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第二章第二話

 視界を(おお)っていた木々が晴れ、無辺(むへん)に広がる青空から降り注ぐ陽の光は、避けるすべもない。

 見渡すかぎりの平らな大地には多種多様の作物が伸び伸びと根を下ろし、人々の住処(すみか)はまるで追いやられたかのように集まって一つの村を形成している。


 四十余年前――魔物が世界を支配していた時代には考えもつかないような光景だろう。

 それが今や王の技術改革の甲斐(かい)もあり、イヴァ=ラキ王国は有数の農業王国であるという。

 休暇で来たのであればこの牧歌的(ぼっかてき)な雰囲気を楽しみつつゆっくりと見て回りたいものだが――。




「ほんでよぉ、今日は昨日より一割も暑いって言うもんだから、芋が蒸し芋になっちまわねぇよぉに、うちわ持ってあっちをパタパタ、こっちをパタパタやってたんだっぺよ」

「いや好好爺(こうこうや)、それはどうでもいいのだ」


 調査票を手に、私は頭を振る。

 調査を命じられてきた以上は、この面倒な爺さんの相手をしなければならない。


「今は田畑の面積を聞いている」

「だぁから、あのへん一辺はうちのさつまいも畑だっぺよ」


 あのへん一辺では困る。まあ、恐らく爺さんも正確な面積は知らないのだろう。

 面積は目測で記録し、私は次の質問へ移ることにする。


「では四十七問」

「まぁだ続くんだっぺか」

貴殿(きでん)の将来の夢について」

「ゆめ、夢ね」


 爺さんは少し照れたように笑う。


「ゴ・トーチちゃんのメンバーと結婚してっぺなぁ」

「夢はなし、と」

「小僧、おめっ!?」


「アーオイシカッタ、アーオイシカッタ!」


 頭の上に乗ったインコがぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。オイシカッタ、などと言っているがこれはお腹がすいた合図だ。「黙れ、騒いでも飯はやらんぞ」


「ピーちゃんも疲れっぺなぁ? 小僧の話なげぇもん。ヒトの話全然聞かねぇし」

「マッタク、ドーカンデスナッ!」


 どっちがだ。


「こいつの名はピーちゃんではなくジロー=イチマンマルだ。それと質問はあと百八問ある」

「ひゃくはちぃ!?」爺さんは目をまるまると見開く。

「爺さん今の聞いて(あご)ハズレっちまって(しゃべ)れねっぺよ」

「普通に喋れているが」

「爺さんいまの聞いて腰ぬけちまって立てねぇっぺよ」

「普通に立っているが」


「ほだほだ」爺さんは何かを思い出したように腹を打つ。

「おめら、サアカスさ見に来たんだっぺな? 珍しいもんな」

「いや、サーカスは関係な」

「かっこつけんでもええべ。男が嘘つくんはみっどもねぇど?」

「マッタク、ドーカンデスナッ!」


 頭の上のインコが高らかに賛意(さんい)を表明する。鳥公、先程から私の悪口ばかり言っている気がするが気のせいだろうか?


