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第三章第二話

「国土調査かぁ……」


 けんちんそばのおかわりをすするエルを前に、カズマは本日数度目になるつぶやきを漏らす。


「……けぷ。ごちそうさまです、カズマさん。そんなにお気に召しませんか、国土調査」

「いや、大事だとは思うけどさぁ、せっかく異世界に召喚されて魔法まで使えるようになったんだから、もっとこう――」

「もっと、どういうことがしたかったんです?」

「ほら、魔物退治とか」

「退治、ですか……」


 カズマの言葉に、エルはしゅん、と耳を伏せる。


「王様が魔王をやっつけてから、魔物と人間はずっと仲良しなんですよ? そりゃ、悪い人も悪い魔物も少しはいますけど……。でも、退治されなきゃいけない理由なんてないです」

「エルはえらく魔物の肩を持つよな」

「だって、エルのパパは魔物ですし」


 なるほど、この耳と尻尾はそういうことか、とカズマは合点する。この世界にはそういう容姿の種族がいるのかと思っていたが、どうやらエルは特別らしい。


「魔物退治をするカズマさんは、エルのパパもやっつけるんですか? カズマさんはエルの恩人なのに、そんなのってとっても悲しいです……」


「あー……うん、なんかごめん。この国のこと、よく知りもしないのに適当なこと言ってさ。

 そうだエル! 調べ物ができる街ってどこか近くにないか?」

「調べ物……ですか? えっとですねー」


 エルは鞄をガサゴソと探り、地図を取り出す。

 国境を示しているとおぼしき破線はカズマのよく知る茨城県の形にそっくりで、なるほど、自分の偏った召喚魔法はこの類似に関係しているのだろうと彼は結論づける。


「エルたちが今いるのが、ここですね」


 そう言ってエルが指差した先は、


「筑波山……?」


「おや、カズマさんご存知でしたか。それでですね、山を下りたところにセカンド=ツクヴァという街があってですね」

「そこに研究機関とか学校が集まってる?」

「なんですか。わざわざエルに聞かなくても知ってるんじゃないですか。カズマさんはいじわるです」

 エルはぷぅと頬をふくらませる。

「違う違う。俺がもと居た世界にも似たような場所に似たような街があってさ。もしかしてこっちもそうなのかな、って」

「ほへぇ、カズマさんが元いた世界……ってことは、王様の生まれ故郷ですか。王様も、自分の世界を参考に国造りをしたんだそうです」

「なるほど、だから似てるのか……」

「ときにカズマさん、セカンド=ツクヴァで何をお調べに?」

「魔物がいるってことは、俺の世界とこの世界の大きな違いだろ。

 だから最低限、この国における魔物という存在をある程度知っておきたいんだ。そしたら変な誤解をせずに済みそうだし」


 カズマの答えに、エルは目を輝かせる。


「そうですか、そうですか!

