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第三章第三話

「じゃんけんぽん! ふっふー、久しぶりの勝利ですよっ」


 本日のじゃんけん勝負に通算139度目の勝利をおさめたエルは、馬車の座席で脚をばたつかせてはしゃぐ。


「ささ、カズマさん。もう一度です! さーいしょーはぐー!!」

「お客さんら、よくもまぁそんな、飽きもせずにじゃんけんばかりできるよなぁ」


 手綱を握る御者が呆れたようにつぶやいた。


「目的地までの退屈しのぎにしたって、他にもできる遊びはあるでしょうに」

「遊びじゃないぞ。この残念なおばかさんに統計のありがたみってやつを教えてやってるんだ」

「エルはおばかさんじゃないですよ! じゃんけんマスターです! イヴァ=ラキでエルがいっとう、じゃんけん強いんです!」

「くくく、ほら、おばかなこと言ってるだろ?」


 笑うカズマに、御者もつられて苦笑する。


「あー!! ふたりして笑いましたね? ここまでエルの139勝136敗――かなり追いつかれちゃいましたけど、ここからばーんと突き放してエルの強いとこ見せたげるんですから!

 はい! じゃーんけん、じゃーんけん!!」

「……いいかいエル」


 カズマは笑うのをやめ、真面目くさって言う。


「一度勝敗がつくまでじゃんけんをするとして、エルが勝つ確率は2分の1だ」

「そりゃ、勝つか負けるかなんですから、そうなりますよ。でも、エルのじゃんけんマスターとしての力が、この右手に勝利を……!!」

「残念ながら、そうはならないんだなぁ。このままじゃんけんを繰り返せば繰り返すほど、俺たちの戦績は1:1に近づいていく。今までだってそうだったろ?」


 そう。最初はエルが自慢したとおり彼女の勝ちが続いていたのだが、じゃんけんが50回を超えたあたりで時々カズマが勝ち越すようになり、100回を超える頃にはスコアはほとんど変わらなくなっていた。


「うぐぅ……言われてみれば、確かにそうかもしれません」

「集めるデータが大きくなればなるほど、事象は不変の真理に近づいていく。それが統計が持つひとつの力だ。

 演繹と帰納――なんて、知ってるワケ無いか」


 案の定、エルはきょとんとした顔をする。


「今俺たちは、『じゃんけんの勝率は2分の1』というごく簡単な法則が、現実世界に当てはまることを実際に実験して確かめた。これが演繹」

「エンエキ。ほうほう」

「だけど世の中を支配する法則は、じゃんけんの確率みたいに簡単に推測できるものばかりじゃない。そういうときは沢山のデータを集めてそこから法則性を導きだす。それが帰納」

「……つまり、いっぱいじゃんけんをしたらだいたい2回に1回勝てるから、じゃんけんの勝率は2分の1〜って説明するのがキノーってことですか?」

「なんだ、だいたい分かってるんじゃないか。おばかさんなんて言って悪かったな」

「えへへ……なるほどなるほど……ってことは、いっぱい数字をトーケーすれば、いっぱいキノーが使える、ってことですよね!」

「そうそう。そゆこと」


 カズマが頷くとしかし、エルはけげんに首をかしげる。


「ううん? でもおっかしーなー。だったらエルがイヴァ=ラキいちのじゃんけんマスターなのは、キノー的にショーメーされてなきゃおかしいんですよ?