「さきほども述べさせて貰ったが、王から国土調査の命を受けて参上したのだ。イヴァ=ラキ王国の実像を知るためにな」

「あー、難しぃことはわがんねんだども、ようするにあれだ」


 爺さんは私の肩の上にぽんと手を置く。


左遷(させん)されたんだっぺ」

「――好好爺(こうこうや)。そうではないのだ」

「だいじだいじ。ミツクニ様も(おっしゃ)ってっぺよ」


 爺さんはオッホンともったいぶった咳払(せきばら)いをする。どうせあれだろう。人生楽ありゃ――


「ぼーいず・びぃ・あんびしゃす。少年よ大志さ抱け」


 爺さん、それは人違いだ。



「はぁ。まあ、なんとでも言うがいい。四十八問。貴殿の――」「ふわあああ」


 私の質問を遮り、爺さんは大きくあくびをかます。


「すまねぇけどよ、爺さんそろそろ畑さ行ぐべ」「な」


 思わず絶句してしまった。その間に爺さんは(きびす)を返し、さっさと歩き去ってしまう。


「こ、好好爺、しばし待たれよ」

「小僧!」


 私の声が届いたのだろうか。爺さんは立ち止まって振り返り、底抜けの笑顔を見せながら言った。


「ぼーいず・びぃ・あんびしゃす」


 少年よ大志を抱け。サムズアップ。


 ――だからそれは人違いだ。


「り、理不尽な疲れを感じる……」


 爺さんが畑に往くのを見送ってから、私はひどいめまいを感じた。

 勘弁してくれ。冗談じゃない。こんな調子ではこの先やっていく自信がない。


「ボーイズ・ビー・アンビシャス! ボーイズ・ビー・アンビシャス!」


 新しい言葉を覚えて喜んでいるのだろう。頭上のインコの叫び声が頭の中をガンガンと響く。



※※※



 結論から言わせてもらえば、その後の結果は惨敗(ざんぱい)続きであった。

 調査票という形式がこれほどにも苦労の多い手法なのか、あるいはここの村人たちが単に部外者(ぶがいしゃ)に親切でないのか。質問票の中身が悪いか、自分の説明が足りないのか。

 あるいは格好が怪しすぎるのか。


「マサニ、ソレダナッ!」


 ……。


 あれこれ考えながら歩いていると、素朴な色合いの村で一際目を引くカラフルなテントが眼に飛び込んできた。そういえば爺さんがサーカス団がどうのと言っていた気がする。


「サーカスか……」実は私は一度もサーカスというものを見たことがない。球のりだの綱渡りだのをするというが、少し興味は――。

 いや、これは職務のため、イヴァ=ラキ王国のためだ。彼らにも調査に答えてもらう必要が是非にある。間違いない。


「ショクムタイマンデスナッ! コノゼーキンドロボーッ!」

「黙れ鳥公、お国のためだ!」


 頭上で騒ぐインコをどやしつけ、深呼吸。

 そう、これはあくまでも調査のためだ。やましいところは全くない。落ち着いていこう。

 私はテントの入口に垂れる幕を開く。そこに広がっているのはまさしく私とは遠くかけ離れた世界で――


 目の前に立っていたのは、団員と思しき女性。


「お、君面白いね。採用で」

「――は?」



 ※※※



「そっちで喋ってるのが双子の軽業師、マリーとエリー。そこでトランプを延々並び替えてるのが手品師、マギー・ジュール。それから私、猛獣使いのアリサとそのお供、巨大犬のもっくん。あとはイズミっていう団長がいるんだけど、今でかけちゃっててね~」

「はあ」


 彼女――アリサの紹介に、私は上の空で返事を返した。目が自然と彼女の後ろに控える巨大犬の方にすいよせられてしまう。白と焦げ茶の毛並みに赤い首輪。こぶしほどもあるつぶらな瞳がこちらを見返す様に、若干背筋が寒くなる。


「それであなたは、動物漫才師の――」

「ああ、国土調査員のルアン・ハーバーだ。国に仕える身なれば、漫才師などやっている暇はない」

「ゴヨウダーッ! ゴヨウダーッ!」

「わあ、すごいのね。この分なら今日すぐ舞台に立っても大丈夫」


 パチパチパチ、と拍手をする彼女は、満面の笑みを浮かべている。この女、きちんと話を聞いていたか?


