1:少年の新たな朝
「ねぇ、また会える?」
泣きそうな顔で、少女はこちらに問う。
「……わからない」
「……どうして?」
「だって、アリアは勇者なんでしょ?」
そう、この子は勇者。正確にはまだ卵だが。
「勇者だと、なんで会えないの?」
「それは、ただの村人とじゃ立場が違うから……」
俺は小さな村の、しがない牧場の次男坊。
彼女とは釣り合わない。
「……ばか! キリ君なんてもう知らない!」
真っ赤な顔で涙を流し、走り去る少女。
彼女に向けて手を伸ばすも、虚しく空を切る。
「待って――」
「……ん。……あれ、夢か……」
懐かしい夢だった。
10歳の頃、同い年の幼馴染と別れた夢。
確かあれは、ステータス鑑定を受けた翌日だったか。
あの日、俺とアリアの日常は一変した。
【聖剣の担い手】
勇者の証である固有スキルを、彼女は所持していたのだ。
とんとん拍子に、アリア一家の王都移住が決まってしまった。
そして訪れた唐突な別れ。
そっか、あれからもう6年も経つのか……。
「おーいキリク、起きてるかー!」
外から、兄が俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
朝の家畜の世話。
きっと用事はそれだろう。
「あぁ、起きてるよ兄貴! すぐにいく!」
急いで着替えを済ませ、テーブルに置いてあった朝食を胃の中へとかきこむ。
おっと、忘れるところだった。
外に出る直前、大事なものを部屋に置き忘れていたことを思い出す。
「これこれ。これがないとな」
頑丈な布で出来た小袋。
持ち上げればずしりと重く、中からは硬いものが擦れる音がする
「よし、中身も十分入ってるな」
袋の中には、たくさんの手ごろなサイズの石。
その袋を腰ベルトにぶら下げ、あらためて外へと出て行く。
「お待たせ、兄貴」
「おっせーよ! 支度は40秒で済ませろ!」
「無茶言うなよ……」
これは毎朝行われるいつもの会話だ。
兄であるフレッド・エクバード。
ここモギユ村にある実家の牧場を継ぐ長男であり、俺の二つ年上。
兄は細マッチョな俺とは対象的で、ガタイのでかい筋肉ダルマ。
肌も二人が並べば、白黒はっきりわかるほどに焼けている。
ただ、髪と瞳の色は兄弟らしく俺と同じだ。
明るめの栗色の髪、深い藍色の瞳。
髪は父から、瞳は母から受け継いでいる。
対して俺、キリク・エクバードは16歳の次男。
二番目ゆえに、牧場の主にはなれない。
兄弟という抗えぬこの関係が、牧畜仕事に対する熱意に如実に現れている。
兄はいつも早起きで、熱心に働く。
反対に俺はいつも一番最後に起きて、器用にさぼりながら働くのだ。
二人駆け足で牧場へと辿りつくと、そこでは両親が早々に仕事を始めていた。
すでに厩舎から牧場へと放牧された家畜達。
あれらはモギュウという牛種の生き物で、美味しい乳を大量にだす。
肉も美味く、捨てるところが何一つ無い完璧最強な家畜ちゃん達だ。
「二人とも遅いぞ! さっさと仕事にかかれボケ!」
「「うーっす!」」
二人共々親父に怒鳴られたのち、仕事を始める。
朝の仕事は、昼前になってようやく一段落ついた。
「あとは日暮れ前からだ。それまで自由にしてていいぞ!」
父から遊んで来いという宣言を受け、俺は趣味の狩りに行くことにした。
俺が家を出た暁には、猟師になろうかと思っている。
牧場が継げないのだから他に道を探すしかないからな。
従業員として残る手もあるんだが、兄貴の下で働くのはなんとなく気に入らない。
べつに兄弟仲が悪いわけではないけどさ。
兄弟だからこそのプライド……っていうのかな。
腰にナイフを二本差し、いつもの森へとおもむく。
このナイフだけで狩れるのかだが、答えはイエスでありノーだ。
もちろん俺の腕前なら、ナイフで狩ることは可能だ。
だが俺のメインはこいつじゃない。
これはあくまでサブ。解体用だ。
っと、早速目の前に角の生えた兎、ホーンラビットを見つけたぞ。
息を殺し、そっと手に得物を準備する。
それは腰に下げた、重みのある小袋の中身。
その袋に右手を突っ込み、石ころをひとつ取り出す。
構えをとった後、手に握った石礫を角兎に向けて思い切り投げつける。
その石は狙いを外すことなく、角兎の頭部へと命中。
小さな頭を抉り中身が飛び散った。
「っしゃ! 百発百中だな俺!」
そう、これが俺の狩猟をするうえでの得物。武器だ。
