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第三章第一話

 ”高度に緑地化した筑波大学は森林と見分けがつかない。”


「――ンなわけ、ねーーーだろがッ!!!!」


 カズマの叫びは広大な山谷に木霊(こだま )し、驚いた鳥たちが一斉に飛び立った。


 ……どうしてこうなった。


 数間涼希(かずますずき)は筑波大学情報学群の1年生。

 つい2時間ほど前に飛び起きて、慌てて身支度を済ませると必修の統計の授業に向けて自転車を漕ぎだした――はずだった。


 確かに筑波大学はあまりに広くてカズマは未だにキャンパスマップが手放せない。

 だとしても1万人以上が学ぶキャンパスを1時間あまりさまよい続けて、人のひとりどころか建物のひとつにも出くわさず、さらにはシティ仕様の自転車がおしゃかになるほどの坂道悪路が続くというのはあまりに異常というものだ。

 方向音痴になった覚えはないし、そもそもペデストリアンデッキを走ってさえいれば、大学の真ん中まではまっすぐ直進、地図が入り用なのはその先、建物の群れに出会ってからだ。

 それが建物どころか足元のペデストリアンデッキすら消え失せるとはいったい何事だろう。

 どう贔屓目に見ても、この景色は学園都市なんて呼べる代物じゃない。

 周囲をキョロキョロと見回していると、木々の向こうを何かが駆けてゆくのが見えた。しなやかな四脚のシルエットは――


「ノラ犬……? いや、それにしちゃ体格が良すぎるしなにより尻尾が太かったな」


 ……狼?

 筑波どころか、とうにこの日本から消え去った野生動物の名前をカズマは慌てて頭から追い払った。


「見間違い。見間違いに違いないけど……このままここにいるのは、良くなさそうだな」


 もし仮にあれが狼……いや、ただの大きな野犬だったとしても、単にカズマを獲物とみなさなかっただけなのか、それとも仲間を呼びに行ったのかは分からない。

 ここがどこかを知る前に、まずは自分の身の安全を確保する必要があるようだった。

 ホイールがゆがんで鉄くず同然になってしまった自転車を打ち捨てると、カズマは斜面を登り始めた。


 生き物が潜んでいる様子のない洞穴を見つけた時には、既にとっぷりと日が暮れていた。

 その間人間には出くわさず、一方で名前も知らない奇妙な野生動物をちらほらと目にすることになった。

 もしかしたらあの生き物も、野犬でも狼でもない別の何かだったのかもしれない。

 日が沈んだにも関わらず、景色に人家の灯りはない。

 カズマは自分の頬をつねってみる。痛い。


「夢じゃないんだとしたら、こいつはいわゆる神かくしってやつか? ふん、そんなオカルト誰が……」


 仮にも理系の大学生の端くれが、そんな非科学的を信じるわけにはいかないが、カズマが目にした全ての事柄は、彼が筑波大学からどこか遠く離れた場所へ連れ去られたことを意味していた。

 洞窟でひとり強がっても、虚しい。


「うう……腹、減ったなぁ……」


 洞穴の下の方に沢があるのは見つけたが、あまり運動が得意な方でないカズマの実力では、水は飲めても魚を捕らえることなど到底無理だろう。

 そもそも獲れたところで火を起こす術もない。


「ああ、食えないと思うと無性にカレーが食べたい」


 カズマはひとりぽつりと呟く。


「焼き肉ラーメンそぼろ納豆〜っ!!」


 誰もいないのをいいことに駄々同然の叫びを上げた時、洞窟からまばゆい光がほとばしった。

 あまりの眩しさにホワイトアウトした視界が元に戻ったとき、カズマの手元には切り干し大根を混ぜ込んだ納豆の小鉢があった。ご丁寧に箸まで添えられている。


「こ、これはそぼろ納豆……? カレーでも焼き肉でもラーメンでもなく、そぼろ納豆!? 

 こんな仰々しい光とともに、そぼろ納豆!!?」


 あー、こんなシチュエーション、どっかで聞いたことあるある。

 いつの間にか異世界に飛ばされたと思ったら、魔法が使えるようになってましたとかいうやつ。

 そうか。だったらあの見知らぬ野生動物たちはもしかして魔物とかいう奴らか。納得納得。

 カズマは状況を受け入れたことにして落ち着きを取り戻そうとするが、


「でも記念すべき人生初の魔法がこれ……っ。

 俺の魔法がそぼろ納豆……っ」


 カズマは膝を屈し、握った拳でだむ、だむ、と地面を打つ。


「ちくしょう、でもうまい。おいしいよそぼろ納豆……っ」


 涙と箸を動かす手は止まらなかった。

 それが、3日前のできごと――


 ◆◆◆

 

「……ごちそうさま」


 お椀の上に箸を揃えて手を合わせると、食器はどろんと消え失せる。


「うん。大分使いこなせるようになってきたな。この”魔法”も」


 この3日間でカズマは自分に与えられた力を概ね理解しつつあった。

 もとより適応力と吸収力には自信がある方だ。

 

 カズマの”魔法”は、どうやら召喚魔法のようなものらしい。

 しかも召喚の対象は彼の故郷――茨城に因んだものに限られている。

 とはいえ食べるものには困らず、食べ物以外にも物や地形など、

 様々なものがほとんど規模を限定せずに召喚できるようだった。


「おかしな限定つきではあるけど、十分チートだな、こりゃ……。

 ふふ……くっくっく」


 カズマは顎に手を当ててほくそ笑む。

 どうすれば元の場所に戻れるのかは分からないが、男なら誰でも憧れる異世界探険、

 それも強力な魔法つきとなればやることはひとつ。


「魔物退治だ。この力で悪党や化物をバッタバッタとなぎ倒し、この世界の英雄になってやる。

 やっぱそれしかないだろ!」


 まずはこの山を降り、集落を探すことから始めよう。

 なにしろカズマはわざわざ異世界から呼び出された勇者様だ。

 それらしい活躍をして名声をほしいままにすれば、いずれ帰るための情報だって集まってくるだろう。


「せっかくだ、勇者様プレイを満喫させてもらおうじゃないか」


 カズマはうきうきとしながら洞穴を出るが、しかし。


 がさがさっ!

