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つもるはなし、つまりよもやま―夏の巻―  作者: 佐野隆之
第一幕
4/24

其の二 Salty DOG参上

 桂介の腕を掴み凝視したままの智之は桂介からの納得いくまともな言葉を待っていた。それに対し桂介の方は真剣な眼差しを向けている智之へ、からかいに満ちた作り笑顔を作ってみせ確認するかのように発声した。


「つもるはなし、つまりよもやま」


「はぁぁっ!?」


 期待から大きく外れた意味不明の言葉に智之は大声をあげると共に大きく顔を歪めた。桂介はというと白々しいほど落ち着いてまたも言う。


「つもる話、つまり四方山(よもやま)。そーいうことだ」


「はぁぁっ!?」


 歪めた顔を固めたまま今や口癖かのように声をあげる智之は理解できない桂介に怒りが理性の壁を破壊しかけていた。が、その寸前に桂介は相変わらずの淡々とした口調で別の言葉を発した。



「ヒメが抜ける」



 智之はこの言葉に異常なほどの反応を示し、人とは思えぬ奇声で叫んだ。


「はぁぁぁぁぁっ!? お前、ナニ言ってんだよっ!?」


 これに対し微塵(みじん)の動揺なくマイペース決め込む桂介はさらりと言う。


「理由は言った。ってことでみんなに伝えといてくれ。明日の夜7時にここに集合」


 そして桂介は何事も無かったように去ろうとした。それを智之は黙ったまま桂介の腕を掴み引き寄せ(にら)みを利かせたが桂介は智之の顔を見てニヤリ顔で応えただけで口を開かず智之の手を振りほどくと出口へと体を向けた。するとそこへ重々しい靴音を立てて暖簾(のれん)をくぐって入ってきた青年がからかい口調で言った。


「おいおい、聞こえたぜ。何、ついに来ましたか? 織姫脱退」


 その青年は短い髪を逆立て、所々破れ色褪()せたブルーのデニムパンツに暑い中でも年季の入ったエンジニアブーツを履き、肩にはギターバッグを掛けていた。インディーズバンドSalty(ソルティ) DOG(ドッグ)のリーダー、(ひで)(あき)である。

 桂介は英秋の顔を見るや否や「盗み聞きとは趣味悪ぃなぁ、さすが塩漬け犬」と言い放った。

 その言葉に英秋は冗談の怒り顔で「塩漬け犬言うな」と応え桂介に歩み寄るとお互いニヤリとして握り拳を軽くぶつけ合った。


「マジなの? ヒメちゃん脱退って? もしかして大手プロに行っちゃうの?」


 と慌て口調を英秋の後から聞かせたのは長方形のギターケースとエフェクターケースを手にした金髪青年、(まこと)だ。

 そして誠のすぐ後にいた長身で、がたいの良い青年は英秋や誠とは対照的に「こんにちは」と低い声で一言だけ口にし、ゆったりとした動作で入ってきた。彼の名は一郎。ブルーに輝くレンズのサングラスをかけ表情は見えない。手にしていたのはベースバッグであるが言われなければギターバッグにも見えなくない。


「ってことは、もう会えなくなっちゃうの?」


 男としては甲高く愛らしい声を響かせたのは一郎に隠されているようにいた青年。ドラム担当の茂である。彼はパナマ帽を載せるように被り、大きな眼鏡をかけ額を汗で光らせていた。そして、かたつむりの殻のように背負ったスネアバッグと両手に大きな手提げ袋を持つ姿は目を引く。


「おい、何勝手に言ってんだよ、お前ら?」


 智之は桂介に向けていた感情の勢いをそのまま乗せて楽器を持った彼らに言うとそれを受けて英秋は茶化すように言った。


「随分荒れてるなぁ。こりゃヒメが抜けてまほろばも解散ってところっすか?」


「冗談でもそんなこと言うんじゃねぇよ!」と声を荒げる智之。この時、智之はヒメ脱退という寝耳に水の話に内心かなり動揺していた。


「これでここのハコはウチらが気兼ねなく使えるな」

 バンドと芝居の共存は無いと思っていた英秋は冗談半分、本気半分で言った。


「勝手にハコ言うんじゃねぇよ、ここはウチらの小屋だ」

 智之はイラついた気持ちをぶつけるべく喧嘩ごしで言った。すると英秋は「小屋言うなて。ここは俺らのハコだ」と受けて立つが(ごと)く智之を睨みつけ言い返した。その二人のやり取りを桂介とSalty DOGの三人はまるで子供の喧嘩(けんか)だと笑って見ていた。


 Salty DOGの四人と桂介、智之の関係であるが、実は同じ高校の同級生であったのだ。

 この時、桂介と智之は芝居を始め、英秋や誠たちはバンドを始めたのだが、その中でも桂介と智之、そして英秋は同じクラスであったものの友人という形の接点はなく、文化祭の舞台にもお互い立ったがそれでもジャンルの違いからか、さほど互いを意識することなく高校時代は過ぎていった。


