魔王城から全身脱毛してから脱出する話。
フラグを立てておいて、回収してません。これからドキドキワクワクな冒険が始まるぜ…!な所で終わってます。
いつもの通学路に突如現れた黒い穴。それに飲み込まれ、気付いた時にはおぞましい姿のバケモノに取り囲まれていた。
ここは地獄だろうか。
周囲を見渡すと、無意識ともいえる動きで手元近くにあった自分のふくらはぎを握り、死んではいないことを確かめた。
ならば、この光景は何なのか。肌や髪は青や緑と彩り豊か。鱗や巻角を生やしていたり、顔が動物だったりと多種多様であったが、どれも共通して言えるのは『人間が好きそう』という印象だった。言わずともeatの方だ。
B級ホラーやダークファンタジーのワンシーンのようだった。エサを目前に「待て」をしている犬のようで、今すぐにも飛びかかってきそうである。
食いちぎられるのか、指を一本ずつ切られるのか。フィクションの世界の残虐なシーンがふつふつと思い浮かんでは、私の体を震えさせた。
逃げ道はないかと目を走らせていると、正面の視界が開けた。モーセの如く現れたのは青い肌をした人型のバケモノだった。
「今宵、貴方様の誕生を心から祝福致します」
整った顔立ちのそのバケモノは銀糸の髪をサラリと垂らしながら首たれた。途端、耳をつんざくような奇妙な歓声が上がった。動物園にいるようだった。
これで肌が青くなければ、白スカーフが映えた軍服姿の美しいバケモノは、さながら忠誠を誓う騎士のようで。胸を高鳴らせて喜んだのだろうが、如何せん青い。美形なバケモノであろうが、それもまた恐怖の対象でしかなかった。
「陛下、皆が貴方様を心待ちにしておりました」
「ぁ…あわ、わたッ…」
みっともなく声が震えた。男の言葉を全て否定しなくてはいけない気がした。相応しい言葉を探すが、何を言いたいのかも分からない。情けなく震えていると、男は柳眉を顰めた。
「陛下はまだ誕生されたばかり。混乱されるのも無理はありません」
今になって、涙が出てきた。いやだ、泣きたくない。なのに私の目からは涙がポロポロ零れる。
「あぁ、流れる涙の美しいこと…!陛下は酷く混乱されている。すぐに休める支度をしろ!」
青いバケモノが指示を飛ばすと、幾つかの化け物が慌ただしく部屋を出ていった。青いバケモノが私に向き直ると、黒で塗りつぶしたような目を細め、私に微笑んだ。白目のない目は細めると線のようだった。
「ご心配には及びません、私ヴェルエヴェールが付いております」
スッと差し伸ばされた手が私の手を取った。体が硬直するが、お構いなしに青い口付けが落とされる。バケモノの体温の低さに、ゾワゾワと鳥肌が立つ。重なった手の中で何かが動いた気がした。滑らかで、少し湿った異物は私の手のひらを時折撫でる。私はそっと手を上げた。息が止まるのを感じた。バケモノの手はもちろん青かった。それだけでなく、手のひらにキョロキョロと動く目玉が埋め込まれてあったのだ。
「ぎゃぁああああああああ!!」
「おぉ、何と甘美な産声」
訳のわからない言葉を最後に、私の意識は遠のいた。
***
目覚めると豪華な天蓋ベッドで眠っていた。クリーム色の壁紙と赤い絨毯が敷かれたお洒落な部屋。ベッドはふかふか、部屋は豪華だし。あれは悪夢だったのかと思っていると、扉をノックする音がした。ドギマギしながら「はい…」と返事をするとメイド服を着た女性が入ってきた。
「陛下、気分は如何でしょうか」
「ひっ」
大きく裂けた口を見て、まだ悪夢は続いていることを知った。
メイドに連れてこられたのは浴室だった。ベッドの部屋の隣室で、中はほかほかと湯気を上げる四つ脚の湯船や、石鹸、大きな花瓶には大輪の薔薇が生けてあった。魔物たちはその姿に似合わず人間と変わらぬ生活水準と文化を確立しているようだった。
メイドは呆気に取られる私の服をものの一瞬で剥ぎ取ると、湯船に押し込み、髪を洗い出した。
