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つもるはなし、つまりよもやま―夏の巻―  作者: 佐野隆之
第三幕
9/24

其の一 集い処きらめくあまた

 ぞろぞろと揃って表現会場を出てきたSalty DOGの面々。

 誠は笑いをこらえながら彩乃の前に座ると鉄板の上を掃除していた彩乃へ声をかけた。

「彩乃さん、(たま)せん一つください」

 誠の言葉に続いて茂も彩乃へ言った。

「あ、俺、そばせんでお願いします!」

「ヒデ。ヒデは要らねえか? 玉せん」

 誠は表現会場入口で中をチラチラと(のぞ)いている英秋へ向かって言った。

「ん? おおー、頼む」

 と、英秋は気無しの返事。誠はその英秋を見てくすり笑うと「玉せん、もう一つ追加で」と彩乃へ人差し指を立てて言った。

「あいよ。玉せん二つに、そばせん一つね」

 彩乃は彼らの注文を聞くと両手に握られたコテを使い、手慣れた手つきで鉄板から残りカスを取り除き、キッチンペーパーで一通り汚れを落とすと油引きで薄く油を引いた。

「あれ? そういえばアンタたち、音合わせは?」

 この時間にSalty DOGがいるのは変だと思った彩乃は手を休めることなく誠へ聞いた。

「ちょっと、まほろばさんが打合せするそうで」

「あら、そう」

「彩乃さぁん、これもらってきますねー」

 と茂が彩乃と誠のやりとりの中へひょいと現れ、冷蔵庫から取り出したアイス片手に100円玉を鉄板テーブルの端へと置いていった。

「はい、毎度。茂ちゃん」

 茂に笑顔で応えた彩乃はすぐに不思議そうな顔つきで誠へ聞いた。

「で、何? まほろばで何かあったの? 打合せ、いつもここでするのに」

「ええ、なんか色々あったみたいで。さっきもここでちょっと騒いでたでしょ?」

「トモちゃんがずいぶん一人騒いでたけれど、何があったの?」

「さぁー」

 意味深な含みある笑いで首をかしげた誠。それに対しカラりとした笑顔で彩乃は言った。

「何よ、その分かりやすい知ったかぶりの顔は。ふふふ。ま、共に過ごす時間が長くなればその分色々あって当然だわよね。特にあなた達と違って年頃の男女に、年齢も様々とくればなおさら」

 その頃の彩乃の前では黄身をつぶした二つの玉子がそれぞれ手のひらサイズほどに広げられ、その横で二口(ふたくち)くらいの量の焼きそばを炒め始めていた。その様子を眺めながら誠は彩乃へ淡々と言った。

「劇団さんは大変ですよね、そう考えると。ウチらはもう十二年一緒にやってきた気心知れた男同士ですからね。(いま)(さら)どうこうって言う問題も起きないですし、お互いをよく分かってるんで自分らの好きな適当なペースでやれるから」

「そうだわよね。でもあなた達のように同じメンバーで続けられるバンドは意外と少ないから。いい面子(めんつ)が揃ってると思うわよ、Salty DOGは」

 彩乃は会話を進めながら両手を広げ合わせたくらいの大きさの小判型エビせんべいを三枚、鉄板の空いているところへ並べると、そこへお好み焼きのタレを刷毛(はけ)で均一に手際よく塗った。誠はその手つきを眺めながらも彩乃へちらり目を向け言った。

「彩乃さんにそう言ってもらえると嬉しいです」

 彩乃は誠の言葉を耳にすると照れた顔つきをしていた誠をちらり見て微笑んだ。

 ちょうどその頃に焼き上がっていた二つの玉子。それを彩乃はそれぞれタレのついたせんべいの片側へと載せた。そして口の細いマヨネーズ・チューブを手に取り片手で玉子の上へマヨネーズを(あいだ)の詰まったS字状に手早くきれいにかけたかと思うとすぐさま、せんべいをコテで半分に割り玉子を挟んだ。そして流れるようにさっとテーブル下から紙を取り出すとせんべいを包み彩乃は誠へ手渡した。

「はい、玉せん二つ、できたわよ」

「ありがとう」

 誠は百円玉四つをテーブルに置くと自分と英秋の分を受け取り立ち上がった。



 彩乃と誠がそんなやりとりをしていた時、英秋は一郎と茂が座るテーブルまでゆったりと歩み寄り一郎の背後から彼の肩に手を載せ言った。

「相変わらず一郎はうまい棒だなぁ。しかも飲み物無しで。歯の裏にくっついて気にならねぇのには感心するわ」

 一郎はサングラスで表情を隠したまま黙ってうまい棒をぽそりとかじっては味を噛みしめていた。

「で、茂はガリガリ君か?」

 英秋は一郎の肩を()みながら正面に座る茂へ言った。

「夏はやっぱしガリガリ君でしょー」

 茂はそう言って食べかけのアイスを自慢げに誠へ見せる。

「お前は一年中だろ」

 軽く笑って言った英秋は彩乃の様子をちらり横目で見た。

(大丈夫だな)

 すると英秋は二人から静かに離れ忍び足で店舗内に設置された店舗側音響ブースへと近づき体を縮めて入った。そして音響ブースでしゃがみこんだ英秋はミキサーの上に無造作に置かれたヘッドフォンを手に取り頭へ取り付けた。


 

 誠が玉せんを受け取り立ち上がった頃、太く落ち着いた声で「こんにちはー」と言って入ってきた色白で肉付きがいい男がいた。まほろば一座の団員、清二(せいじ)である。

「はい。いらっしゃい」

 彩乃が優しい声と笑顔で応える。

「あれ? 誰もいないんですか?」

 清二は店舗内を見渡し言うと誠は清二へと言った。

「おお、清二くん。まほろばさんなら中にいるよ。中」

「中ですか?」と清二は表現会場へ指差し言った。

「そう」

「そうですか。あれ? 今夜ってソルティーさんのライブでしたよね?」

「そう」

「で、今、まほろばが中にいるんですか?」

「そう」

「なぜ?」

「なぜだろ?」

「そうですか……」

「そうなんですよ」

 清二は誠の言葉に大きく首を傾げ「そうなんだ……なんでだろう……」とボソボソ言いながら納得いかない表情でそのまま表現会場へと入っていった。

 それを小さく手を振って見送った誠は英秋を探した。

「ヒデ?」

 玉せんをかじりながら英秋を探した誠は音響ブースでヘッドフォンをしてしゃがみ込んでいる英秋を見つけた。

「おい、ヒデ。何こんな所でコソコソやってるんだ? 何聞いてんだよ? 俺にも聞かせろよ」

 誠はそう言って玉せんを口に(くわ)えると英秋の頭からヘッドフォンを取り上げた。

 その瞬間、英秋は声を出すことなく誠へ大きく見開いた目を向けた。そして英秋はヘッドフォンを取り上げたのは誠だと認識すると(あわ)てて「しっ!」と人差し指を口に当て、目と頭を使ってしゃがむよう誠へ催促(さいそく)した。

「あ、オマエ……」

 誠は英秋の顔を見て彼の(たくら)みを察知すると素早く英秋にくっつくようにしゃがみこんだ。そして二人はヘッドフォンの耳当てを外側へ向けお互い片耳を押しあて神経を耳へと集中させた。

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