其の三 つまり井戸端会議(ステファニー登場)
香織脱退疑惑の話題一色に染まっていた表現会場。その中での智之の心境はと言うと、香織の脱退に最初は驚いたものの『ついに来たか』という感覚。しかしなぜ今日、20回公演を目の前にして降って湧いてきたのか? いやいや。智之に言わせれば、桂介が『降らせ湧かせた』になる。
そう。智之は悩んでいた。腹立たしさを抱えながら。しかしそれは香織の脱退の事でなければ、それを告白したタイミングではない。香織の事を理由に急きょ『話を総替えする』という事他ならない。
桂介の言っている意味が今もなお理解できずにいた智之。今日までの彼のやり方を加味して彼の言うがまま流される事にしたがやはり解せない。
自分自身解せない事柄をどうやって伝えれば良いのか……?
智之は団員が一斉に自分へ声を上げる、集中砲火を浴びる自分の姿が脳裏に浮かび続いており内心かなり怯えていたのであった。
(なんで俺がこんなに悩まなくちゃいけねぇんだ? 畜生! 桂介のアホたれ! Saltyの連中は茶々入れまくりだしよぉ)
匙を投げて逃げ出したい気持ちを胸に智之は運んできたパイプ椅子を静かに置くと一人ひっそり項垂れた。表現会場の隅っこで。
智之が一人悩み考え込み、団員さくらと晴男、そしてSalty DOGのメンバーがやんややんやと騒いでいた所へ、さらに場を盛り上げてくれるだろう人物が新たにやって来た。
「もーにんっ!」
明るい声を響かせ入ってきたのはピンク色の細い金属フレーム眼鏡をかけた女性、まほろば一座の劇団員ステファニーだ。少し潤んだ瞳が魅力的で、一見、落ち着いた雰囲気を醸し出している女性であったが、それとは対照的にサバサバした物言いはバンドマン達からのウケが特に良かった。
「もーにんっ! ティファニー!」
ドラムの茂は立ち上がってスティックを持った両手を振ってステファニーへ言うとステファニーは目を細めた柔らかい笑顔で手を振った。そしてその後ステファニーは、緩いウェーブのかかった天然の明るいアンバーカラーの長い髪を揺らしながらステージ前まで来ると腕を組み、ステージ上にいるSalty DOGのメンバーたちへ向かって抜けの良い声で聞いた。
「ねぇねぇ、ちゃんと聴いてくれた? ラジオ?」
ステファニーの問いかけに英秋は「もちろん」と自慢げに応えるとすぐさま誠は「これ嘘。ごめん、寝てた」と英秋の脳天を遠慮なしにポンッと平手で叩いて言った。
「うわっ! 何それ?」
ステファニーはそんなことだろうと思っていたものの大げさに顔を歪め彼らの言葉に反応した。
そのステファニーの歪めた表情に対し英秋は申し訳なさそうに「ウソウソ。ちゃんと聴いたって」と応えればまたもや誠が「アーカイブで」と付け足す。
「ええっ!? どうせならちゃんとライブで聴いてよ」と今度は大げさに目を見開いた驚きの表情を見せた後、ステファニーは口をすぼめ尖らせる。
そんな仕草を素直に可愛いと感じるのは一郎と茂で、年甲斐もなくと感じるのが英秋と誠だ。
そういう訳で英秋はステファニーに対して率直に言う。
「あんな時間、起きてられるかよ。俺らは朝型なんだ」
「バンドやってる人が年寄り染みて朝型だなんて……って、まぁそうよね。みんな仕事で朝ちゃんと起きなくちゃいけないもんね」と笑ってステファニーは言うと肩に掛けていたポーチから髪止め用ゴムバンドを取り出した。そしてゴムバンドを口に挟み少しうつむき加減で髪を持ち上げ動きしなやかにゴムバンドで一つに束ね、うなじ露わのポニーテールスタイルへと変身した。
その姿に女性らしさを感じ、ちょっとドキドキが茂と一郎で、その姿に女を感じ、ちょっと興奮が英秋と誠である。
そんなSalty DOGメンバーの目線など気にも留めず動いたステファニーはステージ横に隠すように置かれた掃除道具入れから柄の長いほうきを取り出し笑顔で会場の掃除に取り掛かった。