「陛下の髪は見事な黒ですこと。まるで夜闇の様ですわ。これを編んだら見事な絹が出来ることでしょう」
それは「私の髪を根こそぎ引っこ抜いてやろうか」と捉えればいいのだろうか。メイドはクパッと大きく裂けた口を開き、チロチロと二股の舌を覗かせた。怖くてガタガタ震える私をメイドは頭から足の先まで丁寧に磨き上げた。濃緑の怪しいクリームを全身に塗りたくられた時は、私の肌を緑に染色しようとしているのかと思って暴れまくった。洗い流されてから気付いたが、濃緑のクリームは脱毛クリームだったようで、私の身体は無駄毛どころか産毛すらないツンツルテンになっていた。ついでにメイドの片眉も消し飛んでいた。
「外でお待ちしてますので、何かあればお呼び下さいませ。それでは陛下、ごゆっくりと」
メイドは全て磨き終えると、浴室から出ていった。濁ったお湯に浸かりながら、浴室全体を見渡した。石壁にはガラス窓一つと私が飛ばした泡が着いていて、床は水浸しになっていた。
逃げるなら今しかない。暫し思索したあと湯船から上がり、下着を身に付ける。少し躊躇ったが、制服は花瓶に着せた。ようよう考えれば相手はバケモノ。裸を見られようが、人外相手に恥じらう心など持ち合わせていなかった。つい先ほどメイドに身体の至る所まで見られたのだ、バケモノに見られようが犬に見られたと感じる程度だと自分に言い聞かせた。
私は私の制服を着た花瓶を抱きかかえると、今までろくに信じてこなかった神という不明確な存在に初めて心から祈った。そして、めいいっぱいの力で窓に向かって振りかぶった。
「陛下ッ!?」
バリーンと派手に割れた窓の音を聞きつけ、メイドが入ってきた。メイドは割れた窓に近寄ると窓の下を覗き込み、慌てて浴室から出ていった。
私は扉の後ろからそっと抜け出した。メイドが飛び込んできた際、メイドの死角になる押し開いた扉の後ろに身を隠したのだ。私の姿は中開きの扉の後ろに隠れ、メイドからは見えない。窓の遥か階下では、私の制服と薔薇の花が散っている。私が窓から飛び降りたと思ったメイドは慌てて外へ出ていった。私は上手くいったことに心から神に感謝した。私は案外、策士なのかもしれない。
***
「やだああああ!離してええええええ!無理ぃいいいい!ぎゃあああああ!!キモいキモいキモい!!ひぃいいい!」
「うるさい、人間ッ!黙らなければ目玉をえぐり取るぞ!」
漫画のヒーローのように運良く逃げ出せるかと気持ちを高ぶらせていたが、部屋を出て暫くもしないうちに、衛兵らしいバケモノに見つかってしまった。頭は鶏で、身体は衛兵の制服を着て、人間のように直立して歩いている。その肌は常に鳥肌が立っているようにブツブツしていた。それが私の腕を掴んでいるので私も鳥肌が止まらない。
「ったく、どうやって逃げ出したんだぁ!?しっかり縛ったってぇのにぃ…!」
鶏頭はぐちぐちと文句を言いながら私を半ば引きずり、地下へと降りていった。その先にあったのは、さっきの部屋とは大違いの牢屋だった。鶏頭は私の腕に木製の拘束具を嵌める。鉄格子を開けると、暗い牢の中に私を突き飛ばした。
「ぇ…グッ!!??」
その先には短い階段があったのだが、鶏が突き飛ばしたものだからそれをすっ飛ばし、硬い石床に叩きつけられた。胸を打ち付け息が出来ない。目がチカチカして、痛みで目が回るようだった。それが治まるまで声一つ上げられず、苦しみを味わった。
バクバクと脈打っていた心臓も治まると、階上の明かりが差し込む方を見やった。階段の先には鉄格子の扉。鶏はいない。もちろん、鍵はかかっているのだろう。
「うええぇ…助けてよおおぉ!!痛いよ、帰りたいよお…!」
子どものような泣き声が牢内に響く。いつもと違う道を通っていれば、あの時ああすればこうすれば、こんな世界に迷い込むことはなかったのだろうかと、取り留めのないことばかり悔いた。
「おい、静かにしろ!」
「ひぎっ!?」
