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第二章第一話

 ついにこの時が来た! 国王直々(じきじき)の召還。胸が高鳴らぬわけがない。

 思えばこれまで長い道のりを歩んできたものだ。

 官僚養成学校を卒業し早数年、幼いころに寝る間も惜しんで積み上げた古今東西の書の山も、(つたな)いなりに日々鍛え磨いた剣の腕も、全ては今日のためにあったのやも知れない。

 ようやく。ようやく私にもチャンスが回ってきたのだ。なんとしてもこのチャンス、逃すわけにはいくまい。


「ルアン殿、どうぞこちらへ」


 近衛兵に促され、私は謁見(えっけん)の間の赤い絨毯(じゅうたん)の上を通り、国王の前まで歩み出る。

 片膝をつき、一礼。


「ルアン・ハーバー。ただいま仰せのままに参上いたしました」


「ルアンくん、よく来てくれた。君に頼みたいことがあってね」


 国王は顔のしわを寄せてにこりと笑うと「ヨハンくん」とわきに控えていたヨハン・ヨーマン近衛隊長に声をかける。


「すまぬが、しばしの間近衛隊を退席させてはもらえないかな? ルアンくんと二人っきりで話しがしたいのだ」「ハッ、ただちに」


 近衛隊が退室し、いよいよ謁見の間には私と国王の二人だけが残される。私の心は期待に(ふく)れていた。これは何か重要な話があるに違いあるまい。


 それこそ国家の根幹に関わるような、何かが。


「この国の王になって、もう長いこと経つ」


 国王はかつてを懐かしむようにゆっくりと語り始めた。


「今でこそ、こうして城の中で政務に励んでばかりいるが、かつては仲間たちとともに魔王を打破するべく、国中を駆け巡っていたのだ」


「存じあげております」


「魔王を討ち既に三十余年。国の姿も当時から随分変わってしまっただろう。無論、何も変わっていない部分もあるだろうが」


 国王は目を閉じ、しばし思惟(しい)にふけっている様子であった。静かな王室の中でラッパ隊の賑やかな音だけが聞こえてくる。城壁に幾重(いくえ)にも囲まれた城の最深部であるここへは城下町の賑わいが聞こえてくることはない。


「私はこの国の王となってから様々なことを行ってきた。治安、司法行政、技術改革……。そして、その最後の仕事として私はこの国の国土調査を行おうと思う。王として最後にこの国の姿を知りたい」


