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想いの花々

作者: リアンピン

 ほめ言葉などのきれいな言葉をかけられながら世話をされた花はよく育つという。その逆に悪口などの汚い言葉をかけられながら世話をされた花はあまり育たないという。迷信かも知れないけれど私はそう信じている。きっと花たちは、人々の言葉から想いを感じ取っているはずだから。その想いがどんなものであろうと。


 夏真っ盛り、容赦なく照りつける太陽の(した)、辺り一面田んぼだらけの道を不自然なほど速く走り抜ける一台の軽トラ。運転手は、四十代くらいの男の人。もしかしたら五十代かも。すごく焦った表情をしている。そんなに急いでも何も変わらないと思うけどなあ。なにかぶつぶつ言っているみたい。なんて言っているのかな。

「まずい。どうする? もどるか? いや、もう遅い。誰か見ていたか? 大丈夫、見ていないはずだ」

 何か必死に自分に言い聞かせているみたい。そうとう大変なことをしでかしたってことかな。しかも、誰かに見られたらまずいこと。そんなことをしちゃったのなら、逃げたくなる気持ちも分からなくもない。私もきっとおじさんみたいなことをしちゃったら逃げだすと思う。でも、それってよくない。世間から見たら「臆病」な行為だよ。まずいことをしちゃったなら、それなりの償いをするか、罰を受けないと。私? 私はそこらへん、きちっとしてるから。

「ふー、なんとか家までは帰ることができたか。後は、証拠を消すだけだ」

 あらら、そんなことを考えていたらおじさん、家に着いたみたい。軽トラから降りてすぐに、水の入ったバケツと雑巾を持ってきたよ。

「はぁはぁ、くそっ、なかなか落ちない」

 そりゃそうだよ。もう「あれ」から結構時間たってるから、そう簡単には落ちないよね。そんな必死な顔して作業していると怪しまれるよ。あっ。

「あれ、父さん? 何やってるの? 帰ってきてたなら言ってくれればいいのに」

 ほらほら息子さんに気付かれちゃった。

「あ、あぁそうだな。すまんすまん」

「軽トラの掃除? 俺も手伝おうか?」

「い、いやいや大丈夫だ。もうすぐ昼飯なのに汚れるのはまずいだろう。俺もすぐに行くから、おまえは先に行ってろ」

「そう? わかった。父さんも早くきてね」

 これはうまく切り抜けたってことでいいのかな。

「よし、とりあえずこれでいいだろう。あとは洗剤でも買ってきてからでいいだろう」

 ふんふん、確かに、人間の目では見えないくらいには落ちたね。これならおじさんも一安心かな。

 

 さてと、いまごろおじさんはお昼を食べている頃かな。そうめんかな? 冷やし中華かな? それともチャーハン? 私だったら、オムライスがいいな。それじゃあ、私からおじさんにプレゼント。現場にあった花をあげる。さっきおじさんが必死で落としてた「あれ」付きだよ。分かりづらいように助手席の下の隅っこにでも置いておいてあげよ。花の名前は「オシロイバナ」花言葉は「臆病」だよ。


 さーてと、お次はあの子かな。カメラを持って、少し早足に町中を歩いている男の子。高校一年生くらいかな。もしかしたら童顔なだけの二年生だったり。まぁ、どうでもいいけど。ちょっと興奮してる感じかな。あれ? まだ、高校生が町中を私服で、しかもカメラを持って歩くには少し早い時間じゃないのかな。あー、そういえばもう夏休みか。問題なかったね。あらら、そんなことを考えていたら男の子も自分の家に着いたみたい。おー、大きな家だなー。私もこんな家に一度でいいから住んでみたいなー。んー、でもこの家、なんか雰囲気が悪いな。暗い。重い。どんよりしてる。男の子も無言で帰ってきて、そのまま自分の部屋に行っちゃった。ご両親と仲でも悪いのかな。家の中を探検してみたいけど、時間もあんまりなさそうだし、男の子のお部屋に行こう。


「うふふ、これはすごいぞ。とんでもない写真が撮れたぞ」

 あー、そういうことね。そりゃご両親と仲悪くなるね。未だに、新品のまま袋から出てない制服。高そうなパソコン。ゲームソフト、アニメグッズだらけの光が遮られた暗い部屋。典型的な引きこもりってやつだね。しかも、この男の子の明るさ的に、いじめられてるようには見えない。それに、これだけの物を揃えるにはかなりお金掛かってるだろうな。お金持ちの家の甘やかされ過ぎてる子どもね。

「これで、ボクはまた人気者になれるぞ。あいつらよりもボクの方が優れてるって証明できるぞ」

 気持ち悪い気持ち悪い。表情といい、言ってることといい、今からやろうとしてることといい全部が気持ち悪いなーこの子。

「さてさて、この写真をアップして、うふふ、奴らの反応が楽しみだな」

 あーあ、そんなことしちゃったらダメだって。

「うふふ、慌ててる、慌ててる。そうだろう、そうだろう、なんてったってこれは本物の『死体』の写真なんだから」

 うわー、きついなーこの子。ただの死体の写真をネット上にばらまくだけでもまずいことなのに、この子は死体を足で蹴ってとりやすい姿勢に無理矢理してるからなー。さすがに犯罪。掲示板を見ている人たちもドン引きだよ。