突然の声に驚いて変な声が出る。振り返ると、中央の柱に時代錯誤な甲冑姿の男が数人、縛り付けられていた。見た限り、肌は普通で角もない。染めたような赤毛の男が私を見据えて口を開いた。
「おい、そこにいるお前。お前は人間か?」
何て不思議な質問なんだろう。しかし、こんな世界では普通なのか。訝しく思いながらも、弱々しい声でハイと答えた。
「…あの、おじさんは?」
「俺たちは、エクレアドールの王国騎士だ」
「エクレア…?」
何それ、美味しそうな名前。人間だとは言わなかったが、恐らく人間だろう。そして、鳥頭が言っていたのも彼ら。
この地獄で初めて見る人間だった。例えそれが日本人ではなくても同じ人間なら、これほど私の心を安堵させるものはない。
「時間がない、早くここから脱出しなければ、俺たちは魔王のエサになるぞ」
「エサ?」
「そうだ、もうすぐ魔王が復活する。俺たちは腹を空かせた魔王の最初の食事として生かされている」
つまり、私は調理前に野菜を洗う要領でお風呂に入れられ、鳥の羽を毟る要領で全身脱毛をされたということか。青い男やメイドの恭しい態度も家畜にストレスを与えないためだと考えれば納得いく。
男は青ざめた顔の私を見ると「助かりたいか」と聞いてきた。私は何度も頷いた。
「お前一人でここから脱出することは出来ないが、俺たちがいれば少しは可能性がある。どうだ?協力しろ」
どうだと聞きながら、強制しているのはこの際気にしない。協力の意味を分かっていなさそうだが、男の言うことは確かだ。たった一度脱出に成功して浮かれ、速攻で捕まる私に生きてここを出る力はない。
「私も、助けてくれますか…?」
「もちろんだ。まず、この縄を解いてくれ。俺たちは全く身動きが取れない。お前は拘束されているのか?」
「腕だけ…」
「動けるならこっちに来い」
「……」
「どうした?」
「わかりました、行きます」
身体を折り曲げて起き上がると、突き落とされた時のかすり傷がチリチリと痛んだ。拘束具はあり得ないほど重くて、腕が伸びそうだった。
柱に近寄ると、彼らは本当に縄でグルグル巻きだった。柱の後ろの人までは見えないが、影からして四人。これを手を使わずに解くと思うと無理な気しかしないが、彼らを助けなければ私も助からない。だから、下着姿なのを恥じらっている場合ではないのだ。正面の二人。そんな驚いた顔をしないでほしい。私がとてつもない痴女のようでいたたまれない。
「あの…どうすればいいですか」
おじさんの隣、金髪の王子様フェイスの男がブーツの中にナイフを仕込んでいた。その男に背を向けて座り、後ろ手でナイフを取り出す。腕がツりそうだった。ナイフを取ると、金髪とおじさんの間に体をねじ込み、とりあえず一番近い縄に刃を当てる。
「おい、ルーク。まだ切れねぇのか」
「急かすな、今頑張ってくれているんだ」
柱の後ろにいる男たちはこちらの状況が全く分からない。金髪の男、ルークさんにも重厚な鎧のせいで縄が見えていない。皆の焦りが緊張感となって伝わり、空気が淀む。
早くしないと、早くしないと。
「あ、いっ…たぁ」
はやる気持ちでつい雑になり、滑ったナイフが掌に食い込んだ。カランとナイフが虚しい音をたてた。
「大丈夫か?」
ルークさんが心配してくれる。だけど、心に広がる絶望と痛みにもう一度ナイフを取る気にはなれなかった。
「大丈夫か?手を切ったのか?」
「おいおいおい!頼むぜ!しっかりしてくれよ!」
「なあ、どうなってる!縄は切れたのか?」
手のひらが熱い。ジクジク痛む。これ、絶対にお風呂で染みるやつだよ。おまけに鼻もツンとしてきて、視界が滲んできた。
私は何をしているんだろう。今ごろテレビを観ながら、あったかい夕飯を食べてるはずなのに。なのに現実は冷たい石床の牢屋にぶち込まれて。あのバケモノたちより更に恐ろしいバケモノに食べられてしまうのだろうか。いやだ。でも、ムリだ。もうダメだ。手が痛いし、怖くて仕方ない。怖い、怖いよ、怖いよ。死にたくない、死にたくない…!