 

 目の前の茂みがざわめき、耳の生えた頭がひょっこりと飛び出してくる。


「うひゃあ!? ままま、魔物っ!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったカズマだったが、

 照れ隠しにひとつ咳払いをするとなるべく勇ましい声色を作る。


「出たな魔物め。この俺が成敗して――」


「ふにゃっ!? ま、待って、待ってくださぃ〜。

 エルは悪い魔物じゃないから、成敗しないで欲しいですぅ」


「はぁ……?」


 ぷるぷるとかぶりを振り、髪の毛に刺さった小枝や木の葉を振り払うその生き物に、カズマは再び気の抜けた声を上げてしまう。

 

 ……たしかに、よく見てみればそれは獣めいた耳こそ持っているものの、そこから下は小さな女の子のようである。

 必死で茂みから這い出てべしゃりと転ぶおしりには、長い尻尾こそ備えているが、確かに当人の自己申告の通りことさら危険な魔物のようには見えなかった。

 ぐるぐると目を回すこの小動物を成敗などした日には、カズマは勇者どころか弱い者いじめのそしりを受けてしまいそうだ。


「なんだよお前。何者だよ。いきなり出てきたらびっくりするだろ」


 すっかり毒気を抜かれたカズマは呆れ気味に問いかける。


「うー……ごめんなさい。エルは人探しをしてたんですけど、

 なかなか見つからなくて、おなかぺこぺこで……。

 それでそれで、なんだかいい匂いがする方へ釣られて歩いてきたら、この場所に……

 あぁ……もうだめぇ……」


 ”エル”と名乗る少女は、そのままきゅう、とのびてしまった。


「あ、おい!! しっかりしろよ!!

 そんなに腹減ってたのか? えーと……」


 エルが匂いを辿ってきたという先ほどの昼食は――


「異界を旅する勇者の呼びかけに応え、いでよ『けんちんそば』!!」


 光、湯気、そして美味しそうな匂い。

 カズマの手元に一杯のけんちんそばが現れる。


「ほら、これ食って元気出せ!!」


「こ、これは……?」


「けんちんそばだ。俺の故郷の料理だよ」


 エルはくんくん、と匂いを嗅ぐと、怒涛の勢いで食べ始めた。

 お箸は2本まとめてグーで握られているが、大盛りのけんちんそばはみるみるなくなってゆく。

 カズマはその気持ちのよい食べっぷりを感嘆の思いで眺めていた。


「ぷはぁ……いきかえりますぅ……。

 お野菜と鶏肉がたっぷりで、あったかいおつゆが身体に染みわたりますね」


 コメンテーター顔負けのセリフとともに、見るからにつやつやの顔色を取り戻したエルは箸を置く。


「ふむむ、あの召喚魔法、そして間違いなくこのイヴァ=ラキには無いお味……。

 ずばり、あなたこそが王様の後継者ですねっ!!

 エルはずっと、あなたを探していたのです!!」


 何言ってるかよく分からないが、分かる部分を拾って解釈するならば、異世界に飛ばされたカズマの元に突如現れた可愛い女の子が、お前は王様によって選ばれた存在だと告げている、ということになるだろうか。 

 胸が熱くなる王道展開だが、しかし。


「エル、ほっぺにしいたけついてるぞ」

「ありゃ。失敬しましたです」

 

 エルは頬から剥がしたしいたけをぺろりと頬張って幸せそうに咀嚼する。

 ヒロイン力がやや、足りない。


「うーん、幸せぇ……。ありがとうございます、えーと」

「数間涼希。カズマでいいよ」

「カズマさんはエルの命の恩人です! さすがは王様の選んだ人です。うんうん」

 

 エルは腕組みをしてもっともらしく頷く。


「えっとですね、エルはエル=ブルーシアといいます。王様のおつかいをするのがお仕事です。だから、今はカズマさんをお探しするのがお仕事ですね」

「それで? ここがどこだって? 茨城?」

「茨城じゃないです。イヴァ=ラキです!

 エルが尊敬する王様の国です!」

「それでそのイヴァ=ラキ王様が俺を後継者に選んだって?」

「そうです。試練を乗り越えたらあなたは王様になれます!」

 

 うんうん。ここまでは順調。


「で、その試練とは」

 

 魔物退治、侵略者の征伐、隠された秘宝の探索だってどんとこい。アニメやゲームで予習はバッチリだ。

 しかし、


「国土調査です!」

「……は?」


 エルの答えに、カズマはまたしてもとぼけた声を上げてしまう。


「国土調査ですよ?」

「えーと……この国に魔王が攻め寄せて来てるとか」

「魔王は王様が大昔にやっつけちゃいました。いません」

「他所の国と戦争してるとか」

「皆なかよしです」

「試練って」

「だから国土調査ですって! イヴァ=ラキがどんなところなのか、数字で分かるようにするんです」


 異世界まで来て、大学の必修科目。

 えっ、えっ。ファンタジーは?

 魔法でバッタバッタと敵をなぎ倒す、血沸き肉踊る冒険は?

 誇らしげなエルと対象的に、カズマの表情は暗い。


「そんな顔しないでくださいカズマさん。

 大事なお仕事ですし……それにきっと、楽しいですよ!!」 



(担当:伊織ク外)



 














 


 










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