 ……ふふ。そういうことなら善は急げです。早速、出発いたしましょー!!」

「とはいえ、この場所って山のかなり上の方だろ? 徒歩で下ってセカンド=ツクヴァまで行くのは骨が折れそうだ」


 召喚されてすぐの頃、無理に山道を走らせて自転車をおしゃかにしてしまったのが悔やまれる。

 茨城ゆかりの自転車なんてものには思い当たらず、新たな移動手段を召喚することもできなかった。


「安心してください! 山を降りれば馬車を調達できますし、それに下山するならとっておきがあるんですよ?」


 エルの得意げな顔に、カズマは一抹の不安を覚えるが、


「なーんと、ロープウェイです! イヴァ=ラキが誇る最新鋭の登山設備なんですよ!」

「ロープウェイ!? この世界にもそんなものがあるのか!? 移動手段は馬車なのに!?」

「はい! あーっという間に登ってあーっという間に降りちゃうので人探しをしながら登るのには不向きでしたけど、一緒に降りるなら全然問題ナシです! うんうん!」


 そうと決まればさあ、善は急げですと鼻息も荒く手を引くエルに、カズマは思わず苦笑する。


「……もしかして、最初からちょっと楽しみにしてた?」


 ピンとご機嫌に立っていたエルの尻尾が、ぎくりと山形に曲がる。


「そそそ、そんなことないですよ。エルは純粋に王様のお手伝いとしてのお役目をですねー」

「ごまかさなくていいってば。分かってる分かってる。楽しいよな、お遣いの途中で寄り道するのって。俺もちょっと興味あるし、付き合うよ」

「そうですか……? じゃあ、えっとですね、ロープウェイの駅に行く前に山頂まで登ってみたりとか……すぐ近く! ホントすぐ近くですから!!」


 カズマは苦笑交じりに頷くと、はしゃいでかけ出したエルの後を追いかけた。



「頭上にご注意くださーい。この大きな岩は『ベン・K七戻り』と言ってですねー、その昔勇猛さで知られた戦士が、この岩が落ちてくるんじゃと恐れて七度引き返したという逸話が残る岩なんですねー」


 くるりと振り返って得意気に語るエルは、もうすっかりいっぱしの観光ガイド気取りだ。


「エルは何度もこの山に来たことがあるのか?」

「それがお恥ずかしながら、実はエルも初めてなんです。でもでも、パパやママや王様が、エルにいっぱいお話してくれたんですよ。

 だからお話の中でしか知らなかった場所に来られて、エルはとっても嬉しいです。それもこれも、カズマさんのおかげですね。エルの寄り道に付き合ってくださってありがとです」

「俺は別に何もしてないよ。ただ迎えに来てもらっただけだし」

「えへへ……ほら、もうすぐ山頂ですよ?」


 ツクヴァ山を形成するふたつの山頂の片割れ、ニヨタイ山の山頂から見下ろすと、眼下にはカズマもよく知る関東平野と地形を同じくする景色が広がっていた。遠くに見えるのは、(名前まで同じかは分からないけれど)きっと富士山だろう。

 一方でカズマの故郷ならそのあたりに見えるはずの都心のビル群や東京スカイツリーは影も形もなく、地平線まで平野が続いていた。


「うーん……いいお天気ですけどエルのおうちや王様のお城は見えませんねー」


 長閑な景色を前に大きく伸びをしたカズマは、


「……ま、こういう異世界旅行も悪くないか」


 とのんきにひとりごちる。


「そうだエル。俺の知ってる筑波山では、山に登ったらソフトクリームを食べるんだぞ」

「ソフトクリーム? なんですかそれは」


 そうか、この世界にはソフトクリームが無いのか。

 どう説明したものか、と頭をひねったカズマは、


「うーん……甘い雪、みたいなものかな。お菓子だよ」

「ほぅほぅ。エルは雪は好きくないですが甘いお菓子は大好きです」

「じゃあ、ソフトクリームはどっちか試してみるといい」


 カズマが花束を出す手品師のように手を差し出すと、その手にぽん、と白いソフトクリームが現れる。


「わ! ぐるぐるで、お山みたいな形です。食べても良いんですか?」

「ん。かじるんじゃなく、舌ですくうみたいに舐めるんだ」


 得意だろ? という言葉をカズマは飲み込む。見た目で判断してはいけない。

 しかしおずおずと舌を出してソフトクリームを舐めるエルの姿が思ったよりもずっと猫らしかったので、カズマは思わず吹き出した。

 しかし当のエルはといえば、笑われたことにも気づかず一心不乱にソフトクリームにしゃぶりついていた。


「はむ……むぐむぐ……美味しい! カズマさん、とっても美味しいですねこれ!!

