ目はお前さんが得意だという投擲に、風の力を付与できる。かなり派手だから、試すなら広くて人のいない場所でやりな」
風の付与。聞くだけで想像が膨らみ、心が弾む。
ただの石ころが、付与によってどれほどの力を発揮するのだろうか。すぐに試せないのが残念でならない。
「ふたつ目の能力は、風の盾。ひとつ目の付与が攻めなら、こちらは守りを主体とした能力になる。ただ実体のある盾じゃねぇから、あまり過信はするな。攻撃を防ぐというより、風圧で阻害すると表現したほうが正しいか」
つまり風の盾とやらは、あのアルバトロスロードが纏っていた風の鎧みたいなものか。あちらとは違い全身ではなく、必要に応じて極所に発生させるため盾と表現されたのだろう。
であるならば、過信するなとの注意も頷ける。強力な攻撃であれば風をものともせず貫いてくるし、攻撃を反らす防ぎ方なため、自分は大丈夫でも周囲に被害が及ぶ可能性がある。
もっとも、このあたりは普通の盾であっても同じことが言えるが。
俺にはシュリという優秀な護りがついてくれているので、普段は彼女に頼り、ここぞという場面でだけ使うのが得策だな。
「さて、今度は代金の話だ。つい興が乗って、上質な材料を惜しみなく使っちまってな。利益は度外視としても、材料費だけでこれぐらいになっちまった」
さらりと提示された額に、思わず目が点になる。白金貨が必要な取引なんて、俺の生涯を通してもこれが最初で最後だろう。
店主には手付け金を支払い、残りの代金は教会に丸投げ。グスクス司教に約束は取り付けてあるから、素直に頼らせてもらう。
個人にとっては大金だが、大きな組織からすればはした金のはず。はず……。
代金の担保というわけではないが、ククリナイフを店主に預けておく。彼からのありがたい申し出で、刃を研ぎ直してくれるそうだ。
鞘から抜き、刃こぼれした刀身に店主は目を丸くした。申し訳なさから、俺は思わず目を逸らしてしまう。
「随分と乱暴に扱いやがったな。硬い岩にでも投げつけやがったか? ところどころ刃が欠けてやがるじゃねぇか」
「えっと、まぁ……大体は合ってるな」
岩じゃないが、それはもう硬い盾に投げつけてやったかな。あとにして思えば、刃が砕けなくてよかった。さすがは安心と信頼のドワーフ製である。
研ぎ直しに最低でも一日はかかるというので、その間に残りの代金を工面してもらおう。
「そういえば王都内に魔物が現れたって話を聞いたけど、おっさんはなにか知ってるか?」
「あん? ああ、あの事件な。知ってるもなにも、わしは逃げていく魔物の姿を見たぞ。前の大通りに面した建物の屋根の上を、ひょいひょい飛び越えていったからな。最後は門の衛兵を吹っ飛ばして、街の外に出て行ったってよ」
おっと、いきなり目撃者に出会えてしまった。
せっかくなので別の人の口から、違った視点の話を聞くとしよう。司教や兵士の人にいくら尋ねても、大雑把にしか教えてもらえなかったからな。
「ありゃ大きな黒い狼だった。人を喰い殺していてもおかしくねぇ面構えをしていたぜ。あとわしの見間違いかもしれねぇんだが、背中に人がふたり乗っていたように思えたな」
「背中に人……?」
「あくまでわしがそう見えたってだけだ。なにせあのときは、もう日が落ち始めていたからな」
屋根の上を走るシルエットから、そう見えたのだという。店主の証言が正しければ、件の狼の魔物は人に使役されていたということになる。
魔物を使役する特殊な技術は存在しているので、人が跨っていても不思議ではない。問題は誰がなんのために、わざわざ王都内で目立つ行為をしたのか。
話を聞く限り、魔物は一直線に王都の外を目指しているので、人目を憚らず逃走していたと思われる。揉め事でも起こしたのだろうか。
俺に推測できるのはここまで。そもそも俺が首を突っ込む案件じゃあるまいし、気にしたって意味がないな。
店主に礼を述べてから店を出て、ほくほく顔で魔具を持ち帰る。帰り道は適当な屋台で細々と摘みながら、教会に向けて大通りをぶらぶら。
すると広場の一角で、人だかりができていた。なにか見世物でもやっているのかと興味を抱き、人だかりに近寄る。
「ずいぶん騒がしいけれど、なにかあったんですか?」
「ああ、勇者様が王都にご帰還なされたんだよ。長らく旅に出られていたからね。この人だかりは、彼女にひと目会いたい野次馬の群れさ」
なんだ、見世物じゃないのか。
どうやら王様との謁見を終えたアリアが、城から教会に向かう途中に見つかって捕まったらしい。
離れた場所で段差に上り、輪の中心を覗き込む。
そこには笑顔で、次々と差し出される手の握手に応じるアリアがいた。オル爺の姿こそなかったが、代わりとして両隣に兵士が付き添っている。
「人気者は大変だな……」
こういうのがあるから、有名にはなりたくないんだ。もっとも、なろうと思ってなれるものじゃないけどさ。
聖女であるイリスも、姿を隠さず堂々と街中を出歩けばきっと同じ目に遭う。有名税、とでもいうのだろうか。
地方の田舎村だとたかが知れているが、さすが王都なだけあって規模が違う。この人だかりは、いつになったら収拾がつくのだろうな。
ふと、輪の中心人物であるアリアがこちらに顔を向けた。遠目で眺めている俺に気付いたらしく、アリアは優しく微笑んでこちらに軽く手を振る。
さっきまでの業務感のある笑顔とは違い、彼女本来が持つ素の笑顔だ。周りを囲っていた人もアリアの機微な変化に勘付き、彼女が手を振った先に視線を向ける。
……危なかった。咄嗟に段差から飛び降りて人ごみに紛れたため、勇者の手を振った先が俺だと気付かれずにすんだ。
耳年増な野次馬どもに、俺まで詰め寄られては堪らないからな。
彼らもただの勘違いかと思ったらしく、すでに視線はアリアに戻っている。
騒ぎは当分収まりそうにないので、頑張れと心の中で声援を送ってから広場を離れた。
出店でお菓子のお土産を買い、宿でもある教会に帰る。
ダリルさん経由でバルドスさんから、王都に滞在している間はヴァンガル家所有の屋敷を使っていいとの許しを得ている。だが貴族街に出向いてまで、主が不在のお宅にお邪魔するのは躊躇われた。せっかくの好意ではあったが、相談して今回は教会にてお世話になろうと決まった。
教会に入り、建物奥の提供された部屋までの廊下を歩く。すれ違う神官は皆、教育が行き届いているのか笑顔で会釈をしてくれる。
……ただ、建物があまりにも広い。広すぎる。さすがは王都の大教会だけあって、恥ずかしながら迷ってしまった。似た造りの場所が多いから、自分が今どこにいるのかわからん。
俺とアッシュが泊まる予定の部屋は、どこだっけか……。