「ではその仕事を私めに、と」


「頼まれてくれるかな?」


 私の心は早速曇り始めていた。要はドサ回り。出世からもしばらく遠のくことになるだろう。私の脳裏に左遷、と言う言葉がちらつく。


「国家の大事業、心してかからせていただきます」


 なんとか言葉を振り絞り、一礼をするもおそらく心中が態度に表れてしまっていたのだろう。国王は苦笑して言う。


「そう悲しそうな顔をするな。この仕事は事実重要な仕事なのだ。恐らく、君が思っているよりもな」


 そう言うと国王は席を立ち、突然口笛を吹いた。すると開け放たれていた窓から一羽の大きな黄色の鳥が飛んできて、止まった。


 ――国王の頭の上に。


「王、鳥に乗られておりますが」


「うむ、この鳥はインコと言ってな。異世界より呼び出した鳥で、人の言葉を真似して喋ることができる」


「王、それは良いのですが、その、頭に」


「私はな、この者に次代の王座を譲ろうと思う」


「いや、王、その――は?」


 王は頭上に手を伸ばしインコを愛でるように撫でながら言った。さすがは王族か、重要なことを告げるにも優雅なものである。

 私はというと腰が抜けた。完璧に。


「このインコ、名はジロー・イチマンマルと言うらしい」


「はあ、いや、まさか、王族ジョークかな、ははは」


「ルアンくん、君はこのインコとともに国中をまわり調査をするのだ。此度の調査は彼にとって初めての試練となるだろう。どうか力を貸してやってくれ」


「……王、お考え直し下さい! 王!」


「さあゆくのだ、ルアンくん、頼んだぞ!」


「オハヨー、オハヨー」


 神聖なる王室にインコの声が朗々(ろうろう)と響き渡る――


 ※※※


「オハヨー、オハヨー」


 目覚めは最悪の一言であった。


「酷い悪夢だ……」


 恨めしく思いつつ脇に立つインコを見やると、インコはさぞかわいらしげに首を傾げている。


「ジローチャンカワイッ?」「チッ」


 即死魔法でもぶつけてやろうかと思った。寝起きで機嫌が悪いにもかかわらず思っただけで自制が効いたところは褒めて頂きたい。

 無論、殺すだなんて滅相(めっそう)もないことだ。このインコ――ジロー・イチマンマルが王位継承者の候補であることは悪夢でもない事実なのだから。


「アーオイシカッタ、アーオイシカッタ!」「よかったな。まだ何も食べてないけどな」


 私は適当に身支度を整え、インコに餌をやっていた。と言ってもインコが何を食うかもよくわからない。試しに適当なきのみを与えたところ喜んで食べたので以来それを与えている。


「しかしよりにもよってインコのおもりに抜擢(ばってき)されるとはな……」


 インコが旨そうにきのみを食べるのを眺めながら、私はそこはかとなく虚しい気分になっていた。


 王位継承者の候補者は三人。銘々(めいめい)銘々(めいめい)国土調査の試練を行い、よりよく成し遂げたものが次代の王に推薦される。当然呼び出そうとしたのは異世界の『人間』であったはずだ。いくら国王が先進的な考えを持っていると言ったってまさか鳥を王位に据えようとは思うまい。

 異世界からこのインコが召喚されたことは紛れも無く手違いによるものなのだろう。そして次代の王位継承者は残る二名の中から選ばれる。今朝の悪夢のようなことは、起こるべくもない。


 つまるところ、私は完全にババを引き当てたのだ。


「モシモシィ、モシモシィ」


「なんだ鳥公」


「アーオイシカッタ、アーオイシカッタ!」


「はいはい、おかわりが欲しいんだな」


 私は溜息を付きながら新しいきのみをインコの足元に置いてやった。鳥は鳥でもインコというのは実にやかましい鳥のようだ。こいつといると物思いに(ふけ)ることすら許されない。


 インコがたらふくきのみを食っている横で自分も簡単な食事を済ませたあと、私は自分で作った国土調査のための調査票をチェックすることにした。

 本来であれば王位継承の試練を受けるべき継承者候補が作るべきものなのだろうが、候補者がインコだからと言って調査を(おろそ)かにするわけにもいかない。宮仕えの辛いところだ。


「『四七問、貴殿の将来の夢について語られたし』……うむ、やはり我ながらなかなかよい質問を思いついたものだな。国中の将来の夢の調査なんて、夢があっていい」


 読み返しながら、自然としたり顔になってしまうのが分かる。今回の調査票、改定に改定を重ねてきた。手間をかけた分、それなりに自信はある。


「っと、『家系』のことをすっかり忘れていたな……。七〇問目以降に付け加えておくか」


「オィ、ツマンネーコトキィテンジャネーヨッ!」


 一人(えつ)に入っていると、甲高い声で急に嘲笑(わら)ってくるやつがいる。無論、小生意気なインコである。


「飯を食わせてやってるというのに、失敬なやつだなおまえは。第一『家系』というのはその人間を語る上では重要不可欠な問題で」


「ジローチャンカワイッ? ジローチャンカワイッ?」


 私は溜息を付いた。馬鹿らしい話だ。鳥を相手に何を言っても仕方あるまい。


 ※※※


「さて、では行くとするか」


 荷物をまとめ出発しようと立ち上がると、私の元へインコがやってきて止まった。――頭の上に。


「オマエ、人の頭に乗るのそんなに好きか?」


「オィ、ツマンネーコトキィテンジャネーヨッ!」


「はいはい」


 私の推測では昼には最初の村に着くに違いない。とにかくさっさとこの仕事を終わらせてしまおう。そうでなくては身と精神が持たない。


 ――何もなければいいのだが。

 輝かんばかりの朝日に私はただただ旅路の平穏を祈ったのである。

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