「あれ、どうしたのアリサ」


 アリサと話しているうちに、他のメンバーもこちらに気がついたのだろう。いつのまにやらサーカス団員たちがまわりに集まってきている。


「なになに、新人さん?」

「いびる? いびる?」

「違うわマリー、エリー。彼は新人候補」

「物騒な単語が聞こえた気がしたが気のせいか?」

「君、デパアトに行って手品セットを買うんだ。そうすれば誰でも舞台に立てる」

「だめよ、手品師は二人もいらないわ」

「待てあんたらはそれでいいのか」

「ケッコーッ! ケッコーッ!」

「ワオォォォオオン!」


「ところでなんでまた新人さんを?」


 軽業師マリーの問いに、アリサは顎に手を当て困り顔を作る。


「それがね、こっちに来るまでの間にまた団長膝をやっちゃったらしいのよ」

「えぇ~またぁ?」

「さすがは『怪我のデパート』って感じぃ」

「この間、暴れ牛と取っ組み合ったときからだって」

「あの牛はまさにヴアイオレントでしたからな。イズミでなかったら一度に膝を三つ持って行かれていたかもしれない」

「いやあんたらの団長は一体何をやっているんだ」

「アーオイシカッタ、アーオイシカッタ!」

「ワオォォォオオン!」


「ま、文句を言っても仕方ありますまい」


 手品師マギー・ジュールは柔和そうな表情でこちらへ手を差し出した。


「新人君、よろしくどうぞ」


 その場にいる皆がこちらの反応を見ていた。ここで手を握り返せば、サーカス団へ入団。晴れてメンバーとして活動をすることになるのだろう。


「……すまないが、そういうわけにはいかない」


 手を降ろしたまま、私は彼らにそう告げた。


「私は国土調査員のルアン・ハーバーだ。動物漫才師ではないし、無論手品師でもない。舞台の欠員(けついん)を埋めたいなら他をあたってくれ」


「嫌なら今回だけでもいいのよ」


 猛獣使いアリサのすがるような提案に、私はつっけんどんな言葉を返す。


「国土調査は国家事業だ。サーカスなぞに興じている暇はない」

「ちょっと!」

「騒がせたな。失礼する」


 さっと(きびす)を返し、私は出口へと向かう。

 本当は調査目的で来たのだが、これでは仕方あるまい。とっとと退散して他をあたろう。



 ――ドシンッ。

 テントの出口でやけに大柄な人物とぶつかった。「っと、悪いな」


「――で、その国土調査とやらもあまりうまくいってないんじゃないか」


 歴戦の勇士のような迫力のある人物であった。見上げるとその射竦(いすく)めるような視線と目があう。

「団長!」彼の帰還を待ちわびていたのだろう、テントの中から猛獣使いアリサが飛び出してくる。


「膝の調子はどうなんですか?」

「いつもどおりさ。まあ今回の公演には間に合わんだろうな」

「やっぱり……」

「大変だな、あんたも」これも何かの縁だろう、ふと思い私は彼に声をかけてやった。

「しかし私も忙しいんだ。自分の招いた失態(しったい)は自分でなんとかするんだな」

「ふむ、大方他の住人に対してもその高圧的な態度で臨んでいたのだろうな、君は」

「――!」


 痛いところをつかれたように感じ、どきりとした。しかし団長は別段調子を変えること無く続ける。


「だが、安全な場所にいながら、調査なんぞ出来はしまいさ」

「……つまり」

「メノマエノセカイニ、トビコムノダッ!」


 突如頭上のインコが叫ぶ。


「おい鳥公、突然うるさいぞ」

「いや、違うな。インコの方が幾分か察しが良いようだ」


 団長はふっと笑い、こちらに向き直って言った。


「どうだい、一つ我々の世界へ飛び込んでみないか。下々の立場から見れば、この国はまた違った景色をみせるはずだ」



 ※※※



 ※※※



「それでは私好文亭るぱん、ジローちゃんに国土調査をしていきたいと思います! ジローちゃん、じゃあ国土調査の質問一つ目、性別を聞いてもいいかな?」

「オンナデスッ」

「あ? お前男だろ何言ってるんだ」

「ココデ、イチドウワラウ。ドッ」


「人の初舞台のリプレイを本人の前でやるのはやめてくれないか」

「えぇーだってこれ」双子の軽業師たちは互いに顔を合わせる。「新人イビリだよー?」


「いやあ、でもよかったよ。なあ?」

「ええ、予想以上だったわ」


 マギーとアリサは拍手をして迎えてくれる。


「そ、そうか?」

「ああ、本当によかったよ」

「そうか、それはありがた――」

「実によかった。そのインコ」


 インコか。


「本当によかったわ。頑張ったわね、インコ」

「確かによかったよねぇ~、インコ」

「初舞台なのに物怖(ものお)じせずオーデエンスをよく掴んでいたな、インコ」

「インコはよかったよねぇ~インコは」

「ワオォォォオオン!」


「ウォッホンエッフンッ!」


 鳥公はやけに自慢気に、大きく咳払(せきばら)いをしている。鳥が咳払(せきばら)いをするなんてはじめて聞いた。


「はいはい、どうせ私なぞインコのおまけだよ」

