9.昼休み
学園の食堂は広い。とても広い。
メニューも豊富で、生徒達からの評判も高く、かなりの賑わいを見せる。
「………」
そしてクロウは、その混雑した空間を見ると、嫌悪と拒否感で、食堂に入るたびに一瞬足が止まってしまう。彼は人混みが苦手なのだ。
が、彼は気力を総動員させて足を踏み出す。
カウンターに並び、順番が来ると食堂のおばちゃんにメニューを注文した。クロウの声には全く気力が無い。
二人が注文したのは、パンとサラダという、成長期にあるまじきメニュー。
二人共、あまり食事を必要としない為だ。
それにクロウは別に食事が無くとも、魔力さえ摂取すれば生きていける。
ちなみに彼らの食費や学費はどうなっているのかと言うと、アルトリアからシルドゼルグに来るまでに狩ったモンスターの素材や魔石を売り払った金を使っている。
食事を素早く終わらせ、訓練所へと向かった。
午後は都市外合宿に向け、班員の戦闘スタイルや技能を確認し合う自由実技時間。
訓練所に着くと、班員はまだ誰も来ていない。何となく、二人で訓練所の入り口近くの階段を上り、観客席に座る。
彼らにしては珍しく、気まずい雰囲気だ。
「お兄様……その、ありがとう、です。私を、学校に、通わせてくれて……」
先に口を開いたのはクロナ。
突然感謝の言葉を掛けられ、クロウは反応出来なかった。
「私は今、幸せです。お兄様がいて、友達も出来て……人を殺さなくてもよくて、地獄みたいな訓練も無くて……日常というものを味わえて」
「……どういたしまして」
「だから、お兄様にも、この幸せを知ってもらいたいのです。私に、幸せをくれたお兄様に……」
「………」
「お兄様は、まだ、私の事しか見れないです……?」
「………」
「まだ、人間が怖いです……?」
「………」
「本当に、それだけでいいのですか?」
いいよ。それで。クロさえ傍にいてくれれば、何もいらない。
クロウはそう答えようとして、
「あら、早いですわね」
闖入してきたセシリアとカタリナに遮られた。
クロナとの話しに気が向き過ぎていて、二人の接近に 気付かなかったのだ。
「………」
訓練所の観客席の最前列に座っていたクロウ達を、セシリアとカタリナは見上げるようにしている。
地面から観客席最前列の高さは三メートルはある為だ。
「あ……ええと……降りましょうか、お兄様」
クロナが気まずそうにそう言って、観客席から降りようとした。
そこに、クロウが声を掛ける。クロナにだけ聞こえるように。
「……俺は、クロがいてくれれば、何もいらないよ」
「………」
その言葉に、クロナはどこか、悲しそうな表情を浮かべた。
+++
アルトとリルラも揃った時点で、とりあえず戦闘スタイルを軽く実演しつつ教え合う事になった。
セシリアは魔法士で、火属性持ち。マジックウェポンはロッドを使う後衛のようだ。
マジックウェポンとは、魔石やモンスターの素材等を使用した武器で、シルドゼルグの戦闘職の人間はほぼ皆使用している。
ロッド系のウェポンは、魔法制御を補助してくれるものだ。
カタリナは前衛。長剣のマジックウェポン二本を使用する剣士で、魔法は身体強化位にしか使わない。
彼女の長剣は、魔力を流すと切れ味や耐久性が上がる。カタリナはあまり魔法を使わない為、魔法制御はそっちのけ。
アルトは魔法をほとんど使えず、マジックウェポンはアサルトライフル。使用者の魔力を弾丸にし、射程はそこそこ長く、連射して弾丸をばらまく銃で、重量は四キロと重い。中衛にも後衛にもなれる。
リルラは拳銃二丁使いで風属性持ち。拳銃は威力が低く射程も短いが、武器自体が軽く、トリッキーな動きが可能となる。基本中衛だ。
学園の成績順に並べると、カタリナ、セシリア、リルラ、アルトである。
クロナは氷属性持ちの魔法士だ。マジックウェポンを持っていないが、別にクロナもクロウも必要としない為問題無い。
クロウは闇と雷の二属性持ちで、更に合成魔法まで扱え、身体能力も高く、近接だろうと遠距離だろうとオールレンジで戦える。
しかし、班はクロウを除き、後衛魔法士二人、前衛剣士一人、銃二人という構成だ。明らかに前衛をこなすべきであるが、それ以前に。
「俺はまともなチーム戦なんてしたことが無い」
そう。
これがクロウの欠点である。
そもそもクロウの高火力とスピードでは、彼と呼吸を合わせる事が出来るクロナ以外、攻撃する暇も無ければ、下手に動くとクロウの邪魔になる。
「クロウ君に後衛の護衛を任せる、ってどう?」
「無理だ」
アルトの案を即答でクロウは切り捨てる。
「理由を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「……俺は、敵を見ると、ぶち殺さずにはいられないんだよ」
『………』
セシリアの問いに少し間を開けて答えたクロウの事に、四人は言葉を無くす。クロナはどこか気まずそうに目を伏せた。
その様子から、聞かない方が良いと判断したのか、
「あの、午後の自由実技時間、四対二で……クロウさん達二人と私達で模擬戦を行いませんか?」
と、まるで話題を変えるように、セシリアが案を出す。
「アリオストさんとの戦闘では、速すぎてクロウさんの力量があまり計れませんでしたし、クロナさんの戦闘はまだ見てすらいませんわ。それに、お二人にも私達の戦闘能力を知ってもらった方がいいですから……」
「ボク病院送りはやだよ!?」
「ん〜、でも良いと思うよ? 僕も、二人の本気、見てみたいし」
「私も、二人の戦闘をこの身をもって味わいたいです。朝はいきなり気絶させられましたが」
「朝遭ったウザい奴はお前だったか」
「……済まなかった。ついワクワクして……」
カタリナと、以外にもアルトが賛成する。弱気に見えても、やはり戦闘科生なのだ。
クロウは隣のクロを見る。判断は彼女に任せるつもりだ。
「ん……そうですね……確かに、同じ班です、お互いの力量を知っておかないと、実戦で困るです」
クロナはどうやら復活したようだ。クロウから離れて背伸びをする。
「お兄様、病院送りはだめですよ?」
クロナがクロウを向いて薄く笑いながらそう言って来る。さすがにクロウもそこまでしないと解っているのだろうが、他の四人を安心させる為に言っているのだ。
「罰則の、あのオッサンと三日テント生活ってのは嫌だし、クロと三日も会えないなんて最悪だから、しないよ」
「よかったです」
クロナはクスリと笑い、リルラ達が安心したようにホッと息をつく。
……まあ、クロナに傷を負わせたりしたら、病院送りなどでは済まさないが。
と、クロウは心の中で一つ付け足した。
そして、午後の授業開始の鐘が鳴り響く……
魔法メインの戦闘職を魔法士、銃使いをガンナーと表記します。