其の三 つまり井戸端会議(盆回り)
椅子を全部運び終わった晴男は何の脈絡もない話題を突如持ち込んだ。
「で、なんで僕らがいつもソルティーさんの手伝いやってるんです?」
何も無くなった広々としたステージ前を丁寧に掃き掃除していたさくらは手を止めることなく淡々と言った。
「当たり前じゃん。古い付き合いなんだもん。座長とトモさんの学生時代から」
「さくらちゃんの言う通り」
誠はエレキギターのボリュームをゼロの状態で会話をしながら指と手を動かしギターを鳴らしている。
英秋はマイクスタンドのマイクを片手に観客にでも語るように喋った。
「昔は俺らもまほろばの手伝いやってたんだぜ。でもよぉ、さくらちゃんが入る前くらいからかなぁ。徐々にまほろばの人気が上がってきて、団員も増えてきたらアイツ、「お前らの手は要らねぇから」って言いやがって。つれねぇ奴だと正直思ったぜ」
英秋の言葉を補足するように誠は言う。
「結局ウチらは四人しかいないから四人で全部処理してるけど、皆んとこは何だかんださぁ、いつも客演だの照明さんだ、音響さんだとか言っていつも人がいっぱいいるからな」
「だよな。だからウチらのようなバンドがソロライブやる時は人手が足りないって訳でさぁ。で、昔からのよしみでお互い足りないところを支え合ってたんだけどな」
英秋がそう言い終えると誠はハッと思い出したように言った。
「そういえば! 昔はさぁ、大道具作りにも参加したこともあったよな」
「あったあった。そういえば。組みも、ばらしも昔は必ず手伝ってたんだぜ、晴男ちゃん」
「へぇー」
晴男は初めて聞く話に腕を組み大きく頷いた。英秋はその晴男のリアクションに少し自慢気だ。そして晴男へ続けて語る。
「バックなんざCGで済むだろうにわざわざ時間かけて大そうなものを作る。お宅の座長さんはリアリティーが無いとか抜かしやがって。芝居にリアルもアンリアルも無ぇだろうってそん時は笑ってやったけどな。結局いつも人手が足りない、時間が無いって俺らに泣きついて来てたんだ、あの頃は。ティファニーはよく知ってるよな?」
と英秋はステファニーのうなじを眺めて言う。
「ええ。もちろんっ! あの頃は純粋に皆で集まってワイワイやってるのが楽しかったなぁ」
と天井を見上げ思いふけるステファニー。
「なんですか、ティファニーさん。そんな今はつまんないみたいな?」
晴男はステファニーの視界に入り込んで冗談交じりに笑って言った。
「もちろん、今は今で楽しいわよ。でも今はプロ意識が強くて、ちょっと嫌な緊張感が続くことが多かったりするし。昔はサークル感覚だったから」
「なるほどぉー」
ステファニーの言葉に納得し晴男は小刻みに頷いた。
そんな会話を耳にして英秋は少し顔をしかめマイクを使って言った。
「俺思うんだけどさぁ。なんかさぁ、桂介の奴。アイツ一人天狗なってねぇか? なぁ、トモちん?」
指名を受けた智之はステージの反対側の壁にもたれ不機嫌顔。そして口開くことなく目を閉じた。
たしかに昔はSalty DOGのメンバーとも和気あいあいでやっていた。ステファニーの言う通りサークル感覚でもあった。自分たちが年齢を重ね、経験を重ね、確かな自信がついた。智之はそう考えると今回の桂介の行動は気に入らない。納得がいかない。合点がつかない。
俯き、目を伏せたままの智之に英秋は言った。
「その顔、トモちんもそう思ってんだろ?」
自分の言ったことが確実に智之の頭を射抜いたと思った英秋はしたり顔で続けて言った。
「アイツ、自分好きの自信家だからな」
「自己顕示欲の塊はお前だろ」
英秋の言ったことへ反射的に言った智之。この時の智之は目をしっかりと見開き英秋を真っ直ぐ見ていた。その眼光は鋭い。
