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桂介と英秋

「で、お前、ヒメのこと好きだったんか?」

 桂介は静かに言うと飲み干した缶ビールを潰した。その顔は薄暗闇の中でも赤身帯びていることが分かる。その桂介の向かいに座っていた英秋は目で細く笑って応えた。

「何だて、突然。気味悪ぃ」

 英秋の反応を桂介は鼻で笑い言った。

「お前は隠してたつもりかも知れねぇけど丸分かりだったぜ」

「それが言いたくてこんな時間に俺を誘ったんかて?」

「まぁ、それもある」

 桂介はそう言ってゆっくり立ち上がった。


 桂介と英秋の二人は薄暗いきらめくあまたの店内で駄菓子をあてに缶ビールを飲んで過ごしていた。耳に聞こえるのは雨粒が騒がしく屋根を叩く音。


 桂介は自販機の前に立つと振り向き言った。

「ドライでいいか?」

(おご)ってくれるんか? 羽振りいいなぁ」

「今日は七夕だからな」

 桂介の言葉に口へ含んだビールを噴き出しそうになった英秋は軽くむせると、笑いをこらえるかのような表情で言った。

「笑わせるんじゃねぇよ。柄にもねぇこと言いやがって。七夕なんざ、なんの記念日にもならねぇだろ。それに野郎二人しかいないって言うのによぉ」

 桂介は何も言わず自販機で買った二本の缶ビールのうち一本を英秋の前に置き、桂介は立ったままで栓を開けると喉を鳴らして体へ流し込んだ。そして二人のいるテーブルから少し離れた壁面に貼り付けられた大型フィルム・モニターを眠たい目付きで見て言った。

「もうすぐ始まるな」

 モニターには7.July AM 0:58と大きく浮かび上がるように表示されていた。

「ん? ああ、星降る時間か……ティファニーも頑張るな。こんなの生でやらなくてもいいだろうに」

「生だからいいんじゃねぇか」

「オマエの仕業か?」

「違うよ。これは智之。あいつのアイデアだよ」

 桂介がそう言いながらゆったりとした動作で座る頃、モニターの日時表示が左上隅に向かって小さくなって行き、同時にマイクを前に涼しげな表情を見せるステファニーの姿が徐々に現れた。


『30分だけ。30分だけ私の些細(ささい)な夢、叶えさせてもらえますか? 今宵もどうぞお付き合いください。こんばんは。午前1時のシンデレラ、ステファニー・アームストロングです。2059年7月7日。今年もやって参りました、七夕。調べましたところ去年、一昨年と天気が悪く、今年はマーみごとな雨、雨、雨。ダダ降りもダダ降り。ふふふ。もーホント笑ってしまうほどの降りようです。でも、厚い雨雲の向こう側では織姫と彦星が一年ぶりの再会を果たしていることだと思います。と、ロマンチックな思いを胸に始める今宵、星降る時間です。ふふふ』


「なんだ、ティファニー、いつになく楽しそうだな」

 頬杖をついて、まったりとした時間を味わう雰囲気を醸し出していた英秋は独り言のように言った。その時、桂介はモニターを黙って眺めたまま笑いをこらえるような仕草をしていた。


『さて。突然ですが今夜はいつもと違うオープニングで行きたいと思います。それはですね、今回。なんと番組始まって以来、初めて番組宛てに手紙が届きましたぁ。パチパチパチィー。はい。えー、とても爽やかなブルーの封筒に綺麗な字で今宵、星降る時間 気付、まほろば……一座……ん? あれ? これ……あ、ごめんなさい。すみません……。ええーっと、そういうことで、初めて番組に来たお手紙ということで紹介、するんですね? はい。リスナーの皆さん、失礼しました。この番組のプロデューサー兼まほろば一座のサブリーダー川田と少しコミュニケーションをですね、あ、怪しい意味ありげな作り笑顔をしてますねぇー。あごを使って早く読めと言っております。読んでいいんですね? わかりました。では、お手紙の方、読ませていただきます』



 こんばんは、午前1時のシンデレラさん。そして、まほろば一座のみんなさん。ごめんなさい。突然こんな手紙出してしまって。


 本当に今回の件は突然の事で申し訳ありませんでした。

 ご存知の通りすべては座長の(たくら)みです。

 座長にこの話、私自身が脱退することを座長へと伝えた時、この事実の話をそのまま舞台にしたいと言われ目眩(めまい)がしました。そして私はこの時、座長自身ではなく座長の才能に恋をしていたのだと気づかされました。全く私の気持ちなど気づかう事なくあっさり、ハッキリと、よくあの空気で言うなと。正直に言って、あきれました。