 ひやひやで、とろとろです!」


 ……元の世界に帰れたら、料理を覚えよう。

 カズマはそう心に決めた。

 自分ひとりのために料理をするのは億劫で今まで外食ばかりしていたけれど、魔法でズルをしたとはいえ自分が提供した食べ物を喜ばれるのが、こんなに心地よいことだとは思わなかった。


「あれ? カズマさんは食べないんですか?」

「ああ、うん。エルの気持ちいい食べっぷり見てたらなんか満足したし」

「そうですかー? 美味しいのに」


 そういえばさっき大盛りのけんちんそばを2杯食べたばかりだったと思うが、この小さい身体の一体どこにこれほどの食べ物を収納する余地があるのだろう。これはこれで、一種の魔法のようにも思われるのだった。


「そういやここ、土産物屋とか特に無いんだな。エルの話じゃ結構観光客もいるみたいなのに。年間どれくらいの人が山に登るんだ?」

「えと……いっぱいです!」

「俺の知ってる茨城よりは街が少ないみたいだけど、この国の人口はどのくらいなんだろう」

「んー……すごくいっぱいです」


 カズマは頭を抱える。

 単に幼いエルが知らないだけなら良いが、ロープウェイまで設置されている山頂のこの商売っ気なさをみる限り、どうやらイヴァ=ラキの住人全体の認識もエルと大差ないようだ。


「ここの人たち、せっかくのビジネスチャンスをフイにしてるんじゃないか? 俺だったら年間の登山者数から需要を見積もって売店を建てたり、記念撮影のサービスとか――」

「おや、どうやら国土調査に乗り気になっていただけたようですね?」

「い、いや。そういうんじゃないよ。ただ、なんかもったいないなと思ってさ」

「そうですか……煮え切らないですねー。きっと他の候補者の方々は今頃もうバリバリ調査に取り組まれてると思うんですけど」

「へ!? 他の候補者がいるのか!? そんなの聞いてないぞ」

「あっ……」


 エルは両の人差し指を合わせてバツが悪そうに目を背ける。


「だってぇ、エルがカズマさん探すのに手間取ってる間に他のお二人からかなり遅れちゃいましたし……怒られちゃうかなって……うぅ、ごめんなさい」

「はぁ……まぁいいさ。行こうエル。だったら少しでも遅れを取り戻そう」

「なぁんだ、やっぱりやる気なんじゃないですか!」

「不本意な試練でも、他の誰かに負けるのは嫌だからな」

「ははぁ、そういうもんですか。勉強になります。

 カズマさんカズマさん、ロープウェイ乗り場、こちらですよ!」


 ご機嫌なエルが導く先に待ち構えていたのは、しかし、


「……やあ、いらっしゃい」


 3メートル近くあろうかという巨大な男が、牛そっくりの頭で見下ろしていた。

 ミノタウロスじみた牛男がたぐり寄せるロープの先には滑車があり、ロープは滑車から山の斜面に沿ってまっすぐ下へと続いていた。


「……乗るかい?」

「ええと、これがロープ……ウェイ?」


 戸惑うカズマに、


「無論ロープウェイです! 急ぐならこれが一番です!!」


 エルは自信満々に答える。目の前にあるのは確かにまぎれもなくロープとウェイでこそあるが、ロープに吊るされているのはフックをつけられた大桶だ。ちょうど、人が二人くらい入れそうな……。

 どうやら牛男が反対側のロープをたぐり寄せると、吊るされた大桶が麓へ向けて下っていく――そういう仕組らしい。


「……まさか、これに乗って行くんじゃないだろうな?」

「はい! そのまさかですよ? 山の風に吹かれて、とーっても気持ちいいんです!」

「ちょ、ま、タンマ!! やっぱ俺は――」

「おにいさん、麓まで二人、お願いしまーす」


 カズマが俺は乗らない、と言い切る前に、二人は牛男の屈強な腕でひょいひょいと大桶に放り込まれる。


「ああああ! わあああああ!!」

「あははは! 楽しいですね、カズマさん!!」


 ぐらぐら揺れながら思いのほか早いスピードで山を下るロープウェイ(?)から、カズマの悲痛な叫び声とエルの笑い声がこだまするのだった。



(担当:伊織ク外)







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