 しかしそれから三年後、ここ集い処きらめくあまたで彼らたちは偶然対面し、「まだやっとったんか」と笑って握手を交わしたのが繋がりの始まりであった。


 そのようにしてジャンルは違っても互いの活動を認め合い冗談を言い合える関係になって八年近くになっていた今現在。それ故の裸の感情のぶつかり合いもしばしばであった。

 それをまるで孫ほど年の離れた彼らを自分の子供のように見守るようにしてきたのが店主の彩乃である。彼女には子供はいない。つまり本物の孫は存在しない。またこの店を立ち上げた夫、(たか)(あき)はすでに他界していた。


 話は戻り、智之と英秋が騒いでいた時、額に汗を浮かべ焼きそばを作っていた彩乃であったが、彼らのあまりにも騒がしく子供染みた言い合いに(あき)れ彼らに負けない気迫で叫んだ。


「もぅー、騒がしいったらありゃしないっ! ここはアンタたちだけの場所じゃないでしょっ!」


 そして彼らに睨みを利かせさらに続けた。


「ケンカやりたきゃ外でやる! ケイちゃん、トモちゃん、氷食べ終わったんでしょ? さぁ、氷代代わりに働く! すぐそこ片付けて中の椅子をどかして。次、オールスタンディングだから!」


 彩乃の若々しい張りのある声と気迫は簡単に彼らの口を閉じさせた。


 桂介も智之も黙ったまま揃って自分の食器を彩乃の立っている横のカウンターに空いた器を置くと智之はカウンター脇にある扉を開けた。


「トモっち、そういうことで俺、用意があるから俺の分も頼むな」


 あっけらかんと桂介はそう言って智之に背を向けた。


「おい」


 智之は桂介の背中へ声をかけた。が、振り向くことなく立ち去る桂介。

 智之は乾いた小さな笑みで桂介の背中を眺め見送ると溜め息混じりで呟いた。


「ま、いいか。どうせこれ以上言ったところで気が変わるわけじゃあるまいし」

 その二人の別れを見ていた英秋は智之の耳元へ囁くようにして聞いた。


「で、ホントなのか? ヒメの脱退って?」


「アイツが言うならそうだろ」と投げやり口調の智之。


「そうだろって……なんでトモちんが知らないんだよ?」


「知らないものは知らないさ。ヒメがアイツだけに言ったんだろ。つれねぇ可愛くない女だぜ」


 智之はそう言って舌打ちをした。


「トモちんがそんな口きくとはマジで知らなかったってことか……」


 納得したかのように英秋がそう言うと他のバンドメンバーは揃って唸るような声を出し悩ましげな顔をした。


「今週末だよな、舞台?」


 英秋は心配げに聞いた。


「ああ。で、ヒメが抜けるから話変えるんだってよ」


 英秋の質問に立て続け吐き捨てるように言う智之は不機嫌最高潮だ。その表情と口調に同情するように英秋は言った。


「は? 俺、芝居のこと詳しくねぇけどさ、そういうのって代役っていうので対応するんじゃね? ウチらだってメンバーが不調とか都合つかない時はサポート頼むの日常茶飯事だぜ」


「だよな。それがいきなり話変えるっていうからよぉ。参っちまってるわけ」


 智之は項垂(うなだ)れ、気の抜けた表情でお手上げのジェスチャーを見せた。


「なんだったらもうトモが仕切っちまえよ」


 そう言って智之を肘で小突く英秋。


「冗談。そういう器じゃねぇよ」


「またまた。謙遜(けんそん)しちゃって。実際トモちんがいるからアイツを(かしら)にして回せてるんだぜ」


「私もそう思ってますよ。おはようございます!」


 突如二人の会話に元気よく入ってきた女性の声はまほろば一座の団員さくらであった。


「うっす、さくらちゃん」


 英秋は笑顔でさくらを見る。他のSalty DOGメンバーも「おはよ」とさくらへ言った。


「で、何の話してたんですか?」


 さくらは興味津々で智之と英秋の間に入ってきた。


「ん? ん、まあね」


 さくらと目を合わせることなく応えた智之を見て英秋は即反応した。


「歯切れ悪っ! 俺が言ってやるよ。実は」


「オマエは口出しするな! さくら、いいよ、みんなが集まってから話すから」


 智之がさくらへ作り笑いで応えるとさくらは目をキョロキョロとさせ智之へと聞いた。


「みんなが集まってから話すってなんですか、それ? めっちゃ気になる。別に集まる前でもいいじゃないですか。教えてくださいよ」


 眉をハの字にさせ小さな地団駄(じだんだ)を踏むさくらを見てにこりと笑った英秋は智之の肩へ軽く手を載せ言った。


「だろ? そうやってメンバーに不安を与えちゃダメだ。俺が言ってやる。実はヒメちゃんがな」

「なあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 静けさを取り戻したはずの店内に智之の叫びが響き渡り店内にいた客を含めた全員が黙って智之に注目した。

 

 浴びるべき時でない、自分の望まない視線、注目とは(はなは)だ恥ずかしいものだと智之は改めて思い知る。


 そして自分で分かるほど耳が熱くなっていた智之は彩乃のいる方へ黙って一礼すると扉の向こう側、『表現会場』と書かれた部屋へそそくさと入って行った。

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