星はきっと掴めない
星を見ていた。
暗闇を照らす一面の星、ではない。
都会の空に映る、たった一つの星。
その星はとても綺麗で、輝いていて。
どこか、寂しそうに感じた。
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「すい、へい、りーべ、ぼくのふね」
私は、覚えたくもないことを嫌々歌って覚えようとする。
「ななまがらしっぷすくらーくか?」
「ちょっと、覚えてる途中なんだから歌わないでよ。やっと何も見ないで言えそうだったのに」
「ごめんごめん、君があまりにもつっかえつっかえだったからさ」
「つっかつっかえで悪かったわね」
「そうだよ、折角歌上手いんだから勿体無いよ」
****
私は歌を歌うのが好きで、一人でいるときによく歌ったりしている。
その日も一人で歌っているつもりだった。
日が落ちて辺りは暗い、公園で。
「歌、好きなんだ」
突然声をかけられたのかと思えば
「上手いね」
誉められ
「他にもなにか歌ってよ」
もっと歌えと言われた。
「なにそれ、私は歌手じゃないんだよ? 上手くもないし、聞かせる歌はありません」
それを私は軽くあしらう。
「折角歌上手いんだから、勿体無いよ」
「え?」
「歌わないと、もったいない。歌が可哀想なくらい」
「……」
私は目が泳ぎ、手は下げたり上げたり、恥ずかしすぎて動揺してしまっていた。
「……そんなこと、初めて言われた。あなたが初めて」
その言葉は不安の現れ。
私が一人の時しか歌わないのもそうだ。
「君は、本当に歌が上手いと思うよ。君の口は、君の声は何のためにあるかわかるかい?」
さも自分はそれを知っている、というようにあなたは言った。
「……そこまで言うなら、一曲だけだよ」
それ以来、私は彼の前で歌うようになった。
****
「ねぇ、今度Darkのライブがあるんだけど見に行かない?」
「Darkって……あれか? 最近有名になってテレビとかでもよく見るソロシンガー」
「そう! ライブのチケットが偶然、2枚手に入ったからどうかなーって思ったんだけど」
「いいぞ」
「やったー♪」
私には夢がある。
それは、地球で星を掴むような、叶うわけもない夢。
「……もうすぐライブが始まるね!」
チケットの話をしてから数日が経ち、ライブ当日。
「そうだな。それにしても、なんでDARKのライブに行こうと思ったんだ?」
俺は、少し退屈そうに言った。
「突然どうしたの? あ、もしかして……あんまり楽しみじゃない?」
俺としては、Darkと同時期に売れだしたGalaxyという、Darkと違ってソロではないバンドの方が好きなんだ。
それなら行かなければいいではないか、と思うかもしれないが、俺は違った。
俺がここに来たのは、正直ライブ目当てではない。
だが、どうせならライブも楽しみたいと思い、Darkの魅力を聞いたんだが……。
失敗だったかな。
彼女の顔はしゅんとしていて、まるでくーんと悲しそうに鳴く犬のようだった。
「楽しみだよ。でも、俺Darkのことあんまり知らないからさ。予習っていうのかな、Darkについて先に聞いておいたらもっとライブを楽しめると思って訊いたつもりなんだけど」
俺が一言、「楽しみだよ」と、言っただけなのに彼女の顔は向日葵のような笑顔になった。
彼女の口は、さえずる鳥のような可愛い声で、Darkの魅力を解説する。
「Darkは知ってのとおりソロシンガー。Darkについて知らないってことはこれも知らないのかな? 実は、Darkって女性シンガーなんだよ」
「そうなのか? Darkってなんか中二病の男がつけた名前みたいだから、男性かと思ってた」
Darkの曲を聴いていればDarkが女性だということにはその声を聴けばわかるのだが、そもそもDarkの曲を聞いたことがない俺はそんなこともわからなかった。
「それでね、Darkの魅力なんだけど……そうね、やっぱりあれかな。Darkってすごい力強く歌うんだよね」
彼女は自分のことのようにDarkのことを話す。
「まるで暗闇で輝く星のように、女性とは思えない声で……あ、悪い意味じゃないからね? 声自体も透き通ってるかのようで、とっっってもいいんだから」
「Darkの歌は、何万人もいるライブ会場でもその存在がはっきりとわかる位、なんていうのかな……輝いてるの」
彼女が話している姿はまるで
「私には到底真似できないな~。って素人が何言ってるのって思うかもしれないけどさ。私が歌っても誰も気づかない位、存在感ないっていうか、私はきっとDarkのようにはなれない……」
自身の将来の夢を語っているんじゃないかと思わせる。
彼女はそれほどDarkに憧れていて、同時に諦めているように見えた。
だから、
「君ならDarkのように、いや、それ以上の存在になれるよ。保証する。命をかけたっていい」
せめて彼女の力になれたらと思い、言葉を発した。
彼女はそれを聞いて
「命までかけるの? そんなに私の歌に価値あるのかな? ……フフッ、お世辞だろうけど、ありがとうね」
クスっと笑い、お礼を言ってくれた。
私は諦めてるから別に慰めてくれなくてもいいよ、と言わんばかりの悲しい表情で、笑った。
「……ライブが始まるので……」
それからライブが始まったが、俺の記憶には彼女のその表情しか残らなかった。
****
「どうしたの? 急に会いたいなんて」
ライブに行った次の日。
突然電話で会いたいと言われた私は、彼を家の中に案内しながらその理由を訊ねる。
「付き合って、くれないか?」
俺は、意を決して言った。
「買い物? 別にいいけど……急用ってわけでもないよね、それ。他にも何か用事があるの?」
わかってる。
買い物じゃない。
彼が言いたいことは、そんなことじゃない。
でも、怖かった。
もしそれが告白じゃなくて、買い物に行こうという意味だったら。
……彼の気持ちには気づいている。
しかし、それでも怖いのだ。
だから、否定して。
私の言葉を否定して。
買い物なんかじゃない、そう言って。
私の心を掴む一言を、ほかの意味に取りようがない言葉を。
私の耳元で一言”好き”だと言って。
……言葉が出ない。
俺の好きな彼女はこんなにも鈍感だったのか。
確かに、買い物に付き合って、という意味でも取れなくはないが……。
いや、逆に考えろ。
付き合う、という言葉だけですぐに買い物を連想できる関係なんだ俺たちは。
……って友達だよな、この関係。
やっぱり、急に押しかけるのはまずかったか……?