「そう言うな、るぱん。お前自身はどうだったんだ、サーカス小屋での初舞台は」


 気が付くと後ろに団長イズミが立っていた。


「その呼び名はやめてもらえないか、団長」

「何を言う、おまえはこのサーカス団にいる限り好文亭るぱんだろう」

「私はルアン・ハーバーだ。間違いなく」

「よっ、好文亭るぱん」

「ようこそ、好文亭るぱん」

「あたしたちのことはお姉さまって呼べよるぱん!」

「ルパンルパーンッ!!」

「ワオォォォオオン!」


 皆ここぞとばかりに「るぱん」「るぱん」と連呼する。性格の(ゆが)んだ奴らばかりだ。


「……もう、いい」ため息を一つつき、私は腰を上げた。

「それより団長、分かっているのだろうな」

「もったいぶった言い方をするな、るぱん」


 全てお見通しだと言わんばかりにニヤリ、と団長は不敵に笑う。


「国土調査のことだろう?」

「もしこれでただの徒労(とろう)であったら、るぱんの名は捨てさせてもらう」

「ああ、構わん」団長は大きく頷く。

「だがな、るぱん。お前はきっとすぐその考えを捨てることになるぞ」


 なにか確固たる確信があるのか、それともただのハッタリなのか。


「とっとと村で確かめてみろ。以前のお前と今のお前が違うことがはっきりするさ」



 ※※※



「ちょっと、見て、彼……」「まあ、じゃああれって……」


 ひそひそと聞こえるのはうわさ話か。

 村中から妙な視線を感じる。


「わああ、ジローちゃんだ!」

「本当だ! 触らせて!」

「あ、ああ。構わない。ほら、ジロー」

「ジローチャンカワイッ? ジローチャンカワイッ?」


 駆け寄ってきた子供にジローを差し出すと、わあっと歓声が上がった。

 そんな子どもたちに釣られてか、遠巻きに見ていた大人たちも一人、また一人と近寄ってくる。


 ――確かに団長の言うとおり、サーカスの公演を行って以来、村の住人の反応は確実に良いものへと変化していた。


「それで、コールさんという御仁(ごじん)を探しているのだが」

「ああ、コールなら私ですよ」

「ああ、そうだったか。では――」

「国土調査でしょう? お勤めご苦労さまです。喜んでお受けしますよ」


 名乗りでた男は温和な態度で協力を申し出てくれる。以前までの苦労が嘘のようだ。


「では、まず出生日を――」

「誕生日というものはありません。毎日新しい自分が生まれるのです」「ひねらず素直に答えてくれ」


 ……別の苦労が増えた気もするが。




「おおい、小僧」


 聞き覚えのある声が聞こえた。


「おや、いつかの好好爺。何用か」

「いんや、この間はわりぃごどしたやなー思おて、ほしいもさ持ってきたべよ。ほれ」


 そう言うと爺さんは手にしていた手ぬぐいを押し付ける。持ってみるとずしりと重い。中を覗くと黄金色の芋の切り身がぎっしりと詰まっている。


「アーオイシカッタッ! アーオイシカッタッ!」


 頭上のインコがにわかに騒がしくなる。「待て鳥公、お前干し芋食えるのか?」

「だいじだいじ。ここらの干し芋はいい土、いい気候、いい芋の三拍子揃ってっから、鳥だってうまいうまいって食うべよ」

「すまないな、ではありがたく戴かせてもらおう」


 礼を言い土産物をしまおうとしたとき、不意に老人から力強く手を握られた。


「こんな何もない田舎だども、よく来てくれたっぺなあ」


 握る手は痩せ、無数のこぶや(しわ)でゴツゴツとしている。


「力が強いのだな」

「農作業は力作業だべ? 力もつくべよ」


 なるほど、と笑いながら爺さんの顔を見ると、そのまっすぐな瞳にはっとする。


「俺には難しいことは分かんねえだども、なんか大切なことなんだっぺな?」


 握る力が一段と強くなる。「がんばっぺよ、小僧」


 ――まったく、私の手を(くわ)か何かと勘違いしているのではなかろうか。握りつぶされそうだ。

 ならば。


「ああ、心得た」


 私も負けじとその手を力強く握り返した。

 約束した以上守らなくてはならない。

 国土調査員の、そして次代の王位継承者候補の後見人の矜持(きょうじ)にかけて。



 ※※※



「あ、おいしそうなもの食べてる」

「ああ、村の爺さんから貰ったんだ」私は猛獣使いアリサに干し芋を一切れ手渡す。


「アーオイシカッタッ! アーオイシカッタッ!」

「おい鳥公、そんなに食って大丈夫か?」

「今晩あたりもしかしたらお腹破裂しちゃうかもね~」「ぱーんってね~」

「そういうあなたたちもだいぶお腹がぽっこりしてきたんじゃない?」

「しかし干し芋なんて久々に食べましたな。っと、ちょっと失敬して地酒(じざけ)を一杯」

「おおマギー、俺にも注いでくれ」

「ワオォォォオオン!」


 私は干し芋の濃厚な(みつ)堪能(たんのう)しながら騒がしい宴を眺める。

 こんな調査も、悪くないのかもしれない。

 私はそう思い始めていた。

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