「ん? 通報しました? はは、負け惜しみかよ。自分よりすごい写真を撮られたからって、哀れな奴ら」

 哀れなのは君だって。どうせ、どこの誰がアップしたのかばれないとでも思ってるのだろうけれど。すぐにばれちゃうよ。残念これで君も犯罪者の仲間入りだ。まぁ、捕まるまでつかの間の喜びに浸って、真実を知ってから絶望したらいいよ。私は初犯記念にこの花を贈ってあげる。「ごぼう」の花。珍しいでしょ。花言葉は「私に触れないで」。

 あー、それと君が撮ったあの写真、正確には死体じゃないよ。


 ふぅ、嫌なもの見ちゃった。もう、少ししか時間も残ってないし、あと一人が限界かな。

 最後の一人はこのおばさん。楽しそうにお昼ごはんの準備をしてる。あれはオムライスかな。いいなあ、食べたいなあ。私の大好物だ。あっ、ちょっと失敗した。失敗したくせに楽しそうに鼻歌なんか歌っちゃって。全くのんびり屋なんだから。さてと、この人は今どんな家に住んでるのかな。ちょっと見てみよう。

 おー、あの男の子の家までとはいかないけど、なかなか大きな家だね。これだけきれいってことは新築かな。あっ、家族写真だ。かっこいい旦那さんと、お年頃の娘さん、生まれたばかりの赤ちゃんに囲まれて嬉しそうに笑ってる。確かこの赤ちゃんは男の子だっけ。まさに順風満帆って感じの人生だね。だからこそ申し訳ないな。あれっ? この写真は……。懐かしい、私が修学旅行先で買ってきた写真立てに入ってる。写ってるのは私と、このおばさん……私のお母さんだ。

 大学選びでけんかして、結局家を飛び出して一人暮らしをするようになった私の、ここ二、三年一度も連絡をとってない私なんかの写真を飾っていてくれたんだ。

 ごめんね、ごめんねお母さん。出て行くとき、ひどいことたくさん言ったけど、大好きだよ。もう一回だけでいいから会いたいな。お母さんのオムライスが食べたいな。もう叶わないけど。

 だからせめて今の私にできることを、花を贈るね。花の名前は「ワスレナグサ」。わがままだろうけれど、花言葉は「私を忘れないで」


 さて、もどってきちゃったな。辺り一面田んぼだらけの十字路の真ん中。私は、血だまりの中に仰向けで倒れている。もう、体は動かない。思考もほとんどまともにできなくなっている。最後に、自分がどうしてこうなったのかを思い出そう。


「あんたなんか、死んじゃえ!」

 私は、そう叫んで自分の恋人を刺し殺した。自分の部屋で。理由は簡単。彼が浮気をしていたからだ。一人暮らしを始めたばかりで苦労していた私に、優しく手をさしのべてくれた彼。絶対に彼だけは裏切らないでいてくれると信じていたのに。私の目を盗んで、よりによって私の親友と密会を重ねていたなんて。結婚まで考えていた私を差し置いて、彼は私の親友と宝石店に行っていた。悲しくて、苦しくて、許せなかった。でも、今一番許せないのは私。勘違いをした私。彼はただ、私の好みに合いそうな婚約指輪を親友と一緒に選んでくれていただけだった。その証拠に、彼のズボンのポケットの中には私の好みにぴったりの、きれいな指輪が入っていた。


 私は走った。部屋を出て、辺り一面田んぼだらけの道をひたすら走った。頭の中は後悔、悲しみ、絶望でぐちゃぐちゃになって何も考えられなかった。だから、十字路で「オシロイバナ」のおじさんが運転する軽トラが近づいてきていることに気付かなかった。軽トラにはねられて、地面にたたきつけられるその瞬間まで。

 そのあとの私は、その場から遠ざかっていく軽トラの音に絶望し、私を足で動かして、気持ちの悪い表情でカメラに収める「ゴボウ」の男の子に激怒した。そして、男の子が去ったあと、私の右手は「クワ」の花を握りしめていた。その「クワ」の花が放つ不思議な光に導かれて私の体は、空へと浮き上がり、気付いたら「オシロイバナ」のおじさんの軽トラを追いかけていた。


 もう満足。十分すぎるくらい。私はやりたいことができた。できれば、彼の元にも行きたかったけど、もう限界。それに、私が彼にできることなんて、贈れる花なんてない。空に浮かんだ私にできるのは、花を贈ることだけだから。


 さようなら世界。さようならお母さん。もしできるなら、あの世で彼に会いたい。そして、花言葉じゃなく、私の言葉で謝りたい。神様どうかお願いします。


 ……あれ、「クワ」の花言葉って確か……。


 もうそろそろ彼女がこっちに来るみたいだな。赦してくれ、君を勘違いさせるようなことをして。赦してくれ、俺のわがままで君の命を奪うことを。今、迎えに行くよ。

「クワ」の花言葉は「ともに死のう」そして「彼女の全てが好き」。


 歩き出した彼の後ろには「黒い薔薇」が咲き乱れていた。

「黒薔薇」の花言葉は「あなたは私のもの」


 今日も人々の想いをのせて、花々は咲き誇る。


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― 新着の感想 ―
[一言] 小さな女の子の悪戯かと思って読んでいたらまさかの結末が。花言葉も活かされていて面白かったです。
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