「おい、勝手に殺すな」
横を見ると、おじさんが睨み付けていた。
「勝手に俺たちを殺すな。俺たちは生きるぞ。ここを出て、国に帰る。国には家族や友人が待っている。仲間が俺たちの帰還を待っている。お前が死ぬのは勝手だが、俺たちまで道連れにするつもりか?」
「ち…ちが…」
「おい、何だよ!俺は絶対に死なねぇからな!誰だか知らねぇけど、死ぬならお前一人で死ね!」
「グレン、静かにしろ!はぁ…。なぁ、あんた。勝手に諦めないでくれ。俺はやりたいこたがまだ沢山あるんだ。俺もまだ死にたくない」
私だって、死にたくない。あぁ、腕重い。肩凝った。寒い。温泉に入りたい。家に帰りたい。てか、服着たい。
ギャーギャーうるさいな。ゆとり世代舐めんなよ。打たれ弱いんだよ。変な緊張感作って焦らせておいて。私がいないとヤバいのに食べられちゃうんでしょ?ならヤル気なくすようなこと言わないでよ。そんなに責められたら本気で立ち直れなくなるんだけど。ムカつく、ムカつく!どいつもこいつも…!
「…っ、うるさいな!!ちょっと黙ってよ!!」
二人の間から抜け出すと、その間には血痕とナイフが落ちていた。泣き顔を見られて恥ずかしいが、屈み込んで口でナイフを拾い上げると、しっかりと歯を食いしばる。口の中に砂が入ったけど、気にしてられない。さっきまで切っていた所はあちこちに刃を当てていたようで、集中の無さと効率の悪さが伺えた。だけど、もうひと頑張りで切れそうだ。口に加えたまま、一番ボロくなっている箇所に刃を当て頭を動かす。さっきみたいに焦らないよう、集中して確実に。
「…頑張ってくれ」
ルークさんの願うような優しい声。おじさんの視線も感じる。見るな、変態。後ろの二人は私が再開したことを知ると、とやかく言わなくなった。
ブツっという音と共に、初めて縄が一本切れた。思わず「やった…!」と声が出た。ナイフを口から離し、切れたことを伝えるとおじさんが力んで身じろぎをする。縛り付けられていたのが緩んだ。
「おい、お前。腕の縄を切れ」
茶おじさんの体を見るが、腕の縄を切るには大勢が辛い。仕方ないので、おじさんの足を跨いで座り、半ば身を任せるようにして縄を切る。自分でも思うが、何かこの大勢エロい。男に体を押し付けて、ますます痴女である。
「んっ、く…」
おまけに顎が疲れてきて、変な声も出る。疲労で時折動きが止まる私にルークさんがあと少しだと励ましてくれる。おじさんは黙って見ていた。
縄がハラリと垂れた。おじさんは縄を解くと、四人が柱から解放された。それからは早かった。おじさんは、私の涎でベタベタになったナイフでルークさんの腕を解放すると、そのナイフを持ち主に返し、懐から短剣を取り出した。自分の足の縄を切り、後ろの二人の解放に向かう。ルークさんも後から手伝う。私があれほど時間をかけたというのに、四人が自由になるのはあっという間だった。
「うわ、裸!?」
裸ではない、馬鹿野郎。柱の後ろにいた四人で一番若そうな栗毛の男は私の姿に驚いていたが、すっかり疲れきっていた私は隠そうともしなかった。それに対してルークさんは優しいだけでなく紳士的で、へたり込んでいた私の肩にマントをかけてくれたのだ。顔は王子様だし中身もイケメンだし、モテるわこれ。
柱の後ろにいたもう一人は紫色の髪で、おじさんと話をしている。青い肌とか銀色の髪を見た後なので、驚きは少なかった。銀色の髪よりはまだまともだ。
「すまない、君の手枷は今外せそうにない。私たちは解放してもらったのに、君だけ我慢することになってすまない」
私の手のひらに布を巻き付けながら、ルークさんは謝った。私は顎が死んでいて、間抜け顔を晒さないようにするので精一杯だった。
ガキン。見るとおじさんと紫頭が鉄格子の鍵を壊していた。
「時間がない、行くぞ」
あぁ、そうだ。今から逃げないといけないんだ。心身共にすっかり疲れて、これからが大変なのを忘れていた。本当に逃げられるのだろうかとため息を吐いた。
「どういうことだ」
城内は何故か騒然としていて、身動きが取れない。あちこちでバケモノが走り回っているのだ。
「あいつらの慌てよう、魔王復活に何かあったのか?」