いや、待てよ。
彼女は俺に「他の用事」はあるのかと言った。
「他の用事」をうまく利用すれば、告白できるんじゃないか?
そうだ、デートに誘おう。
星を見ながら「付き合ってくれ」といえば鈍感な彼女もその意味に気付くだろう。
「どうしたの? 考え込んじゃって。そんなに……話しづらいことなの?」
「いや、違う違う。ちょっと……わ、忘れてたんだ。何を話そうか」
「フフッ、何それ。期待して損した」
「それで、思い出したの?」
「ああ。今度の日曜日、星を見に行かないか?」
「星?」
「ああ、星。星がよく見える場所があるんだ」
「都会だよ、ここ。そんな場所あるの?」
「あるんだよ。場所は……」
****
時は過ぎて日曜日。
私は、彼が言っていた「星がよく見える場所」に一人で来ていた。
真夜中に、一人で。
そこで私は、星を見ていた。
私は地面に寝そべって空を見る。
辺りは暗く、日が沈みきって、音も一緒に沈んだんじゃないかと思えるぐらい静かな時。
星を見ていた。
満点の星空の中で、たった一つの星を見ていた。
目を腫らした顔で、とても可愛いとは言えない崩れた顔で。
星を見ていた。
私は、星に向かって手を伸ばす。
星に掌を重ねて、手を閉じた。
それを顔の前にまで持って行き、手を開くがそこに星はない。
星は掴めない。
星は……掴めない。
目はどんどん腫れていく。
星は語らないし、そもそも星は遠い。
私との距離を詰めようとしていた彼は、私がそれに気づいていることも知らずに……。
「…………遠いよ、もう」
そのままずっと星を眺めていると、ふと彼の言葉を思い出す。
もったいないだとかなんとか言って、私を褒めている彼。
星が掴めないように、今では彼と話すこともできない。
目の腫れがやっと収まった顔で、彼を思い出す。
Darkのようになれないと言った私に、命をかけてまで、君ならDark以上になれると言ってくれた。
根拠もなにもないのに。
……。
Darkを超える、ねぇ……。
Darkのようになる、それが私の夢だった。
それは、地球で星を掴むような、叶わない夢だと思っていた。
……でも、それは違った。
星を掴むのは、100%不可能なのだ。
そう考えると、案外簡単なのかもしれない。
叶わない夢だと思っていた、私の夢。
1%もないかもしれない、いや、確実に1%も叶うわけがない夢。
0、00000001%かもしれないけれど、もっと低いかもしれないけれど、叶う可能性がある夢。
それ以来、私は星を見る暇すら惜しんで努力をすることに決めた。
****
それから数年後。
「おい、Starのライブが始まるぞ」
「待ってました!」
「いやっほーい」
「お、出てきたぞ!」
「まじか、どれどれ……おお! 結構可愛いんだな。歳も俺らぐらい……もしかして大学生とかそこらじゃね?」
「プロフィール未公開だったのに、なんでいきなりライブなんてしたんだろうな」
「見てればわかるだろ! 始まるぞ」
「……皆さん、私のライブに来てくださってありがとうございます。今回、私がライブをしようと思ったのは皆さんに聞いてもらいたい新曲があったからです。……聴いてください、『星を掴みたい』」
彼女の歌は、まるで星にまで届くんじゃないかというぐらい力強い、存在感のあるものだった。
とても今までプロフィール未公開とは思えない、自信に満ち溢れた声。
本人はプロフィールを隠したことで、俺にバレていないと思っている、とても可愛らしい顔で歌っていた。
楽しそうで、とても……
輝いている。
彼女の声は星となった彼にまで届き、彼の耳をダメにするほど虜にしたのであった。
まずは、お読みいただきありがとうございます!
吉田友姫です。
最近、とにかく作品を増やそうと躍起になっている友姫が書いたこの作品、いかがだったでしょうか。
星。星、いいですよね。
満点の星空は、とてもきれいで……。
と言いたいところですが、友姫は満点の星空を見たことがありません。
なので、都会の僅かしか見えない星について、書きました。
いつか、満点の星空を見に行って、それについても書いてみたいな……。
そんな私の願望はさておき、この作品に関する感想、批判、批評待ってます。
一言だけでもいいので、お願いしますね!
最後に、お読みになっていただきありがとうございました!!