表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

しんかいしんかとそうたいせい

有機物が雪のようにふわり、と舞う。

いつの間にか鯨の肋は崩れかけ、ハナムシが食べ尽くしてしまったのだろう。

少し眠りすぎた。海底に降り積もった柔らかな泥に埋まってしまった。

怠い体を起こす、動くのは好きじゃ無い、無駄にエネルギーを使ってしまうから。新しい住処を探さなくては………


「今、人みたいなシルエットが!?」

信じられ無い物をみた。まさに加藤が言ったものだが、ここは深海8000?。いくらか解明が進み、より細かな探査が出来る深海服が発明され始めたとは言え、深海は未知の世界そのもの。

深海服を着用した研究員かも、と検索する。ここから遥か彼方に反応はあるが前方のヒトガタとは無関係だ。


調査の為近づいていく。視界の悪い深海だ、何かの見間違いとかもしれないが逆に新種かもしれないと胸が高まる。


色は白い、色素が無いみたいだ。人間によく似た何かが緩慢に体立ち上がり、口を動かす。

「ダレ?」

驚いた、言葉だ。脳に直接響く、どんな仕組みだろうか。

コンタクトはとれるのか?

「加藤克一、日本人だ」

「カトウ、カツイチ、ニホンジン」

オウム返しか、理解しているのか?

「ニンゲン?」

「ああ、人間だ」

理解しているようだ。そして、人間を知っている。いったいどこで知ったのだろう。

「人間を知っているのか?」

「足ヲ使ッテ陸デ暮ラシテイルンダロ」

「そうだな」

だいたい、あってる。

「陸ッテドンナ所ナノ?」

「光がある、空気も沢山ある、あと、音も溢れてるな」

「フーン、面白イネ!……デモモウイイヤ。話スノ疲レタ」


ヒトガタはうずくまるとそのまま、動かなくなった。

この珍妙なものを報告するには採取が必須だろう、写真だけではデマと思われる。でも、この言葉を扱い、姿形が少し似ている生物を採取するのはちょっと気が引けてしまう。研究員として失格だ、と思いながらも酸素残高がそろそろなのでステーションに向かおうと思う。



久々に疲れてしまった。新しい鯨の骨を探そうと思ったけど、このまま寝てしまおう。珍しいものにあった、人間だ。

初めて見た、初めて喋った。

空気が無いと生きられない彼らがこんな辺鄙な場所によく来たものだ。ああ、瞼が重くなって来た。喋るのは楽しいが疲れるものなのだな。身を守る骨が無いのだからせめて泥に隠れなくては。


だいたい、昨日と同じポイントに来たはずだが彼の姿は見えない。

居ないなら居ないで、夢だったと思い。他のことを調査しなくては。

離れようと思うのだが彼にまた会える気がして、どうしても離れられない。酸素を無駄にしていると思いながらも、そこらを歩き回る。

欠片のような骨が落ちている場所をみつけた。

骨だ、多分鯨の骨。古いものかもしれない。

とりあえず、採取だ。


「イテ!」

「え?」

泥の中から昨日の声が聞こえる、泥の中にいるのか?

「あ、すまん、泥の中に住んでたのか」

手を差し伸べて泥の中から引っ張っる。

「イヤ、鯨ノ肋骨ニ住ンデタンダ」

「これか?」

先ほど、拾った骨を見せる。

「タブン、ソウ」

「新シイ鯨ノ骨ヲ探ソウト思ッテタンダガナ、ツカレタンダ」初めて喋ったから、でも案外楽しいものだ。

ああ、喋るほどに採取しづらくなる。

きっと、コイツは陸で暮らせない。陸に揚げた途端にコイツの肺や心臓は押しつぶされてしまうだろう。

「なぁ、俺はこの辺り一帯を歩き回ったんだ。鯨の骨も幾つか見かけたぜ連れて行ってやるよ」

「イイノカ?」

「ああ、気に入るかは解らないけど」

酸素タンクの上に座って貰う。深海服のおかげで重さはあまり感じない。


「ナー、マダナノカ?オ腹スイター」

「まあ、待てよ。あ、これでいいならやる」

餌に使う、サンマの頭をあげてみる。

「ナンダソレ!イイニオイガスルナ!」

「オイシイゾ!」

「え、美味しいの?」

ふよ、ふよと赤く光るモノが沢山寄ってくる。

「カガリムシダナ。珍シイゾ、コンナニ沢山イルノハ。キットコノイイニオイ二寄ッテ来タンダ」

「カガリムシって聞いたことないな、お前がつけた名前か?」

「ソウダ。コレ少シアゲテイイ?」

「良いよ、君にあげたんだし」カガリムシだけでなくサメの仲間と思われるモノや光るタコや海月がよってくる。静かだった海底はとても賑やかだ。

「凄いな」

「綺麗ダロ」

「そろそろ、着く見えてきたよ。肋骨」


だいぶ、海溝に近づいた。地面も岩が増えてきて岩場にはウミユリが群生している。


立派な骨、推定20m。大きな鯨だ。

「加藤?」

え、

「九口さん?」

研究所の先輩で深海探査のチーフ。尊敬している相手だが今は会いたくなかった。

「おい!何だそいつ!」

「カトウ、アレ誰?」

「化け物。いや、大発見だな!なにしてんだ捕まえろ!」

「カトウ?」

不安そうな視線が刺さる。

「九口さん!コイツは!コイツは捕まえられません!」

「裏切るのか?」

ゴォオオ!と低い音が響く、地震だ。

ぐらりと揺らいだ足元、きっとプレートが沈み込むんだ。


裏切り者と言われるよりはこのまま海溝に沈んだ方が幸せかもしれないな。九口さんを捕まえ海溝へと落ちていく。



「生きろよ、じゃあな」

「カトウ!待ッテ行カナイデ!」

さみしいよ。声が聞こえた気がした。

悲しい顔はして欲しくなかったな。



誰かが言ってたのを思い出す。生物競争に勝てなかった生物の逃げ場が深海だと。

このまま、逃げてしまおう。

海の底まで。


岩壁のウミユリがゆらりと揺れる。

時間の流れが遅い。ああ、海の中って時間の流れが遅いんだっけ?


手の甲にヒレだ。エラも出来た 、息が吸える。ついに色がヌケた。


嗚呼、寂しい。って言ってたアイツに会いに行きたいな。





読んでくだすってありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