「これじゃ、折角牢屋から出たのにすぐに見つかっちまうよ」
どうやら、ピンチのようだ。私もメイドから逃げたときのような名案が浮かばないかと頭を巡らせたが、顎が痛いので何も考えられなかった。
「もしかすると…」
「どうした、オールディン」
紫頭が懐から巾着を取り出した。ルークさんが目を見張る。
「まさか、ここで魔法が使えるのか!?」
「分からない。だが、さっきから何か力を感じるんだ。もしかすると、転移魔法で脱出出来るかもしれない」
紫頭がおじさんを見ると、おじさんはやってみろとばかりに頷いた。
中から大きな青い宝石が出てきた。初めて見る宝石の美しさに目を奪われていると、紫頭が何か呪文を唱え始めた。すると、宝石が薄く光出したのだ。
「嘘だろ!?やった!これで帰れる!!」
喜び出す栗毛のグレンとやら。他の三人も笑みを浮かべている。ルークさんは私をマントでくるんで抱き上げるとキツく抱きしめ、紫頭の腕を掴んだ。他の二人も同じように掴まる。
「しっかり掴まっているんだぞ」
ルークさんの声が耳元でした瞬間、宝石がカメラのフラッシュのように光った。
「…成功か?」
「あぁ…!トリュフォードだ!トリュフォードまで飛んだんだ!」
「何てことだ…奇跡だ!」
彼らは既に周囲を確認し、何やら喜んでいる。ルークさんが私を降ろすと、私はそのまま地面にへたり込んだ。足元は冷たい石ではなく、くすぐったい草だった。
「俺たちが転移したことに気付いているはずだ。すぐにトリュフォードの騎士が駆けつけるだろう」
「俺たち、あの城から帰ってこれたんだぜ!?信じらんねぇ!しかもトリュフォードまで!オーディン、お前すごいな!!」
「あぁ、奇跡だ。信じられない。こんな距離を飛ぶことが出来るなんて」
「もう一度、日の光を見ることが出来るとは思わなかったな」
どうやら脱出に成功したようで、大はしゃぎしている。
「君、大丈夫かい?」
ルークさんが私の肩に触れ、頭を覆っていたマントを剥がした。暖かい日の光が見えた。
「寒い…。すごく…寒い」
体を冷たい手でサワサワと撫でられているような感覚だった。指先はキンキンに冷え、血をどっぷりと抜かれたような気分だ。
ルークさんは慌てて甲冑を脱ぎ捨てると、その身にかき抱き、体温を分け与えようとしてくれた。誰かの暖かい手が背中や脚を摩っている。私は遠のきかける意識を必死で繋ぎとめながら、ルークさんに身を預けた。
意識がはっきりしてくると、抱きしめていた人がいつの間にかルークさんからおじさんに変わっていた。おじさんの膝の上に向かい合うように座り、体を預けていたようだ。
「落ち着いたか?」
私が見上げていることに気付くと、おじさんは少し腕の力を弱めた。
「気分はどうだ?」
「まだ、寒いけど、さっきよりは、マシ…」
「そうか。今、迎えに来たトリュフォードの馬車でエクレアドールに向かっている。俺たちは一旦、首都に戻る。お前もそこで、治療を受けるといい。もう少しこのままでいるか?」
どうりでガタガタ揺れていると思った。私は頷くと、またおじさんの胸に顔を埋めた。あんなに偉そうで怖かったのに、何だか優しくなっている気がする。
「おじさん、ありがとう」
体が弱っているときに優しくされると、悲しくなるのはどうしてだろうか。私はおじさんの心音を聞きながら、いつしか眠りに落ちていた。
このとき、周りにいた三人がおじさん呼ばわりされた男を笑っていた理由を知るのは、少し先の話だ。
主人公:女子高生。ちょっと単純。異世界トリップしてマジビビる。生まれたてホカホカの魔王。魔力をいっぱい持ってるチートっぽいやつ。
おじさん:燃えるような赤毛。中身は燃え尽きてる。年齢不詳。おそらく二十代後半〜三十代あたり。
ルーク:金髪王子様フェイス。紳士。優しい。二十代後半。王子様フェイスだけど、脱ぐとすごいらしい。力持ち。
グレン:栗毛のヤンチャ系。二十代。スマート。お口が喧しい。
オーディン:紫毛。魔法が使える。二十代半ば。クールぶってるけど、中身は普通の人。
ヴェルエヴェール:青肌に銀髪の美形魔物。目は真っ黒で、手のひらに目玉がある。お気に入りは首元の白のスカーフ。魔王の側近。