 だってだって、皆がそう言ってるんですから!!」

「ほう、して、その皆とは?」

「えとえと、王様に衛兵さんやメイドさん、それからそれから――」


 エルは指折り数える。


「つまり、全部お城の人たちなんだな? 普段からエルに良くしてくれる」

「はい! 皆さんとーってもエルのこと大事にしてくれます!」

「それは良かったけど、だけどそれじゃダメなんだ。この件に関しちゃね」

「そうなんですか……?」


 エルの耳と尻尾がしゅんと下がる。


「サンプリングが適切でないと、それは統計の力を借りるのに適切なデータとは言えないんだ」

「えと……さぷ……?」

「サンプリング。何を証明するために、どこから情報を得るかが大事ってこと」


 エルは再びきょとん、と首をかしげる。


「……そうだな。例えば『あなたは字が読めますか?』って書いた調査票を配ったとする。答えを集計した結果はどうなる?」

「皆字が読めるって答えます。だって、調査票の字が読めたんですから」

「だけど、この世界の人たちは全員字が読めるかい?」

「そんなこと、無いと思います。エルも難しい字は読めないです」

「そういうこと」

「……ん? あ〜……あっ!! そっか!!

 つまり、お城の皆はエルを喜ばそうと思って、『エルはじゃんけんが強いね』って言うから、ちゃんとした調査にならない、ってことですね?」

「ご明察」

「ほほー、そっかそっか。なるほどなー」

「だからエルがイヴァ=ラキでいちばんのジャンケンマスターを名乗りたかったら、この国の人たちからまんべんなく意見を集めなきゃいけないってこと」

「……じゃんけんをやめたと思ったら今度は頭の痛くなるような話ときた。

 変わった旅人さんたちだね、あんたら」


 理解しないまでも一応ふたりの会話に耳を傾けていたらしい御者がつぶやく。


「ふふふ、印象に残りました? だったらカズマさんの顔をしっかり覚えておくといいです。いずれこの国の王様になるかもしれないお人ですからー」

「あっはっは、王様ときたか! 頑張れよニーチャン。おいらも応援してっからさ」

「むー……御者さん、信じてないですね? カズマさんはすごいんですよ。トーケーができるし、魔法も使えるし、エルの恩人だし……」

「エル、エル、流石に恥ずかしいからその辺でストップ……」

「だってー!!」

「お二人さん、そろそろセカンド=ツクヴァに到着だぜ」


 御者が指す方に目をやると、そこには都市を包みこむような鬱蒼とした森と、そこから突き出た2つの奇妙な塔が印象的な学園都市の街並みが広がっていた。


◆◆◆


「国土調査の――というと、ルアン殿の」

「そーですそーです。エルたちもルアンさんと同じお仕事をしてるんです」


 学府の図書館でイヴァ=ラキの地誌に関する資料をあたっていると、エルと司書の会話が聞こえてくる。

 カズマがルアン=ハーバーの名を耳にするのは、この街にやってきてこれでもう三度目だ。

 図書館の前に立ち寄った行政府では、ルアンが去ったことを惜しむ役人の長話に付き合わされた。なんでもこの街を治めるエドワード・ビオ=ツクヴァ公直々に慰留されたのを蹴ってまで、国土調査の使命を完遂するためにこの街を出立したのだという。どうやらよほど優秀な官吏だったようだ。


「……頑張ったところで、自分が王様になれるわけでもないのにな。遅刻した挙句、召喚魔法を出前かなんかと勘違いしてる誰かさんとは大違いだ」

「むむっ。聞こえてますよ、カズマさん」

「聞こえるように言ってんの」


 この街の市民たちに関する基礎的な調査は、既にルアンと彼の後継者候補によってあらかた成し遂げられているようだ。

 行政府に残されていた調査票の残部からも、しっかりとした調査が行われていたことが察せられる。今まで統計という概念が存在しなかった国の官吏の仕事とは思えない。


「……だけど、そのハーバーって奴と一緒にいた後継者候補って、いったいどんな奴だったんだろう。それに、候補者はもう一人いるんだよな?」

「はい! アズール君が担当の方がいるはずです。候補者の方、女の子だって風のうわさに聞きましたよ」

「ふぅん……」


 そのアズールとやらの候補者も自分より早く、同じくらいの精度で国土調査に取り組んでいるのだとしたら、今更自分がそれを真似たところで遅きに失しているのではないだろうか。


