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つもるはなし、つまりよもやま―夏の巻―  作者: 佐野隆之
第二幕
5/24

其の一 噂話

『表現会場』


 集い処きらめくあまたの店内にそう名づけられた空間がある。広さは間口、奥行きともおよそ15メートル。高さは約6メートルほどあり天井の下には間口方向へ柱が数本渡され様々な形をしたライトがいくつもぶら下がっている。そして床、壁、天井はすべて艶消しの黒色で塗装され、壁には畳サイズほどの黒い吸音材が等間隔に貼りつけられている。

 この空間はライブハウスとして使用される時もあれば、芝居小屋となる時もある。また絵画や立体作品を披露するギャラリーになることもあるし、他に自主制作映画の上映や講演会など様々な用途として利用されている。


 集い処きらめくあまたとは今から約30年前に現在の店主、彩乃の亡き夫、孝明が始めたコミュニティ・ショー空間をメインとした鉄板焼屋なのである。


       *


 表現会場の中ではSalty DOGのメンバーが会場突き当たりにすでに組んであったステージに上がり会場隅に置かれていたスピーカーや楽器用アンプをステージへと運び出し、ドラム担当の茂はドラムセットの組み立てと自分たちが演奏するための準備をしていた。


 英秋と誠はそれぞれ自分が好んで使っているきらめくあまた所有のギターアンプをいつもと同じ自分の演奏場所へと配置するとシールド配線やエフェクターのセッティングなどをしながら『まほろば一座』の話をネタに盛り上がっていた。


「まあ、なんだな。人数が多い劇団っていうのは大変だわな。色々お守りが」


 と口にした英秋はボリュームペダルしか使わずエフェクターは一切使わない主義のため準備というほどの作業も無く、すでに愛用のセミホロータイプのエレキギターをアンプにつなぎ弦のチューニングに入っていた。それに対しギター、コーラス、ラップ担当の誠はSalty DOGの曲に彩りを加える役目があるため様々なエフェクターを駆使している。大きめのエフェクターケースを足元に置きケースのフタを開けながら英秋に対応した。


「俺らみたいな単純な音楽は適当に個人練習やっといて当日一発ドンでもやってけるからな」


「おい、誠。それはちょっと言い過ぎじゃねぇの? ってその通りだけど。間違いないわ」


 そう言って英秋は声を出して笑うと続けた。


「ヒメが抜けるとなると動員数激減だろうな、まほろばさんは」


 と口にしながらステージ下で椅子の片づけをしていた智之をちらり目に入れた。


「それは確かに。オレはヒメを見るために顔出してたからな」と誠。

 すると茂がようやく組み上がったドラムセットの太鼓位置を調整しながら「オレもオレも!」と声を出した。茂の声を聴いた英秋は智之へ聞いた。


「ヒメが入って客が倍にはなったよなぁ。なあ、トモちん?」


 それまで聞いて聞かぬ振りをしていた智之であったが英秋のわざとらしく聞いてきた言葉に一瞬の苛立ちが湧き横目で英秋を黙って睨みつけた。


「おっと、ごめんごめん。別にからかってる訳じゃないぜ、トモちん」


 と両の(てのひら)を広げ制止を(うなが)すような動きを見せた英秋だが顔つきは誰が見てもからかい顔だ。智之の近くでほうきを使って床掃除をしていたさくらは手を止め、英秋へ口をとがらせ言った。


「ヒデさん。ちょっとそれはキツイですよ。確かにヒメが来てからお客さんが増えたけど……なんかそれって、みんなの存在感ゼロみたいじゃないっすかぁー」


 そんな少し本気の怒りを含ませたような()()(くさ)れ顔で言うさくらを愛らしく感じていた誠は大げさなほど申し訳なさそうに「さくらちゃん、ごめんな。こいつ遠慮とか気づかいを知らない奴だからさぁ」と小さなウインクを付けて言った。


「誠はそうやって俺を悪者に持っていくぅ。汚ぇなぁー」

「俺は頭ん中で思っても口にはしない気づかいくらいはするぜ」


 威張り口調で言った誠に対し嘘バレバレだと凝視して英秋は聞いた。


「じゃあ思った、って訳だな?」

「ちょっとね」


 英秋の問いに誠は右手の指先で何かをつまむようなジェスチャーを見せて言った。


「ええっ! 嫌だぁ、誠さんまでも? なんかショックぅーっ!」


 さくらは英秋の言葉を素直に受け、力の抜けるような感覚で手にしていたほうきの長い柄にもたれかかりつまらなそうな顔をした。


「冗談に決まってるじゃん、さくらちゃん。ヒメを見に来てるだけの客なんて本当の客じゃねえだろ? やっぱちゃんと役者の演技と物語を観てかなくちゃな。アイドルと違うわけだし」


 さくらへ落ち着いて真面目に語る誠に対し(ナニ真面目にフォローしてんだよ)と思った英秋は誠へ向かってまっすぐ指差し、真剣な眼差しで断言するように言った。


「でも事実上ヒメはアイドルだった」


 英秋の指先にある誠は「またそうやって水を差すー」と邪魔するなと言わんばかりの顔で言った。


 するとここで三人の会話の中に一郎が鳴らす8ビートのベース音が入ってきた。一郎はサングラスをかけたまま彼らの話に気を取られることなく黙々とベースを鳴らしている。そこにドラムのセッティングがほぼ完了した茂はドラムを軽く叩きながらの微調整に入り、二人のセッションが始まった。

 その音に誠は自然と頭と体が動きだし、作業途中だった自分の仕事へと取りかかった。

 英秋も二人のセッションに合流するべくアンプのボリュームをあげ、音の歪みを薄くかけた状態で思いつくままにギターコードのストロークプレイを始めた。

 

 さくらは手を止めたまま彼らの演奏に見入る。


 そして誠もセッティングとチューニングを終えると左指を滑らせるようにギターの指板(しばん)の上を(おど)らせ、絞り鳴く様なディストーションサウンドでリズミカルなメロディを奏でメンバーと合流した。


「かっこいいなぁ……」


「楽器と言えばリコーダーでピーッて鳴らすくらいしかできないんですよぉー」とよく彼らや他のバンドメンバーに口にしていたさくらは様々な楽器を操る彼らを羨望(せんぼう)の眼差しで見ていた。

 その頃の智之はと言うと相変わらずの不機嫌な顔つきで一人椅子の片づけをしていた。

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