小さな頃から的当てをして遊び、投げ続けた石ころ。
他の友人達が飽きてやめてしまっても、一人投げ続けた。
それは順調に上達し、いつしか技術と呼べるものにまで昇華した。
10歳の時に教会で行われるステータス鑑定。
その時点で、すでにスキルとして俺に宿っていたのだ。
あれっきり鑑定はしていないが、確かあの時で――
【投擲術Ⅳ】
【隠密Ⅰ】
この二つのスキルが俺に宿っていた。
俺の鑑定結果を見て、大人たちは驚いていたっけか。
スキルレベルⅣなんて、大人からしてもなかなかのレベルで、それを子供が持っていたのだから。
ま、それもすぐ次に鑑定したアリアに、全部持っていかれたんだけどな。
彼女が持っていた固有スキル。
勇者が持つスキルによって。
固有スキルなんてただでさえ希少なのに、その中でも最上位ときたもんだ。
……確かあの時、俺は幼心ながらにアリアに嫉妬したっけか。
まぁそれももう過去の話だ。
すでに終わった話。思い返してもしょうがない。
今は目の前の狩りに集中しようか。
角兎を血抜きのため、逆さにして木に吊るしておく。
これだけじゃまだまだ獲物が少ないから、もっと探さないとな。
森のさらに奥へと足を進めていく。
目指す場所は、『聖なる泉』と呼ばれる所だ。
なんでも、教会が大切にしているマナが溢れる神聖な場所らしい。
あそこは水辺だから、よく獣が水を求めて集まるのだ。
ちなみにマナというのは、魔術や神聖術を使う燃料なんだそうだ。
人体にもMPとして宿っている。
魔法の心得がない俺にはなんの関係もないんだけどな。
「ん? ……人の声?」
泉へと向かう道中、整備された道の方向から悲鳴と怒声が聞こえてきた。
すぐさま進路を変え、声のもとへと慣れた足取りで獣道を駆けていく。
木々の切れ間から遠目に見えたのは、10人ほどの盗賊に襲われている女性の神官だった。
彼女の足元には、血を流し倒れ伏す護衛と思しき4人の男達。
不可解だったのは、盗賊側に護衛と同じ格好をした男がいることだった。
……恐らくはあいつの裏切りだろうか。
血で穢れた賊の手が、女性神官へと伸びる。
「まずいっ!」
俺は慌てて石を取り出し、すぐさま構えた。
ここから盗賊までまだまだ距離がある。
そのうえ不規則に並び生えた木々が、射線を嫌らしく遮っている。
だが、俺にはそんなものは関係ない。
この距離だろうと、どんな障害物があろうと、自信がある。
必ず当てるという自信が。
百発百中。
その言葉に嘘偽りは無い。
幼い頃から毎日欠かさず、何百何千と石を投げ続けてきた。
そしてここ一年に至っては、一度たりとも狙いを外したことが無い。
振りかぶり、迷い無く放たれた石礫。
それは針の穴を通すように木々の隙間を抜けていき、手を伸ばした盗賊の頭部へと命中した。
男の頭は小規模ながら衝撃で爆ぜ、血肉の華を咲かせる。
突然の惨劇に、周りに居る奴の仲間達がざわつきだす。
それはそうだろう。
こちらからは見えていても、向こうからは木々が遮っていて分からないのだから。
正体不明の攻撃。
うろたえるのも仕方がないことだ。
俺は次々と石礫を盗賊へと投げていく。
その全てが狙い違えることなく盗賊の頭部へと命中し、同じように赤い華を咲かせていった。
そして最後の一投。
残るは裏切り者と思しき元護衛の男。
奴に目掛けて石礫を投げようと構えるが、どうやらいつの間にか逃げてしまったようだ。
影も形も見当たらない。
息を殺し、どこかに潜んでいないか、他に仲間は居ないかを確認する。
幸いにも、逃げた元護衛以外の敵はこれで全員だったようだ。
森の中から道へと姿を現す。
女性神官は完全に意識呆然となっており、何が起こったのか理解が追いついていない様子だった。
「おいあんた、大丈夫か?」
「ひゃっ!? や、やめて……殺さないで……」
涙を流し、こちらへと懇願する女性。
眼からは恐怖の色が伺える。
「安心しろ。俺は悪い奴じゃない。お前が襲われているのを見かけて、助けたんだよ」
「……ふぇ? た、たすけ……?」
「そうだ。もう大丈夫だぞ」
「ふぇ……ふぇぇぇん……っ!」
あらら、完全に泣き出してしまったな。
周りは死体と血みどろの惨状だし、どうしたものか……?
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