「……なぁ司書さん。この街じゃ異世界へ帰る方法の研究をしてたりはしないのか」

「ええっ!? カズマさん、帰っちゃうんですか!?」


 司書ではなく、エルが尻尾の毛を逆立たせて飛び上がる。


「まだ国土調査に着手もしてないのに〜」

「だからだよ。今さら俺ができることなんて無いかもしれないだろ」

「そんなぁ」

「……そうですね、確かにあなたのような異世界からの客人を元の世界へ返す魔法は研究されています」


 司書の答えに、カズマはやはり、と頷く。


「既に理論は完成して、あとは実証実験を待つばかりなのですが……」


 司書はしかし、恥ずかしそうに口を濁す。  


「この街へいらっしゃった時、2つの塔のようなものが見えたでしょう」

「ああ、そういえば」

「あれがその魔法を使うための装置なのです。ただ、どちらも未完成で」

「ふたつ揃わないと、魔法が使えないんですかー?」

「いえ、本来ひとつでいいのです。それがなんともお恥ずかしい話でして」


 司書いわく、セカンド=ツクヴァではエドワード公のおふれを受けてふたつの研究者グループが異世界転送魔法の研究に着手していたらしい。

 しかし自らの研究にばかり熱心な彼らは、研究内容がカブっていることに気づかなかったのだという。森の木々の間から、ほとんど同じ装置のてっぺんが顔を覗かせるようになるまで。


「ひとつのプロジェクトに割り振られる資金は有限ですから、ふたつの装置を完成させるだけの予算はありませんでした。それであのふたつの塔は、どちらも完成することなく、そのまま……。

 いくらエドワード公が辣腕といえど、この街で行われる数多の研究の全てを把握して、適切に予算を割り振れるわけではありませんから」


 もしも、とカズマは思う。

 この街にも、統計の概念が行き届いていないのだとしたら、


「……そういう理由で止まってる研究、ひとつじゃないだろ」


 カズマの鋭い問いかけに、司書は案の定瞳を伏せた。


「はい……。既にデータがあるのを知らずに重複した実験が行われたり、あるいは持て余した予算を管理しきれずに盗難の被害が出たり……。もちろん、そんな事例は限られたごく一部の話ですが」

「だけど、その問題がなくなれば研究はもっとスムーズになるよな」

「それはもちろん!」


 強く頷く司書に、カズマはふむ……と考えこむ。

 その視線の先に潜り込むように、エルが目を輝かせて次の言葉を待っていた。


「科学技術研究調査が、必要そうだな。俺にもできることがまだ残ってたみたいだ。 エル、手伝ってくれるか?」

「待ってました! さっすがカズマさん!」


 カズマの手を取りぴょんぴょんと飛び跳ねるエルだったが、


「図書館では」「お静かに」


 司書とカズマにたしなめられ、お口にチャックするのだった。


「……だけどセカンド=ツクヴァの研究が筑波大の研究と同じくらい多岐に渡るとしたら、俺たちふたりで調査するのは骨が折れるな。協力者が必要だ。

 エル、この街に何かツテは」


 エルは口をつぐんだままふるふると首を横に振る。

 だが、否定するだけではなくまだ何か言いたげだった。


「大声出さなきゃ少しくらい話してもいいんだぞ」


 するとエルはカズマを手招きし、かがんだ彼の耳元にこしょこしょと囁く。


「……なるほど。お前にしちゃ悪くなさそうなアイディアだ」


 駆け出すエルに引き連れられて図書館を飛び出すと、カズマは深く息を吸い込んで叫ぶ。


「薫る花よ。風待草(かぜまちぐさ)よ。異世界の呼び声に応え、真白(ましろ)(あか)に咲き誇れ!!」


 両手に滾る魔力を解き放つように大きく広げると、吹き抜ける一陣の風とともに学園都市の森を満開の梅が埋め尽くした。



(担当:伊織ク外)


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