 でも今では座長らしいなと思っていますし、おかげで見えなかったものが見えるようになりました。

 普段、なにげなく自分を自分で演じているんだな。そんなことにも気付かされました。少し嫌味な感じもしましたけれど。


「ったく……言いたいこと書きまくりやがったな……アイツ……」

 楽しげな笑みを浮かべ桂介は(ささや)くように言った。



 でも、団員のみなさんにすぐ伝えてくれると言っていたのにギリギリまで黙ってましたよね? 本当に。あれには驚きました。おかげで私が悪者扱いですよ。最初に伝えたのは二カ月も前だったのに。意地悪にもほどがあります。

 でも、それも含めての(たくら)みが座長の才能なんでしょうね。そうやってみんなの引き出しを上手く開けていくんですよね。



 頬杖をついて手紙を読むステファニーを眺めていた英秋は「桂介。オマエって、エロいよな」と力の抜けた声と表情で言った。

「なんだて、エロいって?」

 桂介の挑発的物言いに英秋は姿勢を正し、モニターへ指差して言った。

「こうやって人を利用する。エロいよ」

 それに対し桂介は苦笑すると()みつく様な仕草で英秋に向かって言った。

「じゃあお前はむっつりエロだな」

「なんで俺がむっつりなんだて?」

「今回の芝居でお前にオーダーかけたらあんな曲作って来やがって」

「オーダー通りだろ?」

「お前、分かりすぎ」

「何が?」

「ま、いいや。しかしあれを一週間もかからずアレンジまでして完成させるんだからスゲェな。感心するよ」

「何だて? 人をむっつりエロと言った後にお()めの言葉か? 気味悪いな」

「別に褒めてるってほどでもないぜ。ただすげぇなと思ったからそう言っただけで」

「劇作ることに比べりゃ大したことないだろ。曲なんて基本のメロディが決まれば後は繰り返しだ。アレンジはメンバーであれこれ言いながら適当にくっつけてやってるだけだ。ちょっと詞は工夫してるけどな」

「俺には無理だ」

「それそのまんま返すわ。俺にも無理だ」

 英秋が言うと二人は互いの顔を見合わせ、照れくささ混じる笑顔で握り拳を軽くぶつけ合った。

「しかし、塩漬け犬のみんな、なかなか上手かったじゃねぇか、演技」

 桂介の言葉に英秋は声無く笑い、右手を左右へぶらぶらとさせて黙って否定すると言った。

「そうか? そう座長様に言ってもらえるとありがてぇな。まあそれはさぁ、ウチらは所詮(しょせん)外野の人間だったからだって。だからこれと言ってプレッシャーは無かったし毎回アドリブで適当にやらせてくれたから。それにこれでも一応ウチらもステージに立って人前で芸事(げいごと)やってる人間だぜ?」

「じゃあ、また出てもらおうか?」

「冗談。勘弁してくれ。今回はヒメの餞別(せんべつ)代りに記念ってことで了解したんだ。結構ウチらも()めたんだぞ、桂介」

「そうだったんだ。ゴメン、それは知らんかったわ。てっきりみんな即決オッケーかと思ってた」

「最終的にはヒメの記憶に俺たちが残ればいいよなってことでみんな楽しみながらやったけどな。いい経験にはなったよ。ホント楽しかったわ。気の毒なのはお前んとこの役者勢だろ。(むご)いな」

「酷いとは(おお)()()だな」

「じゃあ、エロいで」

「それは(いさぎよ)く認めるわ。俺はエロい」

「だな。オマエは真正エロだ」

 緩いペースで男同士の会話を楽しんでいた桂介と英秋。そこへ突如、女の声が割り込んできた。

「あら、まだアンタたちいたの?」

 それは寝巻き姿の彩乃であった。

「ああ、彩乃さん。ええ、すみません。もうじき行きますわ」

 桂介は苦笑いを見せて言った。

「しかしアンタたち、随分と飲んだねぇ」

 テーブルはもとより足元にまで転がっていた空き缶たち。

「まぁ男同士色々語ることがあって」

 桂介がそう口にするとそこへテーブルの上にあった桂介のスマートフォンが光り、呼び出し音が流れた。視線が集まるスマートフォン。それを黙って桂介は手に取り出た。

「おお、ヒメか。おお、すぐ行く。待っとって」

 英秋は桂介の話を聞き逃さなかった。笑顔で電話を切った桂介をアルコールの回ったうつろな目で(にら)み付けると英秋は突如立ち上がり迫った。

「おい、桂介! ヒメってどういう事だて!? ヒメは昨日東京行っちまったんじゃねぇのかよ? で、なんでこんな時間にお前に電話なんだて?!」

 英秋は大声で言いながら倒れ込む様に桂介へと近づき胸ぐらを(つか)んだ。

「まあまあ落ち着けて。外出ようぜ。そうすりゃあ分かるって」

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