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つもるはなし、つまりよもやま―夏の巻―  作者: 佐野隆之
第四幕
13/24

其の二 桂介と香織

「ヒメ……あ、もうそんな気安く呼べないか。香織さん」

「もう、そういうからかい()めてもらえませんか?」

 会って早々(そうそう)の桂介の口ぶりに気分害し、つまらなさそうな声で言った女性。それは、まほろばの奇跡とまで言われたまほろば一座の看板女優、遠藤香織であった。


 ボディラインに(なら)った白い無地Tシャツにコバルト色のホットパンツ、そして足元にはターコイズ・ブルーのハイカット・コンバースとシンプルな()で立ちの香織。しかし住宅街特有の薄明かりは彼女の長い四肢(しし)を演出するかのように辺りを照らしシルエットだけでも十二(ぶん)に人目を引く美しいものであった。


 桂介は香織から漂うほんのりと甘い匂いを気にしながらも軽い笑みを作って言った。

「悪ぃ、悪ぃ。で、どうした? よく俺がここにいるってわかったなー」

「家にいなかったのでもしかしてと思って」

「ああー、そっか。で、どうした?」

「お別れの挨拶(あいさつ)でもと……」

「なんだ仰々(ぎょうぎょう)しい。お別れ言うなら皆のいる時に言えよ。わざわざ言いに来なくていいよ、別に」

「すみません。私は直接座長に言いたかったので……」

「そっか。じゃあ、ちょっと茶でもするか? メシは食った? なんなら付き合うぜ」

「別に大丈夫です」

「そっか。俺コーヒー飲みたいと思ったんだけど。コメダでもどう? そうだ、シロノワール食おうぜ。向こう行ったら食えないだろ? シロノワールは小さいやつよりノーマルの方が美味(うま)いんだよな。一人で食うのはちょいと恥ずかしいし」

 桂介は軽い照れ顔を作って言うと考える()を作る事無く「すみません」と香織は目を反らして応えた。

「じゃ、用事は済んだろ? まあ元気でやってくれよ」

 桂介は香織の反応に反応すること無くさらり言うと香織を残し一人歩き出した。

 香織は(うつむ)き加減で小さく唇を噛むと桂介の背中を追った。

「あの、座長」

「お、何だ。まだいたのか」

「すみません。ひとつ良いですか?」

「ああ」

「コメダは東京にも、いくらでも有りますから」

「なんだよ、そんなことかよ」

「すみません、冗談です」

「ヒメらしくない冗談だな。ティファニーに仕込まれたか?」

「いえ。それを言うなら座長にです」

「俺?」

「こんなネタ多いですよね?」

「さりげなく痛い所をグリっとやってくれるねぇ。さすがヒメ。()しいな。ヒメのアドリブにはかなり俺、()れてたんだけどな」

「アドリブにですか……」

「ああ。それが用事だったのか?」

「いえ、まさか」

「じゃ、なんだった? 俺、こう見えてもなかなか忙しくてな」

「すみません」

「いや、そんなに謝らなくていいよ」

「すみません」

 苦笑いの桂介。

「で、何?」

「ミオさんとは付き合ってるですか?」

「なんだ、そんな事が聞きたかったのか?」

 桂介の目線にあった香織は表情を変えることなく黙ってこくり(うなづ)いた。

「へぇー。あ、そう。ああ、付き合ってるよ」

 淡々と口にした桂介。香織は少し不機嫌な顔つきで桂介へと言った。

「いつもミオさんが一緒にいても詰まらなさそうですよね。と言うか、舞台の上、お客の前でしか座長の笑顔を見たことない気がするんです」

「それは気のせいだろ。俺もちゃんと笑うぜ。犬じゃあるまい。こうやって」

 口角を持ち上げ目尻に皺を寄せた作り笑顔の桂介に香織は絶句した。

「ヒメの言う笑顔ってどんなんか知れねぇけど俺はこういう男だ。俺が大切なのは一番に芝居、二番にまほろばの皆、そして三番目にミオだ」

「やっぱり一番にはなれないんですね。ミオさんでも」

「だな。彼女はそれを分かってるからな」

 この時の香織は険しい顔つきであった。対して桂介は退屈顔で辺りをちらちらと見ている。

「私は一番でないとダメ……」

「それだから香織はウチから巣立っていくことになったんだろ? 俺はそう思っているけど」

「巣立つ? ですか……」

「そういう言われ方、嫌か?」

「いえ。そうですね。巣立つんですね」

「そう言わせてくれ。でないと……」

「でないと?」

「一応これでも親心(おやごころ)的に香織を育ててきたと思っているからさ。座長として」

「そうですか……」

 歩みを止めていた二人。二人の(あいだ)にほんの少しの()ができると桂介は面倒くさそうな作り笑顔で小さな溜め息を漏らした。

「分かっていたんです、自分でも。結局私は……私は、座長の才能に恋してたんだなってこと……」

 この香織の言葉を受け桂介は曇っていた表情が明るくなった。

「お、そうなんだ。有り難いな、それは。嬉しいわ、そうやって言ってもらうと」

「そうやってまた私に意地悪言うんですか?」

「いやいや、ホントホント。実のところ自分で自分に暗示かけてハッタリの気合でやってたからさぁ。今まで。俺に才能あるのかな? って本当はいつも不安だった。特に最近は。動員数も頭打ちしてたしさ、実際。でもそうやって人に言われるとホント嬉しいわ」

 そう言って楽しげに夜空を(あお)いで歩く桂介。それに対し香織は桂介の言葉に苦々(にがにが)しい笑みを作ると俯き歩みを止めた。その香織に気づくことなく歩き続ける桂介に香織はついて行くことができなくなった。

「そういえば大事な話、忘れとったわ。あの件はオッケーなんだよな? あれ? ヒメ? どこ行った?」

 横にいたと思っていた香織がいないことに気付いた桂介は振り向き辺りを見渡したが香織はいなかった。

「ま、いいか」

 桂介は鼻で笑うと一人ゆっくり歩き始めた。

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