「俺は違うって。何か決める時は皆と相談して決めるし。コンセプト決めとか。なぁ?」
英秋は智之の厳しい目付きに何の感情も持つことなく当たり前な風に言って左に立つ誠へ同意を求めた。
「まあな。格好だけだけど」
にやり笑って言った誠。その誠に英秋は「なんだとぉ」と言って手にしていたギターピックを手裏剣の如く垂直に投げつけた。すると、ふわり飛んだギターピックを簡単に誠は右手でつかみ取り英秋の顔を見て口元を緩めた。その誠へ英秋は指差し笑って言った。
「ナイス・キャッチ!」
智之の不愉快さなど気にしていない英秋。誠も同様に智之に気を使うことなく言う。
「アイツ歳だけ食って変わらねぇよな」
「確かにな。よくトモちんと言い合いしてるもんな、今も。副座長なんて肩書き付いてても結局は奴の世話役、ケツ拭き役だよな」
英秋が言い終わると黙って聞いていたステファニーは昔話から桂介の陰口に変わっていることがあまりに妙なので智之に聞いた。
「ねぇねぇ。なんでさぁー、そんな話してんの? それになんかトモさん変だよ?」
ステファニーはピリピリ感いっぱいの智之へ首をかしげて聞いた。
「あと清二が来たら話すから」
「トモちん。まだ無意味な出し惜しみかよ」
と英秋は智之の対応に呆れ返ると智之は英秋の顔を見ることなく吐き捨てた。
「ヒデ。もうお前いいから黙っててくれ。これはウチらの問題だから」
「何、問題って?」
ステファニーは目を丸くして振り向きステージ上の英秋を見た。
「ほら。トモちんがまた中途半端な言い方するから」
「ティファニーさん。どうもヒメが抜けるらしいんです」
晴男が智之の動向に構うことなくサラっと言った。それを聞いてさくらはすぐに晴男へ駆け寄り声無く叱る。
しかしそれに対しステファニーはつまらない風な顔をして言った。
「なんだ。そうなんだ。別に大した問題でもないじゃん」
ステファニーの反応に英秋は言う。
「だろ? ほらほら、トモちんが変にビビッて言わないもんだから。でもって話を全部変えちゃうんだってよ、今週末の舞台のさ」
この英秋の言った言葉に智之を除くまほろば一座のメンバー一同は叫んだ。
「はぁぁぁぁぁぁあっ!?」
そしてそれぞれが智之の方を見て言った。
「何それ?」としかめ顔のステファニー。
「ウソでしょ」と目を丸くする晴男。
「意味不明……」と超不機嫌顔になったさくら。
智之のイメージ通りの反応をしてくれた団員達。おかげで智之は体が硬直して動けなくなった。言葉も出ない。
「あ……悪ぃ。俺が言う事じゃなかったな。ごめん、トモちん」
と、白々しく言った英秋に対し智之は言い返したい気持ちが噴出したが言葉は出て来ることなく口がぎこちなく動くだけだ。それをいいことに英秋は申し訳なさを装った気まずい顔を作って逃げ出すことにした。
「トモちん、よかったらここ使っていいよ。音合わせなんて今更そんな時間かけてやることでもないし」
そして英秋はSalty DOGメンバーへ目配せしてステージから降りるように促した。それに対しメンバーは素直にステージから離れ出口へと向かった。
誠は声を出さずに「ごめんごめん」と口だけ動かし退場。
一郎はサングラスをかけ黙したまま退場。
茂は「ティファニー、ライブも観てってね」とにこやかに退場。
そして英秋はと言うと……
「あ、そうだ。ミキサーの設定変えとかなくちゃ。忘れるとこだった」
と言って表現会場を出る間際に音響ブースに入りミキサーの設定を自分たち用のセッティングへとパソコンで切り替えた。そしてステージやや前方の梁に吊り下げられたマイクから音を拾える状態にして部屋を後にしたのだった。